2-5
流石にあの場は目立ちすぎるという事で、カトゥ達はアエラに連れられて、彼女の宿泊先に場を移す事に。
大人数で押しかけては迷惑になるのではないか、とカトゥは心配したが、経営者の女将は特に気にした様子も無く、快く受け入れてくれた。
「なんだか、申し訳ないわ」
「いいじゃねぇか。貰えるもんは貰っとけってな」
「それは意味が違うと思うし、貴方達くつろぎ過ぎよ」
部屋に案内されてそうそう、大きなソファーに座り込んでリラックスし始めるギベオンとアウルムの姿に、頭痛を覚えた。
「第一に、宿泊しているのは乙女なのよ」
「良いのよカトゥ。他でもないアタシが誘ったんだし」
そう言って、備え付けのティーポットでお茶を作るアエラがけらけらと笑う。
「それに、今まで他の種族と交流なんかなかったから、こうして話相手が出来たのが嬉しくて、アタシの方が舞い上がってるのかも」
なんてね、と茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるアエラに苦笑する。
道すがら、サノに関することを含め様々な事を説明し、一通り伝え終える頃にはそれなりに話が出来る位にはなった。その際に様付けをやめてほしいと言われて渋ったものの、一歩も引かない彼女の様子に根負けする。
実を言うと、カトゥも立場上あまり同性の友人に恵まれず、アウルムとギベオンもどちらかといえば知人寄り。
(こ、これはもしや、女友達ってやつでは……!? ふ、ふふふ、うふふふふふふふうふふふふふ)
つまりは彼女も、同性の話し相手に浮かれているのである。
しかし、ドラゴン族にとって、魔族は因縁の相手と言っても過言ではない。例えカトゥが好ましく思っていても、相手がどう思っているかは分からないのだ。
(気を引き締めないと……敬語は無くていいとは言われたけれど、あまり馴れ馴れしいのもちょっと、ね……兎に角、彼女の機嫌を損ねないように……)
アエラに気付かれないように溜息を吐くと、お茶の用意する彼女の手から、ポットを取り上げる。
「お茶は私が入れますから、貴女は座っていてください」
「え、でも、招いたのはアタシだし」
「元はといえば、うちのセイタイシが失礼をしたのです。これくらいさせて頂戴」
「……わかった、よろしくね」
もじもじと手を器用に絡ませながら、アエラはふんわりとはにかんだ。容姿はドラゴンといえど、そのちょっとした仕草は間違いなく少女のもの。
(あああああああ客様、お客様困りますぅううう。可愛すぎて困りますぅうううう)
内心荒ぶりまくっているが、それを知るのは誰もいない。
一方、問題児扱いされている佐野といえば、二人の会話を邪魔しない位置でじっとアエラの事を見つめていた。
「……穴が開きそうとはこういうことなのね」
そう苦笑するアエラに、カトゥは頭を抱える。誰に対しても物怖じせず、我が道を行く部分は佐野の良い所の一つであるが、こう無言で見つめられては居心地が悪いと言うもの。
「サノ、レディを無言で見つめるのはやめなさい。あと、いい加減彼女にも説明して差し上げて」
「はっ、つい癖でじっくり観察してしまった」
今回の事が終わったら、城内の書庫からありったけの参考書を引っ張り出して、この世界の常識をみっちり叩き込もう。カトゥが佐野の教育計画を立て始めた事に何となく気付いたのか、彼がほんの一瞬、肩を震わせた。
「え、えぇっと……アエラさんはドラゴン、なんですよね?」
嫌な予感を払拭するように、慌てて佐野がアエラに問いかける。
「そうよ」
「失礼な事だったら申し訳ないんですが、翼はないんですね」
何のことかと首を傾げたアエラだったが、すぐにその意味に気付いたようだ。
「ああ。アタシは土竜種っていって、大地に足をつけて暮らすドラゴンの一族なの」
「ドラゴン族には四つのタイプがあってな、それぞれに住処と体の特徴がちげえんだ」
アウルムを肘置き代わりにしたギベオンが、指を立てながら話し出す。
