1-7
「……で、何で僕も一緒に?」
「あら、良いじゃない。憧れの舞踏会よ」
自分をエスコートしながら廊下を歩くタキシード姿の佐野に、濃紺のゴシックドレスを身に纏ったカトゥが悪戯っぽく笑う。
(さ、サノ、サノのタキシード……え、カッコよ、カッコいいんですけど?? この人、体が引き締まってるから、礼服着ると凄くスマートに見えるわ……)
内心は彼の珍しい姿に、大変興奮していたが。
「いや、確かに憧れはありましたけど、参加したいって訳ではなくてですね……」
「遠慮することは無いぞ。お主には世話になったからの!!」
(あああああああお父様可愛いぃいいいいい。え、は、ほんっとこのタキシード作ってくれた方天才!! 最高!! お父様には花丸上げます!!)
同じく特注のタキシードを着たブンちゃんに、カトゥは一人荒ぶっていた。一方の佐野は、困ったように眉尻を下げている。
彼女達は今、舞踏会の会場となっている人族の城にいた。本来であれば、入れるのは招待された者達だけなのだが、今回無理を言って、佐野を従者として同行させたのだ。
「さて、先に注意もしたが、ここでのお触りは厳禁じゃぞ 良いな? 絶対じゃぞ? フリではないからな??」
「前科があるのであれですけど、そこまで信用無いんですか?」
(これに関しては、正直うんとしか言えないわ……)
心配する父に全面同意しながら、カトゥは見えて来た会場入り口の扉に深呼吸をする。
(……大丈夫、お父様もいる。サノもいる。それに、昨日はきちんと笑えていたんだから)
何度も自分に言い聞かせるが、最後の一歩が中々踏み出せない。扉の前で立ち往生していたカトゥだったが、ふいに、頬を触られて、顔を上げる。
「あ、すいません。何だか緊張しているみたいだったので」
「……分かる?」
「ガッチガチですよ」
バレバレだと言う佐野に、呻き声が漏れた。これじゃだめだと思うものの、ここに来て、今までの縁談で言われた言葉がフラッシュバックする。
「うう……」
「じゃあ、緊張しないおまじないをかけましょう」
「おまじない?」
何をするつもりかと思えば、彼はタキシードの内ポケットから、一枚の小さな手鏡を取り出した。
「さ、これを持ってください」
「あ、はい」
言われるがままに、小さな鏡を右手で受け取る。覗き込むそこには、緊張しているのが丸わかりな自分の顔しか見えない。
「いいですか? 今ここには、カトゥ様のお母様がいらっしゃいます」
佐野がそう言って、カトゥの目を手で覆い隠す。ほんの一瞬の事だったが、彼が手を退けた瞬間、鏡の中に母が見えた。驚いて佐野を見るが、彼は優しく微笑んだままだ。
「さ、カトゥ様。お母様とおしゃべりしましょう」
「……あの、あのね、お母様。私、今凄く幸せです」
促されるままに、カトゥは鏡の中に語り掛ける。
「貴女に救われたあの日から、ずっと悩んでました。私が生きてていいのか。本当は、お母様も、私を憎んでいるんじゃないか。私が、死ぬべきだったんじゃないかって。ずっと、ずっと……考え続けてきました。でも、答えは出なくて、それがとっても苦しくて……。私、もっと、お母様と一緒にいたかった。でも、貴女は私の前からいなくなってしまった。私の、せいで……」
「カトゥ……」
ブンちゃんが、そっとカトゥの手を握った。
「でも、でもね。昨日、この人に言われて、私、気付いたんです。お母様は、ずっと私と一緒にいてくれたって。もう、一緒に語らう事も出来ないし、一方的に話しかける事しかできないけれど……お母様は、私の中にずっと生きてる。正直、あの日の自分を許す事は、まだできないけれど……いつか、いつかちゃんと許す事が出来たら」
鏡の中の母が、かつてのように微笑む。
「その時は、一緒にあの花畑に行きましょう。また花冠を作って、みんなに配って回りましょう」
返事は当然無い、それでも、カトゥには確かに母の声が聞こえた気がした。
「それじゃあ、行ってきます」
そう一言告げて、彼女は佐野に手鏡を返す。
「改めて……エスコート、お願いね」
「姫様の、仰せのままに」
彼は恭しくお辞儀をすると、左腕を差し出した。彼女がそこに右腕を絡ませると、それを見ていたブンちゃんが会場への扉を開く。
(っ……眩しい)
中から溢れる光に、カトゥは目を細めた。何度か瞬きを繰り返して、ようやく慣れた頃、室内が静まり返っている事に気付く。
周囲を見渡せば、会場にいる全ての人族の目が、カトゥ達を見ていた。
(け、結構な人数がいるぅ……やめて! そんなに見つめないで!!)
