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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
六章 深い森

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深い森.4

「真莉愛先輩、次を右にお願いします」


 画面に視線を落としつつ、雪花がナビゲートする。


「承知したわ。日良李、ちゃんとはぐれずについて来られてる?」

「もう、当たり前じゃん。お姉ちゃんこそ、虫に気をつけて進んでね」

「まぁ、日良李ってば…雪花さんの皮肉屋がうつったのかしら…」


 真莉愛が憂いを帯びた吐息を漏らす。色っぽいが、憎たらしいものがある。


「私は病原菌かなにかですか…」


 現在、一同は隊列を組んで戦陣を進軍していた。


 真莉愛が先頭に立ち、その後方に四姫者である自分とシスターの日良李が位置を取る。


 ナイトを中心とした基本的な陣形――今までは、そうしてきた。


 だが、今回からは違う。索敵能力の高いシーフが、狐塚灰里がパーティーの仲間入りとなったからだ。


「なあ、小町姉」


 真莉愛の半歩前を行く灰里が、両手を頭の後ろで組んで真莉愛に話しかける。


「なにかしら、狐塚灰里」

「どうして私が先頭なんだ?」

「もう、それはさっき、雪花さんが何度も説明してくれたじゃない」


 大仰にため息を吐いた真莉愛は、ちらりと一度だけ、雪花のほうを確認した。雪花は、これ以上の徒労はごめんだと、真莉愛に片手を差し出し、役回りを押し付ける。そうすれば、彼女は口元をわずかに歪め、再び灰里のほうへと顔を向けた。


「いいこと?もう一度しか説明しないわよ。貴方は【シーフ】というジョブなの。ジョブ、分かるかしら?スポーツでいうところのポジションのことよ。そして、シーフは感覚が鋭いジョブだから、罠や敵を見つける能力が長けているの。そんな貴方を先頭にすれば、私たちが奇襲を受ける可能性も減るというわけ、分かったかしら?」


