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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第一話 魔王の娘と表情筋 ♢
7/31

1-6

(さあ、いよいよお待ちかねのラジオハよ!!)

 ベッドに仰向けで寝そべりながら、カトゥは今か今かと待っていた。

「さあ、早速初めて行きましょう。正直、練習も何もしてないので、温度調整が出来る気がしないので、熱かったり、(ぬる)かったりしたら言ってくださいね」

(そっかぶっつけ本番!! な、なるべく早めに声をかけるようにしよう……)

 途端に先行き不安となった施術だが、カトゥもやめるつもりは無かった。

「それでは、始めていきますね」

 そう言って、佐野が掌にオイルを取り出す。爽やかながらふんわりと甘い香りが、カトゥの鼻を(くすぐ)る。

「……良い香り……」

「頑張って作った、カトゥ様専用のアロマオイルですよ! 目を閉じててくださいねぇ」

(完成していたのね)

 この短期間で仕上げた事に、カトゥは驚いた。顔に塗りこまれる程に香りが広がり、知らぬ間に強張(こわば)っていた体の力が抜けていく。

「配合に苦労しました……メイド長のおかげで、何とか完成まで漕ぎつけましたけど」

 そうして楽し気に話す佐野の声に、カトゥの心も弾んだ。なぜだか分からない。でも不思議と、彼になら何でも話すことが出来る気がした。

「……ずっと、昔の話よ」

 突然話し始めたカトゥに、彼は何も言わず耳を傾けてくれているようだ。

 誰かと笑う、涙を流す、怒りを向ける。皆が当たり前にできるそれが難しくなったのは、カトゥがまだ幼い頃の事だった。

「私の父と母は、同盟上の政略結婚で結ばれました」

 彼女の語りを邪魔しないようにか、佐野は口回りには触れず、温度を上げながら施術をしていく。

「当時はまだ、反人族の考えが強く残っていて、同盟の為とはいえ人族の王妃を()える事に抵抗を見せる民も少なくなかったわ」

 人と魔、姿形や在り方さえ違う種族は、共存する為の知識すらまともになかった。それ故に、戦争が起き差別が横行したという。

「国の未来を(うれ)いた父上は、思想を同じくする人族の王と手を組み、彼の娘を花嫁として迎え入れる事になったそうよ」

「それが、お母様なんですね」

 ちょっと押しますよ、と一声かけて、佐野が首筋に指を滑らせる。伸びた筋肉が押される痛みに、眉根が少しだけ寄ったが、カトゥは気にしなかった。

「そうして王妃となった母上が、最初に父上にお願いした事……なんだと思います?」

 急なクイズに手が止まる。

「んー……お母様は自分の意志で結婚を承諾したんですか?」

「ええ。むしろ、父上が引くくらい乗り気だったそうよ」

「ええぇ……それはまた、なんと言うか……キャラの濃い……」

 言葉を濁す佐野の声に、同感だと頷いた。

「いやぁ、さっぱりわかりませんね……降参です」

「正解はね、城下の人々に交じって働きたいって言ったそうよ」

「んん!?」

 聞き間違えかと動きを止めた彼の反応に、(もっと)もだと肩を(すく)める。

 元々、魔族という種に多大な期待と夢を持っていたらしいカトゥの母親は、縁談にも身を乗り出すほどに前向きであり、人族の王が逆に魔王の事を心配するほどだったらしい。

 結婚後すぐに魔都へ移り住むと、彼女はここの生活を知りたいから城下で暮らしてみたいと願ったそう。

 しかし、いつ反人族の者達に襲われるかわからないと、ブンちゃんはこれを許可しなかった。ところが、それでへこたれる女性ではなかったらしく、数日後には自室が(もぬけ)(から)になっていたのだとか。

 上へ下への大騒ぎの中、当の本人は城下で大勢の魔族に絡まれていたらしい。

「え、大丈夫だったんですか?」

「それが、相手をこれでもかと褒めちぎっていたらしいわ」


——「あら、貴方はサキュバスね! 本には美しいって書いてあったけど、それ以上にとってもかわいいのね! 透き通ったハリのある肌に、太陽に反射して輝くローズゴールドの髪、目はエメラルドみたいにキラキラしているわ!! 渦を巻くみたいに(ねじ)じれた頭の角もとってチャーミング!! メイクはしているの? え、すっぴんなの!? うそぉ、羨ましい!!」

