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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
六章 深い森

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深い森.1

 外は強い雨が降っていた。


 銀月も、今宵は静かに雲の向こう側に隠れている。


 喫茶コマチを出た雪花は、真っ直ぐ駅へと向かった。あいにくの雨模様だが、天気予報を確認していた彼女は、濡れないためにきちんと傘を差している。


 人もまばらな駅に着くと、時刻表も確かめないうちにベンチに座る。ローカル線なので、だいたいは来た電車に乗ればそれで済むのだ。


 雨垂れの音に心を癒やされながら、鞄からパッドを取り出す。青く点灯した画面には、すぐにアリスの姿が浮かんだ。


 また、じっと虚空を仰いでいる。


 物憂げな横顔だった。普段の斜に構えた様子は見る影もない。


 見なかったフリをしてクラスアップした真莉愛の情報でもチェックしようかとも思ったが、不思議とそれはできなかった。


(…なんか、寂しそうだし)


『アリス』と彼女と対話するためにログに文字を入力する。人も少ないとはいえ、画面に話しかけて変人扱いされたくはない。


 アリスはすぐにこちらを振り返った。無感情な顔が息苦しくて、雪花は相手が話す間も与えず言葉を紡ぐ。


『どう?今日は星、見える?』


 瞬間、アリスがぽかんと口を開けて画面越しにこちらを凝視してきた。


『えっと…アリス?』

「…雪花様、でしたか」

『そうそう。ごめんね?暇してたから話しかけちゃった。驚いた?』

「いえ、なんでもございません。何か用でも?」

『いや、用はないけど』

「ならば、どうして話しかけたのです」

『え?理由がないと駄目?』


 またも、驚いたような顔。あどけなくて、今のほうが愛らしく見える。


 しかし、今日はどうしたのだろうとアリスの可愛らしい顔を眺めていると、彼女は作り笑いを張り付けた顔で微笑み、「用事もないのに私に話しかけるとは、酔狂ですね、貴方も」と皮肉った。


 珍しく、相手をしてくれるつもりかもしれない、と雪花が話を続けようとしたところ、アリスはふわりといつもの会釈をしてみせた。


「ですが、私のほうには用がございませんので、お暇させて頂きます」

『えー、いいじゃん。従者なんだし相手してよー』

「嫌でございます」


 ふっ、とアリスの姿が消える。もはや、驚きはしない。


 すると、暗闇の中から声が聞こえた。


「星なら見えません。この場所からは、天上の星は見えないのですよ」


 陰鬱な色を帯びた言葉を残し、アリスは完全に画面上からいなくなってしまう。


「…なにそれ、じゃあ、なんで探すのさ」


 思わず、独り言がこぼれる。


 この間、あの青い空間でアリスと出会った際、彼女が見せた孤独な姿が忘れられない雪花は、もう一度だけ、ログを使って彼女に呼びかけた。だが、アリスが反応を示すことはなかった。


(アリスって、私たちがいない間、どうしてるんだろう…もしかして、ずっとあの場所に一人で…?)


 雪花には、それがとても悲しいことのように感じられた。


 あの海底のような場所で、ずっと…。


 ありがた迷惑かもしれないが、今度、彼女が顔を出すことがあったら、パッドを夜空に向けてやろうか。


 アリスが求めている星かは分からないが、遠く燃える星の光を見てもらうことはできるだろう。


 雪花がそんなことを考えていた、そのときだった。


「あ、お前…」


 声のしたほうを振り向けば、そこにはオーバーサイズの黒いパーカーを着て、こちらをじっと見つめている金髪の少女――狐塚灰里が立っていた。



 ガタン、ガタンと揺れる車内。ゴールデンウィーク開始直後とはいえ、やはり都心から離れたこの土地のローカル線が人で賑わうということはないようだ。


 雪花は何を話すでもなく、灰里と並んで椅子に腰掛けていた。


 別に双方口を開いて会話するわけではない。なんとなく、同じドアから乗り込んだため、離れるのも妙だと思い並んでいただけだ。


 怪しまれるかもしれないが、可能な限り自分のほうから口を開くことは避けよう、と雪花は考えていた。だからこそ、灰里のほうがぽつり、ぽつりと声を発したとき、本当に悩まされた。


「…あんた、いつもああやって生徒会室にいんのか?」


 あまり気持ちよくないが、無視することは可能だ。だが、それをさせない物悲しい雰囲気が灰里の伏し目がちな顔から漂っており、雪花は結局、貝のように口をつぐむことをやめる。


