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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第二話 ドラゴンの娘と足首 ♢
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2-4

「カートゥーさーまぁ、よーくーわーらーうーよーうーにーなーったーねぇ」

「だな。まあでも、年頃の娘って感じがあって、前よりもいいんじゃねぇか」

「だーよーねぇ」

 ニヤニヤ顔のギベオンの言葉に、思わず顔を引き締めて咳払いをする。

「それよりもギベオン、貴方も仕事がうまくいってないんでしょう?」

 苦し紛れに話をふると、そうなんだよ、と彼は拳をテーブルにたたきつけた。

「こら、テーブルを叩かない」

「聞いてくだせぇよ!! あいつら、仕事が失敗したのは俺の作った武具が悪いって言うんでさぁ」

 ギベオンはつい最近、災害調査兼原因究明の仕事を請け負った魔族の戦士団から、武具を頼まれていた。商品を納品した当初、戦士達は彼の仕事ぶり等を大絶賛し、意気揚々と調査へ赴いていったという。

 しかし、数日後にボロボロの姿で帰ってきたと思えば、武器の出来が悪い、防具の性能が良くなかった、調査が失敗したのはギベオンのせいだと散々文句を言っていたらしい。

「それもあってちょいと言い合いになっちまってさぁ。あいつら、俺のありもしない話をあっちこっちで言いまくるせいで、ここのところ仕事が来なくてよぉ」

 やってられないとビールを流し込む姿に、カトゥは数日前に王女として目を通した戦士団の報告書を思い出していた。

 内容を要約すれば、今回の失敗は全てオーク族の鍛冶師が原因である、自分達は悪くない、とかなり乱暴な字で書いていたのである。

(ギベオンの作る物が不良品だなんてありえないわ!! だって彼の作る武具は私達も使っているんですもの!!)

「お、おう、姫さん、怒ってくれるのは有難いが、少し落ち着け」

 ハッとして顔を上げれば、佐野とアウルムが固まってこちらを見ていた。彼等だけでなく、店にいるほぼ全ての人の顔も真っ青になっている。

 ギベオンに難癖をつけた調査団への憤りが、威圧となって表に出てしまったようだ。

「んん、失礼、取り乱しました」

「いやいや、気にせんでくだせぇ。むしろ、俺なんかの為に怒ってくれるったぁ、嬉しい限りでさぁ」

 自分の事のように怒りを露わにするカトゥを見た事で、ギベオンも落ち着いたらしい。

「とりあえず、今んところは適当なガラクタ集めて、役に立ちそうなの量産しとります。この間、電撃系統の威力なんかを細かく調整出来る装置を作ってみたんでさぁ」

「電撃を? それは、どういう物なんですか?」

 今まで黙ってケバブを食べていた佐野が、興味深そうに質問をした。

「ざっくり言っちまうと、アウルムの電撃なんかの威力を、装置を通す事で細かく調整出来るって奴だな。」

「ぼーくーもぉ、おーてーつーだーいーしーてーるーんーだぁ」

 体を震わせながら、アウルムが楽しそうに言う。

「今は大味な威力調整しか出来ねぇが、上手くいけば、農作物を荒らす害獣対策に役立てると思ってな。なんだぁ先生、あんた興味あんのかぁ?」

「この腕輪と言う素晴らしい道具を作るギベオンさんの発明なんですから、気になるに決まってますよ!!」

「ガッハッハッ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか! 今度うちの工房に来いよ、発明ならまだまだあるからな!! カトゥ様も、また見に来てくだせぇ」

 余程嬉しいのか、ギベオンは彼の背中を力一杯叩く。相当な力だっただろうが、佐野は顔色一つ変えず、むしろ是非にと笑った。

「ええ、必ず。私達は、貴方の腕を信じていますから」

「へへへ、いやほんと、身に余る光栄ってもんよ」

 鼻の下を指で擦って照れ臭そうに喜ぶギベオンに、カトゥも微笑む。

「ぼーくーはぁ、おーしーごーとーもぉ、さーがーさーなーいーとーなぁ」

「おめぇさんはスライムだから耐久力なんかはねぇが、その分電撃の威力は他に引けをとらんしな。それが生かせる職場がありゃいいが……」

 机に体を乗り上げ、脱力して平べったくなっていくアウルム。それを、ギベオンがボールをつくように彼の体を弾ませながら慰める。

「現状、幻獣の起こす災害によって重傷者が後を絶ちません。それによって戦士や傭兵等を引退せざるを得ない者も多く、近年働く場がないと嘆いているのです」

「第一線を退いた方達を、雇用したりはしないんですか?」

 佐野の言葉は最もである。そしてその話題も、現在カトゥやブンちゃんを悩ませる種の一つなのだ。

「そのつもりで、こちらも色々と手筈を整えていたんですけどね……」

「魔族ってのは、なまじプライド高い奴らばっかりだからよ。武器を農具に、魔導書を台帳に持ち替える、なんてのが出来ないのさ」

 魔族の大半は、戦いに身を置く事こそ至上だと考えている。そのせいもあり、例え魔王からの推奨であったとしても、新たな仕事に就く者はほとんどいない。

(あのリザードマンも、その一人ね……)

