第十五話 お嬢様、お掃除の時間で御座います。
「なるほど、かなりの数ですね?」
「……いや、あんた誰だよ」
俺は、急に外壁の上に現れた身なりの良い男に声をかけながらも、震える手で持っていた槍を構える。
雰囲気的に、何となく勝てる気がしないが……これも仕事、職場放棄は出来ない。
「……あぁ、これは私とした事が、少々不作法でしたね。
私、怪しい者ではありません。
私は、アイゼンフェルト子爵家の執事、セバスチャンと申します。
以後、お見知り置きを……」
「そ、その子爵家の執事様が、こんな所に何の用事だ?
てか、何の用事か知らないが、ここは今危険なんだ。
今すぐ安全な場所に戻れ!」
「戻るのは、用事を済ませてからとなりますね。
……ああ、そうそう、兵長様にお伝え願います。
外の魔物はアイゼンフェルト家が受け持つので、掃討はお任せしますと」
「あ、あんた何言っているんだ」
「では、頼みましたよ?」
そう言うと、セバスチャンと名乗った男は、まるでちょっとした階段でも降りるかの様にふわりと外壁から外へ飛び降りた。
「ちょっ、まっ!」
あまりに予想外な行動に、見ているこっちが思わず声を出す。
慌てて飛び降りた先を見ると、男は魔物達の群れへ歩きながら手袋を外している所だった。
「――熊、蛇、鳥、狼ですか……。
中々のバリエーションですが、亀が居ないのは残念ですね。
居れば普段の鬱憤晴らしになったでしょうに……」
私は、ゆっくり歩きながら、視界に広がる魔物達の群れを観察します。
「……ざっと二百と言った所でしょうか?
準備運動には丁度良いですね」
無造作に近付いて来る人間に、熊型の魔物達がその巨躯で咆哮して来ます。
「ふむ、弱い獣ほど良く吠えると言いますが……」
私は一歩、大地を踏み締めます。
次の瞬間には、後ろ足で立ち上がっていた熊の懐へ潜り込み、その勢いのままその無防備な腹を蹴り砕きます。
悲鳴を上げる暇も無く、熊が背後に居た魔物を道連れに吹き飛んでいきます。
私はそのまま腰を捻り、隣の五メートルはある大蛇を蹴り飛ばし、近くの魔物を一掃します。
「やはり動物、知性が無いから楽ですね」
服についた埃を払いながら一人、感想を述べる。
魔物達も何が起きたのか理解出来ず固まる中、私は次の行動へ移っていた。
「……な、何なんだあの男……」
俺は、外壁から身を乗り出す様にして男の様子を見る。
男が瞬間移動する度に、魔物達が吹き飛んで行く。
俺は槍を持つ手に力を込めながらも、その異様な光景に目を奪われていた。
あれから男による一方的な暴力は、最後の魔物が吹き飛ぶまで続いた。
哨戒から戻らない俺を心配して派遣された五人の同僚達も、何も言わずにただ男を見ていた。
そして最後の魔物が倒れると、男はこちらに一礼すると、そのまま走り去って行った。
「……」
男が消えても誰も声を発さずに、全員がただ目の前で起こった事を飲み込めずにいた。
――それから小一時間後。
領都の兵士詰め所は混乱に包まれていた。
「はぁっ?
西門と東門の魔物が一掃された?」
「……はい。
兵の話によると、哨戒中に執事が魔物の群れを異様な速さで駆逐していったと……」
「そんな英雄譚みたいな話があるかっ!
夢を語っていないで、現実を見ろ。
今夜もまた、長い夜戦が待っているのだぞ?」
そう兵長に怒鳴られた兵士がすごすごと詰め所を出て行くと、入れ替わりに入ってきた兵が叫ぶ。
「西門、魔物の掃討要請が来ております!」
詰め所に居た兵達が驚きと共に入り口を見詰める中、もう一人の兵が慌てた様子で入って来た。
「伝令!
東門から掃討要請です。
要請者はアイゼンフェルト子爵家です!」
アイゼンフェルトの名を聞いた瞬間、詰め所の兵達が歓声を挙げた。
「援軍だ、援軍が来たんだっ!」
その頃、領都正門前は……逃げ惑う魔物達で溢れていた。
「さあさあ皆様方、早く逃げないと吹き飛んでしまいますよ?」
セバスチャンが通ると、大量の魔物達が空に舞う。
そして、大量に降り注ぐ魔物達の中を、セバスチャンは歩く……。
その姿を見た外壁上の兵達が、顔を青くする。
「……どっちが魔物かわかんねぇよ」
一人の若い兵がそう呟く。
だが、その言葉に反応した者はその場には居なかった。
そのうち、セバスチャンと魔物達の間に空間が出来る。
必死になって逃げる魔物達から距離を取ったセバスチャンが、腰の刀に手をかけ、抜く……。
「「「……はっ?」」」
セバスチャンが刀を納める音だけが、小さく響く。
「……おい、今何があった?」
「わかるかよ、そんなん……」
兵達の困惑と共に残ったのは……更地だけだった。
――夕刻。
一仕事終えた私は、住み慣れた屋敷へと帰ります。
未だに屋敷の正門には兵士が立哨し、私の姿を見て敬礼してきます。
「お疲れ様で御座います。
本日も、特に変わった事はありませんでしたか?」
「……はっ!
本日も変わりなく、お屋敷は平和であります!」
「そうですか、それは結構な事で御座います」
軽く話をしてから、私は正門を通り屋敷の玄関では無く、使用人用の出入り口へと向かいます。
「あ、セバスチャン様!
今お帰りですか?」
声のした方を見ると、そこには沙織さんが立っていました。
「……はい、今帰りました」
「じゃあ、お帰りなさい!」
その言葉に、一瞬だけ私は目を見開き驚きます。
ですが、すぐに気を取り直すと、何でもない事の様に返します。
「あ、そう言えば、お嬢様が帰りが遅いってエントランスをぐるぐる回ってますよ?」
「どこの犬ですか……」




