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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
五章 陽炎、稲妻、水の月

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陽炎、稲妻、水の月.3

 すでに日が落ちていて、紅葉の黒髪が月明かりを浴びて輝いていた。


 冗談みたいに、紅葉の体が加速する。


 風を追い越し、過ぎ去る全てを凌駕するようなその姿に目を奪われる。


 ぶんっ、と振り下ろされる長剣の一撃。


「紅葉!」と名前を呼ぶが、彼女に迷いはない。


 斜めに軌道を変えてそれをかわし、隙だらけの左足に一太刀浴びせる。


 敵も躍起になって足元の紅葉を踏みつけようとするも、くるりと転がった彼女はすでにそこにいない。


 一瞬で視界から消えた紅葉は、死角から逆袈裟、袈裟斬りと剣を振るった。


 返しの水平右薙ぎを後方宙返りでかわし、着地後、加速して刺突。


 狙いを定められる前に素早く左右に動き、袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、回転斬り…。


 そして、反撃がくれば、煙のように消え、死角から躍り出ては白刃を閃かせる。


 死線をくぐり続け、自らもまた死神の大鎌を振るう。


 まるで、死の舞踏だ。


 そうして、目にも止まらぬ動きで縦横無尽に舞う紅葉に翻弄され、肋骸骨の親玉の体に傷が増えていく。


 己の牙の使い方を知った獣の如く、彼女は幾重にも刃を重ね続ける。


「す、すごい…大神さん…」


 いつの間にか回復を終えていた真莉愛がそばに来ていた。日良李も一緒だ。


(…すごい?すごいなんてものじゃないよ、あれ。あれは――異常だよ)


 もはや、誰も手出しができない状況だった。


 紅葉の攻防は、素人目に見ても危険極まりないものだ。


 一閃、一閃、閃かせる際に、彼女は敵の攻撃をすれすれでかわしている。反応が遅いのではない。明らかに、紅葉が効率を優先するがゆえにそうなっているのだ。邪魔をして、回避タイミングにずれが生まれようものなら、どうなることか分からない。


 可能な限りコンパクトに、鋭く。


 一撃、一撃は致命傷にならずとも、それは何の問題でもない。


 太刀を浴びせ続ければ、いつかは殺せる。


 集中で研ぎ澄まされた彼女の瞳が、そう言っていた。


 肋骸骨が渾身の唐竹割りを振り下ろしたとき、雪花たちは一様に悲鳴にも似た声を上げてしまった。


 頭から両断されたのではないか、とぞっとする想像が浮かんだが、砂塵が晴れたとき、そこにはほんのわずかに体をひねり、紙一重で斬撃をかわしていた紅葉の姿があった。


 鈍い輝きを放つ瞳で、肋骸骨を睨みつける紅葉。


 見切っているわ、とでも言いたそうに見えた。


 ごくり、と雪花はつばを飲む。


(少しずつ、無駄を削いでる)


 紅葉は、地面にめり込んだ長剣を踏み台にして、高く飛んだ。


 きらり、と光った刃は、確実に肋骸骨の首筋を切り裂いた。


 あれが人間であったなら、間違いなく、勝敗は決していただろう。


 だが…。


 怪物は、そのまま頭をぐらぐらと揺らしながら、長剣を浮いている紅葉目がけて振るった。


 ぎんっ、と火花が散ると同時に、紅葉のしなやかな体が上空に飛ばされる。


「大神さんっ!」と真莉愛が駆け出す。


 その声に、慌てて雪花も駒を数体召喚したが、羽虫を払うみたいに振り抜かれた一閃に、駒も、そして真莉愛も、まとめて吹き飛ばされてしまった。


 砦の石壁に叩きつけられた駒は青い光となって消え、肝心の真莉愛もぐったりとして動かない。


(――い、今、防御してなかったんじゃないの…?)


