2-1
ブンちゃんの癇癪によって、舞踏会会場が消し飛んだ日から早三日。
「そ・も・そ・も!! 縁談について了承したのは魔王様ですよ!?」
「やだやだカトゥは嫁にやらぁーん!!」
あれからずっとカトゥの結婚を拒否し続けているブンちゃんは、今日も玉座の上で両手足を振り回し暴れている。その姿は幼い見た目も相まって、どう見ても駄々っ子のそれであった。
「全く……」
「あはは、ブンちゃん様は今日も元気ですね……」
困ったと父を見るカトゥの隣で、佐野が静かに苦笑している。
「父上、いい加減にしてください」
「だってだってぇ~……」
「だってではありません」
赤子のようにぐずる実の父に、厳しい言葉をかける。が、その本心はと言えば。
(んはぁ~……玩具を買ってもらえなくて泣く子供みたいに駄々を捏ねるお父様……我が父ながらかわいすぎますぅ。泣きすぎて赤くなったくりくりのお目目も、紅潮した柔らかなほっぺも、乱した金糸の御髪も……どれも最高に愛らしすぎてニヤニヤが止まらない!)
と、そんな事を思っていた。その表情は昔と比べても明るく、整体のおかげもあってか柔らかな微笑みも浮かんでいる。
「とにかく、破談になってしまったものは仕方ありません。お相手には、誠意ある対応をしなければ……」
抱えた頭を掻き毟りながら、謝罪が、手紙が、とノドゥスがしきりに呟いていた。哀愁を漂わせながら部下達に慰められている彼に、隣の佐野が密かに手を合わせたのが見える。
「ほら、もう泣き止んでください」
敢えて気付かないふりをしつつ、カトゥは持ち歩いていたハンカチをまだ泣き続けている父に差し出した。
(泣いてるお父様はかわいいけれど、これ以上は腫れが酷くなってしまうわ)
ブンちゃんはこくりと頷いてハンカチを受け取ると、見た目とは裏腹な優しく丁寧な手付きで目元を拭う。
「ううう、やっぱりわしの娘は世界一かわいくて優しい」
「はいはい」
(ああああああお父様の方が可愛くてやさしいでしゅうううう)
いくら整体のおかげで表情が出やすくなったとはいえ、敬愛する父の前では、内心の荒ぶりをだす事はしないカトゥだった。
「ふう~、みっともないところを見せたのぉ」
「ああいえ、それは割と最初の頃から見ているので、僕は気にしてませんよ」
ブンちゃんを微笑ましく見ている佐野だったが、中々に酷い事を言っている。
「お主って時々かなり失礼じゃな?」
「間違った事は言ってないと思いますよ?」
「ぐうぅ……サノがいじめるぅう!」
半泣きになりながら、ブンちゃんが佐野に向かって魔法を発動する。と言っても、幼子の拳程度の大きさをした魔力の塊を投げているだけで、当然全力投球ではない。
何より最近分かったのは、異世界召喚の特典か、佐野には魔法の類がほとんど効果を成さないのだ。本人曰く、少し硬い玩具を投げられているくらいにしか感じないのだとか。
「サノは別に、父上をいじめていませんよ」
「なんじゃと!? カトゥ、お主はサノの味方をするのか!?」
まさかカトゥが佐野を庇うとは思っていなかったようで、ブンちゃんがひどくショックを受けた顔をした。
「こ、これはまさか……巷で良く聞く“はんこうき”と言うやつじゃな? やつじゃな!? うわあああん、わしの娘が冷たいぃ!!」
(うーん、これは嘘泣き)
わざとらしい父の態度に、またいつものが始まったと肩を竦める。
「……うおっほん。話を戻してじゃな」
カトゥが呆れた目をしているのに気が付いたからか、ブンちゃんが大袈裟に咳払いをした。
「今回は色々とお主には失礼な事をしてしまい、申し訳なかったの」
「え、何かありましたっけ?」
父親の言葉に対し即答した佐野に、カトゥは信じられないと彼を凝視してしまう。見られた本人は本当に何の事か分かっていないようで、微笑みを浮かべたまま首を傾げていた。
「ほら、お主を試すような事をしてしまったじゃろ。中には不遜な態度をとってしまった者もおったようじゃし……」
「あぁ、そんな事。特に気にはしてませんよ。いくら僕を召喚したのがノドゥス様だったとは言え、異世界の人間を簡単に信じる事は出来ませんからね。当然の反応でしょう」
(そ、それはそうでしょうけど……そうでしょうけども……!!)
