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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第二話 ドラゴンの娘と足首 ♢
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2-8

「あ、カトゥ様。今日もサノの所ですか?」

「ええ、父上からのお使いで。本当は転移魔法でも良かったんだけど、折角だから、皆の様子を見に下りて来たの」

 アエラとの出会いから一週間後。カトゥはブンちゃんからの命を受け、とある書類が入った封筒片手に、昼下がりの城下にやって来ていた。

「あれから体の調子はどう?」

「お陰様で!! 初めてサノにセイタイされた時は、なんだこいつと思ったものですが……今では彼のおかげで、長年悩みの種だった関節痛が無くなって、有難い限りです!!」

(そのおかげで、彼のセイコツ目当てに大行列が出来るまでになったけどね。いや、良い事なんだけど)

 すれ違う民達と時折他愛もない会話を交わしながらやって来たのは、街の一角にある少し古びた建物。

 白とアイボリーを基調としたやや古ぼけた外装の建物には、【サノ・セイコツイン(仮)】と手書きされたお手製の看板が取り付けられ、入り口前には長い行列ができていた。

 並んでいる人々に一言断りを入れて、室内に一歩足を踏み入れれば、中も想像通りの忙しさをしているようで、サノが一人右往左往している。

「こんにちは。相変わらず繁盛しているわね」

「おぉ、姫さんじゃねぇか」

 入り口にほど近い位置で機械のメンテナンスをしていたギベオンに声をかければ、彼は破顔してこちらを振り向いた。

 あの整体の後、佐野はギベオンに整体の為の器具や機械を作ってもらえないかと持ち掛けたのだ。

 もちろん腕利きの作り手であるギベオンへの依頼としてであり、出来るなら専属契約してほしいと頭を下げたのである。

(それだけ、ギベオンの技術を彼が気に入ったって事よね)

 ギベオンは佐野の提案を快く受け入れて専属となり、この世界にまだまだ疎い彼の窓口役になってもらう事に。

更に、佐野は職を求めている者達を積極的に引き入れる事で、臨時ではあったが整骨院を開院するに至ったのである。

今も簡素な机を置いただけの受付では、以前酒場で飲んだくれていたリザードマンが座っており、忙しそうに事務仕事に精を出している。

小声で文句を言っているのが聞こえるものの、意外と彼の性には合っていたようで手が止まる様子は無い。仕事が早くてとても助かるとは、佐野の談である。

当然ながら、そんな臨時整骨院の開院にあたっての諸々にカトゥとブンちゃんが関わっている事は言うまでもない。

「まさかここまで繁盛するとは、流石に父上も驚いていました」

「それもこれも、サノのセイタイと人望があってこそだな」

 今も、整体を受けている魔族の男に対し、一人でもできるストレッチというものを教えている。

 その表情はとても晴れやかなもので、なにより楽しそうでもある。

「サノの行うセイタイには、不思議な力があるのかもしれませんね」

(アエラも、最後に会った時に、見違える程晴れやかな顔をしていたし)

 ここで整体を受け帰っていく全て魔族が、笑顔で帰っていく。カトゥは眩しい景色を眺める様に目を細めた。

「ここまでくりゃ、いい加減ノドゥス様も正式開院を認めても良いと思うんだがな」

 隣に並んで中の様子を見ていたギベオンが、呆れたように息を吐いた。

 実は整骨院の開院を周囲が喜ぶ中、唯一、佐野を召喚した本人であるノドゥスが断固として反対の意を示したのである。

「救世主を呼び出す為の術を暴発させた結果がサノですからね……術者本人としては、さっさと帰して本来の目的を達成したいと思っているのかも」

「いやまあ、気持ちは何となく分かるがよ」

 普段なら誰に何を言われようと物事を進めるブンちゃんも、顔を真っ赤にして絶対に駄目だと拒否するノドゥスには、流石に強行はまずいと思っているようだ。

 何とか説得しようと、カトゥが城を出る前も二人で話し合っていたのを思い出す。

(……お互いに分からず屋!! と怒鳴り合っていたけどね)

 最後は色々と飛び交っていた気もするが、あえて黙っている事にしたカトゥだった。

「で、今日は姫さん、セイタイを受けに来たのか?」

「ああいえ、実は父上からサノに書類を持っていくようにと言われたので」

 カトゥは手にしていた封筒から、数枚の紙を取り出す。

「こりゃあ……経歴書か?」

 人相書きが付け加えられたそれらを見て、ギベオンが眉間の皺を深くした。

「臨時開院のわずか一週間にして、この繁盛ですからね。いくら本職のサノでも、一人では手が回らないだろうから、と」

 補足としてそう言ったものの、彼の表情は思わしくない。

 それもそのはず。今回持参した経歴書の人物達は、魔都でも名の知れた治癒士ばかり。だが、無駄に高いプライドと頭の固いところがある為、正直なところを言えば、佐野との相性は良くないと考えていた。

 ブンちゃんもそれは分かっていたようだったが、前に一度お忍びという名の脱走をした際に、整骨院のあまりの忙しさに呆然としたと語っていたのを覚えている。

「正式開業にはノドゥスを説得しなければいけないし、臨時セイコツインはケットシーの手も借りたいくらい……どこから手を付ければいいやら、さっぱりね」

 未だ山積みの問題を前に、カトゥはひっそりと溜息を吐いた。

(どこかにいい人材はいないかしら……。それこそ、セイタイに興味を持ったアエラがいてくれれば、すぐにでも誘ったのに……)

 そんな事を考えていた、その時だった。

「こーんにーちはー!」

 聞き覚えのある声に、思わずギベオンと顔を見合わせ、ばっと勢い良く振り返る。そこには、一週間前とは比べ物にならないくらい元気になったアエラが立っていた。

「あらアエラちゃん、今日も元気ね」

「足の調子はもう良いの?」

 すると、アエラに気付いた人々が親し気に声をかけ始める。気が付けば、彼女の周りは人で溢れ、その誰もがにこやかに世間話をしてる。

「うん、絶好調! 今ならどこまでも走れるよ!! あ、カトゥ! 久しぶり!」

 そんな風に他愛もない挨拶を交わしていたアエラが、カトゥに気付いてにこやかに手を振った。

(って、いつの間に親しくなってるの!? 私はまだアエラに対して敬語が抜けないって言うのに!! みんなずるい!! 羨ましい~!!)

