第十七話 お嬢様、好奇心は猫をも殺すで御座います。
「そこの貴方達!
か弱い女性を取り囲むとは何と情けない。
恥を知りなさい!」
「お、お嬢様?」
街の細い裏路地で、ラティお嬢様が胸を張って宣言されます。
目の前には、若い女性の腕を掴んで下卑た笑いを浮かべる香水臭い貴族っぽい男とそのお供五人。
……ダメです、理解が追い付きません。
「大丈夫です。
私の正義を見せる時です!」
お嬢様が、困惑する私を見て、何故か自信満々にそう仰っています……がっ!
お嬢様、何が大丈夫なのか沙織にはわかりません。
「なんだぁ、このガキ?」
お供の一人が、お嬢様の目の前まで来て、大声で威嚇してきます。
丸坊主で筋骨隆々です、はっきり言って堅気じゃありません。
でも、当家のお嬢様は――
「淑女に対して何たる無礼!
今謝るならば、許して差し上げます」
「許してくださいって言うのは、ガキ、テメェの方じゃねぇ――ぶげらっ!」
お嬢様の右腕が一閃します。
「――お嬢様ぁあっ?」
思わず声を上げた私の目の前で、男が吹き飛び路肩に積まれた水瓶に突っ込みます。
水瓶が割れ、濡れた石畳に酒臭い水が広がって、少々……いえ、かなり臭いです。
大きな音に気付いた付近の方達が一斉にこちらを見て距離を取りながらも、好奇心を隠せず囁き合っていますが、それに構わずお嬢様が腰に手を当て声を張り上げました。
「さあ、矯正を始めますわ!」
それからのお嬢様の暴れっぷりは……とても良かったです。
小さな体で、大男達を千切っては投げ、近付けば殴り飛ばし、あっという間に貴族っぽい男だけが残りました。
「お、おま……何なんだよ!
なんで僕の邪魔すんだよ」
動揺した男が、腰の剣を抜きながら叫びます。
その叫びを受けたお嬢様が、言葉で切って捨てます。
「邪魔ではありません、これは教育です!」
「はぁっ?
頭おかしいんじゃねえの?」
そう言うと、焦った男が女性の首に剣を当てる。
「……きゃあっ!」
女性が恐怖に悲鳴を上げる中、男が震える声でお嬢様に言います。
「と、取り敢えず、この女がどうなっても良いのか?」
「……何たる事です」
俯き震えるお嬢様を見て気を良くした男が卑屈そうな顔で言いますが……。
「どうだ、許して欲しいか?
そうだな……まずはあやま――ぶげっ!」
一瞬で間合いを詰めたお嬢様が男を吹き飛ばし、一喝されます。
「女性を盾にするなど、言語道断です……恥を知りなさい!」
――ですよねぇ。
私、何となくわかってきました。
「貴様等、何をしている!」
それからすぐに、見物人の誰かが通報したのか、街の衛兵が三人程駆け付けて来ました。
私、これで解決だと思ってたんですけど、本当の問題はこの後に待ち構えていたんです。
……朝の自分に戻りたい、戻って心底お嬢様をお止めしたいです。
あれから小一時間……あ、今丁度、三つ鐘が鳴ったのでお昼時です。
私は街角にある衛兵詰め所のベンチに座り、お嬢様を待っています。
古びた木製カウンターと呼び出しベル。
奥の方にはドアが三つあり、壁際にはベンチが設置されています。
何となく感じる居心地の悪さに、私はベンチに座って視線を彷徨わせていると、受付にいた若い衛兵さんが話しかけてきます。
「お付きの方ですか?
……大変お元気なお嬢様ですね」
「あはは……はい」
若い衛兵さんの言葉を選んだ話し方に、私は苦笑するしかありません。
何故この若い衛兵さんが、私なんかに気を遣ってくれるかと言うと――
「あのガキが、この僕に暴力を振るったんだ!
このボルテ・フォン・ケチノス様にだ!」
奥のドアの方から、先程の男の怒鳴り声が部屋中に響き渡ってます。
……この通り、丸聞こえなんですよね。
「……ケチノス子爵家の方でしたか」
私はそう呟きながら、聞こえてくる声をぼんやりと聞き流します。
「そうだ、我がケチノス家に対する数々の犯罪行為、あのガキだけでは済まぬ、一族郎党纏めて犯罪奴隷にしろっ!」
その叫びを聞いた衛兵達が眉を顰めましたが、私は気付かずに自分の考えに没頭します。
(……ケチノス子爵家、どこかで聞いた事ありますねぇ。
まあ、子爵家ならうちもですし、私みたいな使用人に出番は無いですねぇ)
アレから更に一時間程経ちました。
お嬢様は未だに戻って来ず、私のお腹は悲鳴を上げています。
何となく誰かが入って来た気がしますが、私は気にせずにのんびりと考え事をします。
(終わったら、パンケーキ、食べたいなぁ。
最近街に出来た人気店、先輩の話だとフワッフワらしいんですよねぇ……食べたいなぁ)
「……沙織さん?」
(あ、老舗のパン屋のミルクトーストも美味しそうですね)
「沙織さん!」
私の顔を覗き込む様に見ながら、セバスチャンさんが私の名前を呼びます。
(……答えたく無いなぁ)
「しっかりしなさいっ!」
私が、ある意味意図的に呆けていると、セバスチャンさんが私の両肩を激しく揺さぶります。
「あ、セバスチャンさん?」
私は観念して、今気が付いた風を装って口を開きます。
「……大丈夫ですか?」
セバスチャンさんが、心配そうに私を見ます。
さて、何て答えるのが正解なのでしょう……。
たっぷり三秒ぐらい考えて私は答えます。
「お嬢様がさっぱり戻って来ないので、私お腹空きました!」
「……」
セバスチャンさんがキョトンとしてますね。
「そうですか、ではお嬢様を回収した後は何処かの店に入る事と致しましょうか?」
何とも締まらない顔で、笑いを堪えながら話すセバスチャンさんを見て、私は勝利を確信しました。
「では、沙織さんはこのままもう暫くお待ち下さい。
私は、少々あちらの方とお話し合いをして来ます」
そう言って和やかなに笑みを浮かべた後、ボルテ・フォン・ケチノスを見る目は……とても怖かったです。