「…おう」


 不穏な返事だ。さっき、何回も聞いた。


「おう、って…。本当に分かっているのかしら…」

「で、なんで私なんだ?」

「貴方!やっぱり分かっていないじゃない!」

「ち、違ぇよ!シーフはそのぶん、防御能力が低いんだろ?だったら、私が先頭は危ないんじゃねえのか」


 その言葉を聞いた真莉愛は自信ありげな顔を浮かべると、こんこん、と自らの鎧の胸辺りを叩いた。木漏れ日を受けて、新品の鎧がどこか誇らしげに輝いている。


「そのために私がいるんじゃない。きちんと守ってみせるから、安心しなさい」

「はぁ?小町姉がか?」


 灰里は思い切り疑わしそうな視線を真莉愛へと向けた。


「あら、なにかしら。不満?」

「ああ、不満だね。品行方正のお嬢様に背中を預けるなんて、ぞっとしねえからな」

「…ふん、やっぱり貴方は日良李に近づかないで頂戴。不良がうつるわ」


 互いに睨み合いつつ、行く手を阻む木の根を避ける二人に、雪花は肩が重くなる錯覚を覚えた。


 よりにもよって、真莉愛と相性が悪いタイプが新しく加わるとは…。


 どうせ誰かを巻き込むのであれば、もう少し当たり障りのないタイプにしてほしいものだ。


 太い根を大きく迂回しながら進んでいると、五人の前に深い茂みが現れた。


 真莉愛や灰里、日良李だって臆せず茂みに割って入る中、紅葉だけがぴたり、と足を止めた。


「ん、どうしたの?」


 不審に思って雪花が声をかけると、彼女は少し不安そうに自分の足を見つめて言う。


「草負けしないかしら」


 意外な心配だな、と雪花は毒見するみたいに茂みに足を踏み入れる。


「大丈夫そうだよ。ま、どっちにしろ、向こうに戻ったら治るだろうし、とにかくおいでよ」

「それは雪花のスカートが短くないから言えるのよ。そもそも、治る保証なんてないじゃない」


 顔をしかめてそう言うと、紅葉は自分のスカートの裾を忌々しそうに握る。


 肉食獣のように無駄のない肉つきをした白い太もも。それを見て、思わず雪花は喉が鳴った。


「…ま、確かに紅葉の衣装は大変そうだよね。布面積、少ないし」

「本当よ。どうしてこんな恥ずかしい格好なのかしら」

「ふふ。いいから、おいでってば」


 いつまでも草むらに入らない紅葉の手を引っ張る。


「きゃっ!ちょっと、急に引っ張らないで!」

「そう言われてもね。置いていかれたらどうするの?日良李まで行っちゃったよ」

「わ、分かってるわよ、行けばいいのでしょう」


 雪花は、自分の手を払い、自暴自棄になったようにぐんぐん進み始める紅葉の後を苦笑しながら追いかけた。


「こっちの草負けが現実でも続いたら、薬でも塗ってあげるよ」


 すると、不意に紅葉がぴたりと足を止めてこちらを振り返った。その顔には、得も言われぬ感情が浮かんでいた。


「…自分で塗るわ」


 どこか敬遠するような目つきでそう告げた彼女に嫌な予感を覚え、雪花は小走りで近づく。


「え、なに、その感じ」

「たいしたことじゃないわ」

「そんな顔してないじゃん――って、ちょっと、置いていかないでよ!私、四姫者だよ!」

「…はぁ」


 仕方がないとでも言わんばかりに、紅葉が足を止め、振り返る。


「貴方の視線は、いちいち品がないのよ」


 すぱんと唐突に発射された言葉の弾丸に声を失って立ち止まると、少しだけ気に病んだ様子の紅葉が続ける。


「誤解してほしくないから一応言っておくけれど、趣味嗜好は人それぞれよ。貴方は貴方の好きにすればいいわ」


 ただし、と紅葉が自分の太ももを両手で隠しながら、頬を染める。


 葉が赤く色づいたみたいな、うっとりする美しさに鼓動が強まる。


「私の体に許可なく触れたら、承知しないから」


 紅葉は『言いたいことはそれだけだ』と背中で語ると、再び前進を始めて三人の元へと向かった。


 樹木の狭間にひっそりと佇む遺跡群。


 それに身を寄せた四人を遠目にしながら、雪花はゆっくりと我に返り、徐々に噛み砕かれた紅葉の言葉の意味を理解すると、危険も忘れて大声を出した。


「さ、触るわけないじゃん!ばーかっ!」



 夕暮れに照らされる遺跡群の石垣を、そっと指先で撫でる。


(改めて考えても、すごいよね…。本物だもん、この感触は)


 遺跡群の中で足を止めた雪花らは、話し合いの結果、ここで一夜を過ごすことを決めた。


 夜間、後衛職から奇襲を受けるより、昼のうちに歩き回ったほうがパニックを防げると思ったのだ。


 もちろん、一夜といっても何時間もかかるわけではない。おそらく、三十分もすれば朝が来て、季節が変わることだろう。


 空腹も眠気もない、どこか不気味な時間を、屋根も壁もある遺構の中で過ごす。


 扉のないちょっとした小部屋みたいになっているから、少し安心できた。


 きっと、みんなもそうなのだろう。出入り口で番をしている紅葉以外は、全員、アリスの炎を囲んで他愛もない話をしていた。ただ、真莉愛と灰里のせいで、いつヒートアップしてもおかしくはなかった。


