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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
四章 現実はコーヒーと共に

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14/30

現実はコーヒーと共に.1

 カランカラン、と入り口の扉に備え付けられたベルが小気味よく鳴った。


(へぇ、なかなか感じの良い喫茶店)


 穏やかなクラシック、ヴィンテージ調の家具…そして、目に見えそうなほど濃厚で芳醇なコーヒーの香り。


 マセた少女の一人でもある雪花は、すぐにこの店を気に入った。


「いらっしゃい」とカウンターに立っていた渋い男性が挨拶をしてくれた。


「あ、こんにちは。えっと…」


 事情を説明するべきだろうかと悩んでいるうちに、カウンター奥にあるスイングドアから、探していた人物が顔を出した。


「あ、皇先輩!」


 エプロン姿のまま飛び出してきたのは、小町日良李だ。


「いらっしゃいませ、喫茶コマチへようこそ!」


 学校や『向こう』で見るより明るい笑みを浮かべる日良李に、思わず雪花も相好を崩す。


「おはよう。日良李」

「はい、おはようございます。先輩、こちらにどうぞ」


 店主に再度頭を下げてから、エプロンを解きながら先導する日良李についていき、一番奥の席に着く。


 私服姿の日良李は、春らしい桜色のチュニックに白のロングスカートという出で立ちだった。女の子らしい日良李にぴったりな装いだと思った。


 席に着けば、最初にステンドグラスの窓が目についた。そのどれもが、祈る女性の姿が描かれており、どこか神聖な感じがする。


「お店、使わせてもらって大丈夫なの?」

「はい。全然気にしないで下さい」

「…そっか。ところで、小町先輩は?」


 すると、急に日良李の顔が不機嫌そうに変わった。


「後で来ると思いますよ」


 機械みたいに単調なトーンでそう言った日良李は、「コーヒー、作ってきますね」と告げて立ち上がり、カウンターの奥へと消えた。


(あー…また喧嘩してる感じかぁ。どうせ小町先輩が迂闊な発言したんだろうけど、日良李も日良李で大げさに反応するもんなぁ)


 とにかく、戦闘に影響がない程度に済ませてほしいものだ。


 しばらくの間、雪花はステンドグラスが放つ七色の光に見惚れていたが、コトン、とテーブルの上にソーサーが置かれる音が聞こえて我に返った。


「おまたせ、皇さん」

「あ、小町先輩。お仕事中にすみません」


 先ほどまで日良李が着ていたものと同じエプロンを脱いだ真莉愛が、そっと向かいの席に座った。


「いいのよ。私が提案したのだし。あ、そちらはサービスだから遠慮しないでね」

「あ、じゃあ、頂きます」と応じながら、真莉愛の服装を観察する。


 袖にフリルの付いた水色のブラウスに、シンプルな青のジーパン。


 派手さのない大人びた服装に加え、出るとこは出ている彼女の曲線美に思わず目を奪われる。これで一歳差なのだ。日良李が嫉妬するのも分かる気がする。


「…ふぅ」


 彼女を盗み見ていると、なにやら物憂げにため息が吐き出された。


 美人のため息は捨て置けないものだと、雪花は頭をかく。


「あの、どうかされました?」

「え?」

「あ、いえ、ため息…」

「あ、あぁ…ごめんなさい」

「謝らなくていいですよ。随分とお疲れのようですけど、日良李とまた何かあったんですか?」


 深く踏み込みすぎたかと一瞬だけ後悔したが、思いのほか真莉愛の食いつきは良かった。


「そう、そうなの!」


 机から身を乗り出した真莉愛の勢いのために、コーヒーの湖面が揺れる。どうでもいいが、ブラウスの隙間から見える鎖骨が艶めかしい。


「私はただ、日良李が心配なだけなの。それなのにあの子ったら、過保護だ、うざいだとか…大きくなるに伴って言葉が乱暴になってしまって。あ、背は伸びてないのだけれどね?とにかく、ねぇ、おかしくないわよね?姉が妹を心配することって、おかしくないわよね!?」


「えっと…」


 言葉の雨あられに、すぅっと雪花は目を逸らす。それから、心の底からこの話題に触れたことを後悔した。


(下手なことを言えば、この間みたいに暴走しそう。でもなぁ、適当に同調するのもなぁ)


 言葉に迷う雪花に、真莉愛が不安そうな眼差しを向ける。


「お、おかしいのかしら…?」

「うっ」


 大人びた顔立ちをしているから真莉愛だからこそ、不安そうな顔をされると庇護欲をそそるものがあった。ギャップだろうか。とにかく、そのせいで思ってもいないことを雪花は口にしてしまう。