「今、父上と共に話し合い、対策を講じている所です。貴方の雇用についても、条件の良い所が無いか探しているので、もう少し待っていてくださいね」

「あーりーがーとーうぅ、カートゥーさーまぁ」

 柔らかな体を優しく撫でてやれば、アウルムは嬉しそうにコロコロと笑った。

(そういえば、やけにサノが静かね)

 さっきから一言も話さない佐野を見ると、彼は真面目な顔で腕を組みながら、じっと皿の上に残っている最後のケバブを睨みつけていた。

「サノ?」

「ん、ああ、すみません。僕にも何か、皆さんのお手伝いが出来る事が無いかと考えていて」

 カトゥの声に顔を上げた佐野は、いつもの朗らかな笑顔で答える。普段見ない表情に何事かと緊張していたが、帰ってきた返答に肩の力を抜いた。

 そんな事を気にした素振りも無く、佐野は最後の一本をあっという間に平らげた。


 ——ギィイイ——


 (ざわ)めきを取り戻しつつあった店内が、入り口の扉が開いたと同時に静まり返る。それも束の間、すぐにひそひそとした話声があちこちから聞こえ始め、人々の動揺が空間を満たしていく。

(……あら? どうしたのかしら)

 周囲を見回せば、店にいる全ての魔族達の視線が入り口に集中していた。隣のサノはと言えば、目を大きく見開いて同じく入り口の方を見つめている。

 しかし、他の人々と違って頬は少し赤く、少し興奮しているようだった。

 何の事だとカトゥ首を傾げながら後ろを振り返る。そして、そこにいた存在に声無く仰天して、思わず二度見した。

(ド、ドドドドドド、ドッ!?)

「あーれぇ、あーのーひーとぉ、ドーラーゴーンーぞーくーかーなぁ」

「は!?」

 アウルムの言葉に、ギベオンが上ずった声を出して、ばっとそちらを見る。

 佐野より一回り程大きいであろうか。がっちりとした金色の体を強靭な足で支え、立派な尻尾を揺らしながら、一匹のドラゴン族がゆっくりと店内に入って来た。

 頭頂部から背骨を通って、両腕と尻尾へかけて生える羽毛が、照明の明かりに照らされて黄金に輝いている。

「ぅ、うぉおおぉ……!! ラプトル、本物だぁ……!!」

 驚きに動けずにいるカトゥの耳に、心から感動したと言うような佐野の呟きが聞こえた。聞き馴染み無い単語は、恐らくは目の前のドラゴン族の事を指していると思われる。

 が、そんな事を気にするよりも、カトゥは驚きと疑問で頭が一杯だった。過去に魔族・人族両方と一悶着あった関係で、ドラゴン族は滅多に人前に姿を現さないのだ。

 最後の目撃情報はカトゥがまだ幼い時の事であり、以降は噂を耳にした事すら一度もない。

 そんな、普段は住処に籠っているはずのドラゴン族が、なぜこんな魔族の街にいるのか。カトゥがそんな事を考えていると、ドラゴンは驚きで身動きできず立ち止まっていた店員に話しかけた。

「ねえ。ちょっと、探し物をしてるんだけど……」

(ちょおっと待って思ってたよりも声高いけれどもしかして女の子!? って、ん?)

 まさかの事実にギョッとしてドラゴン族の事を凝視してしまうカトゥだったが、ふと様子がおかしいのに気付く。

 店員と話し込んでいる彼女は、しきりに足を気にしているようであり、特に右足を浮かせたり、一際大きな爪を動かしたりしていた。

(あれは……もしかして、足を痛めているのかしら?)

 時折、右足を擦るように動く右手は、痛みを少しでも和らげようとしている風である。

 これは大変だと声をかけようかと立ち上がりかけた時、そこで初めて、隣に居たはずの佐野がいない事に気が付いた。

(ふぁっ!? いつの間に!? 私もなんで気付かないの!! これは不味いのでは!?)

 気配を感じさせずに消えた佐野に嫌な予感を覚えたカトゥは、急いでドラゴン族の方へ向かおうとする。

「ぎゃあ!?」

「ごふっ」

(ああああああああ遅かったああああああああ!!)

 聞こえて来た女性の悲鳴とくぐもった声に、思わず顔を覆いたくなった。が、すぐにそんな場合では無いと思い直し、彼女達の方へと駆けつける。

「いきなり何なの!? レディの足に断りもなく触るなんて、失礼な人族ね!!」

 ドラゴン族は低く喉を鳴らし、羽毛を逆立てて威嚇をしていた。

 そんな彼女に一撃貰ったであろう佐野は、尻を上げて床に転がっている。怒りの声が聞こえているかまでは定かではないが、正直な所、自業自得である。

「ちょっと、聞いてるの!?」

 声を荒げたドラゴン族に、カトゥは慌てて二人の間に割り込んだ。

「私の連れが、大変失礼を致しました。代わりに謝罪をさせてください」

「貴女、ダレ?」 

 腰を直角に曲げて頭を下げたカトゥだったが、突然割って入って来た魔族に、ドラゴン族は警戒した様子を見せる。

(う、過去の因縁があるとは言え、こんなあからさまな態度をされると傷つく……仲良くしたいと思ってるんだけどなぁ)

