表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
五章 陽炎、稲妻、水の月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/30

陽炎、稲妻、水の月.1

 ゴールデンウィーク前夜。あと数日もすれば、また命がけの戦いが始まるといった夜のことだった。


 ふと目を冷ますと、徐々に見慣れつつある光景が広がっていた。


 ディープブルーの深淵が、どこまでも広がっている。


(あれ…まだ約束の日じゃないと思うけど…)


 不安を胸に抱きつつも、辺りを見渡す。絶対、彼女がいると思ったからだ。


 案の定、彼女はそこにいた。


 深い海底で、星空を探すように天を仰いでいた少女は、雪花がそばに来ていることも気づかぬほど、何かに夢中になっているようだった。


 少女に見習うようにして、雪花も上を見上げる。


 深い青の天井には、星の瞬きは一つとしてない。


 虚無だ、と雪花は心のなかで唱える。


 少女は、虚無を見つめている。


 映るもののない水面を眺め…今、彼女は何を思うのだろう。


「アリス」と雪花が少女の名前を呼べば、彼女はぴくり、と肩を揺らして緩慢な動きで振り向いた。


「…雪花様。お時間でしたか」

「それは私には分かんないけど。――ねぇ、何を見てたの」

「…そんなことより、ここに呼ばれた理由のほうが気になるのでは?」

「いや、今はアリスのことが気になる」

「…左様ですか」


 どこか寂しげに苦笑したアリスは、再び黒い天を仰いだ。


「星を、探していました」

「星?」


 思っていたとおりではあったが、だからといって理解できるものでもなかった。


「でもさ、そんなもの…」

「見えませんよ」


 間髪入れずにアリスが返す。今度は苦笑も寂寥もない、無感情な感じだった。だが、それがかえって、アリスが感情を押し殺している証拠のようにも思えた。


「見えないものだから、探すのでしょう」


 すっと、アリスが指先を振った。青い光が人型を象る。


 みんなを呼ぶつもりだ、と思っているうちにアリスがさらに続ける。


「…私は、そう教わりました」

「教わった…それって、誰に…?」

「貴方には関係ございません」


 明確な拒絶の言葉を放ったアリスは、これで話は終わりだと言わんばかりに一人青闇の中に足を運んだ。


(アリス…)


 その背中を追えないままに、見慣れたメンバーが集合する。


 小町姉妹は困惑している様子だったが、紅葉はいつもどおり気が立っている様子だった。こちらの姿を見つけるや否やずかずかと詰めより、「これはどうなっているの?約束が違うじゃない!」と怒鳴り立てた。


「私に言われてもね…アリスに聞いて、紅葉」

「名前で呼ばないで!」

「はいはい…」

「『はい』は一回でしょう!」

「あぁもう、はい!これでいい!?ったく、うるさいなぁ!ヒステリーはよそでやってよ!」

「ひ、ヒステリー…!?わ、私は――」


 我ながら子どもみたいだとうんざりするやり取りをしていると、辟易とした様子のアリスがどこからか割って入ってきた。


「そこまでにして下さいますか?お嬢様方」


 キッ、と紅葉がアリスの横顔を睨む。どうやらアリスは、彼女に自分より嫌われているらしかった。


 アリスは紅葉から怨嗟に歪む表情を向けられても冷ややかな態度を崩さず、一つ、一つ、淡々と自分の言いたいことを口にしていた。


「お呼びしました理由をご説明致します。ですので、そのよく動く愛らしい唇を閉ざしておいて下さいませ。それこそ、貝のように」



「つまり、CPUバトルみたいなものなの…?」


 アリスの端的な説明を受けて、日良李が要約してみせた。


「左様でございます。日良李お嬢様」


「わぁ、お嬢様」と嬉しそうな顔で笑う無邪気な日良李に、真莉愛のみならず、雪花や紅葉もなんとも言えない視線を送る。それに気づかない日良李は、原作のプレイヤーとしてアリスと話せることが感動的な体験なのか、余計な言葉をいくつか交わしていた。


