現実はコーヒーと共に.2
溜飲を下げた雪花は、素早くパッドを操作して中の情報を三人に示した。
デフォルメされた戦姫――大神紅葉、小町真莉愛、小町日良李、それから、自分が並ぶ画面。各々のキャラクターをタップすれば、それぞれのステータスが画面右側に表示される。
能力値の他にも、鍵が掛かった情報がいくつかあった。『固有スキル』もその一つだったが、詳細は何も分からないままだ。
「なぁに、これ」と珍しく幼い声を出して画面を指さしたのは真莉愛だ。「『好感度』?どういうものなのかしら、これ」
「戦姫と四姫者の仲の良さを示すものだよ」
「ふぅん…――え?ど、どういうことなの、日良李。好きかどうかってことなの?」
「はぁ?それは違うんじゃないの…多分」
日良李がほんの少しだけ顔を赤くしたことで、真莉愛が不安そうな顔をした。それから、緩慢な動作で雪花を凝視したかと思うと、素早くパッドを取り上げた。
「ま、真莉愛先輩、あまり乱暴に扱わないでもらえると…」
「あぁ!なんなの、これは!」
叫んだ真莉愛を店主がじろりと睨むが、彼女はそんなこと気に留めず、ずいっと日良李に画面を押し付けた。
「日良李!お姉ちゃんにも分かるように説明しなさい!」
「ち、近いよ。説明しろって言われても、画面が見えないよぉ」
「ほら、ここ!大神さんと私の好感度は『1』と『2』なのに、どうして貴方の好感度だけ『3』なの!?ねぇ、お姉ちゃんに説明して!」
「う、えぇ?し、知らないよ、そんなこと…」
ちらり、と日良李が雪花のほうを見やる。ほんのりと顔が赤くなっている様が愛らしいと思ったが、今は余計な火種である。
「嘘おっしゃい!さては――」
ぐるん、と親の仇でも見るみたいに真莉愛が雪花を睨む。
「雪花さん!貴方が日良李をかどわかしたのね!?そうなのよね!?」
ほら来た、と予測できていた火の粉をかわすべく、弁舌を振るう。
「ち、違いますよ。ほら、日良李は誰にでも優しい子じゃないですか。だからきっと…」
「どういうことかしら、日良李が貞操観念の緩い子だと言いたいの!?」
「うわぁ、地獄だ…」
日良李のこととなると、途端にIQが下がる真莉愛に本音が漏れると、それにまた彼女は激昂した。
「なにがどう地獄なの!?」
こうなっては埒が明かない、と頭痛がするような思いでいると、思わぬところから助け舟が出された。
「小町先輩。お話が終わらないようであれば、私、帰りますけど」
「大神さん!今は大事な話を――」
「下らないデスゲームにかかっている、みんなの命より大事な話ですか」
「あ…う…」
淡々と責められたことで冷静さを取り戻したらしい真莉愛は、しょぼくれた様子で肩を落とし、「ごめんなさい…」と謝罪した。
「…皇、続けなさい」
「分かってるよ」
紅葉に無愛想に続きを促された雪花は、次に好感度が何に影響を与えているのかを、推測を交えて説明した。
基礎ステータスの強化につながること。
ジョブのクラスアップに影響を与えるということ。
固有スキルの可視化に必要…だろうということ。
一通りの説明が終わると、言葉を挟まずに待っていてくれた真莉愛が挙手をした。
お行儀が良い。つい、微笑みが漏れる。
「【クラスアップ】って何かしら。また知らない単語が出てきて…覚えるのは得意だけれど、少し混乱しちゃうわ」
「えっと、簡単に言うと、レベルと好感度が一定以上になるとできるジョブの進化みたいなものですね」
「進化?角とか、羽とか生えるの?」
真莉愛の突拍子もない発言に日良李が小さく笑う。
「もう、お姉ちゃん。第二形態じゃないんだから」
「第二形態?」
「あー、なんでもない。忘れて」
日良李は冗談もほどほどに、雪花に代わってクラスアップの説明を始めた。
「お姉ちゃん、自分のジョブ覚えてる?」
「ええ、たしか、ナイトよね?守りが得意なお仕事だわ」
「そう。で、そのナイトがクラスアップすると、防御能力に特化した【護り手】か、ちょっとだけ味方の補助もできる【ホーリーナイト】に分岐するの」
「へぇ、できることが増えて強くなるのね」
「そんな感じ」
そこまで説明した日良李は、一度雪花のほうを窺うようにちらりと視線をやった。これくらいでもいいか、という確認と判断した雪花は軽く頷き、話をしめようとしたのだが…。
「待ちなさい。肝心の【好感度】についての説明がされていないわ」
言葉を挟んだのは紅葉だ。意外にも真剣に聞いていたらしい。
「でも、急に色々と詰め込まれても困らないかなぁ」
「問題ないわ。小町先輩は学年首位の成績だし、小町さんは話を聞くにゲームの経験者なのでしょう」
視線だけで日良李に確認する。彼女は少しだけ緊張した様子で頷いてみせた。
「大神さんは?」
「同じクラスなら、私の成績を多少は知っていると思うけれど」
「…成績優秀でしたね、たしか。私の代わりに問題に答えるくらい」
