陽炎、稲妻、水の月.2
会敵から、十分あまりが経った。
ようやく敵の数に終わりが見え始めたところで、また事態に動きがあった。
砦の中から出てくる骸骨に、明らかに違う個体が混ざり始めたのだ。
「なに、あれ…」
最前線でそれと向き合っていた真莉愛が、ぼそりとうわごとみたいに言う。
身を畳んで砦の入り口をくぐってきた骸骨は、一見して人間の骨格を模した生き物ではないと分かるフォルムをしていた。
体躯は2mほどある。そして、肋骨が異様に突き出していた。
極めつけは手にした武器。今までの骸骨たちのように錆びた片手剣ではなく、銀のきらめきが宿る、幅広の長剣だった。
(あれは、当たるとひとたまりもないでしょ…)
雪花は素早く真莉愛と紅葉に後退の指示を出した。二人とも大人しく従ったものの、視線は大型の骸骨――肋骸骨に釘付けだ。
やり合うべきか、と頭のなかで自問自答する。
(危険かもしれない。だけど、絶対に経験値も美味しい。やらない手は、ない!)
よく見れば、動きはかなり鈍い。もう一匹砦の入り口から出てこようとしているが、もぞもぞとしていて、時間がかかりそうだ。
「どうするの」と隣に立った紅葉が問う。「戦うの?戦わないの?」
その鋭い声から放たれる問いが、雪花の迷いを断ち切った。
「やろう。後続がモタモタしてるうちに、紅葉と真莉愛先輩の二人がかりで畳もう」
「分かったわ」
恐れも躊躇もなく、紅葉は頷き、前に出た。真莉愛もそれに続く。
「日良李、少し離れていなさい」
「で、でも、あんまり離れると回復が――」
「大丈夫、必要になれば戻るわ。近づいちゃ駄目よ?貴方があれのそばに寄ることのほうが恐ろしいもの」
真莉愛らしい言い分。どうせこうなったら聞く耳を持たないことを知っている日良李は、無言で頷くと、前に出る二人の後ろ姿を不安そうに見送った。
すでに、周囲は暮色に染まり始めていた。
生ぬるい風が吹く。
嫌な感じだ。腐ったなにかを連想する。
「…私が先に斬りつけます。真莉愛さんは、その後に」
剣を手に相手の動きを窺っていた紅葉が、身の丈ほどのランスと盾を担ぎ前に出てきた真莉愛へと告げる。
真莉愛は一瞬だけ物言いたげに口を開いたが、すぐにそれを閉じて頷くと、「承知よ」と言った。
雪花も、いつでもフォローができるようにパッド上に指を置いていた。
(致命傷は、駒で防ぐ)
のったりとした動きで迫ってくる肋骸骨。もう一体も、少し離れたところで砦から身を出そうとしていた。
「…行きます」
紅葉が、その声と同じような、静かな構えを取った。
美しい、と感想を抱いた瞬間、彼女は爆ぜるように駆け出した。
肋骸骨が片腕を上げ、間合いを詰めてくる紅葉に剣を振り下ろそうとするが、それよりもずっと速く、その脚を撫でるように彼女が斬りつける。
ドシン…!
音と振動と共に砂煙が舞う。
空振りだというのに、なんという威力だろう。
背後に回っていた紅葉が、一閃、左から斬り上げを放つ。
断つには至らないが、骨に亀裂が入っている。剣でも十分にダメージは与えられるようで、相手の体勢は崩れていた。
「真莉愛さん!」
「任せてちょうだい!」
呼ばれるより早く、真莉愛が肋骸骨目がけて突っ込んでいた。
盾のほうが使いやすいのか、彼女は渾身の力で自分の倍近くある相手にシールドバッシュを叩き込む。
肋骸骨の体が数秒だけだが宙に浮いた。どれだけの衝撃があれば、あの質量が浮き上がるのか。
続いて、地響きと共に倒れ込んだ相手の上に、紅葉が剣を逆手にして飛びかかる。
重力の力を得た鋭い切っ先は、そのまま肋骸骨の眉間に突き刺さる。
ピシピシ、と乾いた音の後、骸骨は白い粉になって、風と共に消えていった。
「オッケー!完璧だよ、二人とも!」
嬉しくなって声が出る。実際、初めて連携を取ったとは思えないくらいに手際が良い。
「一つ…」
歓声を上げる雪花や日良李と違って、紅葉が無感情に数を数えた、そのときだ。
「大神さん、後ろ!」
自分を呼ぶ声に反応し、紅葉が背後を振り返る。
すでに、後続の肋骸骨が持つ剣が迫っていた。
(あ!見惚れている場合じゃなかった!)