「おかしくなんてないですよ。ほら、日良李も思春期真っ盛りだから、照れてるだけだろうし…」

「皇さん…!」


 感動したふうに雪花の名前を呼んだ真莉愛は、何度も頷き、独り言みたいに続ける。


「そうよ、そうよね!姉妹が支え合うことの何もおかしくないわ!――きっと、日良李には長い反抗期が来ているだけ。少しだけ、少ぉしだけ長い反抗期が来ているだけなのよ…」


(いやぁ、そんなわけないじゃん)


 心ここにあらずといった感じで呟いていた真莉愛は、そのうち、弾かれるように顔を上げると、澄んだ笑顔で雪花に言った。


「皇さんに話して良かったわ。ありがとう」

「小町先輩のお力になれたのであれば、私も嬉しいです」


 反射的に出た社交辞令に、真莉愛は、「まぁ」と嬉しそうに笑った。


「そうだ、私のことも下の名前で呼んでもらって構わないわ。日良李と揃ってお世話になるのだから、そのほうがいいでしょう?」

「え、いいんですか?」

「もちろん。皇さん、とってもいい子みたいだし」


 なんて、チョロい人なんだ、とちょっとだけ心配になりつつも、縮まった距離感に胸が温かくなる。


「じゃ、じゃあ、真莉愛先輩、でいいですかね?」

「ふふ、なんだか気恥ずかしいわ。あ、そうだ。私も雪花さんって呼んでもいいかしら?」

「は、はい」

「それじゃあ、雪花さん、今後ともよろしくね」


 確かに、真莉愛の言う通り気恥ずかしいものがある。


 雪花は自分の顔が紅潮していることを自覚しつつ、照れ隠しに時間を確認した。


 時刻は正午前。もう少しで待ち合わせの時間だ。


 やがて、日良李が戻ってきた。彼女は真莉愛の顔を見るや否や、しかめ面を作り、雪花の隣に座った。


「あら、どうしてそっちに座るの?」

「別に」

「日良李」妹のそっけない態度にもめげず、真莉愛は微笑む。「私は嬉しいわ。日良李の顔を見ながら話せるなんて」

「なっ…」


 百面相して激しい戸惑いを見せた日良李は、ややあって、真莉愛の隣にズドンと腰を下ろすと、斜め向かいの雪花をじろりと睨みつけた。


「皇先輩。お姉ちゃんに何か言いませんでしたか」

「…言ってないよ」

「なんですか、今の間。言ったんですね、先輩」


 小さいのに凄まじい圧迫感だ。日良李も日良李で、真莉愛のことが絡むと人格が変わるみたいだった。


「駄目よ、日良李。雪花さんが困っているわ」

「せ、雪花さん?」


 真新しい呼び名を訝しがった日良李が、目を細めてこちらを睨む。


「あ、いや、あれだよ?小町が二人いるから、ややこしくならないようにって真莉愛先輩が――」

「真莉愛ぁ?」


 日良李の目つきがさらに鋭くなる。


「随分、お姉ちゃんと親しくなったんですね、先輩。へぇ…」

「ちょっと、勘弁してよ…完全に誤解だって、もう…」


 いい加減に助けてもらえないだろうかと真莉愛へ視線を送るも、彼女はどこか幸せそうに微笑んだまま。後輩のピンチを一ミリも察していない。


 善い人だが、朴念仁で暴走気質…というのが真莉愛の総評。


 善い子だが、執念深く、実は我が強い…というのが日良李の総評だ。


 そうして、さて、どうしたものかと雪花が苦笑を浮かべていると、突然、雪花の後ろから声がかけられた。


「随分と楽しそうね。朝から呼び出しておいて」



「どうして、貴方の隣しか席が空いていないの」と苦言を呈した紅葉を不服ながらどうにか納得させると、一同を代表して真莉愛が話の口火を切った。


「先日の件だけれど、学校で話したとおり、きちんと話し合っておいたほうがいいと思うの」


 上品な手付きでカップの取手を掴み、コーヒーを口に運んだ真莉愛は続ける。


「次が、来る前に」


 彼女が言う『次』とは、来週末、ゴールデンウィークが始まってすぐのことだ。


 渓谷での一戦が終わった後、雪花たちは青の間ではなく、各々の家で目を覚ました。


 真莉愛も日良李も次の日は何も言ってこなかった。だが、三日も経った放課後、教室の前に彼女らの姿があった。


 そして、真莉愛は雪花との対面を避ける紅葉を説得し、週末に自分たちの家でもある喫茶コマチで話をする計画を立てた。


「早速だけど、ちょっとみんなに見てほしいものがあって」


 雪花は自分のバックから30センチほどのパッドを取り出すと、メニュースタンドに立てかけ、三人に見えるように置いた。


 パッドは誰も触れていないにも関わらず、画面に光を灯した。


 無機質なインディゴブルーの映像が広がった後、一人ティータイムを楽しんでいるアリスの姿が映った。