——「きゃあ、イケメンだわ!! ダークエルフね!! かっこいいわ!! その色黒の肌に銀の御髪(おぐし)がとても映えているし、目の色もサファイアみたいで素敵!! その銀の弓は手作りよね? ダークエルフの特産品ですもの、当たり前よね! 手先が器用で羨ましいわ!」

——「わ、君はウォータースライムね! 本当に柔らかいのね……昔、お城を抜け出して行った草原で見たのだけど、触るのは初めてだわ!! あ、ごめんなさい、いきなり触ったりして……え、いいんですの? ~っ!! ひんやりして気持ちいわぁ! 触り心地も最高ね! それにこんなに可愛らしいお目目をしているし、ずっと抱っこしていたいわ! ねえ、私と一緒に暮らしません? ダメ? 残念だわ……」

——「貴方はミノタウロスね! 大きな角についた傷や欠けは、名誉の証なんでしょう? だとしたら、貴方はとても強いのね! こんなに大きな傷があるし、それに体にもたくさん! とても勇敢でかっこよくて、なにより素晴らしい戦士なのですね!! 羨ましいわぁ……私も貴方みたいに強くて逞しい腕があれば良いのに」


 ……父から聞いた話をそのまま伝えれば、佐野は苦笑した。

「ツッコミ所が多すぎて何が何やら……はっきりと分かったのは、お母様がかなりのお転婆娘(てんば)だったって事ですね」

「同じことをノドゥスも言っていましたね」

 余談だが、当時のノドゥスが真っ先に被害者になったのだとか。

「母上は、魔族達を(けな)す事も、(ないがし)ろにする事もしなかった。それぞれの短所と長所を理解して、それを生かせるように手伝いながら、城下で働いていたんだとか」