 すぐにパッドを確認する。満タンだった真莉愛の体力は、すでに一割ほどにまで減っていた。


『死』という単語が頭に浮かぶ。装甲の隙間から滴る赤い血液がそれをさらに助長した。


 ふと、雪花はパッドを操作していた指先が震えていることに気づく。


 対人戦のときより、よっぽど精神的にきていた。


(四姫者の自分がこんなことで、どうすんの…っ!)


 雪花は宙に打ち上がった紅葉を捉えたまま、硬直した日良李に怒鳴るように命じる。


「日良李、真莉愛先輩のとこに!」

「え、あ…」見なくても分かる。顔面蒼白なことだろう。だが、今は優しくはしてやれない。「何してんの!早く行って!」

「は、はいっ!」


 同時に、雪花も日良李とは違う方向に駆ける。紅葉のほうだ。


 真莉愛の二の舞いにならないよう、細心の注意を払う。


 狙うべきは、落ちてきた紅葉に止めを刺そうとした瞬間だ。それを阻止できなければ、真莉愛一人で戦ってもらうことになる。できれば、それは避けたい…!


 タイミングを見計らうべく、上昇から落下のベクトルに切り替わった紅葉を凝視する。


 それにより、ふと、雪花は妙なことに気がついた。


 宙に投げ出されていた紅葉は、腰のベルトから鞘を外し、さらには剣をそこに納めていたのだ。


 諦めて、死を受け入れたわけではないということは、神経が研ぎ澄まされた面持ちから容易に分かる。


 黒曜石の瞳は、ただ、一点を見つめていた。


 剣を納めた鞘を、体の前に構えた状態で落下する。


 左手は剣の柄に、右手は鞘の根本に。


 雪花は、言葉も忘れて紅葉を見ていた。


 一筋の流星のような姿。


 そんな彼女を屠るべく、長剣が天に浮く月を穿たんと突き出される。


「…紅葉」


 それからは、一瞬の出来事だった。


 紅葉の構えていた鞘と、肋骸骨が突き立てた長剣とが衝突する刹那、ほんの少し、紅葉が体をひねった。


 黄色い火花が散ると同時に、紅葉の体が横に回転する。


 そのまま、天を翔けるように落下していった彼女は、肋骸骨の首元を過ぎる瞬間、銀の刃を鞘から覗かせた。


 高い、高い音が星空に響き渡ったとき、すでに紅葉は地面に滑り込むように着地していた。


 いつの間に抜き放ったのかも分からない剣が彼女の手に握られていて、何かの役割を終えたのか、振り抜かれた姿勢のまま静止している。


 青い月明が、刃を染めた。


 やがて、紅葉はくるりと剣を逆手に持ち直すと、片膝をついた状態で、体の正面に構えた鞘にゆっくりと、刃を納めていく。


 それに連動するみたいに、肋骸骨の首がずるずる、と滑り、そして、最後には地面に落下した。


 カチン、と剣が鞘に納まりきった頃には、頭蓋骨はただの白い粉になり、風に飲まれていた。


(映画みたいだ…)


 それほどまでに、天空の銀の月も、夜のしじまも、腰まで伸びた漆黒の髪も、何もかもが紅葉のために設えたもののようだった。


「…動きが遅すぎるのよ」


 その姿はまさに――…陽炎、稲妻、水の月。


 決して誰も、彼女に触れることはできない。



 やっぱり、私はまともじゃない。


 剣が鞘に納まる音は、決して見たくない己が深淵へと私を導いた。


 体が想像している以上の何倍もの力強さ、素早さで動くことはこの際、どうでもいい。それはあくまで、このデスゲームの仕様によるものだ。


(思えば…私は何をどう頑張っても、『こういう生き物』になる運命だったのかもしれないわ)


