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四季を巡る、少女たちのデスゲーム  作者: null
三章 天秤は傾く

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10/30

天秤は傾く.1

 自陣を出て少し歩けば、目の前に大きな橋が見えてきた。ゲーム中では戦姫が三体もいれば通れないほど小さいイメージだったが、自分がこうして見ると想像以上に大きい。


 すでに日が傾き、夕暮れ時になっていた。春の季節が終わろうとしている。


「あの、皇さん」橋の真ん中辺りで、真莉愛が申し訳無さそうに口を開く。「はい?どうかされました?」

「…まだ、歩くのかしら?」


「え?あぁ…」意外な言葉だと思ったが、よくよく考えれば彼女は鎧をまとっているのだった。「疲れましたよね。鎧、重いですか?」

「いえ、不思議と鎧は軽いし、私は大丈夫なのだけれど…」


 そう言って見据えるのは、後ろを歩く日良李だ。


「…なに、私も大丈夫なんだけど」

「でも、日良李は昔から遠足とかだと、帰り道に『おんぶして、お姉ちゃん』ってよく言ってたじゃない」

「それは小学生の頃の話でしょ!過保護すぎ!」

「ご、ごめんね?でも、お姉ちゃん、いつでもおんぶするから――」

「あぁもう!放っておいてって、何度言ったらお姉ちゃんは分かるの!?」


 さっきからこの調子だ。仲が良いのか悪いのか…。


 真莉愛からの一方的な愛情表現なのかもしれないが、ややもすると、痴話げんかに見えないこともない。


「だいたい、お姉ちゃんはいつも…!」


 二人の諍いは放置して、パッドの画面を確認する。


 通過している橋はフィールドの中央に位置している。そのため、そろそろ敵から何かしらのリアクションがあっても良さそうなものだが、今のところ、その気配はない。


(まあ、敵が寄ってきたら画面に表示されるわけだし、気にしすぎる必要も――)


 雪花が楽観的なことを考えようとしていた刹那、不意に、三人の周囲を赤い光が包んだ。


「な、なに!?」


 甲冑を身にまとった『駒』を目の当たりにして、真莉愛が一瞬だけたじろいだ。


「小町先輩、敵です!」


 駒の説明を事前にしていたからか、彼女はいとも容易く事態を把握し、ドシン、と大きな盾を地面に打ち据え、西洋槍を構えた。


「なかなか様になってるじゃん…――日良李、先輩の後方に入って!」

「え、あ、で、でも」

「私はいいから!」


 日良李を背中で真莉愛のほうへと押しやりながら、素早くパッドを操作し、眼前に一体の駒を召喚する。


 召喚された一体は、同じ姿をした相手と鍔迫り合いを行っていた。拮抗している以上、時間がくれば両者自壊する。


 今のうちに、真莉愛のフォローに入らなければならない。


 体を反転させる最中、遠くに紅葉の姿が見えた。


 剣の柄に手をかけ、酷く青い顔をした彼女からは大きな迷いが感じられる。


(駄目だ。もう紅葉をあてにしちゃいけない!ここは私がやらないと…!)