口には出さないながら、思わず足が半歩程下がる。体まで後ろに行こうとしていたのを、いつの間にか腕を解いていた佐野の手に止められた。
「大丈夫。胸を張って、堂々と」
聞こえて来た力強い声に、カトゥは無言で前に進み出る。
従者として連れて来た佐野は、入り口に控える事になる。ここからは、カトゥとブンちゃんの二人だけになるのだ。
(大丈夫。胸を張って、堂々と)
彼の言葉を、心で繰り返す。不思議と、佐野が隣に立っているような気がした。
カトゥ達が奥へと歩くたび、人の波が割れていく。
「これはこれは、遠路遥々、良くおいで下さいました」
辿り着いた部屋の中心で、今回の主催者である国王がにこやかに挨拶をしてきた。
「招待、感謝するぞ! それにしても、お主も随分老け込んだの」
「いやぁー、貴方様にそう言われると、より年を取ったと思わずにはいられませんなぁ」
(そう言えば、国王はお父様とは旧知の仲だったっけ。仲良さそうで羨ましい……)
「あの」
横からかけられた声に、カトゥが振り返る。プラチナブロンドの髪を後ろに流し、白いタキシードを着た青年が立っていた。
「カントゥス様、でございますか?」
(レディに名前を聞くなら、まずは自分が名乗るのが礼儀だと思うんだけど??)
「……ええ。貴方は?」
少しぶっきらぼうに告げれば、彼は慌てた様子で名乗りだす。
「申し遅れました。私はアルベルト。この国の第二王子です」
(あら、じゃあこの方が、縁談の第一候補かしら)
年を聞けば二十になったばかりらしく、至らない所は見逃すことにした。
「えっと、良ければ少し、お話をしませんか?」
(あれ、舞踏会なんだから、てっきりダンスのお誘いかと思ったのに)
そう思うものの、もしそうならば断わっていたのだが。
「えっと、初めはダンスをお願いしようと思ったのですが、まだ出会って間もない男と踊るのは嫌かと思いまして……」
気まずそうに話すアルベルトに、カトゥは驚いた。今までの人族は、大体が断っても強引に誘ってくる者達ばかりだったのだから。
「良いわよ。お話しましょう」
「……!! 良かった、では、こちらへ」
(うーん、なんだろ。ハウンドの耳と尻尾が見えた気がしたんだけど)
誘われた先は、料理やワインの並べられた、比較的小さなテーブルだった。
「カントゥス様は、舞踏会は初めてですか?」
「いいえ、何度か経験があります」
「あ、そ、そっか。そうですよね、確か、魔族は僕達よりも長生きだから」
失敗したと言う表情を隠そうともせず、彼はあわあわしている。その様子が面白くて、カトゥは思わず、吹き出してしまった。
「あ……!!」
くすくすと笑う彼女に、アルベルトは頬を赤くする。カトゥはそれを、笑われて恥ずかしがっているのだと思った。
「貴方は、今回が初めて?」
「っ、は、はい!」
「そう。でも、慣れないと駄目よ? これから先、こういった場に出る事は増えていくでしょうから」
(第二王子だけど、式典や祭典には参加するだろうし……慣れておいて、損はないしね)
そんな事を考えながら、テーブルに置かれていたクラッカーを一枚齧る。
「あ、あの!!」
(ぼあっ!? な、何事!?)