慌ててパッドを操作しかけたとき、紅葉の体がふわりと宙に舞った。
(え、う、嘘…)
まるで重力を感じさせない、鮮やかで、人間離れした後方宙返り。ざっと2mは飛び上がったのではないか。
驚愕の曲芸に、自分たちはおろか、着地した紅葉さえもぽかんと口を開けて驚いている。
「これが、ステータス補正の力ってこと…?」
まあ、確かに、鎧を着て動いていても疲れないという真莉愛の言葉を思えば、不思議ではないのかもしれないが…。
「今度は、私がっ!」
真莉愛は紅葉の無事を見届けると、空振り、姿勢を崩している相手に突進していった。
地を蹴り、猛然と突き進む真莉愛の気迫に、敵のほうが恐れを成したように一歩後退する。
彼女は互いの間合いに入ったのを確認すると、リーチの長いランスではなく、再び盾での衝突を選んだ。
相手の振り下ろしが間に合い、刃と盾とが衝突し、火花が散る。
まばゆい閃光に目が眩むことはなく、真莉愛は真っ直ぐ相手と睨み合っている。
「この、骸骨のくせに…!」
力が拮抗している。
雪花は迷いなく駒を骸骨の背後に召喚した。
「いけっ!」
つい、気持ちがこもって右手を振り払う。
鉄騎士は錆びた剣を骸骨のアキレス腱向けて振り払った。か細い攻撃だったが、鉄騎士を踏み台にして飛び上がった紅葉が、袈裟斬り一閃を放ったことで完全に力の均衡が崩れる。
「お姉ちゃん、今だよ!」
日良李の声に力を貰うようにして、真莉愛は力強く相手の剣を盾で弾き飛ばした。
「二つ!」
気合のこもった声と共に、鋭い刺突が放たれる。
極太のランスは、骸骨の異様な肋骨を粉々に打ち砕くと、夕焼けを反射してきらりと輝いた。
「ナイス、真莉愛先輩!」
やはり、真莉愛と紅葉は頼りになる。腕前やとっさの判断力もそうだが、なにより、恐怖の克服が明らかに早い。
しかし、安心したのも束の間、すぐに最後の一体が真莉愛らの前に立ちはだかった。
「さ、さっきのより大きくありませんかぁ?」
「…どう見てもそうだね」
次の肋骸骨は、ゆうに身の丈3mはありそうだ。
おそらく、あれが親玉だろう。
「行けますか、真莉愛先輩、紅葉!」
「ええ、問題ないわ」と紅葉が答える一方、真莉愛は息切れ気味に頷くだけだった。
パッドを確認すれば、真莉愛の体力はすでに半分近く削られている。
直撃を受けていなくても、盾越しに襲いくる衝撃は計り知れない。スタミナの損耗も動きを鈍らせることを思えば、当然の被害だ。
危ないところだった、と胸を撫で下ろした雪花は、真莉愛の肩に手を置くと優しく告げる。
「真莉愛先輩は一度下がって大丈夫です。日良李、回復を」
「私なら…へ、平気よ」
「平気って…真莉愛先輩」
少しだけ呆れたふうに真莉愛の名を呼べば、とことこと近寄ってきた日良李が姉の無理をたしなめた。
「お姉ちゃん!無理しないって約束でしょ!」
「え、ええ…ごめんね」
それでようやく首を縦に振った真莉愛は、一定の距離を取ってしゃがみ込み、日良李に身を委ねながらも、紅葉へ案ずるような言葉を投げた。
「大神さん」
「どうしました」
彼女は真莉愛のほうをちらりとも見ない。
愛想が悪い、という印象を受けるが、違う。
(集中してる。なんとなくだけど、伝わってくる。…紅葉は今、戦うことにすごく集中してるんだ)
「気をつけて」
一拍遅れて、こくり、と紅葉が頷く。
このままじゃ、本当にあれと一人で戦いかねない。それはあまりにリスキーすぎる。
雪花は紅葉の隣に並ぶと、集中を途切れさせないよう、できるだけ感情を殺して声を出した。
「私も、援護するよ」
「…貴方が?」
「貴方じゃなくて、雪花。――うん。まだ、弾丸は四発残ってるもん。前に出ずとも、やれることはある」
あんな怪物に対し、どれだけ役に立つかは甚だ疑問だが。
「そう」どうでもよさそうに返事をする紅葉。「…来るわよ、雪花。下がって」
「だから、指示は私が――…え?」
今、初めて『雪花』と呼んだのではないか。
なんだろう、この得も言われぬ感動は。
胸の中心の、心臓ではないよく分からない部分が、むずむずと疼く。
刹那、紅葉は雪花の指示など待たずにゆっくりと歩き出した。
「あ、もう!一人じゃ危ないってば!」
「余計なお世話よ」
つん、と一蹴されて、心の中だけで悪態を吐く。
すると、紅葉がゆらりと剣を斜めに構えながら独白みたいに言った。
「――もう、コツは掴んだ」