 やがて、暁が夜を払い、夜啼鳥の代わりに小鳥のハミングが聞こえ始めた。


 それらの変化は、一瞬だけこの世界を比肩なき美しきものに変えたのだが、やがて、ジメジメとした熱気が漂い始めたので、それもすぐに忘れ去られた。


「…おい、急に暑くなってきたぞ」

「これがさっき説明した、季節の変化。春が夏に変わった証拠なの」

「マジかよ。本当に熱くなる必要ないんじゃねぇのか」

「はは、私もそう思った」


 元々体力がない自分や日良李が酷くげっそりとした顔つきをしている一方、紅葉や真莉愛は涼しい顔をしていた。真莉愛に至っては、すぐにでも進軍を提案するほどだ。


「さあ、行きましょう。そろそろ戦闘も始まるでしょうし、気合を入れていくわよ」


 戦闘、という単語に紅葉と灰里は顔色を変えた。正常な反応だ。特に灰里は。


 反面、日良李と真莉愛の普段通りの様子には改めて感心させられる。


 どこをどうしたら、ここまで割り切れるのか――いや、『興奮した』などと言えてしまう自分に言われたくはないか。


「よし、そうと決まれば…ほら、早く先頭に立って、狐塚さん」

「…やっぱり、あんたは大物だな」

「何を言っているの?いいから、行くわよ!」


 皮肉も通じない真莉愛が遺跡から一歩外に出ると、灰里も頭をかきながらその後に続いた。


(お。思ったよりも素直)


 雪花が陣形に沿って自分も進もうとしていた、その瞬間だった。


「危ねえ!」


 突如、灰里が大声を上げた。と同時に、きょとんとした顔の真莉愛に飛びかかり、押し倒す。


 白銀の鎧が音を立てて石の床に激突する。すぐにでも紅葉は駆け出していた。


 灰里の動きは、真莉愛を庇ったものだと容易に把握できた。


 しかし…。


(しまった、奇襲を受けたのは分かるけど、肝心なシーンを見逃した…!)


