2-7
「まだ大丈夫そうですか?」
「そうね……このくらいで良いわ」
今度はきちんと調整出来たらしく、ホッとする。それは彼も同じだったらしく、彼女の返事に大きく息を吐いていた。
「ったく、俺はやられ損かぁ?」
「うっ、本当に申し訳ないです。今度必ずお詫びをしますから……」
「冗談だよ。まあ、どうしてもってんなら、整体で手をうってやってもいいぜ?」
装置に体を預けながら、ギベオンが笑う。
「さて、次はアエラさんの方を上げますね」
「あ、う、うん!」
遂に回って来た自分の番に、思わず上ずった声が出てしまった。佐野はそれを笑ったりせず、いきますと一言告げると、右から二番目の突起を操作する。
(あ、ちょっとビリビリしてきた)
「どうですか? 痛くないですか?」
「大丈夫、もう少し強くても良いよ」
「わかりました」
アエラの答えに、佐野が更に突起を捻る。最初と比べて電気が強くなり、ほどほどの所でストップをかけた。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気」
「よし……では、このまま少し時間を置きますね」
汗を拭う真似をして、佐野が突起から手を離す。
(……いたくない)
足に電気を流しているのに、さっきまで燻っていた鈍い痛みは感じない。むしろ、電気によって交互に起こる収縮と緩和が程よく心地良い。
(すごい……体に電気を流してるのに、痛いよりも気持ちいって感じるなんて。こんな事も出来るんだ……)
電気と言えば攻撃魔法の一種と言う印象しかなかったアエラ。まさか、本当に治療にも使えるなんてと、内心とても感動していた。
「どのくらい時間をかけるのですか?」
「元の世界では一定の時間が経つと、自動で止まるようになってましたけど……今回は適当な時間で止めましょう」
カトゥからの疑問に、佐野は頭をかきながら困ったように眉を下げた。
「では、専用の砂時計でも用意しましょうか」
「良いですね。カトゥ様の目みたいに、赤い砂の物とかあれば嬉しいです!」
魔王の娘相手にとんでもない口説き文句だと、思わず佐野をギョッと見てしまったのは、仕方ない事だろう。ふと黙り込んだカトゥを見れば、頬をほんのり染めて少し恥ずかしそうにしていた。
(こ、これはもしかして……ふふ、オヒメサマも女の子だもんね!!)
その可愛らしい反応を見て、アエラは小さく笑みが零れる。
「んんっ、ところで。どうして脹脛なのです? 患部の足首に付けた方が良かったのでは?」
笑い声が聞こえてしまったのか、気まずそうなカトゥは一つ咳を零して、誤魔化すように問いかける。確かにどうして患部に直接じゃないのか、と首を傾げていれば、佐野が説明をしてくれた。
「仰るように、患部に電気を送る事で痛みを伝達する機能に働きかけ、感じにくくする事も出来ます。ですが、今回のアエラさんの場合、足首は形状的にも吸盤を張りにくいですし、こうして筋肉の繋がりがある脹脛で施術を行っています」
彼の言うように、ドラゴン族であるアエラの足は、人族の佐野とも魔族のカトゥとも違う。そう、あまりにも違い過ぎる為、患部に直接吸盤を取り付けるには無理があるのだ。
「筋肉はそれぞれが繋がっています。どこかを負傷すると、連動するようにして他の部位にも、筋肉の緊張などが起こるんですよ。今回はそれを利用して、吸盤を装着出来る部位から電気を送る事で、患部の痛みの緩和、そして筋肉の緊張を和らげているんです」
隣のカトゥと共に自身の足を見下ろしたアエラは、共になるほどと呟いた。あまりにも綺麗に言葉が揃っていたので、カトゥと思わず顔を見合わせた後、どちらともなくクスクスと笑った。
「さて、待っている間、アエラさんの左足も診ましょうか」
失礼しますと一声かけて、佐野が左足に触れる。人族とは違い過ぎるドラゴン族の皮膚に苦戦しているようだが、時折何か呟きながらも彼の手は止まる事は無かった。
(サノの手、とっても温かい)
左足から伝わってくる熱が、眠気を誘う。いつの間にか恐怖も無くなり、うつらうつらと船を漕ぎ始めたアエラに、気が付いたのはカトゥだった。
「眠いのね。枕を取って貰いましょうか?」
柔らかな声色に、こくんと幼子のように頷いてしまう。
くすりと小さな笑い声が聞こえた後、カトゥがギベオンに頼むのが聞こえ、すぐに目の前に枕が差し出された。アエラはそれを受け取ると、抱きしめながら瞼を閉じる。
「アエラさんはとても頑張り屋さんですね」
佐野の優しく、囁くような声が耳を擽った。
「ドラゴン族は過去の争い事が原因で、多種族との交流を避けていると聞いています。それなのに、アエラさんは魔都へとやって来た。御仲間に顔向けできないと言っていましたから、きっととても重要な使命を託されていたのでしょう」
人族にしては硬さのある掌や指先が、アエラの肌を揉んでいく。しっかりと施術できているのかはわからないが、不思議と心も体もぽかぽかとしている気がした。
「仲間からの期待を背負って、一生懸命走ったんですよね。走って、走って、でも、ちょっと力を入れすぎちゃって、足に怪我を負ってしまって……。今までになった事のない捻挫に困惑して、ほんのちょっぴり弱気になっちゃったんですね」
佐野の言葉通りだった。山岳を自由に走り回る土竜種であるアエラは、生まれながらにして大地を駆ける事を熟知している。そのため、山では足を挫く事はありえなかったし、捻挫などという怪我がある事も知らなかったのだ。