「日良李お嬢様は、紅葉お嬢様や雪花様と違い、素直でございますね」

「えぇ?ふふ、ありがとね」

「邪気のない笑みも素敵でございます。――と、このあたりにしておきましょう。お嬢様のお姉様が阿修羅の如き形相でこちらを見ておりますゆえ」


 確かに、真莉愛は今にも血が滲むのではないかという強さで唇を噛んでいた。触れても火傷するだけなので、自分が理解を深めることを優先する。


「えっと、それじゃあ、人同士で戦うわけじゃないんだよね?」

「はい。少なくとも、今日はそうでございますね」

「なるほど…拒否権は?」

「ございません」


 にこり、と愛らしい笑みと共にアリスがそう返す。


 最高の笑顔だ。実に彼女らしい。


「まぁ、でも…危険はないということよね?」


 真莉愛の安堵したような声にアリスが優雅に微笑むが、雪花はそれを見て、警戒心を抱いた。


 まだ、アリスは肯定も否定もしていない。この流れは知っている。酷い目に遭ったやつだ。


「アリス。イエスなの、ノーなの。ちゃんと言語化して」


 雪花の問いを受けたアリスは、主からの言葉を受けたとは思えないくらい、つまらなさそうに目を細める。


「…命の危険は依然としてつきまといます。そういうゲームでございますから」


 やはりそうか。油断してはならないということだ。


「じゃあ、メリットは?」

「経験値がきちんと得られます。春の章、最後の戦いに向けて、戦力補充、クラスアップの一助になるかと」

「春の章?――もしかして、次の戦いで春のぶんのゲームは終わりなの?」

「そのとおりでございます。ぜひとも、腕を磨かれて下さい」


 ぺこり、とスカートの両端をつまみながらアリスが恭しくお辞儀をした。その直後、ゆっくりと世界が震え始めた。


 ゲームが、始まる。



 次に目蓋を上げたとき、周囲には仄暗い海の底のような風景ではなく、緑豊かな光景が広がっていた。


 川のせせらぎが聞こえる、石砦のすぐそば。間違いない、出発地点が変わっているが、前々回のステージと同じ場所だ。


「…敵の姿はないみたいね」と紅葉が独り言みたいに言う。警戒心は相変わらずで、片手は常に剣の柄に当ててある。


「そうね。日良李、お姉ちゃんのそばから離れないように」

「分かってるよ、もぅ」


 しっかりと打ち合わせを繰り返しているだけあって、各々、きちんと自分の役目を把握しているように感じられる。


 なんだかんだ、知的指数は高いメンバーなので、頼りにはなる。変な奴が多いというだけで…。


(うーん…相手がどんなのかも分からないからなぁ、砦の中にいるほうがいいかな)


 何気なく、雪花は一人砦に足を踏み入れていた。


 四方、5mほどの建物でそう広くはない。囲まれたら危険かもしれない。


「微妙…これなら、外のほうが――」


 雪花が来た道を戻り砦から出ようとしたその瞬間だった。


 ガシャン、と上から何かが落ちてきた。その音で、「ひっ」と静かな悲鳴が漏れる。


 落ちてきた何かは、古びた武具と、人骨だった。


 気味の悪さに言葉を失っていた雪花だったが、すぐにそれらがカタカタと動き出したことで顔面蒼白になる。


 人骨は、錆びた剣と盾を手に立ち上がり、あろうことか臨戦態勢を取ってこちらに向き直った。


「ま、まさか、この怪物が…敵…!?」


 目を丸くしていると、びゅん、と骸骨が剣を水平に振るった。鈍い動きだが、感情のない空洞の双眸のせいで鳥肌が全開で起こった。


「わっ!」


 慌てて屈み、それを回避する。それから素早くパッドを操作し、駒を召喚すると、鉄騎士と骸骨は互いにぶつかり合った。


(押してる!こいつ一体くらいなら、リスクはない!)


 そう判断した刹那、四方の天井からいくつもの骸骨が振ってきた。


「げっ」


 その数、五体。まだまだ増えそうな勢いに喉を詰まらせていると、近くの一体が急に肉薄してきた。


「こ、こいつ…!?」


 意思も戦術性もない動き。対人ではありえない軌道に面食らっていると、悲鳴を上げるより先に一陣の風の如き剣閃が雪花と骸骨の間に割り込んだ。


 揺れる濡烏の黒髪――紅葉のものだ。


 紅葉はその剣をもって敵の剣撃を受け止めると、素早くそれを左に流し、右に切り抜けるように斬撃を繰り出し、骸骨の上半身と下半身を寸断する。


「も、紅葉!」つい、嬉しさ満点の声が出てしまう。「ありが――」

「悲鳴の一つくらい上げなさい!この馬鹿!」


 罵られ、心外そうに雪花も表情を険しくする。


「な、なによぉ!」

「いいから、外に出るわよ!」


 紅葉に引きずられるようにして外に出ると、すぐに真莉愛たちがやって来た。


 二人は雪花を案じるような声を上げたが、彼女に続いて現れた異形の怪物に目を剥き、唖然とした。しかし、骸骨たちが敵意全開ということを悟ると、真莉愛を先頭にしてすぐに迎撃体勢に移った。


 紅葉の腕から解放された雪花が振り返った頃には、真莉愛が渾身の力でシールドバッシュを骸骨に叩き込んでいた。


「たあっ!」


 浮き上がると同時に粉々になる骸骨たち。その残骸を踏み越え、二体目にランスの刺突を放ち、また粉々にする真莉愛に雪花は感嘆の息をこぼす。


「本当に躊躇がないなぁ、あの人…」


 初戦もそうだったが、どんな相手だろうと粉骨砕身。躊躇いがない。頼りにはなるが、ぞっとするものを覚えるというのが本音だった。


「ぐっ」


 ランスを引いた際に、骸骨に斬られてしまったらしい。右肩からわずかに血がほとばしった。それでも、真莉愛は後退の意思を見せない。白銀の精神に宿る強靭さには脱帽するばかりだ。


