2-3
「おおおお……こりゃあ、いい……」
あれからアウルムとカトゥの誘導のもと、場所を街の一角にある酒場に移して、四人掛けのテーブルを囲んでいた。
と言っても、佐野は椅子に腰かけたギベオンの肩を揉んでいる為、座っていない。
「アウルムのそれ、美味しそうね。なんのサラダ?」
「マーンードーラーゴーラーのーサーラーダーだーよぉ。カートゥーさーまーはぁ?」
「私はミストマッシュルームのリゾットよ」
その向かいの席に、入り口に背中を向ける形で座っていたカトゥとアウルムは、一足先に食事を楽しんでいた。佐野の気のすむまで待っていては、何時までも食べられないと思ったからだ。
(まあ、どうせギベオンはビールだろうし、サノも好き嫌いは特に無いって言ってたから……適当に頼んでおけば、来たら食べるでしょう)
店中からの視線をスルーしつつ、カトゥは黙々と料理を楽しんでいた。
「そーうーいーえーばぁ、きーみーがぁ、うーわーさーのーいーせーかーいーじーんーなーのぉ?」
ふいに、思い出したような声色で、アウルムがそんな事を口にした。
「え、僕の噂ですか? 僕、ここに来てそこまで経って無いですし、今日初めて城下に来たんですけど……?」
手は止めないながらも、佐野がスライムをガン見する。カトゥも、まさか既に城下で噂になっているとは知らず内心とても驚いていた。
一体誰が話を広めたのか、心当たりのある城の魔族を思い浮かべるも、噂好きが数名いるせいで余計に分からなくなる。
頭痛がしてきたと頭を抱えたカトゥだが、むにゃむにゃと半分寝かけたギベオンの出した名前に思わず両手で顔を覆った。
「あ~……そういやぁ、こないだブン様が城下に来てたな。んでぇ、異世界人がどうたら~言ってたが……ありゃオメェの事だなぁ……」
(そういえば何日か前に、城から抜け出したとノドゥスが言っていましたねちちうえぇえええ!?)
これは帰った時に、せめて自分にくらいには話をするよう説教しなければ、と心に決めた。
「えっと、噂はわかりませんが、異世界人は僕の事で間違いないでしょう」
(というかサノも冷静すぎぃ!!)
彼の反応に至ってはいつもの事である。
「それにしても、ギベオンさんはオークでしたよね。体格はがっちりしてますし、赤毛の短髪と緑がかった体色……うん、僕が前の世界で知ったオークそのものって感じですね!」
(ゔっ……良い笑顔ですありがとうございます!!)
楽しそうにギベオンの肩を揉む佐野の姿に、カトゥは何とも言えない感情に胸を抑えた。
「御職業は何をなさっているんですか?」
「んん~……ん? おお、俺か」
寝落ちる一歩手前だったようで、数拍の間があいてそう言葉が返って来る。大きく伸びをして欠伸を零すギベオンに、少し落ち着こうと水を飲んでいたカトゥも、彼の整体の心地よさは知っている分、そうなるのも頷けると内心同意していた。
「俺は鍛冶屋をやってんだ」
「え!?」
すると、職業を聞いた佐野が大きな声を出す。自身でもハッとしたように口を手で押さえ、驚く周囲にすみませんと何度も頭を下げていた。
「おいおい、どうしたんだよ突然」
「す、すみません。てっきり戦士なんかの戦闘系だと思っていて……」
カトゥはその言葉になるほどと納得した。
「たしかに、オーク族は腕っぷしが強く、体力がありますからね。戦闘面では前線を任される事も多いですし」
「あーまあ、大体の奴はそうだな。俺はこう見えて細々とした作業が好きでな。昔、人族の師匠に弟子入りしたんだ。ついでに言うと、お前さんの付けてるその腕輪は、俺の作品の一つだぜ。会心の出来だったから、ブン様に献上したんだが……」
気恥ずかしさからか頬をかくギベオンに、佐野の目が輝いた。