言っている事はその通りなのだが、あんまりにもあっけらかんと答える彼に、それで良いのかと突っ込みたくなった。
「あ、衣食住を保証していただいた事は、本当に感謝しています!」
「お前も大概冷静だな!? もっとこう、怒りや恐れは無いのか!!」
あまりにも暢気な佐野に向かってそう叫んだノドゥスの言葉に、全くその通りだと頷いて同意する。
「驚いてはいますし、なんだったら戸惑ってもいます。けど……」
(ひえっ……真剣な表情のサノは顔が良い……)
今まで浮かべていた微笑みを引っ込めて真剣な眼差しをした佐野に、カトゥの心臓が痛いほど跳ねた。
「けど、なんじゃ?」
「それよりも何よりも、魔族と言う元の世界ではまず出会えない種族の方々の体の方がずっと魅力的なので、僕は今とっても楽しんでます!!」
(言い方!! その言い方はちょっとまずいわよ!? でも良い笑顔をされるとちょっと可愛いとか思っちゃうぅう!!)
相変わらず誤解を生みそうな物言いの彼だが、後光がさしているのではと錯覚する笑顔に、カトゥは声無く天を仰ぐ。
「だぁーまらっしゃい!! そもそも、私が求めたのは魔王様をお助けする救世主だ! お前のような人族ではない!! とっとと帰れ!!」
「嫌です! まだ帰りません!!」
「くぅ~……、魔力が元のくらいに回復さえすれば、お前なんぞすぐに元の世界へ叩き返してやると言うのに!!」
断固としてここに残ると宣言した佐野に対し、ノドゥスは思い通りにいかない事に腹を立てているようだ。
そもそも、今でこそ体調は回復したノドゥスだが、古代魔法を使用した代償は想像していた以上に大きく、すっかり全ての魔力を吸い尽くされたのだと言う。
日常生活を送っていく中ではもちろん、魔法薬を飲用して回復を図ってはいるが、千年近い時を生きる彼の魔力を完全に回復しきるには相当な時間がかかるようだった。
「とにかく! 私はお前がこの国に残るのなんて、まっぴらごめんだ!! 絶対に認めないからな!!」
「そこまで言います?」
ノドゥスに全力で拒絶されてしまい、落ち込む佐野。
「そこまで言う事も無いのでは……」
「誰がなんと言おうと、私は反対ですからね!!」
カトゥが諫めようと声をかけるも、彼に聞く気は無さそうだった。耳を塞いでじとりとこちらを見るノドゥスの姿に、相変わらずの強情さだと溜息が出る。
「……ん、んん!! と、とりあえずじゃ! 詫びも兼ねて、我が魔都の城下町を案内させようと思っての!!」
「ブンちゃん様!? そんなの聞いてませんよ!!」
やいやいと文句を言うノドゥスを放置して、ブンちゃんが佐野へそう提案する。
「丁度、城の皆さんへの整体も一区切りついた所でしたし、ぜひ行ってみたいですね!」
先程までの落ち込みようは何処へいったのか。佐野がその話に食い付かない訳もなく、ほとんど即答に近い返事をした。そんな今にも走り出していきそうな彼の様子に、カトゥは思わず笑ってしまう。
「案内役は、カトゥに任せようと思う」
「え、初耳なのですが?」
突然の指名に驚き父を見る。そんなカトゥに満足げなブンちゃんは、にっこりと笑顔を浮かべてこう返した。
「今言ったからの!!」
(んん~、きゃわいいぃぃ、ゆるす!!)
表情は不機嫌そうだったカトゥだが、心の中では涙を流して悶えている。
「どうじゃ、頼めるかのカトゥ」
「私は構いません。サノが良ければ、ですが」
「こちらこそ、ぜひともお願いします!!」
音がしそうな勢いで頭を下げた佐野に、それだけ楽しみにしてくれているのだなと、自然と口角が上がる。
(……サノと城下……彼と、二人……きゅきゅきゅ、急に心臓の鼓動ががが!?)
最近のカトゥは、佐野が関わると胸の鼓動が速まり、どうにも落ち着かなくなっていた。顔に熱が集中し、ふわふわとした高揚感に満たされる。
感じた事の無い気持ちに困惑はするものの、カトゥ自身、それを心地よいと感じている部分もあった。
(私……どうしちゃったんだろう)
「うーむ、これはもしや青春の香りか」
密かに思い悩むカトゥの姿を見ていたブンちゃんが、色々察したと言わんばかりにニヤニヤしながら呟くのが聞こえた。
「……はい? 何の匂いもいたしませんが……?」
塞いでる耳の隙間から聞こえたのだろう、どういう意味だと問い返しながら、ノドゥスが何度も匂いを嗅ぐ。彼のその反応に、ブンちゃんがわざとらしい溜息を吐いた。
「ノドゥス……そんなんじゃから嫌われるんじゃよ、このにぶちん吸血鬼め」
「なぜ!?」
(確かに、ノドゥスは鈍いけれど……せいしゅん?)
言い合うブンちゃんとノドゥスの会話に首を傾げながら、カトゥは城下へ赴く為の準備をしに一足早くその場を後にするのだった。
次回更新は、6/23(金)の予定です。