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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第二話 ドラゴンの娘と足首 ♢
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2-2

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「今日の夕食は、シェフが腕によりをかけて作ったシチューですよ!」

「ありがとう。シェフのシチューは絶品だものね、必ず夕食前に戻るわ」

 翌日、城門前で見送りの侍女達と和やかに会話していたカトゥは、ふと視界の端でこちらを見る佐野に気が付く。その表情はとても満足そうで、良い笑顔を浮かべながら、なんども無言で頷いていた。

 なぜそんな顔をしているのかと一瞬疑問に思うも、視線がカトゥだけでなく、会話していた侍女の方にも向かったのを見て合点がいく。

 先日の事もあり、カトゥと侍女達がにこやかに会話をしているのが嬉しいらしい。自分の事のように喜んでいる佐野に、カトゥは内心苦笑した。

「あ、カトゥ様とサノじゃないですか」

「お出かけですか?」

 見回りから戻ってきた兵士達が、こちらに気付いて声をかけてくる。

「サノに城下を案内してくるわ」

「ああ、昨日言ってた話ですね。あ、カトゥ様、俺の拘束魔法でサノを繋ぎましょうか」

 兵士の一人が鎖を取り出し、返事を聞く前に佐野の体に巻き始める。

「いや、まだカトゥ様は何も言ってなかったですよね。行動するのが速くないですか?」

「いえ、丁度お願いしようと思っていたの」

「嘘やん」

 彼の腰辺りに鎖を五周ほど巻いた兵士が、その端をカトゥに差し出した。

「サノは体の事になると、見境なく襲い掛かりますからね。カトゥ様から離れたら簀巻(すま)きになるようにしときました。あ、長さはカトゥ様の魔力で変更できるようになってます」

 それを聞いて、彼女は試しに佐野と距離を取ってみる。すると、鎖は意思を持ったかのようにじゃらじゃらと音を立てて動き出し、あっと言う間に佐野の簀巻きが完成した。

「僕は目についたものなんにでも突撃する子供かな?」

 呟く佐野に、その場にいた兵士・侍女の全てが一斉に彼を見る。

(みんな、何言ってんだって顔してる……言いたい事は分かるわ)

 あえては何も言わなかったが、カトゥも同じ事を考えていた。

「そう言えば、これって元は縄じゃなかったかしら?」

「サノの体質的に普通の拘束魔法では駄目だと思ったんで、仲間達に魔法で強化してもらったんです。ブンちゃん様とノドゥス様にもお願いしました!! なので鎖にパワーアップしたんです!!」

 いつの間にと驚いたカトゥだったが、同時に少し期待する気持ちも芽生えていた。

 いくら体質的に魔法が効かないと言え、ここまで重ね掛けされたとあれば、佐野を抑える事も可能なのではないか、と。

「サノ、ちょっと引きちぎろうとしてみてくれない?」

 軽いノリで言ったカトゥだったが、彼は不満気だ。

「僕が出来て当然みたいに言われると、ちょっと複雑です……」

「貴方の筋肉を信じてるのよ」

「やりましょう」

(これが兵士達の言っていた、ちょろいってやつかしら)

 掌を返したような佐野の態度に、カトゥは呆れた。そんな彼女を知る由もなく、佐野は体に力を入れて、鎖を引きちぎろうとする。

 皆が固唾を飲んで見守る中、ミシミシ、ギチギチと音はするものの、一向に千切れる様子は無い。

「せ、成功だ! 成功しましたよ!!」

 余程嬉しいのだろう、兵士は飛び跳ねて全身で喜びを露わにしている。

「これなら、突撃整体も出来そうにないわね」

「カトゥ様? 僕の整体の事、物理攻撃みたいに思ってません?」

(でもちょっぴり不安だから、私も強化しときましょ)

