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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
三章 天秤は傾く

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天秤は傾く.2

「どうしたの、大神さん」


 雪花の問いを無視して、彼女は周囲を見渡す。


 何を警戒しているのだろう、と雪花もパッドの画面を確認したが、やはり周囲には何もいない。


「大神さん、パッドには何も映ってないから、大丈夫だよ」


 少しでも安心させようと思っての一言だったが、彼女はそれで落ち着くどころか、かちり、と剣の鯉口を切った。


「ちょ…」


 紅葉は直に命のやり取りを行っているため、かなり過敏になっているのだろう。無理もないことだが、いたずらに他のメンバーの不安を煽るのは感心しない。


 やめさせるべきか、と雪花が表情を曇らせた一瞬、紅葉が口を開いた。


「皇」透明感のある声に名を呼ばれ、鼓動が一つ強く鳴る。「な、なに?」

「…それには、絶対に敵の姿が映るのね」

「え?まあ、四姫戦姫なら――」


 刹那、ぞわりと嫌な予感が脳裏をよぎった。


(――そういえば、この間の戦い…私の画面には敵の姿が映ってたけど、相手は私たちが【うさぎ穴】で移動してきたことに気づいてなかった…)


 あのとき、自分はそれが単純な怠慢だと判断した。


 しかし、もしもそうではないとしたらどうだ。


 彼女らとの戦姫の数には、違いがあった。ゲームではないと、知っているような動揺、必死さもあった。


 …あの人たちは『初戦』ではなかった。もしも、二回目と一回目に差があるのならば…。


「アリス、質問があるんだけど」返事はない。それでも無視して続ける。「敵の戦姫の姿、映るよね?このパッド」


 水底に横たわるような静寂が広がる。


 とても不気味だった。


「どうして、何も答えないの」


 雪花が苛立ちと焦燥で再度アリスに問いを投げようとしたとき、虚空から彼女の声が響いた。


「主様、私はそのようなこと一言も申し上げておりませんよ?」

「あ…アリスっ!」


 雪花が悪びれる様子もない従者に怒鳴り声を上げた、そのときだ。


 草むらが激しく揺れ、人影が飛び出してきた。


「な、なに!?」


 小町姉妹の動揺の声が響く。


 人間だ。


 生きた人間が、明確な殺意をもって接近してきていた。


「きゃあっ!」日良李の短い悲鳴が響く。「日良李!」


 真莉愛が動き出すも、あれでは間に合わない。


 雪花の指先は反射的に画面の上を滑っていた。


 依然として、画面には敵影は映っていない。そういう仕様だったわけだ。


(お願い…!)


 感覚に全てを託し、駒を召喚する。


 青い光が瞬き、鉄騎士がちょうど日良李と敵影の間に出現した。


「ドンピシャ!」


 日良李は、駒に押し出されるように尻もちをついた。そのおかげで、敵に接近される前に真莉愛の守備範囲に入ることができた。


「くそっ!」人影が悔しそうな声を発する。


 相手もまた、自分たちと年格好が変わらない人間だった。短いハーフパンツを履き、外套を羽織り、スカーフを巻いたその姿は『シーフ』のものだ。


『シーフ』は攻撃面では頼りないものの、随一の回避・機動性能を誇る戦姫だ。前衛職同士の戦闘には向かないが、後衛職を狙うのなら右に出るものはいない。


 駒の攻撃をかわしたシーフが執拗に日良李へと肉薄するも、間に入った真莉愛によって足が止まる。


「日良李に近づかないで!」


 ぶんっ、とランスが横薙ぎされる。


 シーフは後方宙返りでそれを紙一重でかわしたものの、真莉愛の迫力にたじろぎ、さらに後退した。


 雪花は後に、この一撃にぞっとするほどの感銘を受けることになるが、今はそれどころではない。


「小町先輩!そいつとの一対一は、絶対に負けません!保証します!」


 確実に有利な対面を好機と取って叫んだ雪花だったが、直後、自分が大きなミスを犯したことを悟り、背筋を粟立たせた。


(そうだ、シーフ単騎で出てきたって、ナイトがいる盤面を崩せないことは分かってるはず。つまり、本命は別…!)


