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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
六章 深い森

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深い森.3

「駄目!やめて、アリス!」


 雪花は弾かれたように必死になって叫んだ。


 これ以上、誰かを巻き込むなんてありえない。


 少しはアリスと言葉を交わせるようになった今なら、話を聞いてくれるのではないかという淡い希望も彼女の胸にはあった。


 だが…。


「ふっ」


 あろうことか、アリスは雪花の懇願を鼻で笑った。


「申し訳ございませんが、規則ですので」


 カナリアが鳴いているような、甘く、綺麗な声で、彼女は残酷に告げる。

 アリスがさらに指先を動かす。幽玄な青い光は、人魂みたいに虚空で揺れる。


「アリスっ!お願いだから言うこと聞いて!」


 青い光が徐々に人の形を象っていくのを見てしまった焦燥から、雪花はさらに強い言葉を投げかける。


 その言葉に、ようやくアリスが指の動きを止めた。


 気持ちが届いた、と希望を抱いたのも一瞬のこと。首だけで振り返るアリスの顔を見て、雪花はその認識が間違いであることを悟った。


 そこにあったのは、十代の見た目にはとてもそぐわない、邪悪な微笑みであった。


「何か勘違いされているようですから、改めて申し上げておきましょうか」


 冷淡で侮蔑的な眼差しが自分を貫いているのを、信じられないものでも見ているような想いで雪花は受け止める。


「私と貴方は、あくまでゲーム上の主と従者。本当の主従でもなければ、ましてや、お友だちでもない。…つまり」


 パチン、とアリスが指を鳴らす音が響いた。まるで、火花が散ったみたいな音だった。


「貴方などには、私に命令する権利はないんですよ、皇雪花」


 初めて敬称を取り除き放たれた言葉の弾丸は、雪花の胸を深く貫いた。


 仲良くなれていると思ったのに…好感度『0』が示していたように、それは自分だけだったようだ。


 人の形を象った光はアリスが指を弾いた数秒後、一際強く輝き、霧散した。


 突然現れた人間の姿に周囲がざわめく中、雪花の視線はただ自らの従者に向けられていた。


 こちらを傷つけようとする意志を感じる眼差しが、失意に渦巻く雪花の瞳に飛び込んで来る。


「アリスは…私たちの味方?それとも、敵…?」

「ふふ…互いに害を成す関係を『敵』だと呼ぶなら、少なくとも敵ではございません」


 含み笑いを浮かべるアリスは、断じて『味方』でもないとでも言いたげだ。


 そんな彼女を見ても、紅葉はいつも通り忌々しそうにするだけ。ショックを受けないことが不思議でならなかった。


「…雪花、相手をするだけ無駄よ」

「でも」

「でもじゃないわ。あの子に何を期待しているの」


 期待?


 そうだ、自分はアリスに何を期待しているのだろう。


 仲良く…なんて、難しいのだろうか。


「あの子は、人間じゃないのよ」


 分かっている。分かっているけれど…。


 人と、そうではないものの差は何なのだろうか。


 その境界線というのは、どこにある?


 意志を持ち、言葉を交わすことができるアリスが人間じゃないとして…自分が人間である証明とは、どうやって行うのだろう。


 そうして頭を抱えて考えていたところ、紅葉が、「もっと大事なことが今はあるでしょう」と不機嫌そうな顔で雪花の後方を示した。


 そうだ、新しい仲間――戦姫が召喚されたのだ。


 あまりにも過酷な運命に巻き込んでしまった相手の顔を、雪花は振り返って確かめた。


「あのよ、何が起きてるのか説明してほしいんだけど」


 予感がしていなかったと言えば嘘になる。人付き合いを避け始めた自分がまともに関わりを持った人間など、数えるほどしかいないからだ。


「…うん、ごめんね、狐塚さん」



「よし、皇さん。私を殴れ」

「んー…だから、どうしてそうなるかなぁ」


 狐塚灰里にこのゲームの説明を始めてから、そろそろ五分が経とうとしていた。


 肝心のアリスも、一礼してから光となって消えてしまった。他の三人も説明役を代わってくれそうにない。


 黒のホットパンツとシャツ。首にはトレードマークのスカーフを巻いて、白磁器みたいに白い肌を惜しみなく晒す衣装は、【シーフ】のそれだった。


「うぅん…」

「おいおい、そもそもそんなことを急に言われてもよ、信じるほうがどうかしてるだろ?だから、夢じゃないって証拠が欲しいんだよ」


 額に手を当てた雪花に、灰里があっけらかんと返す。正論ではある。


「いやさぁ、それならせめて自分で叩いてよ」

「あぁ?嫌だよ。そんなことしてたら、頭おかしいだろ」


 片眉をひそめる灰里に、雪花は呆れたように半目になった。


(おかしいのは狐塚さんの頭でしょ…)


