コンビネーション・アタック.3
「え…?じゃ、じゃあ、二人がゲームに参加し始めたのって、三月の頭からってこと?」
情報共有とはいっても、正直、真新しい情報は得られないだろうと思っていた矢先、とんでもないことを聞いたと雪花は声を大きくした。
「は、はい」
驚いた様子で頷く鏡花に、雪花は目を丸くして一人黙り込む。
「どうしたの?雪花さん」
「あ、いえ…私と紅葉が最初に戦ったのって、たしか四月冒頭くらいなんですよ」
「あら、そうなの?」と事の重大さが分かっていない真莉愛に、雪花は説明を加える。
「真莉愛さん。これって、かなり大事なことですよ。一ヶ月も差があるってことは、それだけ戦姫のレベルに差がつくってことです。このゲームにおいて、それはあまりに重い意味を持ちます」
のべつ幕なしに語る雪花に圧倒されたのか、真莉愛も深刻そうな顔で改めて相槌を打った。
他の面々も雪花の言っていることは理解しているようだが、自分自身が納得できるかどうかは別だ。
「これじゃあ、アンフェアだ…――ちょっと、アリス!」
気になったら即時確認するべき。
雪花がこのゲームにおいて学んだ教訓である。
「はい、お呼びでしょうか、雪花」
ふわり、と虚空から現れたアリスの姿に、相変わらず見た目だけは一級品だと内心で毒づいていると、唐突に鏡花が大きな声を上げた。
「ひっ、だ、誰ですか!?」
蒼白の光と共に姿を見せたアリスを見て、鏡花がそんなふうに言うものだから、雪花はちょっとだけおかしくなって笑った。
「誰って、私の従者のアリスだよ」
「あ、アリス…?不思議の国の?」
その発言に、雪花の表情が固まる。
四姫戦姫においてアリスは、そのピーキーな性能のため使用率こそ低いが、愛らしい見た目から人気だけは高いキャラクターだ。それにも関わらず、最初に『ルイス・キャロル』のほうのアリスが出るというのは、何かがおかしい。
まさか、と雪花は眉間に皺を寄せる。
「待って、もしかして…二人は現実のほうの四姫戦姫のユーザーじゃないってこと?」
「四姫戦姫って、このゲームの基になったアプリですよね」鏡花の発言に素早く頷く。「いえ、全然、触ったこともありません」
「触ったこともない…!?」
衝撃の発言に面食らう。
鏡花が言ったことが真実なら、戦姫のレベル差並みかそれ以上のハンデだ。
「ちょっとどういうこと、アリス。このゲームの参加者って現実のアプリをプレイしている人間から選ばれるんじゃないの?」
「まあ、雪花様。私めがそのようなことを一言でも申しましたでしょうか?」
得意げな微笑み。どうやら、意図的に伏せられていたことのようだ。
「あー、畜生…また黙ってたんだね」
「うふふ、お言葉が悪うございます」
そうして、どんな文句を重ねてやろうかと青筋を立てていた雪花だったが、ふと、そもそも尋ねようとしていた質問の答えが見えた気がして、ハッと目を見開いた。
「そうか、だからゲームの開始時期に差があるんだ」
「ご明察でございます、我が主」
アリスはいつも通り、スカートの裾を持ち上げて恭しく頭を下げると顔を上げた。口元には赤い三日月が歪に輝いている。
「そんな大事なことを――」
「『どうして言わなかったの!』…などと、ヒステリーは起こさないで下さいな」
声音を変えたのは、どうせ自分の物真似でもしているつもりだろう、と雪花は鼻白む。
「そんなことを尋ねられても、私の答えは一つでございます」
そこでアリスは息を吸う。
また嫌味を言うつもりだ、と直感した雪花は、そうはさせるかと続く言葉を取った。
「『聞かれませんでしたので』」