「最近はよくいるよ。まあ、紅葉以外の役員がいなくなってからだけど」

「そっか」


 こんなことが聞きたいわけじゃないくせに、と雪花は求められるより先に答える。


「生徒会長さんなら、私も見たことないよ。紅葉に聞いてみたけど、本当に何も連絡取れないらしいし」

「お前…」目を丸くした姿は猫のようだった。「…やっぱ、本当にずっと来てないんだな、竜野さん」

「多分ね。紅葉があんな嘘を吐くとは思えないし」

「はっ、分かんねぇだろ。あいつ、私のこと嫌いそうだしな」


 そう言うと、灰里は大きく伸びをして、両手を頭の後ろにやった。それから、真っ白な足を大胆に組み替えたため、なんとなく、雪花はそれに視線を吸い寄せられてしまっていた。


(太もも、真っ白…。ってか、油断してると下着が見えそうなんだけど…)


 自分には『雪』なんて名前がついているが、よっぽど彼女のほうがよく似合う文字だ。


 上の空になってそんなことを考えていると、灰里が自らのスカートの裾をぐっと下に引っ張った。


「あんたさぁ…」


 責めるような声音にハッとして顔を上げれば、苦い顔を赤く染めた灰里と目が合った。


「別にいいんだけどさ、あんまり分かりやすく見んなよ…」

「あ、ごめん」確かに、あまりに無遠慮な視線だったかもしれない。「肌、真っ白だね。綺麗で見惚れちゃった」

「…そ、そうかよ」


 上手く切り返せたことを僥倖と思いつつ、話題を戻す。


「さっきの話だけど、紅葉は仮に本当に狐塚さん――だったよね?狐塚さんのことを嫌ってたとしても、そんな理由で態度を変えるような人間じゃないよ」


 そうは言っても疑わしそうな灰里に、再度断言してみせれば、彼女はどこか意外そうに目を丸くして、反対側の窓に映る夜景を見つめた。


「そこまで断言されたら、信じないわけにはいかねぇな」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいかな」


 すると、なぜか灰里がにやりと笑った。


 普段の仏頂面や威圧的な顔より、ずっと魅力的だった。


「あんた、名前はなんっていうの?」

「あ、えっとね、皇雪花」


 口にしてから、しまった、と顔には出さず後悔したが、そもそも、誰とも関わらないことなど土台無理なのだと思い直す。


「皇雪花、皇さんね。覚えた。そっちはもう私の名前を知ってるみたいだったし、自己紹介はいいよな、皇さん」

「うん」

「それで、皇さん。聞きたいことがあるんだけど」

「なぁに?」


 人好きする笑みを浮かべる灰里。どうやら、意外と人懐っこいタイプのようだ。


 今まで自分の周りにいなかった種類の人間だから、雪花には彼女との会話がとても新鮮に思えた。まあ、最近はもっぱらそういう人間としか関わりを持っていないのだが。


「皇さんと副会長様は――できてんのか?」

「できてる…」


 一瞬、どういう意味か分からず唖然とした。しかし、すぐに理解した雪花は、顔を赤くして激しく首を左右に振った。


「ち、ち、違うよ!その、私たちは…」

「別にいいって。野暮なことは言いっこなしだ」


 完全に誤解を受けている、と羞恥で体が火照り始めていた雪花は、どうにか間違った認識を正そうとした。


 だが、思い込みが激しいタイプらしい灰里は相手の話を聞こうとはせず、そのまま彼女の降車駅に着いてしまった。


「私はここだからよ」灰里はすっと立ち上がり、パーカーのフードを被る。「皇さん、面白いな、あんた」

「…どうも。あのね、本当に誤解だから、誰にも――」

「分かってるよ」


 電車の扉が開く。外は相変わらずの雨模様だった。


 このままでは彼女が濡れてしまう。


 そう思った雪花は、素早く傘を片手に立ち上がる。


「あ、狐塚さん。私、駅のすぐそこに家があるから、傘、使って」


 すると、再び灰里は目を丸くしてから破顔した。


「ありがとよ、皇さん」と言いつつ、彼女は傘を手にせず外へ出る。「でもいいわ。今度いつ会えるか分からないしよ」


 声をかける間もなく、灰里の背中が遠ざかっていく。それを見送った雪花も、確かにその『今度』があんなに早く訪れるとは思ってもいなかったのである。

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