 このままでは埒が明かない。


 すると、紅葉が無言のままに寄って来た。


 まさか彼女が助け舟を出してくれるとは思ってもいなかったので、雪花もつい口元を綻ばせたのだが、直後、紅葉が痛烈な平手打ちを灰里の頬に叩き込んだときは、驚くよりも限界突破の呆れを覚えた。


「いってぇ…!おい、てめぇ、なにすんだ!」

「ふん。貴方が叩け、叩けとしつこいからそうしたのよ。何か文句でもあるの?」

「頭おかしいだろ、てめぇ!」

「痛かったでしょう?」

「あ?…ああそうかい、そりゃどうも!」


 雪花は、声を荒らげて頬を抑える灰里を横目に、紅葉を責めるように見つめるも、彼女は興味なさげに元の立ち位置に戻るばかり。


「だ、大丈夫?狐塚さん」


 素早く駆けつけた日良李が、シスターの力で頬の腫れを治癒する。そのおかげで、赤みと腫れはすぐに引いていった。


「うおぉ…こりゃすげえ。あっという間に治っちまった」

「ごめんね、乱暴なことしちゃって」

「あ?いいよ、私が頼んだんだし。というか、小町、お前も巻き込まれちまってたんだったな」

「うん。ちょっと前からだけど」

「…そっか。信じられないけどよ、めちゃくちゃ痛かったからな…現実、でいいんだよな?これ」

「…うん」


 結果として、鋭い痛みが瞬く間に治るという経験と日良李の深刻そうな表情が、灰里にこれを現実だと信じさせることにつながったようだ。


 灰里は真剣な顔で口を閉ざすと、腰のベルトから短剣を抜き取り、白刃を見つめた。


 日良李との距離も近い。ある種、危うげな行為だ。


 もちろん、灰里がそんな狂気じみた行動を起こすとは思っていなかったが…誰もがそうとは限らない。


「…この子、大丈夫なの?日良李」


 灰里の行動を見てすぐに日良李の隣に移動してきた真莉愛が、そっと妹に耳打ちする。すると、日良李が返事をするより早く灰里が半笑いで口を挟んだ。


「大丈夫だよ、小町姉。――ったく、噂に違わぬシスコンぶりだな」

「な、なんですって!?」

「一年の間じゃ、あんた有名人だぜ。容姿端麗、文武両道、そんでもって、シスコンで変態だってな」

「へ、変態…!?」


 真莉愛は、事実を突きつけられて(決して自分じゃ認めないだろうが)フリーズしてしまった。だが、氷がとければ噴火するのは目に見えている。


 事実、数秒もしたら彼女は激昂した。


「あぁ…また始まった」


 どうして、うちのパーティーはこうもまとまりがないのだろう。


(…いや、分かってる。個性がね、強すぎるんだよ。全員、原色、ビビットカラー…新しい戦姫も例に漏れずね…)