 そうして、みんなを巻き込んだ手前、気炎を上げて四姫者用のナイフを抜き放った雪花だったが、彼女よりもずっと速く、真莉愛が動いていた。


「お姉ちゃん!」

「下がっていなさい!ここは、私が!」


 真莉愛は振り下ろされた一太刀を、身の丈ほどの盾で受け止めた。


 衝撃で火花が散る。その音と光で日良李が小さな悲鳴を上げ、しゃがみ込んだ瞬間、真莉愛の目に激昂の焔が宿る。


「このっ…!」


 彼女は想像を遥かに超える鋭さをもって、駒の胴体を貫いた。それから、素早く頭を振り次の敵を探し出すと、相手が攻撃を繰り出すよりも前に槍を突き出した。


「日良李を怖がらせるものは、失せなさい!」


 串刺しにされた駒は直に赤い光の粒子になると、幻覚だったのかと疑いたくなるほど呆気なく消えた。


「す、すごい…」


 思わず、感嘆の吐息が漏れる。


 真莉愛は、雪花が召喚した駒が敵の駒と相打ちになろうという数十秒の間に、危なげもなく、瞬く間に二体の駒を葬ってしまっていた。


 日良李が『なんでもできる』と称するだけあって、真莉愛の実力は脱帽ものだった。


 真莉愛は呆然と自分を見つめる二人を振り返ると、今さらながらに血相を変えて日良李へ駆け寄った。


「日良李、大丈夫!?怪我はない?」

「あ、うん…」さすがの日良李も文句の言いようがないらしい。彼女は素直に姉を賞賛した。「すごいね、お姉ちゃん。あ、ありがとう」


 その瞬間、ぱあっと真莉愛の顔が明るく輝いた。


 まるで、日照りの続いている土地に住まう者が、ようやくの雨に喜び笑うかのような輝きだ。


「お礼なんていいのよ。お姉ちゃんは…お姉ちゃんはね、日良李のためならなんだって…」


 今でも涙ぐんでしまいそうな様子に、内心呆れつつ真莉愛へと近寄る。


「すごいセンスですね、小町先輩。ありがとうございます、助かりました」

「いえ、無我夢中だっただけよ。でも、どういたしまして。次も期待に応えられるよう、頑張るわ」


 妹のときのような明るさはないが、それでも、丁寧に、謙虚に応えてくれる真莉愛には好感が持てる。雪花も少し嬉しくなんで口元を綻ばせた。


 理不尽な事態に巻き込まれても、速攻でメンタルを立て直す真莉愛には感謝の一言しかない。もちろん、日良李の命がかかっていることが、彼女の迷いの霧を打ち払ったのだろうが…。


 戦いが終われば、すぐに夜の帳が下り始めた。


 暗いのに魔法みたいに辺りがきちんと見える。奇襲を受ける確率も高くはないだろうが、精神的な抵抗と、日良李が少し怯えているように見えたのもあって、雪花は、「一旦、ここで休憩しませんか?」と提案した。


 二人の同意を受けて橋の中央に寄り集まって座れば、三人の中央にぼうっと青い炎が灯った。


「どうぞ、お使い下さい。人間は暗闇を恐れるものと聞きます」

「お、珍しく気が利くじゃん」

「…珍しいお褒めの言葉、感謝申し上げます」


 嫌味に嫌味で返されて、片眉を上げれば、アリスは満足そうに微笑み、それからスカートの裾を広げて一礼し、またどこかへと消えた。


「可愛くない奴…」


 気にしても仕方がない。


(そういえば、大神さんは…)


 紅葉は橋の柵に身をもたれかけた状態で目を閉じていた。


「あの、大神さん」ぴくり、と彼女の目蓋が反応する。「こっちに来て、一緒に休憩しない?」

「結構よ」

「でも、ほら、そのさぁ」


「構わないでと言っているのよ。馴れ合いは御免なの。…それとも、絆そうとしているの?だとしたら、無駄よ」


 ぴしゃりと言い放たれた雪花は喉に言葉を詰まらせて、苦い顔をした。それでもなお、紅葉と親交を深められないかと思って頭を悩ませたが、サンドバック寸前のところで真莉愛に止められた。


「皇さん、今の大神さんに何を言っても無駄よ」


 こくり、と隣の日良李も同意するみたいに頷く。


 それぐらい分かってはいたが…彼女を頼りにできない状況は厳しい。それに…。


 二人の元に戻りながら、紅葉のほうを振り返って盗み見る。


 整った顔を飾る不朽の憂い。


 やっぱり、とびきりの美人だ。同性の自分が胸の疼きを覚えるほどに。


「はぁ…」


 雪花は元の場所に座り込むと、小町姉妹の物言いたげな視線にも気づかず、切なそうなため息を漏らした。


 燃える鬼火を眺める彼女の頭の中は、ゲームの行く末よりも、紅葉との今後の関係のほうが大きな比重を占めていた。



 十五分ほど休憩すれば、夜闇が晴れ、朝日が顔を覗かせ始めた。そして、あっという間に暁の空は青々とした水色に染まり、もくもくと入道雲を立ち昇らせた。


『夏』になったのだ。


 実際のゲームでは、季節の移り変わりでフィールドのギミックが変化したりするが、ここでもそうなのだろうか。今はまだ、それについて確かめる術はなかったが…。


「急に暑くなってきたわね…。日良李、大丈夫?」

「…うん、まぁ…」


 うだるような暑さがそこにはあった。


 真夏のような地獄的な暑さではないが、とても歓迎できたものではない。実際、インドア派の雪花と日良李は肩を落として歩いている。


「ここまでリアルに再現する必要、あったのかなぁ、ほんと」


 カラッとした空気。


 東の空で燃える太陽。


 橋を越えた先の緑あふれる眩しい絨毯。


「再現度の高さには脱帽だけど、こんな中で頭と体を動かすのは億劫すぎる…」

「まぁ。命がかかっているのだから、しっかりして頂戴ね、皇さん」

「…善処します」


 鎧を着ている真莉愛が音を上げていないのが本当に不思議だ。あの中にはファンでも入っているのだろうか…。


 そうして夏の暑さに嫌気が差しているうちに、一同は草原地帯へと足を踏み入れていた。背の高い青草は身を潜めて奇襲するのにはもってこいだろうが、自陣以外では戦姫の位置が画面上に表示される四姫戦姫においては無意味だ。


