第十四話 お嬢様、私が居ります!
アイゼンフェルト子爵家屋敷には、百名からなる戦士達が防衛の為に詰めて居た。
その本陣が設置された中庭では、ヴィオレッタと守備隊隊長との間で、一つの重要な決断が成されようとしていた。
「つまり、我が屋敷の防衛を手薄にすると言う事でしょうか?」
剣呑な雰囲気を纏ったヴィオレッタが、隊長の顔を真っ直ぐに見て問いかける。
「手薄にと言う訳ではありません。
屋敷を守る為にも、外壁へ援軍を送る必要があると言っております」
必死な様子でヴィオレッタに説明をする隊長だったが、実際にはかなり苦しげであった。
「しかし、屋敷に詰めている兵の七割を割くと言うのは、些かやり過ぎでは?」
「そのくらい送らねば保ちません。
これは、お屋敷を守る為でもあります」
「……更に、当家の備蓄まで求めると?」
必死な隊長の目を見て、ヴィオレッタの眼光は鋭く、まさに射殺さんばかりに視線を向けて問い詰める。
「……防衛の為にも、子爵家が保管している弓矢の提供を求めます」
「……兵士五割、弓三百張り、矢三千、これが現実的な所です」
「せめて六割を……わかりました。
子爵家のご協力、必ずや公爵様にお伝え致します」
隊長は、ヴィオレッタからの返答に、一瞬だけ抗う気概を見せたが、これ以上は難しいと判断して飲み込んだ。
「……必ず、守って下さいませ」
「身命に代えましても……」
――翌日
朝の空気は澄んでおり、お嬢様のお部屋には、部屋の主であるお嬢様の微かな呼吸音と、庭からの小鳥の囀りだけが聞こえます。
あれから私とお嬢様は、そのままベッドで眠りについてしまったみたいです。
使用人としては、ダメな行動だったと思いますが、昨夜二人で話したひと時は、私にとってとても素敵な思い出になりました。
まだお嬢様が起きるには早い時間だった事もあり、私は一度準備の為に自室に戻る事に決め、ドアへと向かいます。
ふと、何となく変な気配を感じた気がしますが、この時間、先輩方は既に持ち場に居る筈。
ですので、きっと気のせいだろう、そう思いながら扉を開けた瞬間――
「――ぎゃぁぁぁああっ!」
――そこには、血走った目をしたセバスチャン様が幽鬼の様に立っていました。
少しだけ時間は遡る。
「……お嬢様、一体どこに居られるのでしょう」
一晩中庭を探し回った私は、結局お嬢様を見つける事が出来ませんでした。
これではお嬢様の身に何かあっても、お助け出来ません。
何たる不甲斐なさ、何たる不様さかと、私は自分の能力の低さを恥じ入ります。
「……流石に、一度お屋敷に戻らないとですね」
そう決めた私は、後ろ髪を引かれる思いで裏庭を後にしてヴィオレッタ様の部屋へと向かいます。
「……そこにお座りなさい」
私は今、ヴィオレッタ様の指定された敷居の上に正座しております。
……脛に当たる敷居が、地味に私の徹夜明けの体にダメージを与えてきます。
「セバスチャン……何故正座させられているか、わかりますね?」
「……はい」
「……はぁ、貴方は本当に、昔から変わりませんね。
幾らかは、表面を取り繕える様にはなったみたいですが、初めてお会いした頃のまま、未だに理性より感覚で動いてしまうんですね」
「いえ、私だってあの頃とは違います。
ちゃんと考えて動いております」
「セバスチャン、私はそれが悪いとは言っておりません。
時には、それが一番大事な事もあります。
ですが……貴方は今、このお屋敷の支柱で御座います。
柱がそんなにすぐ動いては、屋敷はどうなりますか?」
「……はい」
それからは、若かりし頃を彷彿とさせる程のダメ出しの嵐で御座いました……この歳になってこの仕打ちは、ちょっと、いや、かなり泣きそうで御座います。
「反省しましたか?」
「……それは勿論」
ようやく、ヴィオレッタ様の溜飲が下がりそうな気配を察知致しました。
「では、お嬢様の顔を見て、安心して来なさい」
天啓にも似たそのお言葉を聞いて、私は漸く解放されました。
……私は、ふらつく体に鞭を打って早速お嬢様の無事を確認に向かいます。
お嬢様の部屋のドアをノックしようとした時――
「――ぎゃぁぁぁああっ!」
至近距離からの不意打ちに、目の前がチラつき、私の意識はそのまま切れてしまいました。
――暖かい日溜りの匂いが致します。
優しく懐かしいその匂いが、私の記憶を揺さぶり、在りし日へと誘います。
誰かが庭で洗濯物を干しています。
小さな洋服、大量のおしめに、風に揺れる大きなシーツ。
微笑む私を揶揄うヴァルター様。
そして、何故か私の顔を覗き込む様にしながら、笑顔で仰います。
「お日様の匂いって、ダニの死骸の匂いなんだぞ?」
「……」
――悪い夢でした。
「……」
がばりと起きた私は、激しく鼓動を刻む胸に手を当て、乱れた呼吸を整えます。
「……なんて凶悪な」
「……おはようセバスチャン、随分とお寝坊さんでしたね?」
――お嬢様が居ました。
「それではお嬢様、鳥さんの言う事を良く聞いて、しっかりと練習して下さい。
鳥さんも、お手数をおかけしますが、指導の件宜しくお願いします」
「お、ぉぉおっ!
他ならぬ主人の頼み、我が身命を賭して叶えようぞ!」
「……亀さんも、宜しく頼みます」
「ま、任せよ!
愛しき想い人の頼み、盤石の体制で叶えようぞ!」
「いぬっさん、いざと言う時は頼みます」
「大丈夫、世界でここが一番安全だと思う。
それより、危ない事しないでよ?
僕はまだ、未亡人になるつもりは無いからね」
「……」
「……セバスチャン、貴方浮いた噂の一つも無いと思って居ましたが……」
「……私の人格を歪めないで頂きたく……」
「……セバスチャン、何処かに行くのですか?」
「いえ、大した事ではありません。
少し状況の確認をしてくるだけで御座います」
「……すぐ帰って来ますか?」
「はい、夜までには戻って来れると思います。
ですので、お嬢様はヴィオレッタ様の言う事をちゃんと守って下さいね?」
「セバスチャンも、ちゃんとヴィオレッタの言う事を守るんですよ?」
「……わかっております。
では、行って参ります」
私は軽く頭を下げて屋敷を後にします。
そしてふと思います。
……何故誰も、動物が喋っているのに驚かないのでしょうか?