「そういうことよ。だから、心配はいらないわ」
嫌味な奴だと紅葉の横顔を睨めば、彼女は一度も手をつけていないコーヒーの水面を覗き込み、続けて嫌味を吐いた。
「週末に何度も貴方の顔を見なければならないくらいなら、一度で済ませてしまったほうがマシよ」
「はあ?」いい加減に頭に来て、雪花は腰を浮かせる。「ねぇ、ちょっと、いい加減にしてよ。大神さんさぁ、さすがに私に対して感じ悪すぎない?」
「貴方は、それだけのことをしているわ」
「だから、あのゲームのことなら、私だって巻き込まれた側なんだってば」
「巻き込まれた貴方に間接的に巻き込まれたのよ。私たちは」
じろり、と横目で紅葉がこちらを睨んでくる。すごい圧だ。
しかし、ここで『はい、そうですか』と引く気にはなれなかった。
「私の意思じゃどうしようもなかったことを、そうネチネチと言われるのは心外なんだけど。ってかさ、思ったよりしつこいんだね、大神さんって。もっとクールで大人な人かと思ってたけど、勘違いだったみたいで笑える」
「…なんですって」
「なに。言いたいことがあれば言えば。ま、馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返しじゃないといいけど」
そうして不穏な空気が流れかけたとき、すぐに真莉愛が仲裁に入った。
「喧嘩はやめなさい、二人とも。話が進まないわ」
どの口が、と真莉愛を見やると、隣にいる日良李が怯えたように顔を俯けていることに気づいた。
小動物みたいな容姿で、時折、上目遣いにこちらを窺ってくる日良李を見ていると、なんだかとてつもなく悪いことをしているような気がする。
紅葉もどうやら同じ気持ちだったようで、互いに目を合わせると、小さく息を吐いた。
「…もういいわ」
「ごめん、嫌味が過ぎたよね」
「…いえ、別に」
バツが悪そうに目を逸らした紅葉は、手を付けていなかったコーヒーを一口すすると、小さな声で、「私も、ごめんなさい」と呟いた。
謝られたことに驚きを覚えつつも、初めてまともなコミュニケーションが取れたのではないかとちょっとばかり感動する。
こうした時間を積み重ねれば、いつかは、自分と紅葉がそれなりの関係になれる日が来るのだろうか。
(いや…それなりの関係ってなに。我ながら馬鹿らしいというか、なんというか…)
雪花が照れ隠しで紅葉と同じようにコーヒーをすすったところ、ふと、真莉愛が声を上げた。
「あ」
「どうしたんですか?」
そう尋ねると、真莉愛の目線はパッドの画面上にあった。
「ふふ、少しだけ上がったわ」
「上がったって、何がですか」
「それはもちろん、大神さんの好感度よ」
真莉愛が満面の笑みで言った言葉に、ドキンと胸が苦しくなる。
「お、大神さんの?」
「そんなわけないじゃない、適当言わないで」
ガタン、と尻でも熱されたのかというほどの勢いで紅葉が立ち上がった。
「でも、ほら。ねぇ、日良李。上がったわよね」
「う、うん。ゲージの1割くらい上がったね」
「ちょっと、貸しなさい」小町姉妹の言葉を聞くや否や、紅葉が乱暴な手付きでパッドを奪い取る。
「嘘よ、おかしいわ、こんなの。きっと何かの間違い…下がりなさい、この…!」
ぽちぽち一生懸命に画面をタップする紅葉が、なんだか子どもみたいで可愛らしく見えて、雪花も恥ずかしながら微笑を浮かべる。
「え?どうしてまた上がるの…?おかしいじゃない」
『お嬢様、あまり乱暴に画面を叩かないで下さいませ』画面の中で、アリスが呆れたように肩を竦める。『壊れでもしたら、事ですので』
アリスにそう言われたことがよほど腹立たしかったのか、それとも、好感度が上がったことが癪だったのか、紅葉は顔を赤らめてパッドを雪花に押し付けると、一気にコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「私、もう帰るわ」
止める暇もなく、小銭を置いて紅葉が店から出ていく。
店主の声かけに足を止めて会釈するところは、生真面目な紅葉らしいと思えた。
「…こういう仕組みで上がるわけかぁ」
「こういう仕組み?」と真莉愛が不思議そうに小首を傾げる。
「はい。現実での出来事が好感度に影響するんですよ、きっと」
「ああ、なるほど…。ふふ、だったら、ちゃんと仲良くしなくちゃね」
真莉愛の口調にはどこか含みがあった。まるで、『貴方と大神さんは特に』とでも言っている感じがしたのだ。
少し恥ずかしかった雪花は、ちょっとした仕返しにと意地悪のつもりで言葉を返す。
「ええ、そうですね。――ね、日良李。私たちも仲良くしないと。デートでもする?」
「え!?で、デートですかぁ…?」
「あはは、冗談、冗談。じゃ、私もこれで」
一瞬だけフリーズした真莉愛が爆発する前に、雪花はさらりと挨拶して店を後にするのだった。