「これギベオンさんが作られたんですか!! もう凄く扱いやすくて、カトゥ様の整体の時からお世話になりっぱなしなんですよ!! 本当にありがとうございます!!」
(滅茶苦茶に褒めるわね)
その後も、彼はギベオンの道具が如何に素晴らしかったのかを、整体を続けながら熱弁する。自身の発明が褒められて余程嬉しいらしく、ギベオンはドヤ顔で何度も頷いていた。
「で、この温度調整加減が初心者の僕にでも、って、うわっ」
「オメェよくわかってんじゃねぇか!!」
牙を見せて豪快に笑うギベオンは余程嬉しかったようで、佐野の背中をバシバシと叩いた。それに驚きはしたものの、特によろける事も無く受け止め、痛がる素振りも見せない彼に、流石だとカトゥは苦笑する。
「おっと話がそれちまった。それで、おめえの所じゃあ、俺らの事はどう言われてんだ?」
そう聞かれて、佐野が困ったような顔をした。
「えっと、前提条件として、僕の世界には人間、こちらで言う人族しかいません。魔族は空想上の存在として知られています。そこを念頭に置いてくださいね」
「えらく濁すじゃねぇか。はっきり言っちまえよ」
歯切れの悪い彼に、痺れを切らしたギベオンが言った。やや迷った後、佐野は元の世界の事だからと念押しをして、改めて口を開き始める。
「こっちの世界では、オークと言えば物語の悪役の定番でして……登場する作品の半分、は言い過ぎかな。いくつかの中では、その、女性を浚って、強引に、ね、そう言う事を……」
「風評被害だ!! 俺らぁそんな事しねぇ!!」
(異世界とんでもねぇですね!? 空想上の存在とは言え、そんな外道な事させます!?)
ギベオンが勢い良く立ち上がるのを傍目に、カトゥは異世界怖いと密かにドン引きする。
「異世界での話ですので!! ギベオンさん達がそうだと思ってる訳ではないので!!」
「あったりめぇだ!! どうなってんだオメェの世界!?」
(それな、です)
額に血管を浮かばせながら唾を飛ばしてガンつけるギベオンに、カトゥも全面的に同意した。
「まーあーまーあぁ。いーせーかーいーでーのーはーなーしーなーんーだーかーらぁ、ゆーるーしーてーあーげーなーよぉ」
「……しゃーねぇ。兎に角、俺らは今も昔もそんな事やった事ねぇ! それは覚えとけよ」
「はい、もちろんです!!」
アウルムの声に、渋々と言った様子でギベオンが椅子に座り直す。佐野は元気に返事をしたものの、その後はずっと申し訳なさそうにしていた。
「え、ええと、まあ僕の世界ではそんな感じでオークが知られているんで、ギベオンさんのように、鍛冶師をしているイメージが無かったものですから……」
「だーかーらぁ、びーっくーりーしーてーたーんーだーねぇ」
不機嫌になったオークの肩を揉み直しながら、彼が弁解するように言う。それに納得したようにアウルムが相槌を打てば、佐野は眉尻を下げて苦笑しながら頷いた。
(なにその顔かわいい)
そんな一人と一匹を見ながら、カトゥは場違いな事を考える。
「ギベオン達オーク族の名誉の為に言いますが、こちらの世界の彼らは誇り高き魔族の一つなのです」
「卑怯を許さず、卑劣を好まず、正々堂々の真剣勝負を望み、己よりもより強い者を求めて戦場に赴く。それが俺達、オークの一族だ。間違っても、そんな悪逆を強いたりしねぇ」
カトゥの説明に、ギベオンがそう続けた。それは、他の魔族の間で知られている、オークを現す文言だ。
「ほぁあ……かっこいい……」
「こう見えて、俺らは大人から子供までが憧れる戦士な訳だ。まあ、俺はその戦士をやめて、こうして鍛冶師をやってるわけだがな」
先程とは打って変わって、満足そうに語るギベオンが豪快に笑って話を締めくくる。