 質問を投げかけてくる佐野をスルーし、カトゥもさり気なく鎖に魔法をかけた。

「ではサノ、行きましょうか」

 侍女達の見送りに手を振りながら、カトゥは佐野を引き摺って城門を潜る。

「え、僕、簀巻きのままなんですけど!?」

「我慢しなさい」

 外してと暴れる彼を諭しながら、カトゥは城下町へと続く道を下っていた。と、ここまで順調に事が進んでいた為、カトゥは完全に油断していた。

「お、おい何をする、やめろ肩をさわるなあああああやめろあふんきもぢいぃぃぃ」

「ちょ、ちょっと、レディの腰を触るなんて何をなさるんあああちゅよしゅぎるぅう」

「ふ、ふざけるな! おいなにす、ぐおおおおおおおおおそこいたあだだだだだだだきっつあでもきもちいぃ……」

 街に下りた途端、表情を削ぎ落した佐野の手が、道行く人々に伸ばされる。しかも、簀巻きになった鎖の間から腕を出している、というまさかの状態で。

「さ、サノ! 止まりなさい!」

 慌てて鎖を引くカトゥだったが、彼は止まる事は無くどんどん進んでいく。走りださないだけ、まだマシだった。

「い、い、いきなりなんなんだあああああああそこきもちいぃい」

「こら! いい加減にしなさい!」

 何度声をかけても、佐野は振り返りもしなかった。

(ぐう……これでも魔族一の称号を持っているのに、そんな私を軽々とひきずるだなんて……この胸の高鳴りはなんなの!?)

 赤い顔で踏ん張るカトゥの鼻息はどことなく荒い。

「お願いですから、止まってぇ~!!」

 こちらの声が全く届かない彼にどうすればと、頭をフル回転させる。そうして次の犠牲者を見つけた佐野が足を止めた時、カトゥに声をかけてきた者がいた。

「あー、カートゥーさーまぁ。げーんーきぃ?」

「おー姫さ、ん……、いや、大丈夫か?」

「!! アウルム、ギベオン!!」

 そこにいたのは、黄色く丸い半透明の体を持ったスライム族のアウルムと、大きくがっしりとした緑色の体を持つオーク族のギベオンだった。

 体を揺らして嬉しそうなアウルムに対し、ギベオンは赤錆色の髪を撫で付けて、困惑顔でカトゥ達を見比べている。

「私は(すこぶ)る元気ですよ」

「そーかぁ、よーかーったー」

「暢気に挨拶してる場合か!」

 ギベオンからの鋭いツッコミにハッとした。ちなみに、カトゥは引きずられ続けているし、アウルム達は彼女の隣に並んで歩いている。佐野に関しては言わずもがな、だ。

「そ、そうでした。今はそんな事を言っている場合では」

「んーとぉ、こーのーひーとーをーとーめーれーばーいーいーのぉ?」

「え? ええ、そうなのですが」

「おいおい、お前何を……」

 問いかけに答えず、アウルムは体をびちびちと波打たせる。徐々に体が発光してバチバチと稲妻が発生したかと思えば。

「ばばばばばば」

「さ、サノ!?」

 一瞬の閃光の後、見事佐野に命中したのだった。

(感電すると思って咄嗟(とっさ)に手を放しちゃったけどこれサノ大丈夫じゃないわよねというか私の話を聞いてくれなかったのも悪いんだからね!?)

 一人電撃をかわしたカトゥは、表情には出ていないものの、佐野への心配とほんの少しの怒りでおろおろしていた。

「アウルムぅうう!? おま、何してんだよ!!」

「サーンーダーボールートォ」

「技名を聞いてんじゃねえよ!!」

 一方のアウルムはと言うと、ギベオンにこっぴどく叱られているが、全く反省していない様子でふるふると震えている。

「だーいーじょーぶぅ、ちゃーんーとーてーかーげーんーはーしーてーるーかーらぁ」

「そういう問題じゃねえ!!」

(嫌でも、これでサノも止まって……)

 これには流石の佐野にも効いたと思われたのだが、どうも違うようで。

「チェストォ!!」

 突然ポーズをとったかと思うと、纏わりついていた電撃を全て弾いてしまったのだ。

 余談だが、彼が今身に着けている整体服は、ブンちゃんが佐野専用にと伸縮と耐久性のある素材で整体服を作らせた一級品である。

 ちょっとやそっとの攻撃では傷つかないと説明していただけあり、筋肉の盛り上がりで引き延ばされていても軋む音一つしなかった。

「はああああ!? おま、ちょ、嘘だろ!?」

 あんぐりと口を開けたギベオンが、ありえないと語気を荒げる。カトゥもまさかここまで規格外だったとは、と顔が引き攣った。

 とりあえず正気に戻った佐野だったが、振り返った先にいる倒れた人々を見て、ドン引きしている。

「うわ、皆さんいくら何でも地面に寝るのはまずいですよ」

「あんたのせいだよ!!」

 佐野の言葉に、人々から抗議の声が上がる。あっちこっちから聞こえてくるそれに、彼が助けを求めてカトゥに視線を向けた。

 が、すぐ傍らにいたギベオンに気がつくと、またスンッと表情が抜け落ちる。表情豊かな顔が真顔になるととても恐ろしく、文句を口々に言っていた者達も、先ほどの事を思い出して後退(あとずさ)るほどであった。