見事に二人の言葉が被り、アリスが驚いたふうに目をパチパチさせた。
「ふふ」と目論見が上手くいって雪花が笑えば、二人のいつものやり取りを知っている日良李や真莉愛がつられて笑う。
「…失礼します」
思わぬ反撃を受けたアリスは、あからさまに不機嫌な顔をして虚空へと消えた。へそを曲げただろうが、良いものが見られたので良しとする。
「…人間みたいな従者」
雪花らがくすくす笑うなか、声を発したのは時音だ。
「皮肉っぽいところとか、ちょっと先輩に似てますよね」
「ちょっと、日良李。私のことそんなふうに思ってたの?」
「あ、いえ、そのぅ…」
冗談で責めただけだったが、思いのほか日良李は真面目に恐縮してしまった。そのせいで、真莉愛のセンサーが稼働する。
「皇雪花!日良李にそんな顔させるなんて、どういう了見かしら!?」
「げ…」
「『げ』、ですって!?」
自分で蒔いた種とはいえ、面倒なことになりそうだと苦い顔をしていると、思わぬところからフォローの声が上がる。
「おいおい、小町姉。声がでけぇよ」
「お黙り!今は大事な話を――」
「あー、うっせえのはテメェだ!情報共有すんじゃねぇのかよ」
怒鳴り返され、真莉愛は驚いた表情を浮かべた。やがて、冷静さを取り戻したらしく、小さな声で謝罪し、雪花に話の舵を戻した。
どうやら、灰里は意外と仕事ができるタイプらしい。
お礼を兼ねて彼女の瞳を見つめて頷くと、片手を上げて応じた。スマートさも意外に思いつつ、雪花は本題に戻った。
すでに冬が訪れ、ゲーム自体の制限時間が短くなりつつある。そのため、雪花はこれだけは聞いておかなければという点を絞り、質問することにした。
まずは、あえて聞きづらいことから入った。
どうして二人だけなのか、という点だ。
これについては、あまり二人とも語りたがらなかったが、とても大事なことは聞けた。
――四季が巡っての決着、つまり、タイムアップの場合は、死んだ戦姫は戻らないということ。
事実かどうかなんて確認する必要もなかった。寄り添い合う二人の姿こそが何よりもの証明だ。
(このゲームにおいて、数的有利はかなりでかい。つまり、二人はもう…)
雪花はそれから先を考えるのを意図してやめた。
他人の不幸など、考えるべきではない。
彼女らと二度と戦わないなんて保証はないのだ。いよいよのときに、気持ちが鈍ってはいけない。
悪魔の吐息のような嫌な風が一同の間を抜ける。これ以上、恐怖や不安が蔓延しないよう、雪花は素早く次の質問に移る。
「あの、話せるならで構わないんですけど、【固有スキル】について何かご存知ですか?」
「あ、はい。それなら分かります」と鏡花が時音を見やる。
「もしかして、葉山さんのさっきの動き、固有スキルですか」
ある種の確信を持って尋ねれば、一瞬だけ躊躇した様子を見せた後、時音が頷いた。
あれはとっておきの切り札だ。内容を尋ねられても困るだろうから、そこは避けて深掘ることにする。
「私たち、誰も固有スキルの使い方が分かっていなくて…。あれ、強力じゃないですか。せめて、好感度がどれくらい上がれば固有スキルの情報開示があるのかだけでも知りたいんですけど…」
「あー…」
先ほどまでできる限り協力しようという顔だった鏡花が、途端に表情を曇らせた。
「その、できることなら教えてあげたいんですが…」
「何か問題があるんですか?」
「えっと…」
急に歯切れが悪くなったことを訝しがり小首を傾げていると、鏡花の代わりに時音が横から答えた。
「私たち、初めから好感度が最大だったから、分からない」
「えっ!?」
初めから最大?