アエラ達にとって、足は武器であり、種の誇り。それを傷つけてしまうなど、土竜種の風上にも置けないと、アエラは自責の念に苛まれていた。
「でも、アエラさんは頑張り過ぎですね」
「……え?」
思いがけない呟きに、ハッと目が覚める。
「貴女にとって、それはとても大事な使命なのでしょう。でも、それで体を壊してしまっては本末転倒です」
優しいながらもこちらを叱るような口調の中に、アエラを励ますような響きが含まれているように聞こえた。
「大切なお役目なんですから、それを遂行する貴方が元気でなければ意味がありません」
「意味が、ない」
「だから、今はゆっくりと休んで、万全の状態で臨みましょう」
整体していた左足から手を離し、顔を上げた佐野と目が合う。
(……綺麗な目)
真っ直ぐにアエラを射抜く彼の瞳は、この世界でも珍しい色をしている。黒にも見える焦げ茶色は、アエラが今まで見つけたどんな鉱石よりも輝いて見えた。
「そろそろ良い頃合いですし、外しますね」
そう言って、佐野が順に装置を操作する。吸盤を外した所でアウルムに指示を出せば、装置が完全に停止し後、黄色い体が下部から出て来た。
「おーつーかーれぇ」
「皆さん、お疲れ様です。ギベオンさん、装置の出来は完璧ですね」
「ま、俺にかかりゃあ、こんなもんよぉ!!」
褒められて気を良くしたギベオンが胸を張る。
「さて、アエラさん。右足を再度揉んでいきますので、力を抜いていてくださいね」
「うん」
佐野は片膝をついて座り、アエラの右足を持ち上げる。立てた膝の上に足を乗せた。痛みの元になっている爪の上部分から始まり、踵、脹脛へと手が進んでいく。
ふと、アエラは彼の指が深く肌に沈み込んでいるように感じた。
「うん、低周波を当てた事で筋肉が緩んで、だいぶ指通りが良くなりましたね」
自分の事のように喜ぶ佐野を見て、心の深くから温かな気持ちが沸き上がる。
故郷を離れ、右も左もわからぬ魔都で出会った彼らとの交流は、アエラの狭く色褪せた世界を、彩り豊かに塗り替えていった。
同時に、佐野という存在に強い興味を覚える。人族でありながら、魔族の中に交じっていても遜色ないほどに個性的であり、なのに決して驕らない。
その癖に、整体には並々ならぬ情熱を注ぎ、誰彼構わず体に触れてはなんだかんだと人々を絆してしまう。
(ううん……解す、のかな)
人の心の蟠りを解して、惹きつける。それが佐野と、彼が行う整体の魅力なのだろう。
こっそりとカトゥを覗き見れば、熱を帯びた視線で佐野を見つめている。彼女も、その魅力に救われたからこそ、彼に恋をしているのかもしれない。
(せっかくだから、後でサノの事を聞いてみようかな?)
「……はい、お疲れ様でした」
力強く最後の一押しをして、佐野が整体を終えた。
「なにか違和感とか、鈍い痛みがあるとかはありませんか?」
下ろされた足に力を入れ立ち上がると、部屋の中をゆっくりと歩いて回る。
「……うん、まだ少し痛むけど平気。むしろ、とっても楽になったわ!」
「んん!?」
アエラは感動のあまり、ひょいっと佐野を抱き上げた。
「サノ、ありがとう!! 本当にありがとう!!」
「あえ、アエラ、落ち着いて」
まさか佐野を持ち上げると思わなかったカトゥが声をかけると、我に返ったアエラは慌てて彼を床に下ろす。
「ご、ごめん、ついはしゃいじゃって」
「い、いえいえ。それより、アエラさんの傷を癒せたなら、整体師冥利に尽きるってもんですよ」
口の端をひくつかせながらも、彼は嬉しそうな様子だ。
「流石ドラゴン族だな。タッパのあるサノを軽々持ち上げるなんざ、魔族でもそう出来ねえよ」
「まあね。あ、でも人族の男の人は、こういうの嫌なの?」
「うーん……他の人にはしない方が良いと思います」
褒められて悪い気はしないアエラだが、佐野の方は少し複雑そうにしている。
(なるほど、次からは気を付けないと)
「それにしても、先生のセイタイはすげぇな!」
話題を変えようと、ギベオンが佐野の背を叩きながらそう言った。
「いえいえ、今回に関してはギベオンさんのおかげですよ」
「謙遜すんなって。ま、俺のおかげって所は否定しねぇけどな!!」
ご機嫌に笑う姿からは、佐野に文句を言っていた人物とは思えない。
「街でセイタイされた他の奴等も満更でも無さそうだったしよぉ、いっそ城下に店でも開いたら良いんじゃねぇか?」
「なるほど、それは妙案ですね。早速、城に帰って父上に話をしなければ」
「嬉しい提案です! と言いたかったんですが、僕よりも先にカトゥ様が反応しちゃうんですね」
豪快に笑いながらそう言ったギベオンに、即座にカトゥが答えた。あまりの速さに、佐野も思わず苦笑している。
「あら、サノのセイタイを広める絶好の機会ですもの。反応するに決まっているわ」
「そ、そうですか、あはは……」
真顔で答えたカトゥの言葉に、佐野は照れたようにはにかんだ。
「えーおっほん。ところでギベオンさん、一つ御相談事がありまして」
「んん?? 俺にか?」
そんな照れを誤魔化すように咳払いをすると、佐野はギベオンに何か話始める。一人立ち止まったままのアエラは、それを黙ってじっと見つめていた。
「なーにーかーかーんーがーえーごーとぉ?」
「ええ、ちょっとね」
(サノなら、彼のセイタイなら……)
装置の中から抜け出したアウルムにそう答えながら、アエラは鋭い目を佐野に向けていた。
次回更新は、8/4(金)予定です。