 さっと、周囲に視線をやる。


 離れていく真莉愛。


 へたりこんだままの日良李。


 一定の距離を保っているシーフ。


 盾役であるナイトを、上手く引き剥がされてしまった。


「まずい、これって、陽動――」


 突如、青い顔をしていた雪花の真後ろでオレンジ色の火花が飛び散った。


 音と閃光に驚き、振り返った雪花の目の前でさらに赤い閃光が爆ぜる。


 閃光を迸らせた二本の鋼鉄の刃が三度激しくぶつかりあったと同時に、ドンッ、と雪花は体を押され、小町姉妹のほうへと後退した。


「邪魔よっ!どきなさい!」


 短い咆哮のような声を上げたのは、剣を手にしたブレイド――紅葉だ。


「きゃっ!?」

「ぼさっとしていないで、さっさと二人のそばに行きなさい!まだ他にもいるのよ!」

「お、大神さ――」

「馬鹿、死にたいの!?」


 酷く切迫した顔でそう告げた彼女は、鍔迫り合いになっていた相手を弾き返すと、大きく踏み込んで袈裟斬りを放ち、敵を草むらの向こうへと押し込んだ。


『こいつは私が』と言っているような動きに、雪花も自分の役目を思い出し、二人のほうへと駆ける。


 紅葉が言った通り、すでに複数体の戦姫が真莉愛と日良李の前に立ちはだかっていた。


 先ほどのシーフと、後衛職である『アーチャー』。そして、さらにもう一体、『シーフ』の姿がある。


(多勢に無勢じゃん、あんなのさ!)


 戦姫の数が平等じゃないことに歯ぎしりしつつ、青い顔をして震えている日良李のそばに駒を召喚し、自分もその範囲内に駆け込む。


「す、皇先輩!囲まれてます!」

「見れば分かるよ!――落ち着いて、日良李。固まったまま小町先輩の守備範囲内にいないと」

「で、でもぉ!」

「大丈夫、シーフなら、二人がかりだってナイトは抜けない!そこにアーチャーが加わっても、日良李の回復量を上回ることはできないはず…!」


 もちろん、初戦のマジシャンが見せたような例外はあるはずだ。


 同じミスは繰り返さない。


 どんな兆候も見逃すことがなければ、上手く奇襲されたこの状況からでも戦局を覆すことは可能だ。


「みんな、囲んで!」とシーフの一人が大声で叫ぶ。


 その声に応じるように赤い光が瞬き、駒が三人の四方を囲んだ。


「す、皇さん!」

「せんぱぁい!」


 二人の間に動揺が走っているのが手に取るように分かる。


 大きな音は人を本能的に萎縮させると聞いたことがあるが、それを狙って叫んでいるとしたら、面白い――いや、手強い相手のようだ。


「そのままなぶり殺しにするのよ、みんな!」


 複数の声が呼応して上がる――が、動き出す気配はない。やはり、動揺を誘っているらしい。


 雪花は、青い顔をする小町姉妹を一瞥しつつ、ふっと笑った。


(悪いけど、こっちは『スノウホワイト』なんだよね…!)


 素早くパッドを操作し、敵の駒の前に同じ駒を召喚し、潰し合わせる。


「これでこっちの駒の残弾は一。そして、あっちはゼロ」


 あえて聞こえるように大きめの声で言う。だが、あくまで沈着に。相手の脅しの影響など微塵もないことを思い知らせるために。


「大声で脅し文句を言っても無駄だよ。私は動揺もしないし、ミスもしない。二人だって死なせない。――やってみたら?なぶり殺し」


 淡々と言葉にすることを意識する。


「ぐっ…!」


 どうやら、挑発返しとしては十分に機能したようで、向こうは悔しそうに顔を歪めて、こちらを睨みつけてきていた。


 ――この状況で、本当の意味で勝敗を決する戦いをしているのは、紅葉らブレイドたちのほうだ。


 盤面だけ見ると、堅いのはどう見てもこちらだが、後方からブレイドまで来てしまっては勝てるはずもない。


 とはいえ、紅葉に全てを賭すのは思考放棄。


 自分たちにできることは、こちらが多少有利な盤面であるうちに、敵側に無理やり攻めさせる状況にすることだ。


「先輩、日良李!大神さんが戻ってくるまで、現状維持で十分です!」

「彼女、あてになるのね!?」

「少なくとも、見殺しにはしないでしょう!それに、大神さんの強さは折り紙つきです。気配だけで奇襲を見破るような人なんだから、絶対に勝てる!」


 半分本気で確信している雪花が言えば、相手の表情が曇った。ブレイド同士の戦いに不安が強くなったのだろう。


「そうじゃないと困りますよぉ!」と日良李が叫ぶ傍ら、なにやら、シーフの片方がアーチャーにヒソヒソ声で何かを言っていた。


(お…?早速動いてくれそう。いいね、ありがたい。だいたいの場合、攻める側より攻められる側のほうがリスクは少ないからね)