 歯に衣着せぬ物言いをする紅葉。


 一見にまともに見えるが、姉妹愛が行き過ぎている真莉愛。


 日良李だって、時折、驚くほどの執拗さを見せる。


「あ、あ、貴方みたいに品のない人が、日良李に近づかないでくれるかしら!」

「あぁ?誰の品がないんだよ、この変態!」

「貴方に決まっているでしょう、狐塚灰里!あ、あと!私は変態じゃないわ!」


 真莉愛と灰里がぶつかり合う傍らで、その火種となった日良李が狼狽している。


 これを自分が止めなければならないのだろうかと辟易しつつ、紅葉を一瞥するも、彼女は我関せずと瞳を閉じていた。


「ちょっと、二人とも…」


 雪花がしょうがなく口を開きかけたそのとき、木々に遮られた天空に鐘の音が響き渡った。


 ゴーン、ゴーン…。


 戦いの火蓋が切られたことに、灰里を除いた一同は緊迫感に満ちた表情を浮かべた。一方、何が起きているのか分からない彼女だけが、口をぽかんと開けて空を仰いでいる。


「なんだ、何が起きてるんだよ」

「始まるんだよ」


 相手のほうも見ず、雪花が答える。


「始まるって、本当に…」

「うん」


 これ以上、説明のために時間は割けない。悠長なことをしている間に、敵から襲撃を受けようものなら終わりだ。


「狐塚さん」

「なんだよ」少し青い顔をしている灰里が答える。

「こんなことに急に巻き込まれて、困惑してると思う。だけど、あんまり時間がないんだ。だから、単刀直入に聞かせてもらうね。――戦いに、協力してもらえる?」


 少し離れた場所で真莉愛が顔をしかめた。ストレート過ぎだと思われたかもしれないが、時間がないのは事実だ。


 灰里は何も答えない。


 当然と言えば、当然の反応である。真莉愛のように絶対的な価値が自分の中にある人間のほうが、異常なのだ。


 数秒待って、雪花は小さく息を吸う。


「強制はしないよ。かかってるのは自分の命だからね」


 雪花は、行こう、と真莉愛や紅葉たちに目配せして歩き出した。


 これでいい。戦力が低下するのはゲーム上、痛手ではあるが、使えるかどうか分からない駒を持たされるよりずっといい。それに、何かあったときの罪悪感が多少はマシだろう。


「待って、雪花さん」


 間を置かずして雪花に追いついてきた真莉愛が、彼女を呼び止める。


 おおかた、異論を唱えるつもりだろうと先読みした雪花は、振り返りざまに言葉を発した。


「真莉愛先輩、こればかりは譲りませんよ。強制はしたくないんです」

「いいえ、違うわ。先頭を歩くのは私。そうでしょう?」


 その言葉に、雪花はハッとする。


「真莉愛さん…」


 どうやら、冷静さを欠いていたのは自分のほうだったようだ。


 雪花は真莉愛の言葉に従い、彼女を先導させた。


 やはり、日良李さえ絡まなければ、真莉愛は根本的には頼りになる人物である。


 人としても、戦姫としても。


 先陣を切って歩き出した真莉愛に続き、灰里にぺこりと一礼した日良李が自分の隣に駆け寄ってきた。


 こくり、と彼女は頷いてみせる。前髪の隙間からは、真莉愛との血のつながりを感じさせる、強い眼差しが木漏れ日のように放たれている。


 ふと後ろを振り返ると、紅葉はまだ灰里のところにいた。


「雪花の言ったとおり、強制はしないわ。そもそも、殺れと言われてそれができるのは普通じゃないもの」


 雪花が歩調を緩めてそれを聞いていると、紅葉は苦い顔をした灰里に当然のように続けた。


「必要であれば、貴方も守るわ。だから、一人が怖いなら一緒に来なさい。それが嫌なら…せいぜい、自分の身くらい、自分で守ることね。幸い、戦うにしても、逃げ隠れするにしても手段はいくらでもあるようだから」


 おぉ、と心の中でついこぼしてしまう。


(あの紅葉が、自分から相手を気にかけて、自分から『守る』なんてこと言ったよ…。成長したんじゃない?ま、色々と蛇足があったけど)


 灰里は紅葉の言葉を受けても怒りで顔を赤らめるばかりだったが、紅葉は言いたいことは言ったとばかりに背を向けて三人に合流した。


「待たせたわね。行くわよ」

「うん」紅葉の変容に声が弾めば、彼女は訝しげな視線をこちらに向けてくる。

「何よ」

「いや、ちょっとだけ丸くなったなぁって」

「丸くなった?」

「うん。良い方向に変わってるってこと」

「私は変わってなんかいないわ」

「そうかなぁ?」

「そうよ」


 つん、とした横顔を眺めていると、後ろから大きな声が響いた。


「逃げ隠れなんざするか!くそがっ!」


 草木を押しのけ雪花たちに追いつこうと駆け出したのは、もちろん灰里だ。


「元気そうでなによりね」と真莉愛が言う。


 紅葉以外全員頷いたが、その表情には複雑な想いが宿っていたのは言うまでもあるまい。

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