第十九話 お嬢様、触れてはならぬ物が御座います。
領都の一画、メイン通りから数本道を離れた場所に、目的の店がありましたわ。
セバスチャンが先導する中、私は敢えて馬車を断り、初めての市中というものを堪能します。
「お嬢様、私から離れぬ様お願い致します」
相変わらずの心配性なセバスチャンの言葉に、ちょっとだけウンザリしながら、私は初めて見る景色を心に焼き付けます。
そんな心踊るひと時を過ごしていた私に、沙織が無粋な言葉を述べて来ました。
「……お嬢様、この後如何なさるんですか?」
「大丈夫、なる様になります」
「……それ、諦めた人の言葉じゃないですか!」
「お嬢様、着きました。
この店が、絵本も取り扱っている書店になります」
セバスチャンが案内したのは、あまり人通りの多くない、良く言えば静かな、悪く言えば寂れた通りの中程にあるこじんまりとした木造の建物で、言われなければ何処にでもありそうな民家にしか見えませんですわ。
「……こんな小さな家に本がありますの?」
私は、まずこの小ささに驚きましたわ。
庭師のガフさんが使っている物置き小屋の方が、余程大きいですわ。
「まぁ、まずは入ってみて下さい。
きっと驚きます」
珍しく口元が緩んだセバスチャンが、何かをドアノブに当ててからドアを開けて促すままに、私は中へ入ります。
中に入ってみると――
「うわぁ、何ですの!
何ですのこれっ?」
私は目の前の光景に、ただただ興奮致しました。
目の前に広がるのは、本、本、本!
様々な本が壁一面の本棚に置かれ、視界の全てを圧倒していますわ。
それに、様々な色の背表紙が入り乱れ、まるで花畑みたいでとても美しいですわ!
それに天井!
大きな三角窓からキラキラと日の光が入って……とても素敵ですわ!
あと、この薫り!
あまり嗅いだことはありませんが、何か本!って感じの香りがしますわ。
「……お気に召された様で御座いますな?」
隣にいたセバスチャンが笑顔でそう言って来ましたので、私も笑顔で答えますわ!
「ええ、とっても素敵ですわっ!」
「……なんか、カビ臭いです」
後ろから、沙織の鼻を摘んだ声が聞こえて来ましたが、私は気にせず目に映る景色を堪能致します。
「……お嬢様、あちらが絵本の置かれている場所かと」
「まあっ!
早速絵本が読めるのですね?」
そう言って、セバスチャンが教えてくれた場所を見ますと……
「……少ししかありませんのね?」
分厚い本が並ぶ棚の前に置かれた台に、十冊程度置かれた絵本が目に映りました。
あまりの少なさに気落ちすると、セバスチャンが優しく説明してくれます。
「ええ、本は知識層のものですので、庶民向けは実用書ばかりなのが現状で御座います。
これでも、普通の本屋に比べたら多い方かと」
「……そうなのですね」
私は無造作に置かれた絵本を見る。
可愛らしい花畑が描かれた物や、騎士が剣を掲げた物、蒼龍が描かれた物等、様々な絵が描かれています。
それらを手に取ろうとしますが、何故か手が擦り抜けてしまいました。
「……へっ?」
目の前の現象に、私の頭は追い付かず、確認の為に何度も絵本に手を伸ばし、そして何度も擦り抜けてしまいます。
……何か泣きそうです。
私が絵本を見てしょんぼりしていると、セバスチャンが何かを話そうと口を開きかけましたが、その頭を分厚い本が打ち抜きました。
「……これ、セバスっ!
お嬢ちゃんに意地悪するでないっ!」
びっくりしていると、髭もじゃの変わった服を身に付けた小さなご老人が、セバスチャンを叱責してました。
「意地悪とは心外ですね、私はお嬢様に市場の仕組みを!」
「それが意地悪じゃと言うとるのだ。
お主はすぐ効率よくしようとするが、もう少し人の心を学ばなけりゃならん!」
頭をさすりながら、何処か懐かしそうにご老人に食ってかかるセバスチャン……こんなセバスチャン、私初めて見ましたわ。
そんな初めて見るセバスチャンの様子に驚いていると、私の目の前に一冊の絵本が現れました。
「……ふぇっ?」
「ほれ、お嬢ちゃん、これが見たかったのじゃろう?」
良く見れば、ご老人が優しい顔で私の前に絵本を見せています。
それは、表紙に蒼龍が描かれた物でした。
「あ、有り難う御座います。」
私はご老人から絵本を受け取ると、ジッと見詰めます。
「何じゃ、読まんのか?」
「……何故、触れますの?」
「何故って、売り物じゃからのう。
触れなければ、売り物にならんじゃろ?」
当たり前の事ですが、今の私には困惑する事ばかりですわ。
私は、手元の絵本をしっかりと握り、あちこち触って確認致します。
その感触に、確かにそこにある事を確認してから、ゆっくりとページを捲り、殆ど絵だけの絵本を読み進めます。
――青い龍と金髪のお姫様。
大空を舞う気高い龍。
お姫様を襲う悪い魔族。
お姫様が魔族にその美しい顔を奪われて、みんながお姫様を忘れる。
悲しむお姫様。
でも、友達の蒼龍だけはお姫様を覚えていた。
お姫様を救う為に魔族に挑む蒼龍。
最後は、蒼龍が、悪い魔族を倒してお姫様の顔を奪い返す。
仲良くみんなで暮らすお姫様。
めでたしめでたし――
たっぷり十分くらいでしょうか、私は物語を堪能し、静かに本を閉じました。
「……どうじゃ?」
ご老人が、私の顔を期待に満ちた眼差しで見ながら聞いて来ます。
私は、瞳を輝かせ、絵本を胸に抱き締めながら答えました。
「とっても素晴らしい体験でしたわっ!」