「まあ、そう言われるようになったのは、比較的最近なんだがな」
「え、そうなんですか?」
首を傾げた佐野の言葉に、ギベオンは情けない話だが、と溜息を吐いた。
「さっきはああ言ったが、今よりうんと昔のオーク族は、お前さんの言ったように粗暴で能無しで腕っぷしだけ強い、底辺魔族だって言われてたからな」
ギベオンの言葉にうんうんと頷く魔族の二人。
「彼の言う通り、太古の昔に存在した我々の始祖達は、人族と争うしかできない存在でした。それを変えたのが、現王にして私の父である魔王を筆頭とした者達なのです」
「アウルムの一族も、昔は冒険者取り込んでは捕食してたな。中々壮観だったぞぉ〜、生きたまま体が溶けてく様は」
「えげつない!! 元の世界のスライムが可愛らしいイメージだから余計にえぐい!」
大袈裟なリアクションを返す佐野だが、言葉のわりに楽しそうだ。
「なんでオークはそんな役回りなのに、スライムは可愛いんだよ。可笑しいだろうが」
「げーんーきーだーしーてぇ。ぼーくーはーギーベーオーンーのーむーだーにーきーよーうーなーとーこーすーきーだーよぉ」
「それ励ましてんのか?」
体の一部を伸ばして肩に置くアウルムに、落ち込みながらもギベオンがつっこむ。そんな話をしていると、先ほど注文をお願いした店員が、佐野達の分の料理を持ってきた。
「お待たせいたしました。こちら一番人気のカーウのケバブです」
そうして出されたギベオンの腕程もある巨大な肉の串焼き料理三本分に、佐野は感嘆の声を出した。
「カーウ……元の世界でいう牛かな」
(あら、もしかして向こうの世界にも似たような生き物がいるのかしら?)
「主に草原地帯を生息地とする野生動物の肉です。畜産生物としても優秀で、肉としてだけでなく、メスの個体から採取できるミルクは老若男女みなが好んで飲むほど絶品です」
納得したような表情に、彼の世界はどんなところなのかとカトゥは夢想する。
「ちなみに、このカーウだがな……背骨が変形した大砲が付いててな、不用意に近づくと魔法弾をぶっ放されるから気をつけろよ」
「異世界怖い」
(コロコロと表情が変わって面白いわ。それにしても、サノの世界……色んな違いがあって面白そう)
城に帰ったら聞いてみようかと考えていると、佐野がいつの間にか隣に座っていた。
(びびびびびっくりした!! か、考え事に夢中になって気付かなかったわ!?)
至近距離になった佐野の顔に、驚きで心臓が跳ねる。それ以外の意味でもドキドキしていた気がしたが、カトゥにはその理由がわからなかった。
(うぅ……心臓が痛いくらい脈打ってる……なんでぇ)
高鳴る鼓動の訳も分からず、カトゥは首を捻るばかりだった。
「お客さん、飲みすぎですよ」
「うるせぇ!! これが飲まずに、ヒック……いらえるかよぉ!」
そんな荒れた声が、四人の座る席からやや離れた場所でから聞こえてくる。視線を向ければ、酒を呷るトカゲ人間——リザードマンの男を、店員が宥めようと話しかけているところだった。
よく見ると、リザードマンは膝上から左足がなく、全身のあちこちに包帯を巻いている。
「またか……今月に入って何人目だぁ?」
「十一人目ですね」
溜息を吐くギベオンの言葉に答えながら、カトゥはアウルムと共に、今にも突撃しそうな佐野を席に座らせた。
「サノ、やめておきなさい。城に帰ったら好きなだけノドゥスを整体して構わないから」
「はい!」
「いや、ノドゥス様かよ」
(ごめんねノドゥス)
嬉々と目を輝かせる彼に、このあと半日以上の時間を整体に費やされるであろうノドゥスに心の中で合掌した。
ギベオンもつっこみはしたものの、聞かなかったことにしたようだ。