 葉が肌にこすれてヒリヒリする。


 鎧を着ている真莉愛は言わずもがな、日良李や自分はまだいい。だが、スカート丈が不必要に短い紅葉には酷なようで、彼女は一瞬躊躇してから草原の中に足を踏み入れていた。


「大神さん、大丈夫?」

「話しかけないで」


 わずかな気遣いも一刀両断され、雪花はため息と共に二人の後を追った。すると、呆れたような、感心したような顔で振り向いた真莉愛に声をかけられる。


「ふふ、貴方も諦めない人なのね」

「え、なにがですか?」

「大神さんのことよ。私だったら、あんなに邪険にされたらもう声をかけられないわ」


 大人びた穏やかな微笑だった。少しだけ、自分と違う何かにドキリとする。


「あ、あはは、私がどうこうしたわけじゃないとはいえ、巻き込んだのは事実ですから。というか、先輩だって、日良李に対しては――」

「日良李は私を邪険になんて扱ってないわ」


 途端に真莉愛の顔が強ばる。本当にアップダウンの激しい人だ。


「いやぁ、でも…」

「でも、なにかしら?まさか、日良李が私のことを嫌っているだなんて言うつもりではないわよね?皇雪花」

「…まさか、そんな…。仲良くされていると思います」


 触らぬ神に祟りなし、という言葉が脳裏に浮かんだ雪花は、迷うことなく掌を返す。そんな自分を日良李が恨めしそうに睨んでいることに関しては、気づかないふりをした。


「そうでしょう。日良李はね?ちょっと長い反抗期がきているだけなの。うちは私たちがずっと小さい頃にママが亡くなっているから、私がお母さん役になって、日良李の反抗期を受け止めているのよ」


 なるほど、一応、真莉愛の過保護はそれなりの理由があってのもののようだ。とはいえ、長い反抗期と称された日良李は、小さな声で、「誰も頼んでないもん」とぼやくと表情を曇らせた。彼女なりに思うところがあるのだろう。


 そして、この話を聞かされた雪花としても、ますます鉛色の罪悪感に肩が重くなることは避けられなかった。


「あの、本当にすみません、小町先輩」

「あら?何がかしら」

「…二人をこんなことに巻き込んでしまって、本当に…」


 母親代わりに妹を大事にしている。


 その言葉に嘘偽りはないだろうからこそ、自分が結果的に起こしてしまった事態はとても罪深い。


 赦しを得られるとも思っていなかったし、困らせるだけとも分かっていた。それでも、抑えられない言葉だった。


 真莉愛は一瞬、複雑そうな顔をしてみせたが、ややあって息を吐き苦笑した。


「大神さんにも言ったはずよ、貴方を責めても事態は解決しないって。…それに、皇さんも巻き込まれた側なのでしょう?違うの?」

「いえ、もちろんそうです」

「でしょう?」と真莉愛が励ますように微笑む。


 慈愛に満ちた、聖母の如き表情。


「だったら、貴方も私も同じ立場よ。仲間ってことよね?それって」

「小町先輩…」


 際限ない優しさに、じんと目頭が熱くなる。


 泣きそうになるのなんて、いつ以来だろう。もはや、まともに思い出せないくらい前だ。


 紅葉にはなじられてばかりいたから、こんなふうに思いやってもらえたのはとても嬉しいことだった。


「司令塔の皇さんがそんな顔をしないの。戦いは終わっていないのでしょう?」


「はい、はい…」こくり、と何度か頷き、目元をこする。「日良李が言ってました。先輩はとても人望がある方だと。その理由が、私にもはっきりと分かった気がします」


 このような人間を戦姫として得られた私は幸運だ。


 パニックになるわけでも、打ちひしがれるわけでも、誰かを責めるでもなく、ただ一つの目的のためにすぐに現実を受け入れられる小町真莉愛。


 そこには、彼女のまとう鎧と同じ白銀の精神を感じた。


 自分では逆立ちしても得られない…揺るぎなき意志を。


 そうして、雪花がじんわりと感慨に耽っていたのも束の間、すぐに真莉愛は例の如く態度を急変させた。


「ひ、日良李が!?」


 隣で発せられた大きな叫びに、思わず耳を塞ぐ。


「日良李がそんなことを言っていたの?本当に?」

「ちょっと、どうして言うんですか!皇先輩!」


 あ、ごめん、と言葉を挟む暇もなく、真莉愛が雪花と日良李の間に体を割り込ませる。危うく、鎧に跳ね飛ばされるところだった。


「ということは、本当なのね!もう、日良李ったら、陰で私のことを褒めているだなんて、普段の態度は好きの裏返しなのね」

「違うよ、皮肉で言ったの!気持ち悪いこと言わないで!」

「そ、それも好きの裏返しなのよね…?」

「だから――」


 自分の迂闊な発言のせいとはいえ、緊張感のない酷い有様だ。


(止めたいけど、どっちを止めるのが正解?日良李――は、止めたらキレそうだし。小町先輩は止まらないだろうし…あぁ、どうしたらいいの?これ)


 雪花が、自然に鎮火を待つしかないかと諦めかけたそのときだった。


「三人とも、静かに」


 冷たい刃のような声が、三人の後方からした。紅葉のものである。

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