 やがて、シーフが大声でまた叫んだ。


「まずは、シスターを殺るわ!」

「ぴっ!?」びくり、と日良李の肩が跳ねる。「な、なんで、私なのぉ…?」


 青ざめる日良李を狙い、矢が一本飛来する。


「きゃあっ」

「くっ!」


 すかさず真莉愛が盾でそれを弾き、続く一射も叩き落とす。


 すっかり恐怖に染まり、身を竦ませてしまっている日良李とは対照的に、真莉愛の顔には激昂が浮かんでいる。


「卑劣な真似を!」


 次は、シーフが牽制気味に接近してきた。苛立った獣のようにランスを振るった真莉愛だったが、かすりもしなかった。


「チョロチョロとぉ!」


 すると、一歩深く追撃した真莉愛の隙を突いて、一本の矢が彼女の肩に突き刺さった。


「いっ…」

「お姉ちゃん!」


 苦痛に顔を歪ませる真莉愛の傷を、すぐに日良李が癒やす。その間も、真莉愛は日良李を狙う矢を食い止めていた。


(よし、小町先輩には悪いけど、これでいい。予測したとおり、敵に小町先輩は抜けない)


 痺れを切らしてリスクを背負わなければならないのは、敵側のほうだ。自分たちはこのまま亀のように閉じこもり、敵の隙を窺えばいい。シーフに真莉愛の攻撃がかすりでもすれば僥倖だ。


 そう思い、雪花がぺろりと唇を舐めたときだった。


「私を狙いなさいっ!身を守る術を持たないものを集団で狙って…貴方たちに誇りはないの!?」


 正々堂々を尊ぶことのできる真莉愛がそう叫ぶ。だが、アーチャーたちは自らの行いを恥じるどころか、むしろシニカルな笑みを浮かべた。


「はぁ?馬鹿じゃないの?お荷物から狙うのなんて、常識だよ。ねぇ、みんな?」


 アーチャーの言葉に、けらけらと敵側全員が嘲笑の声を発する。


 不協和音は、雪花らを不愉快にするのには十分だった。


「貴方たちは…!」


 憤る真莉愛。そのすぐ後ろで、揶揄された日良李は目を大きく見開いてから、悔しそうに歯ぎしりし、両手の拳を握っていた。


「なんで、こんなところでまで、私は…っ!」


 雪花は明らかな挑発に辟易としていたが、どうやら二人は違うらしいことを悟ると、落ち着かせるために声をかけようとした。


 しかし、それよりも早く真莉愛が前進しながら獣の如く叫んだ。


「この子は、お荷物なんかじゃないっ!」

「…お姉ちゃん」

「人をいとも容易く傷つけられる人間なんかより、よっぽど価値があるのよ!」


 激情と共に自ら敵へと近づいた真莉愛に伴い、日良李もその後を追う。


 人として健やかな怒りに好感を覚える一方、雪花は自分から徐々に離れていく真莉愛たちの姿にぞっとしたものを覚えていた。


(――これは、安い挑発だ)


 ナイトとシスターが敵の布陣に自ら突入し、ブレイドはどこにいるか分からない。


 このまま自分まで敵の罠に飛び込むわけにはいかない――と躊躇したのが運の尽き。すでに小町姉妹と距離ができてしまっている。


 敵にはシーフがいる。アーチャーでナイトの足止めをして、四姫者の元へと向かうことぐらいは朝飯前だろう。


 だが、まだ間に合う。


「小町先輩、戻ってきて!」


 真莉愛さえ後退してくれば、問題はあっという間に解決する…にも関わらず、彼女は前進を続けている。


 敵の『大事な妹である日良李を狙っている』と思わせる術中にはまり、冷静な判断ができていない。真莉愛の起伏の激しさを利用されてしまった。


「四姫者の護衛が優先です、小町先輩!――くっ、日良李!なんとか言ってやって!」


 かろうじて雪花の声が届いている日良李が、何かを真莉愛の背中に向けて伝えていたが、頭に血の昇った彼女にはその重要さが届いていない。


「日良李より大事なものなんて、あるわけないでしょうがっ!」


 直後、真莉愛の怒号を合図にしたみたいに二人のシーフが駆け出した。


「来なさい!」


 真莉愛が、ずっしりとした構えを取った。


「違う、そうじゃない…」


 雪花の考えたように、シーフらは二人をすり抜けてしまう。


「え、あ、どうして!?」

「お姉ちゃん、前!」

「え――ぐっ、この…!」


 真莉愛はアーチャーに釘付けにされて動けない。


 冗談じゃない、と後退するも、シーフの機動力は圧巻の一言。みるみるうちに距離が縮まっていった。

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