「私はカントゥス・フォルトゥーナ・フルクトゥアト。この魔都を治める魔王の娘です。貴女のお名前をお聴きしても?」

 心の中で涙を流しながら、カトゥは手短に自己紹介をした。ドラゴン族は魔王の娘と言う部分に一瞬目を大きくしたものの、それ以外には特に反応を示さない。

「魔王の……そう。アタシはアエラ。見ての通り、ドラゴン族よ。それで、そこの人族は何なの? いきなりアタシの足に触って来るなんて」

 アエラと名乗った彼女の言い分は、当然のものだろう。

(彼女にとって、足は最も大事な器官だもの。見知らぬ男に触られて、不快に思うのも当然だわ)

「アエラ様、本当に申し訳ありません。言い訳になってしまいますが、彼はつい最近に召喚されて来た異世界人でして……。この世界の常識を、まだ把握しきれていないのです」

「異世界人? じゃあ、この人が……?」

 驚いた様に佐野を見下ろしたアエラに、カトゥは首を傾げた。しかし、いい加減、佐野にも謝らせようと、しゃがみ込んで声をかける。

「サノ、聞こえてますか?」

「……き、きんにく……筋肉がなければ、危なかっ、た……。流石、ラプトル……ナイス、キック……」

 どうやら、大げさに倒れていたわりに、頑丈な肉体のおかげで怪我らしい怪我も無いらしい。念のためと回復はしておいたが、それを抜きにしても元気そうである。

「ここまで頑丈だと、人族とは思えないわね」

「カトゥ様……僕の、自業自得ではある、けど……その言い方は酷い、です」

「ほら、早く起きて。きちんと謝罪をしなさい」

 散々な言われように佐野が小さく文句を言うのが聞こえたが、知らないふりをした。

「改めて紹介します。こちらはサノ。異世界でセイタイシと言う治癒士をしている方です。ほら、サノ」

「はい、ご紹介に預かりました佐野です。この度は誠に、申し訳ありませんでした……」

「あ、うん。気を付けてよね」

 キックが相当いい場所に入ったのだろう、顔を青くした佐野に頭を下げさせる。あまりにも悲し気な雰囲気を醸し出す大人の男性に毒気が抜かれたようで、アエラもそれ以上はいいと許しを得ることができた。

「というか、彼は人族……なのよね?」

「ええまあ、召喚された事で得た力、とでも言いますか……」

 死んだ魚のような目でもしていたのか、どことなくアエラが気の毒に、とアイコンタクトしているような気がした。

「ぼーくぅ、あーうーるーむぅ。よーろーしーくぅ」

 成り行きを黙ってみていたアウルムが、佐野の頭に圧し掛かりながら挨拶をした。

「よろしく。アタシ、スライム族って初めて見るわ」

「ぼーくーもーだーよぉ」

(これもしや、アウルムに気を遣わせてしまったのでは。いや本当にありがとうございます。まじ助かりました神様魔人様スライム様ぁ!!)

 アウルムがアエラに声をかけた事で、何とも言えない場の空気が霧散する。助け舟を出してくれたのではと考え、カトゥは心の中で感謝した。

「ギベオンだ。その、色々災難だったな……」

「あはは、まあ、もういいよ」

 恐る恐る歩み寄って来たギベオンがそう言えば、アエラは何とも言い難い顔で笑った。

「んで? 突然足なんか触ったり何ぞして、サノは何がしたかったんだ?」

「そうです!!」

 ギベオンからの問いかけに佐野が大声を出した。あまりの大きさにびっくりしたアウルムが、べしゃっと床に落ちた。それに見向きもせず、彼はアエラの大きな爪が生えた手を取ると、ずいと顔を近づけて一言。

「アエラさんの足を触らせてください!!」

「はぁ!?」

「ちゃんと説明しなさい!!」

 カトゥは思わず、彼の頭を力いっぱい引っ叩いた。

「うう、酷いですカトゥ様……」

「それより、なぜそこまでアエラ様の足に執着しているのですか?」

 殴られた頭を押さえて(うずくま)る佐野を、腕を組んで見下ろす。

「だってアエラさん、ずっと右足を庇ってますし、パッと見た感じ、捻挫(ねんざ)してるのかなって思ったんですもん……」

「ねんざ?」

 聞きなれない言葉を繰り返し、どういう物なのか聞こうとするも。

「この感じだと靭帯(じんたい)は伸びてるだろうなぁ、ああでも、関節(かんせつ)(ほう)の損傷は酷くないみたいだし、とりあえず温めた方が……」

 ブツブツと呟いてまた勝手に足に触ろうとしていたので、カトゥは大きく溜息を吐いた後、佐野の頭に思いっきり拳骨を落としたのだった。

次回更新は、7/14(金)予定です。

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