「それにしても、すごい荒れようですね。種族は……」
「リザードマンだ。あいつはここらじゃ腕利きの戦士でな。槍を使わせれば、右に出るものはいなかったんだ。だがあの様子じゃ、最近起きた災害に巻き込まれちまって、御自慢の足を一本持ってかれたみてぇだな」
木製ジョッキを傾けて、ぬるくなったビールを飲みながらギベオンが言った。
「災害……それは、津波や地震とかですか?」
「話をするのもいいけれど、先に食べてからにしてはどう」
先に食べ終わったカトゥがそう勧めれば、彼ははっとしてケバブに口をつけ始める。
「ん。すごく肉厚で、でもくどくないし、なによりスパイスが良く効いてておいしい」
「こーこーのーてーんーちょーうーのーりょーうーりーはぁ、いーっきゅーうーひーんーだーかーらーねぇ」
体を上下に動かして同意を見せるスライムの体内には、未だ消化されていない野菜のスライスがぷかぷかと浮かんでいる。
(あいかわらず、彼の体の中は丸見えね。スライムだから当たり前だけど)
そんな愛嬌のある姿に、カトゥは小さく笑みを零した。そのまま隣でケバブを頬張っている佐野を見れば、興味深そうに視線があっちこっちと忙しなく動いている。
「食べながら聞いてもらえればいいわ。先ほどの災害についてだけれど、佐野が言った以上に厄介なのが、幻獣と呼ばれる魔物達が関連するものです」
「けんふゅう!!」
眉を顰めたカトゥの言葉に、佐野が身を乗り出して食い付く。口元を肉の油とソースでベタベタにした彼は、期待に満ちた目で話の続きを待っていた。
「グリフォンやハルピュイア、イフリートにといった生物の総称です。彼らは私達よりも魔法の扱いに長け、大自然の力を自在に操る事ができるのです」
「あいつらとは大昔に色々あってな、基本的にゃあ互いに干渉しないようになってんだ。……だが、ここ最近になって突然奴らが狂暴化するようになってな。おかげで、世界中自然災害のオンパレードだ」
いつの間にか五杯目に突入していたビールを飲みほし、やれやれと言いたげにジョッキを置いたギベオン。
「なかでも扱いが難しいのが、ドラゴンの一族だ」
「おお、ドラゴン! 元の世界でもスライムに並んで有名な種族です!! でも、扱いが難しいとは?」
「そりゃぁ、あれだ……色々だよ」
先ほどの饒舌さとは打って変わって言葉を濁す。そんな彼に何かを察したのか空気を呼んだのか、佐野は別の疑問を口にした。
「幻獣は魔族ではないんですか?」
問いかけになんと説明すればわかりやすいか、とカトゥはギベオンと顔を見合わせる。
「げーんーじゅーうーはーねぇ、まーぞーくーなーのーもーいーるーしぃ、せーいーれーいーなーのーもーいーるーんーだーよぉ」
黙り込んだ二人に代わり、黄色い体を伸び縮みさせながらアウルムが言った。
「魔族も精霊も?」
「あー……例えば、グリフォンは魔族寄りの幻獣だな。で、イフリートは精霊とみる方が多いが、これも魔族に分類されてるんだよ」
「つまり……一概にこれとは言えないという事ですかね」
次いでギベオンがそう説明するも、本当に理解しているかはわからない。が、佐野本人的には納得したらしい。
「あー、まあ……合ってると言えば、合ってんのか……?」
なんとも言いたげなギベオンの呟きに、頷いていい物かとカトゥも悩んだ。
「……細かい説明は次の機会にして、そういう生き物もいると覚えてもらえれば大丈夫です」
「ほうふぁいふぇす」
ひと段落ついたと思ったからか、さっきよりも更にケバブを頬張る佐野。そんな彼の様子に小動物味を感じて、カトゥは思わずほっこりした。
次回更新は、7/7(金)予定です。