 かく言うカトゥも、そのうちの一人である。

「は、お、おいこっちくんなって、なにしやがんぎゃあああああああ!?」

 ギベオンの静止も空しく、彼は佐野の餌食になってしまった。

「ああ……」

「あーらーらぁ」

 結局こうなるのかと半ばやけになっていたカトゥは、ほんの少し考えた後、アウルムに頼んで再び電撃を浴びせる事にした。当然、ギベオンごとである。

「なんでだよ!!」

「ごーめーんーねぇ。でーもぉ、きーみーなーらーいーいーかーなーってぇ」

「おい」

 ぷすぷすとあちこちを(くすぶ)らせながら、ギベオンがアウルムを睨む。先ほどよりも強い電撃だった為か、佐野は地面に倒れこんで痙攣していた。

(ちょっとやり過ぎ? でも、これくらいしないと止まらないんだから、仕方ないわよね)

「ったく……今回は俺だったから良いが、他の奴らにやるんじゃねぇぞ」

 柔らかいスライムの体を軽く叩き、ギベオンは溜息を吐いた。もはや、佐野の事を心配する魔族は誰もいない。

「巻き込んでごめんなさい」

「ああ、気にせんでくだせえ」

 少し髪の焦げた頭をかきながら、ギベオンは苦笑する。

「それよりも、大きな犬っころの散歩は大変だな」

「犬……ああ、サノの事ね」

 視線の先では、体の一部を伸ばして佐野をつついているアウルムがいた。何か声をかけているようだが、反応は鈍いらしく一方的に話しかけているような状態らしい。

「……ああ見えて、優秀、だから」

 そう言葉にするものの、カトゥの視線は右へ左へ泳いでいる。それを見たギベオンからは苦労しているのだな、と同情的な目を向けられてしまった。

「いたた……中々いい電撃でした」

 佐野が復活を果たし、首裏を擦りながら起き上がる。カトゥが調子を尋ねれば、彼はなんて事の無いようにこう言った。

「しいて言えば、首周りの可動が楽になりましたね!」

「……それだけ?」

「? そうですね」

(いやいやいや嘘でしょ!? いくら手加減されたって言っても、アウルムの電撃は並みの人族には危険な、も、の……)

 そこまで考えた所で、二日前の事を思い出す。

 ブンちゃんの癇癪を宥める片手間、佐野の体について知ろうと本人の許可の元にいくつかの魔法を試した。

 結果として――放たれた魔法は筋肉で弾かれ、拘束魔法の縄を一瞬で引き千切り……人族離れした体質が証明されたのである。

(そうよ彼は普通じゃなかった!!)

 指で眉間を揉みながら目を伏せる姿に、周囲はカトゥが激怒しているのではと恐れていた。本人はただただ、佐野の奇行と異世界召喚特典に頭を悩ませているだけであったが。

「お前、復活が早すぎねえか?」

「まあまあ。ところで、貴方お名前は……」

「お、オレぁギベオンってんだが」

「ぼーくぅ、アーウールームゥ。よーろーしーくーねぇ」

(ついでに名乗っちゃうのねアウルム……マイペースな性格は相変わらずね)

 さらりと自己紹介をして見せるスライムに、カトゥは脱力した。

「アウルムさんですね。スライム、でよろしいでしょうか?」

「そーだーよぉ。せーいーかーくーにーはぁ、エーレーキースーラーイームーだーけーどぉ」

 そう言ったアウルムは、半透明の体内からピンポン玉ほどの目玉を二つ出現させた。

「お、おお、目が」

「こいつは普段、体の中に急所になる器官を隠してるんだよ」

 間延びした喋りに焦れたのか、ギベオンがそう答える。アウルムはそれに肯定するように、丸い体をゆらゆらとさせながら体の上で目を動かして遊んでいた。

「それはそうと、ギベオンさん」

 ガシッと腕を掴まれ、彼の肩が跳ねる。

「貴方……相当疲れてますね」

 佐野に目を付けられたら逃げられない、そう悟ったカトゥだった。

次回更新は、6/30(金)の予定です。

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