「お姉ちゃん!」


 すぐに接近し、日良李が傷の手当を始める。そして、動きが止まった真莉愛の代わりに紅葉がその後ろから飛び出て、一太刀、さらにもう一太刀と敵を斬り捨てていく。


 二人とも、素晴らしい戦果が続いた。だが、一向に砦から這い出る骸骨の数に終わりはない。


「わらわらと虫みたいに…!」


 嫌気が差した顔を見せる真莉愛の背後から、雪花が声を発する。


「真莉愛先輩は、その場を維持して下さい!」

「え!?」


 急に声をかけられた真莉愛の動きが、一瞬だけ止まる。


 その間にも骸骨の刃が迫っていた。


「真莉愛さん!」


 直後、真莉愛のフォローに紅葉が入る。


 袈裟斬り一閃、斬り捨てられた骸骨は白い粉になって消えた。


「ぼさっとしないで下さい!」

「あ、ごめんなさい…」


 唖然として紅葉を見やった真莉愛は、「真莉愛さん…」と呟くと、大きく息を吸った。そして、ドスン、と身の丈以上はある盾の先を地面に叩きつけた。


「よぉし、雪花さん、私はここを動かないわよ!それでいいのよね?」

「はい!オッケーです!」


 パッドの画面を確認する。


 真莉愛の体力は日良李のおかげで全回復。紅葉は…。


(…すごい、ほぼ無傷だ)


 真莉愛を中心として左右に縦横無尽に駆け回り、敵を一太刀、一太刀で確実に仕留めていく紅葉。


 意志を持たない骸骨だから、振れば通る刃なのだろう。しかし、それを抜きにしても、彼女の動きには洗練された鋭さがあった。


 武道を嗜んでいたというわけではないらしい。少なくとも、自分の知る剣道とは違った動きだ。


 ひとえに、すさまじい反射速度と器用さが物を言っているのかもしれない。センス、と言い換えると分かりやすいだろうか。


 最初の戦姫は、自分と関わり合いのある人間の中で最高性能のものを抜擢する。


 あのとき、アリスが言ったことに嘘偽りはないのだろう。


 間違いなく、大神紅葉は何かが違う。


 本来、クラスアップもしていないブレイド単騎に遊撃を繰り返させるなど、ありえないことだ。


 素早さこそシーフに次いで高いが、防御面では同じくシーフに次いで前衛職の中では二番目に脆い。


「紅葉、一旦戻って!」

「どうして!?今は数を減らさなければならないでしょう」

「傷!早めに回復して!直撃を受けられる体力を維持しておきたいの!」

「でも、その間、敵はどうするの」


 もっともな心配だ。だが、そこは考えてある。


「真莉愛先輩、前進して下さい。日良李は先輩に追従しつつ紅葉の回復を。絶対に先輩の守備範囲から出ないように!」

「任せなさい!」


 装甲の重さを感じさせない足取りで真莉愛が前進する。日良李も、「無理しないでね」と声をかけながらその後に続いた。


「…補い合うのね」戻ってきたかすり傷だらけの紅葉がそう呟く。「そうだよ。一人で無理しないで」

「無理なんてしていないわ」


「危なかっしいんだって。ブレイドは一発一発が致命傷になりかねないから、気をつけてよ、本当」

「指示を聞いたら聞いたで、こうして文句を言われるのね。何様のつもりなのかしら」


 ムッとして、売り言葉に買い言葉を吐きかけるも、彼女の体に無数についたかすり傷を見て、その気も失せる。


 紅葉や真莉愛は、自分や日良李の代わりに傷を受けているし、そのぶん、怖い思いもしているはずだ。


 剣を片手にしたまま日良李の治療を受けている紅葉との距離を、いつもより少しだけ縮める。


 ぐいっ、と近寄ってきた雪花に面食らったらしい紅葉は、何事かと雪花の瞳を見下ろした。


「馬鹿、紅葉が心配なの」

「心配…?」


 珍しく本音が言えた自分を褒めたくなる一方、至近距離で見つめた黒曜石の美しさに心奪われそうな感覚を覚える。


(紅葉の目、本当、綺麗だよな…)


 アリスが見上げていた虚無の闇に似ていた。似ていながらも、そこには目に見えないだけで、無数の星々が瞬いているようにも思えた。


 アリスは、こういうものを探しているのだろうか…と場違いながら物思いに耽っていると、日良李が申し訳なさそうに声を発した。


「…あの、終わりましたけど」


 パッ、と弾かれたように互いに目を背ける。


 それから、紅葉は日良李にお礼を告げると、「余計なお世話よ」と告げて前線に繰り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