第十八話 お嬢様、これが貴族の流儀で御座います。
領都の一画、メイン通りの外壁近くに衛兵詰め所はあった。
普段なら気軽に住人が立ち寄るその場所は、今は不穏な空気に包まれていた。
「――つまり、そちらは当家を、全員犯罪奴隷に堕とすと宣言なされたと?」
セバスチャンの鋭い眼光に、その場に居た衛兵達が息を呑む。
既に衛兵から詳細を聞いていたセバスチャンの態度は冷え切っていた。
「そ、そんな目で見てもダメだからな!
この僕を侮辱して、更に暴力を振るったんだ。
貴族に楯突いた罪、簡単に許されると思うなよ?」
「……そうで御座いますね、確かに『貴族への横暴』は簡単に許されるものでは御座いません」
荒ぶるボルテに、そう和かに賛同するセバスチャンを見た沙織は、そそくさと詰め所の外に避難する。
「では、ご同意頂けた所で、話し合いを致しましょう」
そう言って、ボルテへの圧を強めるセバスチャンに押されて冷や汗をかくボルテが、助けを求めて衛兵達を見るが、衛兵達は目を逸らして気付かないフリをする。
そして、セバスチャンがボルテに迫ったその時――
詰め所の奥の部屋から、太った衛兵がドアと共に吹き飛んできた。
全員が驚き、視線が集まった部屋から、ワンピース姿のラティがドヤ顔で出て来た。
「……あら、セバスチャンではありませんか?」
ラティは一瞬だけセバスチャンを見たが、すぐに好戦的な笑みを浮かべると、先程吹き飛んだ衛兵の襟首を掴みそのまま片手で持ち上げ、セバスチャンに向けて話しかけた。
「セバスチャン、この者、私に金銭を要求しました!
しかも職務中ですわよ?
よって、アイゼンフェルト家の名の下に、処断します!」
ラティの言葉を聞いたセバスチャンも、好戦的な笑みを浮かべる。
「……では、仕方ありませんな。
お嬢様の裁定が下った以上、こちらも処置を開始致します」
――三十分後
さっさと避難していた私の目の前には、屋根が吹き飛び、壁に穴が開いて無惨な姿になった元詰め所と、ぼろぼろのボルテと付き人さん達、あとは偉そうだった衛兵隊長さんが、意識無く積み重なっています。
「……後始末、大変そうですね」
「他人事みたいに言うなよっ!
全部アンタの連れがやった事だかんな?」
受付に居た若い衛兵が、隣で喚いていますが……
私『は』、関係ないですよね?
あ、ダメですか……そうですか。
私は天を仰ぎ、誰ともなく呟きます。
「……お腹、空いたなぁ」
アレからすぐに、衛兵ではなく戦士団が駆け付けて来ました。
セバスチャンさんが主に対応して、私とお嬢様はポカンと空を見上げています。
二、三度話をして、兵士の方にお辞儀をしたセバスチャンさんが、こちらに歩いて来ます。
何処となく、スッキリした顔をしています……何だか狡いと思います。
「お待たせ致しました。
では、お昼にしましょう。
お嬢様、何か食べたい物は御座いますか?」
「チーズケーキっ!」
「……お嬢様、それはご飯では御座いません」
「では、ご飯のチーズケーキが良いです」
「……ならば、デザートを出す店に致しましょう。
これならば、ご飯もチーズケーキも頂けます」
「それよっ!
さぁ、早く行きましょう」
「畏まりました、お嬢様。
さあ、沙織さんも行きますよ?」
「……あ、はいっ!」
近くのレストランで食事を終えた私達は、現在食後のデザートを満喫しています!
デザート、そう、デザートなんです!
庶民の食費三回分くらい平気でする貴族の食べ物……それがデザートなんです!
私は、感動に震えながらも、タルトを口に運ぶフォークが止まりません。
本当に、この仕事をしていて良かったと思います。
この至福の時間の為なら、多少私の胃に負荷がかかっても許容範囲です!
そんな至福の時を過ごしていると、お嬢様がジッと外を見ていました。
「どうされたんですか?」
「沙織、アレは何ですの?」
そう言って指差す先を見てみると、外の通りを若い母親と三歳くらいの男の子が歩いていました。
「……たんなる親子ですよ?」
「それは見ればわかります。
私が聞いているのは、あの子が持っている物です。
本にしては薄っぺらいですし、随分と安っぽい造りな気がします」
改めて見ると、確かに男の子の手には、お嬢様が言う様な物を大事そうに持っていました。
「……何でしょうね、アレ?」
二人で首を傾げていると、対面に座っていたセバスチャンさんが、得心した様な顔で話し始めました。
「あぁ、お二人とも見た事は無かったですね。
アレは絵本という物ですよ。」
「「絵本?」」
「ええ、庶民でも買える様に、ページ数や装丁を簡易にした本の事です。
まぁ、買えると申しましても、一冊でこのケーキと同じくらいはしますが……」
「……たっか!