「まず火竜。こいつらは溶岩地帯なんかのくそあちぃ所に住んでやがる。翼があったりなかったりするし、他の竜種に比べてべらぼうにでかい。で、その次にでかいのが風竜。あいつらは常に高いとこを飛んでて、繁殖以外じゃ地上に降りてこん。一対から二対の翼を持つのも特徴だな。あと体が火竜と比べても華奢だ」
「水竜は蛇に似た体の構造を持つ竜種であり、深海を住処としています。翼はなく、代わりに魚類のような鱗や鰭を持っていますね」
紅茶を注いだカップを配りながら、カトゥが説明を引き継いだ。
「最後に土竜種。アエラを見れば分かると思いますが、彼女達は竜種の中でも特に小柄ですばしっこく、生活圏である山岳地帯を駆け回っています。また翼はありません」
「なるほど、それぞれに特徴があって面白いですね」
元の世界にはいない種族の話は楽しいらしく、佐野は終始ニコニコしている。その子供のような彼の反応に、カトゥはほっこりした。
「それで、サノがそのセイタイをしてくれるのよね」
「はい。まず、軽く問診を行って、それからどの整体が一番効果がありそうかを考えます。ですので、アエラさんには出来るだけ正確に質問に答えてほしいです」
説明を受けて是と答えたアエラに、彼がさっそく最初の質問を始める。
「まず、今現在痛みを感じているのは、右足首であってますか?」
「ええ。右の内側、っていうの? この大きな爪がある部分より少し上のあたり」
「すこし触りますね」
佐野はアエラの話に耳を傾けながら、彼女の足に触れていく。鉤爪に触れないよう慎重に、ゆっくりと足回りを筋肉に沿って押していく。
のだが……。
「……まいったなぁ」
彼の口から珍しく弱弱しい言葉が漏れる。
「どうかしたの」
「いえ、やけに熱をもっている場所があるので、ここかなと思ってはいるんですけど……改めて触ってみると、全然分からなくてですね」
「わからない?」
目は足から逸らすことなく、それでも歯切れの悪い物言いに、不安が広がっていく。
「僕、ここに来てからたくさんの魔族の方々を整体してきました。でも、彼女みたいなタイプは初めてなんです」
その言葉に、カトゥはハッとした。彼はここに来てから、まだ一度も人型以外の存在を整体したことがのだと。
「つ、つまりどういうこと?」
「正直な所、アエラさんの整体は難しい……人型と体の構造が違う上に、貴女の皮膚、って言って良いのかな、は僕らに比べて硬い。今は整体道具も腕輪しかないし、どこまで出来るか……」
いつになく弱気な彼に、カトゥは目を疑った。佐野はいつも、自身の行う整体に絶対の自信を持っており、それを使って城の人々の体を癒してきた。
だが、今の彼はドラゴンという種に苦戦を強いられている。
「とにかく、始めてみますね。痛いとか、逆に力加減が弱すぎるとかありましたら、遠慮なく声をかけてくださいね」
「わ、わかった」
それでも出来る範囲でアエラの足を何とかしようと、整体が始まった。
「おそらくですが、アエラさんが感じている足の痛みの原因は、捻挫によるものだと思われます」
「さっきも言ってたけど、ねんざって何?」
「外から大きな力がかかることによって、靭帯や関節包と呼ばれる軟骨器官などが損傷する事を言います」
専門用語の多い解説に理解が追いつかず、アエラの頭上にはハテナがたくさん浮かんでいるように見える。
「まあつまり、ありえない方向に強く曲げたりすると、そこにある筋肉が無理やり伸びてしまって、痛みの原因になってるってことです」
「ふーん。それって治るの?」
「治るには治るのですが……一度伸びてしまったものが元の状態に縮む事はないので、癖になりやすく、何度も再発する事があります」
患部だと思われる場所を何度も揉んでいるが、アエラの反応はあまり良くない。
「足を挫いたのはいつか、おぼえていますか」
「たしか、街に来る三日前だから……今日から数えて五日前になると思う」
「ううむ……すみませんが、誰か氷水を用意してもらえませんか? あと、できれば清潔なタオルも三枚ほど」
「おお、なら俺が女将に聞いてきてやるよ」
言うなりギベオンが部屋を出ていき、然程もしない内に、からころと音のする桶と、真っ白なタオルを手に帰ってきた。
「これでいいのか?」
「はい、ありがとうございます」
