2-6
(休息とは言われたけど、結局、サノとギベオンは何をするつもりなんだろう)
部屋の中に何かを運び入れる二人の姿に、アエラは一抹の不安を隠しきれないでいた。
「いよっと……これが、話に出してた装置だ!!」
床に静かに置かれた物品は、突起のような部分や細長い紐のような物があったりと、いやにごちゃごちゃしている。
しかし、その手の事に疎いアエラには、鉄と木で出来た大きめの箱程度の感想しか浮かばなかった。
「これが……でも、僕でも使えますかね?」
「まあ見てろって! まずここをこうしてだなぁ……」
心配そうな佐野に対し、ギベオンは同じく持ち込んできた細かな部品を、工具で手早く組み込んでいく。遠めに見ても、その手捌きは鮮やかだ。
作業を覗き込む佐野にアウルムも乗っかり、あれこれ三人で何か話している。自信満々なギベオンの言葉を聞いても、未知の物を使われると言う事に、アエラは不安が募っていくばかり。
視線を落とし、水の中に戻された足を見つめる。ぱっと見では負傷しているようには見えないが、佐野曰く、内部の筋肉が損傷しているそうだ。
今まで生きてきた中で、アエラはこんな怪我をしたことが無い。その為、痛みはあるものの、諸々を理解するにはまだ時間がかかりそうである。
「大丈夫ですか?」
男達の輪に混ざらず、アエラの隣に座っていたカトゥがそう声をかけきた。
「……アタシ、ひどい顔してる?」
「そう、ですね。あまり良さそうには見えません」
「そうよね。ごめん。みっともないところを見せちゃって」
自分の爪で傷つけないよう、気を付けながら目元を擦る。
「ああ、ダメです」
そう言って、カトゥは取り出したハンカチで、アエラの目元を優しく拭った。
「擦っては目が傷ついてしまいます、だからダメですよ」
彼女にそう言われ、されるがままになる。それに満足げに微笑んだカトゥは、まだ何かしている男達に声をかけた。
「どうですか?」
「もうちょい待っとくれ! あとはここを……」
「あ、ギベオンさん、ここをこんな感じにするのはどうですか?」
こちらに顔を向けようともしない三人に、カトゥは呆れたように苦笑した。
「全く……ごめんなさいね」
「う、ううん。むしろ、アタシの為に色々やってくれてるし……」
だんだんと申し訳なってきて俯いてしまう。
(……アタシには、やらなければいけない事があるのに……)
仲間達の期待を一身に背負って、住処である山を下りて来たアエラ。
しかし、逸る気持ちとは裏腹に、自身に使命を託して送り出してくれた仲間達の言葉を思い出しては、胸の奥に燻るモヤモヤを隠せずにいた。
そうしてずっと悩みながら山道を走っていた矢先、大きな地面の揺れに遭遇し、足を挫いてしまったのだ。
(無事に辿り着けたのは、運が良かった。でも、街の人達はみんな、アタシを見ると余所余所しくなっちゃうし……)
思い返してみても、人々の対応は腫物を扱うようであり、中には適当に話を切り上げて足早に去って行く者もいた。
(あれが、長の言ってた確執って事なのかな)
ドラゴン族は多くの種族にとって格別な素材であったと、耳にタコが出来るのかと思う程に説明されてきた。
今でこそ、前魔王と現魔王の尽力により、人と魔が手を取り合う世の中になってはいる。だが一族の中には、いまだに他種族に対して嫌悪や恐れを抱く者も多い。
だがアエラにとって、種族間の確執は過去の出来事という認識でしかない。もちろん恐ろしい人族や魔族もいると頭ではわかっているが、現代においてほとんど出会いは無いと思っている。
(まあ、それを抜きにしても、サノと会った時は心臓が飛び出るかと思ったけど)
土竜種にとって、足という器官は命も同じなのだ。例え怪我を負っていたとしても、そう易々(やすやす)と他人に触れさせる事は無い。
それを己から触れさせるのは正直かなり迷った所ではあったが、佐野からは害意は感じられず、それどころかこちらを心配し、無償で整体を行うと断言したのだ。
いくら対人経験がないと言えど、この発言には驚きを隠せなかった。
(人族って変なの)
オークの手先を見つめ続けている青年の後姿に、不思議と嫌な気はしなかった。
「……完璧だ!!」
ギベオンの大きな声に、体が大きく跳ねる。
「ちょっとギベオン、いきなり大きな声を出さないで」
アエラが驚いたのに気付いたカトゥが苦言を呈した。