「あ!」


 小町姉妹が声を上げる。


『まあ、お嬢様方もティータイムでございますか?』


 わざとらしく高い声と、皮肉屋らしい微笑。


「チッ」


 隣に座り、目をつむっていた紅葉が舌打ちする。


「アリス」事前の打ち合わせとは違ったため、彼女を咎める。

「承知しております、我が主様。ちょっとした冗談でございますよ。お怒りになられないで下さいませ」

「ア・リ・ス」

「…はぁ」


 これみよがしにため息を吐いたアリスだったが、その後はきちんと予定通りの行動を取った。


「前回のゲームでは、パッドの仕様を私がお伝えしておらず、お嬢様方を危険にさらしてしまいましたこと、お詫び申し上げます」

「仕様?」と日良李が尋ねれば、アリスは初戦以外、パッドには敵の戦姫等は映らないものであることを説明した。


「白々しい。わざとでしょう」

「申し訳ございません。そのようなルールだったのです」


 紅葉の苦言にアリスは眉を曲げながら謝罪した。珍しく反省しているのかと思えば、すぐに彼女は態度を変えて、「こんな感じでよろしかったでしょうか、雪花様」と微笑んだ。


「うわ、口だけで全然反省してないじゃん。まぁ、いいけど」


 本当に素直さの欠片もない従者だ。見た目は百点なのに…。


 辟易とした面持ちで画面の中のアリスを見つめていたところ、日良李が不思議そうに口を開いた。


「雪花様?呼び名を変えたんですか?」

「うん、そうだよ。いつまでも、『スノウホワイト』なんて呼ばせるのは、ちょっとイタイでしょ」

「そういうものですか」


 小首を傾げる日良李に適当な相槌を返した雪花は、本題に戻るべくパッドの説明を始めた。


 まず、前回のゲームが終わった時点で、枕元に置いてあったこと。


 パッドを使えば、基本的にいつでもアリスとコンタクトが取れること。


 パッドには戦姫と四姫者、みんなのステータスが内蔵されていたこと。


 そして、パッドに映し出されている画面は、普通の人(例えば、親とか)が見るとただのゲーム画面にしか見えなかったこと。


「私たちの情報?」

「そうです、真莉愛先輩。もちろん、二人のも」


 百聞は一見にしかず。雪花はパッドを操作し、ホーム画面を開いてみせた。アリスの姿はワイプで映っている。


「まぁ、可愛い。これって、大神さん?」


 真莉愛が高い声を上げたのは、ホーム画面に映ったデフォルメされた紅葉そっくりのキャラクターを見たためだ。


「ぴょこぴょこしてて、なんだか可愛い…。これって、原作を再現してるんですよね?」

「そうみたいだね」


 日良李なら、こうすればもっと分かるだろう、と雪花は指先でデフォルメされた紅葉の頬をつついた。


『私に触らないで!』


 どういう仕組みか、発せられる声も紅葉のものだ。ついでに言うと、台詞も実に彼女らしい。


「…はは」


 デフォルメされていても、罵られていい気持ちはしない。


「うわぁ、可愛い!本物そっくりに怒ってますよ」

「えぇ、可愛いのかなぁ、これ…」


 本人がいることも忘れて呑気な感想を述べる日良李。すると、その正面に座っていた紅葉が不機嫌な声を出した。


「ちょっと、見せなさい」

「わっ」


 予期せずして、紅葉と自分とでパッドの両端を持ち合う形になる。


 画面がさほど大きくないため、二人で覗き込み姿勢になり、自然と距離が近くなる。


 暖色の照明を反射する、長いまつ毛。


 きゅっと結ばれた赤い唇。


 様々な感情が閃く、黒曜の瞳。


(やっぱり、びっくりするくらい美人…)


 これでもう少し気性が優しければ、言うことはないのだが。


「これが、私…?」唇を尖らせる紅葉は、年相応だ。「私、こんなこと言わないわよ」

「え、言ったじゃん、大神さん」

「言ってないわ」

「言ったって」

「言ってない」

「言った」


 水掛け論が始まって少しして、真莉愛が仲裁に入った。


「こら、二人とも。話が進まないでしょう」


 それにより、互いに納得した面持ちはしていないが、どちらからともなく睨み合うのをやめる。


「…ふん」


 鼻を鳴らされたことが気に入らなくて、雪花は八つ当たり気味に画面上の紅葉の頬をつついた。


 飛び上がったキャラクターが、頬を膨らませて告げる。


『勘違いしないで。貴方と仲良くするつもりなんてないから』。

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