 矢か魔法か、それとも一撃離脱の一太刀を受けかけたのか。


「これじゃ、指示が…!」


 奇襲を受けた後の迷いは敗北に――ここでは、死に直結する。


 すぐにでも二人の元にたどり着きそうな紅葉に対し、日良李は怯えて固まっていた。彼女らしいし、ジョブとしてもそれでいい。シスターがやられるのは手痛い。


「どうして私が庇ってるんだよ…」


 苦い顔でそう呟いた灰里が立ち上がろうとしたとき、その体が仰向けになった真莉愛のほうに引き寄せられた。


「うわっ!」

「動かないで!」


 真莉愛の警告の後、びゅん、と鋼鉄の矢が二人の頭上を通り抜ける。


「狙われているわ、私たち」


 そう言うと真莉愛は素早く立ち上がり、窮屈そうに大盾を構えた。


 白い盾の表面に矢が牙を立てるも、容易く弾き返され、残り火みたいに落ちる。


 綺麗に奇襲は受けたが、おかげで敵の正体が判明した。


「みんな、アーチャーがいる!物陰に隠れて!」


 すぐさま警告を出したところで、紅葉が反発する。


「何を言っているの!まだ真莉愛さんが表にいるでしょう!」

「真莉愛先輩の防御力なら心配いらないって」


 淡々と説明した雪花に紅葉は目を大きく見開き、それから眉間にしわを寄せて言った。


「人でなし」


 言うや否や、紅葉は隠れていた壁から飛び出し、真莉愛たちのそばに移動しようとした。


 しかし…。


 即座に、飛び出た紅葉に矢が放たれる。


 空を裂くそれは反射的に紅葉が構えた鞘に弾かれたものの、彼女の姿勢を大きく崩すことには成功していた。


「くっ」


 続く第二射を抜刀した剣の腹で防ぐも、間髪入れずに放たれた三射目は受けきれず、紅葉の左の二の腕に突き刺さる。


「っ…!」

「紅葉、下がって!」


 悲鳴も上げずに耐え忍ぶ紅葉の姿に雪花が大声で叫ぶも、彼女はその場を動こうとはせず、再び剣を斜めに構えた。


 無謀な対峙を続ける紅葉の体力を確認する。すでに三分の一ほど削れている。


 この局面で紅葉が離脱するのは不味い。


「真莉愛さん、早くそいつを連れて物陰に…!」

「え、ええ」


 紅葉に促された真莉愛は、大盾を遮蔽物にして、どうにか雪花たちとは反対側の物陰に隠れる。


「そっちも戻って、紅葉さん」

「はい」


 ほんの少し安心した表情を紅葉が見せたとき、その隙を突いて精密な一矢が彼女を襲った。


 紅葉、と名前を呼ぶ暇もなかったが、一糸の乱れもない射撃に対し、紅葉のほうも尋常ならざる反応を見せた。


 剣を素早く下から振り払い、弧月を描く。


 矢は真ん中から、綺麗に半分に折れた。


 だが、誰もが目を奪われる一閃も虚しく、続いて放たれた矢がとうとう紅葉の脇腹に食いつく。


「あ、ぐっ…!」


 ふらり、とよろめく紅葉の体。


 あちこちで、彼女の名前を呼ぶ声が上がった。


 たった一人、声を上げていない雪花は集中した顔つきでパッドを操作すると、矢が飛んできている方向と紅葉との間に駒を召喚した。


 青い光が二つ連続で放たれる。それらが壁になっている隙に、雪花は紅葉のしなやかな体を引きずり、物陰に避難することに成功した。


 飛び込むように安全圏に倒れ込めば、すぐさま日良李が紅葉の治療を開始する。


「ギリギリセーフ…」と吐息を漏らしつつ、雪花は先ほど避難するときに見えた人影のことを思い出す。

 ぴんと伸びた背筋、命を狙う矢の鈍い輝き…。


(異様な遠さだった…。この間のアーチャーとは比べ物にならないくらい、射程距離が遠い)


 予測が外れた。こっちの戦姫だってクラスアップしているのだから、相手もしていると考えるべきだった。


 しかし、危険な目に遭ったのは何も自分の判断ミスのせいだけではない。むしろ、あっちのほうに問題の多くはある。


「紅葉、ちょっと独断行動しすぎ」


 壁に背を預けて項垂れている紅葉を、じろりと睨む。


「死ななかったからいいけどさ、負う必要のないリスクは避けてよ」


 すると、紅葉は青い顔を歪めて応じた。


「…お説教なら、後にしてくれるかしら…。そ、それどころではないのよ…」


 確かに、彼女の体力は四分の一近い。


 もう一撃貰っていたら、致命傷だったかもしれない。


「い、痛みますか?大神先輩」


 日良李は紅葉の脇腹に矢が突き刺さったままで治療を続けていた。


 抜くと大量に血が出るとは聞くが、あれでいいのだろうか…と心配していると、彼女の体力が満タンに近づくにつれ、矢は薄っすらと消失していった。矢傷も全く残っていない。


「…もう大丈夫よ。ありがとう、日良李」


 驚いたことに、紅葉は日良李の頭をぽん、と軽く撫でてみせた。


「あ、ど、どういたしまして…!」


 顔を赤らめ、ぺこぺこと頭を下げて動揺する日良李に対し、紅葉はいつもと同じ冷淡な面持ちで立ち上がると、また物陰から身を覗かせようとしていた。


「ちょっと」と紅葉の腕を引く。

「なに」


 不機嫌そうな彼女の顔に、言うべきか悩んでいた言葉をぶつける。


「片方は文句を言われて、片方は撫でられて…日良李と私の扱いが違いすぎない?」


 紅葉は雪花のクレームを耳にすると、初めはきょとんとした顔を見せた。だが、そのうち段々と渋面を作り、最終的には深いため息を吐いた。


「…それの何が問題なの」

「はぁ?問題だよ。士気が下がるでしょ、士気が」

「誰の」

「私の」

「どうして」

「どうしてって…」


 そこで、雪花の言葉は途絶えた。


 自分でも子どものような駄々をこねていると気づいたからだ。


 それを追い打つように紅葉は言った。


「貴方の頭も撫でてあげれば満足だったかしら」

「ち、ちが…うけど」

「はぁ」


 また一つ、ため息を吐いた紅葉は物陰から向こうを覗き込んだ。


「こんなときに緊張感のないことを言わないで。貴方は矢が刺さっていないから分からないだろうけれど…死ぬかもしれないのよ、気をつけなさい。馬鹿みたいな会話が最後の言葉にならないようにね」

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