「いやぁ、すんません。とにかく、これで完成でさぁ!」
そう言って、ギベオンがアエラ達の前に調整が終わったらしい機械を運んでくる。
前面部分には、程まで無かった丸い突起が四つ付いていて、その少し下辺りから、赤と青い色をした紐のようなものが左右に八本ずつ、合計十六本伸びていた。その先端には、半球状の何かが付いている。
「あれ、アウルムは?」
「こーこーにーいーるーよぉ」
姿の見えないアウルムを探すと、装置下部の蓋が開き、にゅっと黄色い体が出てくる。
「サノの話を聞くに電気が要みたいだからな。こいつにお誂え向きの仕事ってんで、動力源になってもらってんだ」
「ぼーくぅ、おーしーごーとーがーんーばーるぅ」
キリッとしたような表情をして、アウルムは器用に蓋を閉めて中に戻っていった。
「彼もお仕事を探しておられましたし、僕からも是非にとお願いしたんです」
佐野の言葉に、カトゥが深く頷いた。
「それで、これはどういった装置になるのですか?」
「カトゥ様の施術に使ったラジオ波のように、この吸盤を体に装着して、そこに電気を流す事で体を解すものです」
徐に、佐野は彼が付けている銀の腕輪を指さす。それを聞いて、カトゥにはすぐに察しがついたようだった。
「では、あのラジオ波をアエラにも?」
「いえ、あれは高周波と呼ばれる電気を流すもので、こちらは低周波という、別種類の電気を生み出します。二つの違いをざっくりと説明すると、高周波は体の内部に熱を発生させて筋肉を解して新陳代謝を上げるのに対し、低周波は表層の筋肉に収縮と緩和を交互に起こして痛みを改善する効果があります」
(な、なにを言ってるのかさっぱり……!)
単語の羅列についていけず、アエラは目を回していた。同時に聞いた事の無い異世界の治療術に疑問が尽きない。
彼の言う、体に電気を流す治療法は安全なのか、痛くないのか。そもそも、体に電撃を流す等と考えた事の無い治療法に、アエラは段々と恐怖を感じていた。
「では早速、試しに使ってみますね」
「サノの話を参考に改良したんだ。使い方は、天辺にあるボタンを押して、突起を右に回せば強く、左だと弱くなるから、それで調整するだけだ。簡単だろ? ……壊すなよ?」
「いやいや、流石にそこまででは無いですよ。……多分、きっと、おそらく」
(それ、大丈夫って言わないんじゃ……)
返ってきた答えに、アエラも顔が引き攣ってしまう。他二人も同じようで、眉を顰めたり、頭を抱えているのが見えた。
「アウルムさん、お願いします」
「はーいぃ」
佐野が中に声をかけると、バチバチと弾ける音が響く。それを確認した彼が、ギベオンが言っていたように装置の上部に着いたスイッチを押すと、虫の羽音の様な物が聞こえて来た。詳しくないアエラでも、装置が動き出したのだと察する。
佐野は満足げに頷くと、さりげなくギベオンの腕を掴んだ。
「おいサノ、なんで俺の腕を持つんだ」
「じっけ……んん、テスト運転にご協力ありがとうございます!!」
「おいいいいい!!」
引き剥がそうと藻掻くギベオンだが、佐野の方が強いらしく、ぴくりともしていない。
「さて、まずはこの吸盤カップを患部に貼り付けます。少し握りこむようにすると、くっつきやすくなります」
不安で仕方ないアエラに気付かず、佐野は吸盤をギベオンの右腕に四つ張り付ける。
比較的スムーズに行われたそれらに、佐野がこの行動を何度もやった事があるのだとアエラは思った。
「で、装着が完了したら、今度は低周波と呼ばれる電気を流していきます。今からこのダイアル、じゃなかった。突起を回していきます。右の腕から流していきますので、丁度良いと感じた所で声をかけてください」
「ちょうど良いってなぁ……どう判断すりゃいいんだ」
「では、試しに上げてみます」
そう言って、佐野が右端にある突起を右に回したのだが。
「あだだだだだ!?」
大げさな位の声で痛みを訴えたギベオンに、佐野が慌てて威力を弱めていた。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
「おっま、大丈夫じゃねえよ!! 腕が取れるかと思ったわ!!」
頭を下げ続ける佐野と、一方的に文句を言い続けるギベオンのやり取りに、アエラの恐怖は更に増していく。
(腕が取れる程だなんて、冗談じゃない!!)