どういうことだろう、そんなことがありえるのだろうか。
自分と紅葉など、初期数値は『1』だった。従者なんて、『0』である。
クラスアップやステータス補正に影響がある好感度に差があることだって、十分立派なハンデ足り得る。それにも関わらず、初めから最大値とはどういうことだろう。
「ちょっと、時音」
「大丈夫だよ、鏡花」すぅっと、時音の目が細まった。「どうせ、二度と会わない」
冷淡で、突き放すような物言い。クラスの中にいるなら、絶対に関わらない火種タイプの人間だ。
しかし、鏡花もその言葉を受けて不快がる素振りはなく、むしろ安心したように頷いた。
「あの…詳細をお聞きしても構わない感じですか?これ」
こくり、と時音が頷く。それから、彼女は事もなげに続けた。
「私たち、幼馴染で――パートナーだから」
「パートナー…」
意味も分からずオウム返しするような口調でぼやいたのは日良李である。雪花のほうは、その意味が気になって仕方がなかった。
「そ、それって、その、つまり…恋人、ってことですか」
「そうなる」
「そ、そうですか…」
堂々と言い切った時音に対し、鏡花のほうは顔を赤らめて俯いている。その様子に、なるほど、確かに可愛らしい恋人かもしれない、と得心してしまう自分がいた。
小町姉妹だって我が事のように顔を赤くして二人を見ていたが、一方で、灰里だけは飄々と普段の様子を崩さない。
「だから、どの段階かは分からない」
「あ、はい。それは仕方がないですね」
せっかくの機会と思ったので、雪花は残念がって肩を落とす。すると、そんな彼女を見て何を思ったのか、時音が脈絡なく言葉を発した。
「――【同じ地獄に】」
「え?」
「私の固有スキル。『四姫者の近くに敵戦姫がいるとき、全ステータスに強烈なバフがかかる』」
その説明で雪花は合点がいった。
「…それで、あのとき狩人とは思えない動きを…」
「そう。多分だけど、固有スキルは個人の気質の影響を受けると思う」
「個人の気質…」
なるほど。確かに、二人の信頼関係は一見するだけでかなりのものだ。だからこそ、四姫者と関連のあるスキルなのかもしれない。
「いいんですか?切り札、教えちゃっても」
「あんまりよくないけど…私たちの命の値段くらい、払っておく」
命の値段、という言葉に雪花は目を丸くする。もちろん、他のメンバーもそうだったが、鏡花だけが苦笑いだった。そこにも、なんとなく二人の関係の深さが現れているようだった。
「結構、びっくりするくらい体の感覚が変わる。それを鏡花も知ってるから、さっきも飛び出してきた」
「あはは、セオリーガン無視でびっくりしたよ」
笑い声を出したのは自分だけだ。笑うところではなかったのかもしれない。
ふと、時音の無感情な視線が、離れたところで蹲ったままの紅葉の背中を捉えた。
「だからこそ、あのとき本当に驚いた」
徐々に、時音の瞳に深い闇を映したような負の感情が渦を巻いた。
不服、苛立ち、そして、嫉妬…。
「一対一。クラスアップもしてないブレイドなんて、何度も同じ状況で殺してきたのに…あの人、顔色一つ変えなかった」
自分の話をされているなんて分かりもしないだろう紅葉は、ふと立ち上がると、ゆっくりとこちらを振り返った。そして、みんなの視線が自分に集中していることに気づくと、目を見開いて立ち止まった。
「何者、あの人」
誰に尋ねるでもない時音の呟きの後、ぞっとするほどの静寂が周囲に広がった。そしてそれは、紅葉にも何かしらの気づきを与えたのであろう。彼女は酷く苦しげな顔になると、ゆっくり俯いた。
そのときの雪花は、とても複雑な気持ちになっていた。
確かに、時音の疑問ももっともだし、自分だって同じように思うことが度々ある。
だが…だからといって、紅葉にあんな顔をさせていいわけではない。また、紅葉を怪物扱いしていいわけでもない。
「大神紅葉」
小さな声だったが、十分、その場にいる者に聞こえる声だった。
「矢が刺されば赤い血が流れる、ただの人間だよ。頑固で可愛げがないけどね」
その解答に納得している者、そうではない者がいたのは口にされずとも雪花には分かった。
でも、そんなことは別にどうでもいい。
こちらを向いている紅葉の顔が、驚きと、ほんの少しの安堵感に色づいていたから。