急に大きな声を出したアルベルトに、驚いてクラッカーを落としかけた。魔法で何とか防いだ事にホッとしたのも束の間、急に手を取られて向きを変えられる。
「わ、私と、婚約していただけないだろうか!?」
(……ほあ!?)
さっきまでの大人しさは何処へやら、カトゥの返事を聞くでもなく、グイグイ来る彼に、口元が引き攣るのが分かった。
「ちょっと待った!!」
(今度は何!?)
割って入って来た人物は、アルベルトを引き離すと、カトゥの手を取って至近距離で見つめてくる。
(いや近っ)
「この僕と、婚姻を結んでいただけないか?」
(貴方もなの!?)
まさかの連続告白に、カトゥはなぜだと疑問で一杯だ。
「いや、俺と結婚してほしい!!」
「馬鹿を言うな! 魔族の姫、僕と夫婦になってくれないか!?」
「いや、私と!!」
しかし、考えている間にも、一人、また一人と結婚相手に立候補して来る者が現れる。仕舞に男達は、誰がカトゥと結婚するかで勝手に揉めだした。当の本人は、完全にほったらかしである。
(ええ……これ、どういう状況……?)
困惑していたカトゥだったが、背後から感じた魔力に、音が出るのではという勢いで振り返る。そこには、男達に向けて今にも魔法をぶっ放しそうな父の姿があった。
「ぶぶぶブン殿、ブン殿!! 頼む、それはいかん、死人が出るぞ!!」
「ブンちゃん様!? 流石に人様のお宅で魔法は不味いですよ!?」
(あ、これは本気で駄目なやつだわ)
しがみ付く国王と、遠くから叫ぶ佐野の言葉も、残念ながら魔王には届かなかった様だ。
「かわいい娘は、嫁にやらぁああん!!」
――ドッカーンッガララガッシャンジャララララ
魔王の言葉と共に、大爆発が起きる。カトゥは瞬時に転移魔法を発動させると、国王とサノを回収し、素早く防御魔法を展開した。
それにより、彼女達は無事だったものの……。
「う、うわあ……」
爆風が治まった室内の惨状に、佐野が呆然と囁いた。
調度品はほとんど壊れ、柱はひび割れ、天井には穴が開き……とてもじゃないが、舞踏会など続けられそうに無い。
「あの、父がすみません……」
申し訳ないと頭を下げれば、国王は朗らかに笑う。
「いやいや、元はうちの息子共が悪いのです。気にしないでくださいな」
「でも……」
「息子達なら心配せんでください。あれでもそれなりに力のある者ばかりじゃからの。死んではおらんじゃろ」
(それはそれでどうなんですか……)
国王の言葉に、カトゥは苦笑した。
「それにしても……良く笑うようになりましたな」
「……! そう、かしら」
「うむ。きっと、貴女にとって、とても良い事があったのでしょう」
そう言って微笑まし気な国王に、カトゥはその通りだと、心の中で返事をする。
「さて、片付けはどうしようかの」
「父上にやらせますので」
そう言って、カトゥは部屋の中心で子供のように駄々を捏ねるブンちゃんを見た。
「うぢのむずめば、ぜっだいに、よめになんじょやりゃん!!」
(ぐううう、凛としたお父様も良いけれど、癇癪を起して泣き喚く姿も可愛いぃい。でもそれとこれは話が別だから……でも、もうちょっとだけ……いや、自分の家ならいいけど、ここは人様の御宅なんだから、早く撤収しましょう)
「カトゥ様、ブンちゃん様を回収しましょうか」
困ったように頬を掻く佐野に、カトゥは微笑みながら頷き返す。
「……お美しくなられましたな」
「ふふ、ありがとうございます」
国王からのお世辞に笑顔で答えながら、未だ泣き続ける父親の元へ向かうカトゥだった。