それらを受け取った佐野は、アエラに一声かけると彼女の足をタオルで強すぎない程度に巻くと、そのまま水の中にゆっくり入れた。
「つ、つめたいぃ」
「少しだけ我慢してください」
「なーにーしーてーるーのぉ?」
あまりの冷たさに震えるアエラを尻目に、アウルムが桶の中を覗き込む。
「捻挫をした際は、基本的な応急処置としてRICE処置というものを行います。安静に患部を冷やし、包帯などで固定して心臓よりも高い位置に患部を置く、というものです」
「でしたら、次は足を上げるのかしら」
「本当はそうした方が良いかもしれませんが、なんせ負傷してから数日経過しているので……。今回は冷却と圧迫を同時にしてますが、これはアエラさん向けにアレンジをしたつもりなので、他の人にはしない方がいいと思います」
ドラゴンの皮膚はとても頑丈だ。住処にする場所が一般的に危険地帯であることも多く、生存するのに適応した姿とも言える。
「出しますよ」
水から足を引き上げた佐野は、もう一枚のタオルで水気をふき取ると、もう一度患部に手を添える。
「うん、最初と比べても、患部の熱は引いたように感じます」
ほっと胸を撫でおろす佐野に、カトゥも良かったと一安心する。それでも、全てが解決したわけではない。
ここからどうするのか、心配を募らせて彼を見ていた時だった。
「……ごめんなさい」
突如アエラがそう言い出した。
「もしかして、施術中の力加減が良くなかったですか?」
「そうじゃないわ。サノは一生懸命やってくれたと思ってる。でも……」
彼女は徐に佐野の手の中にあった足を引き抜く。
「これ以上、サノを困らせるのは本意じゃないし、迷惑をかけてしまうわ」
「そんなこと。これは僕がしたくてさせてもらっている事です。アエラさんが気に病むことでは」
彼女の目から、ぽろぽろと透明な雫が零れ落ち、佐野が言葉に詰まる。
「こんな、こんな情けない姿、とても仲間に見せられないわ」
一向に止まる気配の無い涙が、彼女の金色の肌を濡らしていく。さっきまでの天真爛漫さはなく、まるでなにかに追い立てられているかのようだ。
(なにか悩みがあるのかしら、でも、私が話を聞いても解決できないものかも。でもでも……)
カトゥは心の中で、一人パニックに陥っていた。誰も何も話さず痛いほどの沈黙が支配する部屋。まとまらない思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る中に、酷く落ち着いた声が響いた。
「……ギベオンさん。さっき食事処で話していた、電撃のエネルギーを調整する装置って、今からここに持って来れますか?」
佐野だった。何か思いついたのか、後ろに立つギベオンを振り返る事無くそう尋ねた。
「お、おう、そりゃできるが」
「お借りする事は可能ですか?」
漸く顔を上げた彼は、なぜか笑みを浮かべていた。
「これはギベオンさんと、アウルムさんに協力していただかなければ成功しません」
「ぼーくぅ?」
指名されると思っていなかったアウルムも、驚愕してなぜか体を絞るような動きをしている。
「成功すれば、ギベオンさんもアウルムさんは仕事を手に出来ると思いますよ」
「ほぉー。よっぽど自信があるみてぇだが、成功するかもわかんねぇだろ」
「成功させます」
ギベオンの言葉を強く否定した佐野は、成功するのだとわかっているように見えた。
「そこまで言うんだったら、お前のやることに賭けてやるか」
「ぼーくーもぉ、てーつーだーうーよぉ」
善は急げと言わんばかりに、二人は部屋を飛び出して行った。
事の成り行きについていけないカトゥとアエラを置き去りにして、佐野は彼らが戻ってくる前に、他の準備を済ませようと、行動を開始する。
「さ、カトゥ様も手伝ってくださいね」
「え、ええ」
混乱するカトゥをそのままに、佐野はアエラにこう告げた。
「アエラさん、貴女はきっと、住処から此処まで長旅をして疲れてるんですよ。だから、少しゆっくり休息をとりましょう」
「きゅう、そく」
とんとん拍子で進んでいく話に、彼女の涙はいつの間にか止まっていた。
次回更新は、7/21(金)予定です。