あの薄っぺらい紙の集まりがですか?」
セバスチャンの話に、思わずという感じで沙織が声を張り上げる。
セバスチャンは、沙織を残念なものを見る様な目で一瞥してから話す。
「……少々はしたない表現ですが、その薄っぺらい紙の集まりがで御座います」
「……読みたいです!」
ラティが目を輝かせてそう話すと、セバスチャンは笑みを浮かべて一礼する。
「畏まりました。
後日、出入りの商人に用意させます」
「いえ、今すぐが良いわ!」
鼻息荒く、待てませんという顔をしたラティが、食い気味に声を張ると、セバスチャンは困った様な顔で答える。
「……しかし、私はお嬢様をお屋敷に連れ戻すと、ヴィオレッタ様に約束してこちらに来ております故、時間的余裕が御座いません」
「「ヴィオレッタ(様)にっ?」」
セバスチャンが投じた言葉に、ラティと沙織が揃って驚き、ラティがすぐに店の隅へと移動して沙織に手招きする。
「沙織、ちょっと此方へ」
「……は、はい」
「セバスチャンはちょっと離れていて!
淑女同士の話ですわ」
沙織が何事かとラティの所へ行くと、ラティはセバスチャンを指差して告げた。
「……畏まりました」
よくわかって居ないが、いつもの事とセバスチャンが了承して少しだけ距離を取ると、ラティは沙織の肩に手を回して、耳元で小声で話し始める。
「どうしよう沙織!」
「お嬢様、私は怒られたくありません」
沙織は真顔ではっきりと言う。
「私だって嫌!」
「大体、お嬢様が冒険だって屋敷を抜け出すから!」
「私の完璧な計画では、バレる前に部屋に戻っている筈なんです!」
「完璧って、お嬢様が考え無しにゴロつきに絡むからですよ!」
思わずといった感じで、沙織がラティの両肩を掴んで揺らす。
「あれを見逃すのは、私の正義に反しますわ」
肩を全力で揺らされながらも、ラティはドヤ顔ではっきりと言った。
「ならその正義で、ヴィオレッタさんも何とかして下さいよ」
「何とか出来るならヴィオレッタじゃないわ!」
「ならどうするんですか!」
熱のこもった話し合いに、二人は互いの額がぶつかる事も気にせず、お互いに責任転嫁に忙しくなる。
「……と、兎に角、時間ですわ!
時間稼ぎをしますわよ!」
「稼いでどうするんですか?」
「わかりませんが、まずは時間ですわ。
きっと、時間を稼ぐ間に良い案が浮かびますわ!」
ラティのいっそ清々しいまでの先送り案に、余裕がない沙織も乗っかる事にした。
「では、取り敢えず先程の絵本、あれを見に行く事にしましょう」
「そうね、それで行きますわよ?」
心配そうな顔をしたセバスチャンが、二人に話しかける。
「……何やら気迫ある話し合いみたいでしたが、纏まりましたか?」
「……セバスチャン、絵本を見に行くわ!」
「いえ、ですから先程も申し上げた通り――」
いきなりの宣言に、困惑気味に答えるセバスチャンの言葉を遮って叫ぶラティ。
「行くって言ったら行くのよ!」
「しかし!」
「この私、ラティ・フォン・アイゼンフェルトが申します。
絵本を見に行くって言ったら、行くんですわ!」
「……何か、単なる我儘令嬢みたいです」
その様子を見て、少しだけ正気に戻った沙織がぼやいた。
「……わかりました、お嬢様がそこまで仰るのなら、致し方ありません。
ですが、ヴィオレッタ様を待たせる意味、良くお考え下さい」
「わ、わわわ、わかっておりましてよ!」
セバスチャンの圧に、明らかに動揺したラティが、冷や汗を流しながらも言い切った。
「では、参りましょう」
挙動不審なまま、セバスチャンさんと連れ立って店を出て行くラティを見て、沙織は一人思った。
「……これ、状況悪化しただけなんじゃ……」