 きっと、こんなゲームに巻き込まれたのも、雪花のせいではなくて。


 生きとし生けるものが。


 死に絶え、零れ落ちるものが。


 この穢れた魂を、それに相応しい場所に導いたのだ。


『運命は、人の魂をあるべき場所へと導く』。


 誰の言葉だったか…覚えていない。


 忌まわしいあの人の書斎に、その言葉が載った本があった気がする。


 目を、固くつむる。


 忘却の彼方に押しやろうとしていた記憶が、再び、私の肩を叩いている。


 ――…紅葉には、その資格がある。


 酷い耳鳴りに混じって、その声が聞こえた。


 疑いもしなかった、あの人の言葉。


 全てが白日の下に曝されたとき、その詭弁と独善が私の身と心を貫いた。


「…もう嫌よ、こんなこと」


 耳鳴りを消すため、両耳を塞いで私は蹲る。


 だが、音は消えてくれない。


 …当たり前だ。音は、いつだって自分の胸の中心からしているのだから。


 業だ。


 真っ赤に血塗られた黒い業。


 逃げられない。


 避けられない。


 目を逸らすことさえ、赦されない。


 だから、私はここに連れて来られたんだ…。


「――紅葉?紅葉ってば!」


 必死な声に、ハッ、と私は顔を上げた。


「ちょっと、どうしたの、紅葉…。どこか痛むの?ってか、顔真っ青じゃん!?ちょっと待ってて…――日良李!お姉ちゃんに説教するのは後回し!こっちに来て、紅葉のことも回復してやって!あー…真莉愛先輩!引き止めないで!先輩、もう体力全回復してるでしょ!」


 きゃんきゃんと騒がしくするのは、皇雪花だ。


 彼女は酷く心配した顔つきで私を見ていたかと思うと、真莉愛や日良李を叱ったり、お願いをしていたりする。


 百面相するほど感情豊かで他人に興味のある人間には見えないのに、意外と人のことはよく観察している。


「声、出せる?」

「…ええ」


 軽く頷いて見せれば、雪花は心底安堵した様子で胸を撫で下ろした。


「よかったぁ…いやぁ、本当に心配しちゃったよ。顔、真っ青なんだもん」

「…余計なお世話よ…」

「はいはい。…汗、すごいよ。ちょっとじっとしてて」


 私の嫌味を軽く受け流すと、雪花は無遠慮に私に顔を寄せ、その袖で額の汗を拭った。


「うん。これでよし。綺麗な顔は血の気が失せても綺麗だね…なんて」


 意味の分からない皮肉かと思い、眉間に皺を寄せると、意外にも彼女は顔を赤らめて目を逸らした。そのせいで、小言を言っていいのかも分からなくなる。


 どれだけ私が拒絶しても、ぶつかり続けてくる、皇雪花。


(本当は分かっているわ…。私の今の状況は、貴方のせいではないということも…でも、誰かに当たらなければやっていられないじゃない、こんなの…)