 アエラにぎこちなく手を振替しながらも、あまりにも親密な様子にカトゥは心の中でハンカチを噛みしめる。

「あれ、アエラさん、住処に帰ったんじゃなかったんですか?」

騒ぎに気が付いた佐野が、患者に一言かけて歩いてくる。

「ちょっと予定変更! 色々準備してて、遅くなっちゃった」

 施術によって捻挫の症状が軽くなったのを喜び、何度もカトゥ達に感謝していたアエラだったが、いつの間にか宿を引き払って姿を消していた。

てっきり住処に帰ったのかと皆で話していたのだが、どうも違うらしい。

「どうされたの?」

「ふっふっふ……じゃじゃーん!!」

 左手に握られていた紙を広げて見せてくる。

「この書類は……?」

 佐野に釣られて、ギベオンとカトゥも書類を覗き込む。

「ええと、偉大なるドラゴン族にして、大地を駆ける土竜種アエラ殿。この度、貴方様の熱意に大いに感銘を受け……」

「魔都の永住権が付与されました事を、ここに通達いたします、だとぉ!?」

 全員が一斉に顔を上げた。視線を集めるアエラは、どうだと言わんばかりに胸を張っている。

(こ、行動力あり過ぎぃ!? まじか、未だかつて魔都に永住しようとするドラゴン族とか聞いたことないんですけど!?)

 佐野に解してもらった表情を意図的に動かさず、かなり荒ぶっているカトゥを尻目に、アエラは一歩前に進み出ると、真っ直ぐ佐野と目を合わせた。

「サノ。ううん、師匠!!」

「え、あ、はい……はい??」

 突然の師匠喚びに、佐野も状況について行けていないようだ。当然ながら、カトゥも追い付けていない。

「アタシを、弟子にしてください!」

 しんっと静寂が一同を包み込む。暫し呆然としていたカトゥだったが、事態を何とか飲み込むものの、驚きを隠せなかった。

「弟子!?」

「そう! アタシ、サノの使うセイタイって術にすごく感動したの!」

 そこからは、如何に整体に惚れ込んでいるかのプレゼンが始まり、ぽかんと話を聞いていた佐野も段々と真剣な顔になっていった。

「……と、そんな感じで、セイタイを学びたいと思ったの。それに、セイタイを身に付ければ、アタシの目的も達成できるかもしれないし」

 最後の呟きには、アエラの強い想いが込められているようだった。

「……アエラさん」

 じっと話に耳を傾け、黙り込んでいた佐野が口を開く。

「感動しました! ぜひとも、共に働いて頂きたいです!!」

「ほんと!?」

(うん、知ってたわ)

 アエラの熱い語りを聞いて何となく察していたと、カトゥは苦笑した。

「言っておきますが、師として指導する以上、ビシバシ厳しくいきますよ」

「もちろんよ! ありがとう、サノ……じゃなかった、師匠!!」

 喜びのあまり、アエラが佐野の手を握った。その光景に、なぜだかカトゥの心に衝撃が走り、(めい)(じょう)(がた)い感情が渦巻いていく。

(な、なんなのこのドロドロとしていてムカムカする気持ちは!?)

「それと、カトゥ!」

「へっ!?」

 名前を呼ばれると思わず、変な声が出た。慌てて咳払いで誤魔化すも、アエラが気にした様子はない。

「あのね、この前はありがとう。カトゥが一緒にセイタイを受けてくれなかったら、ここまで元気になれなかったと思う」

「い、いえ。当然の事をしたまでです」

「だから、アタシとトモダチになって欲しいの!!」

 一瞬理解が追い付かず、カトゥは固まってしまう。

「……とも、だち?」

「うん。アタシ、貴女ともっとお話しとか、買い物とか、色んな事をしてみたいと思ったの。……やっぱり、ドラゴン族のトモダチはいや、かな?」

「たった今から私達は友達です!!」

 そこまで言って、少し自信なさげな表情をしたアエラに、カトゥは即答を返した。

「ほんと!? やったぁ!! あ、じゃあ、これからは敬語も無しだからね!!」

「わかり、んん……わかったわ」

 そう返事をすれば、目の前のドラゴンは飛び跳ね体全体を使って喜びを露わにする。

「よぉーし、異世界初の弟子も出来たし、この後も張り切って仕事するぞー!!」

「アタシも手伝う!!」

 うきうきと上機嫌に整体に戻る佐野のと、その後ろにぴったりとついて行くアエラの姿に、まるで親鳥について行くひよこのようだと少しほっこりしたカトゥ。

「……じゃなくて、その前に、まずは父上に報告をしなさい!!」

すぐに我に返ったカトゥが思わず叫んでしまうのは、ある意味仕方ない事だった。


——その後、アエラの加入に波乱の予感を感じたカトゥが臨時整骨院に通いつめ、彼女の整体練習に付き合うようになるのはまた別の話。

次回更新は、8/11(金)予定です。

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