第十三話 お嬢様、ちょっと此方へ。
「お嬢様ぁぁぁあっ!」
沙織です。
色々あって混乱していたら、何故か行方不明のお嬢様が隣に居ました。
……訳がわかりません。
「――沙織うるさいっ!」
「あ、済みません。
何故かお嬢様が居たので、びっくりしまして……」
両手で耳を押さえて、不満気に話して来るお嬢様に謝りながら、私は今の状況を把握します。
「取り敢えずお嬢様、行きますよ!」
逃がさない様にお嬢様の手を握り、私はヴィオレッタ様の部屋へと向かいます。
「え、ちょっと!」
後ろでお嬢様が何か言ってますが、知った事ではありません。
今すぐ、出来るだけ速やかに、確実に、お嬢様をヴィオレッタ様の部屋へ連れて行く事、これが私の胃を守る、唯一にして確実な方法です。
兎に角、私は毎日美味しい物を美味しく食べたいのです。
その為には、私の胃腸の平和は護られなければなりません。
私は、驚く先輩方を無視して、ひたすらにお嬢様を連れて歩きます。
そして、ヴィオレッタ様のいる部屋の前に着くと、即座にノックをします。
「……あら、何かありましたか?」
中からヴィオレッタ様の声がします。
私は、その声を聞くと同時に、お嬢様を自分ごと部屋の中へ連れ込みました。
「……お嬢様をお連れしました」
あのヴィオレッタ様が、口を開けてびっくりするという、とても貴重な姿を見ながら私は、連れて来たお嬢様の両脇に手を入れて、ヴィオレッタ様の目の前に掲げてみせる。
「……沙織さん、この私を売りましたね?」
小声で言ってくるお嬢様は無視して、私はまずはヴィオレッタ様の反応を窺う。
案の定、既に先程と違い何時もの表情に戻っていました。
「……」
「……」
無言で見つめ合う二人を見ながら私は、そろそろ限界なのでお嬢様をそっと下ろします。
段々と顔色が悪くなって来た気がするお嬢様ですが、ヴィオレッタ様に見詰められ、身動きが取れないみたいです。
そして、たっぷり見詰め合う事数分?いえ、一分くらいでしょうか、急にヴィオレッタ様がお嬢様を抱き締めました。
「――ふぇっ?」
強く抱き締められ、その小さな肩がびくりと跳ねてお嬢様が変な声をあげますが、ヴィオレッタ様はただ黙って抱き締め続けます。
そのヴィオレッタ様の腕は少しだけ震えていました。
「……良くぞご無事で……」
ヴィオレッタ様の行動に、お嬢様はキョロキョロと辺りを見回し、最後に私を見て困った表情をします。
それから少し経ち、満足したのでしょうか?ヴィオレッタ様がお嬢様からそっと離れます。
その表情は――
「――さて、お嬢様。」
「……ひゃいっ!」
「……では、私は他の用事を……」
「沙織さん、貴女も居なさい」
「……ひゃぃ」
「お嬢様、まずは御身の無事をお喜び申し上げます」
……うわぁ、絶対喜んでる人の顔じゃ無いです。
お嬢様も顔に悲壮感が出ています。
私は、出来るだけ存在感を消して空気に徹します。
小一時間後、私はお嬢様のお部屋でベッドに座るお嬢様を慰めています。
怖かった、ほんっっとうに……ヴィオレッタ様怖かったです。
お嬢様も、部屋に戻る時には、生まれたての子鹿並みに足がガタガタで大変でした。
お部屋に戻ってからも、二人で毛布を頭から被って怯えて居ました。
「――ヴィオレッタ怖い」
お嬢様が、ぎゅっと毛布の端を握る手に力を込めます。
「……怖かったですねぇ」
私は、お嬢様の肩に回した手に、少しだけ力を込めます。
「でも、あんなに怒る必要も無かったですよね?
お嬢様だって、悪気があって抜け出した訳じゃ無いんですから!」
「……いえ、確かに私が悪いのでしょう。
ちゃんとヴィオレッタくらいには、相談してから物事を進めるべきでした」
「……お嬢様は大人ですね?
私なら、なんでだぁってなりますよ」
「……私は、そう在らなければならないと、セバスチャンからも言われて居ますから」
「でもでも、それって窮屈じゃないですか?」
「窮屈と言いますか、若干の寂しさみたいなモノは感じますけど、それも貴族として正しく在る為には必要な事です」
「……貴族様って、大変なんですね?
ならお嬢様、私がお嬢様の愚痴とか不満とか思った事とか、そういうの聞きます!
だから、お嬢様は遠慮なく私にだけは何でも吐き出して下さい。
だって私の人生は、お嬢様から始まったんですから!」
「……そうなんですの?」
「はいっ!
奴隷として捕まった私を、奥様とお嬢様が解放して、更に暮らせる様にお仕事まで与えてくれました。
だから、私は私の人生を送れるんです」
「……自分の人生」
「そうですよ、自分の人生は自分だけの物だって奥様が仰って下さいました!」
「お母様が……そうよっ!
お母様!」
「……沙織は、お母様のお顔って覚えている?」
「奥様の……私は使用人で、当時は見習いでしたからぼやけた感じで良く覚えていませんねぇ。
でも、何でまた急に?」
「実は、私もお母様のお顔がボヤけてわからないんですの……」
「まぁ、お嬢様もまだ幼かったですから、それは仕方ない事かも知れませんね」
「でも、お母様の部屋にも、お父様の部屋にも肖像画が有りませんでした」
「……この屋敷は、歴代ご当主様の肖像画だけですからね」
そうして、ラティと沙織、二人の静かな夜が過ぎていく中、誰も居ない裏庭で一人彷徨い歩く男が居た。
「お嬢様ぁぁあっ!
どこにおられるのですかぁあっ!」
男の叫びは、ただ暗闇に溶けて行った。