 雪花は、日良李が未だに真莉愛にしがみつかれているのを確かめると、深いため息を吐いた。


「あの二人は、もうあれでいいや。あ、ちゃんと二人とも心配はしてたからね。紅葉がズバーンって、あの骸骨を倒してから、緊張の糸が切れたみたい」

「…心配なんて、いらないと言っているでしょう」

「む。どうしてそういうこと言うかな」


 苛立ちを素直に顔に出す雪花に、紅葉はもう言ってしまえと自虐的な気分で口を開く。


「私は、あんな怪物とでも一人で戦えるような人間よ」

「…紅葉?」

「まともじゃない…そんな奴の心配なんて、いらないわ」

「あんなの、ステータス補正の力…」とそこで雪花は言葉を切った。そして、私の瞳をじっと覗き込むと、小町姉妹がこちらに来ていないのを確認して続ける。


「――だけじゃ、ないんだろうね。多分」

「…そうよ。きっと、そう」


 雪花は、いつの間にか私が強く握り込んでいた剣の柄に手を触れると、やんわりとそれを下げさせながら苦笑する。


「その事情、話したくはないよね?」

「…」無言の肯定を示す。

「ま、そうだよね」と雪花は努めて明るく返した。「紅葉」


 彼女がすっと立ち上がる。顔を上げてそれを視線で追えば、青い月光に照らされた皇雪花がぎこちなく笑い、こちらへと手を差し伸べていた。


「手、取って」


 断ろうかとも思ったが、どこかそれをさせない何かを雪花から感じて、私は不思議と大人しく従ってしまう。


 左手を重ねた雪花の右手は、とても暖かかった。


「まともだろうとなかろうと、紅葉が私たち三人を守ってくれてるってのは事実だよ。それに紅葉がまともじゃないって言うなら。私だってそうだ」

「貴方が?」


「雪花」と訂正を求めてくるが無視してみせる。彼女もすぐに切り替えると、一転して真面目な顔つきで言った。

「私、震えたよ」


 それだけでは意味が分からず、言葉の続きを待つ。


 雪花は一つ息を大きく吸うと、肩を落とすように吐き出しながら続ける。


「この間の戦いで、【うさぎ穴】を使って敵を倒したとき、それと…最後に、相手の四姫者を倒したとき。私、震えたんだ」

「当然のことでしょう。何をわざわざ――」

「怖かったからじゃないんだよ。まあ、ちょっとはそれもあるけど」

「え…?だったら、どうして…」

「興奮した」


 思わず、目を見開いて雪花を見つめる。


「こんなに、『生きている』ってことを実感できたのは、生まれて初めてだったから」


 悪びれる様子もなく語る雪花に、私は初めこそ驚きでいっぱいだったが、すぐにそれは怒りへと変わった。


 私がどんな思いで人を傷つけているのか、全く知らないわけでもないだろうに。


「貴方…よくも私を前にしてそんなことを言って、どうなると――」

「嫌われるだろうね、多分」


 またも、予想だにしない切り返し。


 ついこの間、【好感度】のために仲良くするべきだと話していたくせに…。言っていることとやっていることが矛盾している。


「それが分かっているなら、なぜ…」

「うーん…なんか、紅葉には本音を伝えておきたくて。どうせ嫌われてるし。…あ、二人には言わないでよね」


「言われなくともそんなことしないわ…本当、貴方は何を考えているの」

「自分でもよく分からないかな」

「ああそう。そうね、貴方の言う通り、まともじゃないのかもね。貴方も」


 眉間に皺を寄せれば、雪花はどこか満足そうに肩を竦めた。その動作が、まるでこちらの揺れる心を見透かしているようで癪に障る。


 気づけば、耳鳴りは消えていた。それと、過去の残響も。


「そうそう。…だから、あんまり気にしないで。紅葉はね、自分や日良李、真莉愛先輩が死なないためにまともじゃない奴が出す指示に従って、まともじゃないことをやらされてる。――それでいいよ、紅葉。それでいい」


 私は、子どもっぽく笑いながら言う雪花の言葉にハッとした。そして同時に、彼女のことがまた分からなくなった。


「慰めのつもりなの」

「ん?なにが?」

「さっきの、自分もまともじゃないって話よ」

「そんなわけないじゃん。事実しか話してないよ。それに慰めなら、もっとまともなやり方するって」


 そう言う雪花の顔は、ほんのりと赤らんでいた。


 今なら、その気持ちがちょっとだけ分かる気がした。


「…はぁ、不器用なのね、雪花も」

「は、は?違うよ、別に」


 雪花が真顔になってつないだ手を離したのを号砲にしたみたいに、世界がガタガタと崩れ始める。


 邪悪なゲームが終わる。


 また一つ、私は私の役目を果たした、ということだろうか…。


 紅葉は、雪花とつないでいた手をぎゅっ、と胸の前で握った。


 そこには何もない。


 心があるはずの穴は、ぽっかりと空いたままだ。そして、掌もまた、血に濡れただけでがらんどうだ。


 それでも…守ることはできたと雪花は言う。


「――ありがとう」


 ぽつり、と言葉がこぼれた。


 誰にも届くことのなかった言葉が自分のものだと気づいたとき、私はとうとう、自分のことさえよく分からなくなってしまうのだった。

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