思わず椅子から立ち上がり、部屋の奥へと後退った。
「アエラ?」
「カトゥ、やっぱりもういいよ。アタシ、怖い」
自身の異変に一早く気付いてくれたカトゥに、アエラは告げる。
佐野が善意で治療をしてくれようとしているのは、今までの言動からも分かる。それでも、今のギベオンを見た後では、どんな高度な治療術だったとしても受け入れる事は出来ないと思う。
(サノの治癒術なら、と思ったけど……当てが外れたなぁ。でも、他に情報も無い……どうしよ)
もはやお手上げ状態だと、アエラは肩を落とした。すると、何かを考え込んでいたカトゥが、未だに文句を言われている佐野に向かって、一つの提案をした。
「サノ、その装置、私に取り付けてください」
「はぁ!? 正気か姫様!?」
思ってもみなかった言葉に、ギベオンが叫ぶ。
「私は正気よ。今のアエラは、セイタイに対して負の印象しか持てて無いわ。それでは、何時まで経ってもネンザを癒す事も出来ない」
「た、たしかに、そりゃそうだろうがよぉ……」
「サノのセイタイは、確かに痛みを感じる事もあるわ。でも、それだけじゃない。今回は少し失敗したみたいだけれど、彼の事だもの。すぐ扱えるようになるわ」
(……サノの事、どうしてそこまで信頼できるんだろう? カトゥは魔族で、サノは人族で、種族すらも違うのに)
更に言えば、佐野は異世界からやって来た存在であり、この世界の住人でも無い。
それなのに、微笑むカトゥからは佐野へ向けられた信頼が感じ取れる。アエラには、それが不思議で仕方なかった。
「サノ、貴方は一度の失敗で諦める人じゃないでしょ? 私も協力します。もう一度やってみましょう」
「……成功するか、わかりませんよ?」
「いいえ」
困ったような佐野の言葉を、カトゥは遮った。
「貴方は成功するわ。必ず」
「……アエラさん」
佐野に突然名前を呼ばれて、アエラの肩が跳ねた。
「な、なあに?」
「貴方を怖がらせてしまい、申し訳ありません。どうか僕に、貴女を整体させてください。僕が、貴女を治したいのです」
そう言って、佐野は頭を下げる。
「私も一緒に治療を受けます。二人で受ければ、少しは恐怖も和らぐと思うのです」
魔王の娘が、ここまで信用しているセイタイ自体には興味がある。
(でも、やっぱり怖い……)
「私はアエラにも、セイタイの心地よさを、素晴らしさを知って欲しいのです」
「……そこまで、言うなら……」
真っ直ぐこちらを見るカトゥの熱意に負け、渋々整体を受ける事を了承した。
「ありがとうございます!! すぐ準備しますね!」
返事を聞き、佐野が行動を始める。アエラの足を水から取り出ししっかり拭うと、カトゥと並んで座らせた。
そして吸盤を二対ずつ、それぞれアエラとカトゥの右脹脛に装着する。
「まず先に、カトゥ様の方に電気を流しますね」
「わかったわ」
(う、うう……やっぱりやめれば良かったかなぁ)
とうとう始まる整体に、アエラは身震いした。祈る様に握りしめていた手を、右隣に座ったカトゥが取る。
「大丈夫よ」
(……なんでだろ、カトゥに言われると、不思議と安心する)
微笑む彼女の力強い言葉に、こくりと頷く。
「ではサノ、始めて」
「はい。少しずつ上げますので、程良いと思った所で声をかけてください」
カトゥの言葉に、佐野はそっと突起を回し始めた。
次回更新は、7/28(金)予定です。