 反対派の魔族もいるにはいたらしいが、気が付けば彼女のペースに巻き込まれ、ほとんどが(ほだ)されていったとカトゥは聞いていた。

「うまく彼らに溶け込んだ母は、(おおよ)そ一年の間、ずっと父上の派遣した捜索隊から隠れて生活していたそうです」

「い、ちねん!?」

 それを成せるだけの才が彼女にはあったのだろう。

「初めは心配していた父上も、段々とおかしくなってきたそうで、最後の数か月はかくれんぼと鬼ごっこを同時にしているみたいだったと」

「しっかり楽しんでますね……熱くないですか?」

 佐野がオイルを足しながら、顎回りを軽く押す。丁度いい温度だと答えれば、彼は良かったと笑う。じんわりとした心地良い熱が、カトゥの体を包んでいた。

「そうしてやっと母を捕まえた父上は、民衆の前で逆プロポーズを受けたと言っていましたね」

「まかさ過ぎるよお母様……」

 ビシッと決めるはずだったのにと()ねた父を思い出す。彼曰く、それはそれはかっこよかったらしく、彼女が男だったならまず間違いなくモテていただろうとの事。

 そんな経緯もあって、城内に勤める者達からの信頼も厚く、たくさんの魔族に好かれていたのだという。

「そんな母上に、父上も惚れ込んでいたのでしょう。私が生まれた後も、二人きりで秘密のお茶会を開いたりしていたようです」

「あ、それはずるい」

「でしょう?」

 楽し気な雰囲気をしていたカトゥだったが、それもすぐに鳴りを潜める。

「……そんな穏やかな日々が終わりを迎えたのは、私が生まれて十二年経った頃です」

 その日、カトゥは宮廷講師の元で魔力制御の指導を受けた後だったという。

「コントロールを身に着ける為に、コップの中にある水を浮かせて丸く維持するというもので先生から一番の評価を貰った私は、様子を見に来た母上にそれを披露しました」

 見事に成功し褒められたカトゥは、嬉しさからまだ習っていない事までして見せようとした。

「浮かせた水を自由に動かす。一見簡単に思えますが、空中に水を維持し、その状態で移動させるのはかなりの集中力と精密さを必要とします」

 結果……浮かせた水の玉は跳ねるように飛び回り、ついにはカトゥの真上にあったシャンデリアに激突。固定していた金具を破損させてしまい、それは重力に従って落下した。

 恐怖で足が竦み、動くことの出来ない少女。それを突き飛ばしたのは、他でもない母親だった。

「もしかして」

 ブレる視界の中に、焦った表情でカトゥを見る母が映った。

「……私は、母上に救われました」

 夢ならば覚めてほしいと、幼いながらに願わずはいられなかった。

 耳を(つんざ)く大きな音が、祈る少女を無理やりに現実へと引き戻す。

「即死だったそうです」

 赤い液体が絨毯を色濃く染め、人々の叫びや怒号がまるで遥か遠くの事のように感じた。

 腰が抜けた体を引きずりながら、シャンデリアの下敷きになった母の元へと向かったカトゥは、物言わぬ彼女の手を握る事しかできなかった。

「どうしてか、涙が出てこないんです。呼吸が上手く出来なくて、空気を求める魚みたいに口を動かしながら唯一出てきた言葉は、お母様、とだけでした」

 すぐに騒ぎを聞き駆けつけた魔王によって引き剥がされたが、カトゥはその瞬間に母を呼び叫んでいたという。

「錯乱状態の私を魔法で眠らせたあと、父上はすぐに母の父親……祖父に連絡をしました」

 そうして開かれた合同葬儀では、多くの人族と魔族が参列し、彼女の死を悼んだ。

「式の最中も、涙は流れませんでした。落ち着いた頃、自室へ帰ろうとしていた時に、参列した人族の貴族達が話しているのを聞いてしまったんです」

 薄暗い廊下を歩く少女の耳に聞こえたのは、自分を見下す者達の言葉。


——「見たか、あの娘」

——「ああ、母親の葬式だと言うのに、涙一つ流さないとは。とんだ薄情娘じゃないか」

——「そもそも、あの娘のせいで母親が死んだのだろう? もしや、初めから殺すつもりで……」

——「まあ、恐ろしい。やはり同盟を組んだとは言え、魔族なんて(おぞ)ましい存在である事に変わりは無いのよ」


 人族達の言葉は、まだ幼かった少女の心を傷つけるには十分だった。

「廊下に立ち尽くしているのを、父上達に見つかって……。中から聞こえてくる会話から察したのか、私はお爺様に手を引かれて部屋に戻りました」

「……笑えなくなったのは、その時からですか?」

 濁すでもなく真っ直ぐに投げかけてくる言葉に、カトゥは無言を返した。

「私のせいではないと、父上やノドゥス、お爺様は言ってくれました。侍女や執事達、城の者達も、みんな私の味方をしてくれました。……でも、今でも思うのです。本当は母上も、私が——」

「それ以上はいけません」

 続きを言わせまいと、佐野の人差し指が唇を止める。

「子を想わない母親はいません」

 止まってしまった整体を続ける彼は、穏やかな声をしていた。

「お母様は、たしかに貴女を愛していたはずです。でなければ、落下するシャンデリアから子供を庇うなど出来るはずもありません」

 普段よりも温度の高い彼の手が、カトゥの頬を撫でる。

「だから、カトゥ様はほんの少し、許してあげてください」

「ゆるす?」

「はい、自分自身を、許してあげてください」

 いつの間に準備していたのか、蒸らしたタオルでカトゥの顔を覆うと、オイルを浸透させるようにぐっと押し込む。

 カトゥは少し苦しそうに声を出したが、すぐにそれはどけられた。

「はい、終わりましたよ」

 起き上がるように彼に促され、ベッドに腰掛ける形になったカトゥに鏡が差し出された。それは丁度、首から上、角が見えない位置までが映るもの。

「これを持ってください」

 今度は何をするのだろうか、疑問に思いながら言われた通りに鏡を覗き込む。

「僕は、笑顔は自然となるものだと思っています」

 どういう事かと、カトゥは首を傾げた。

「カトゥ様、お母様との思い出はありますか?」

「もちろん」

「では、楽しい事を思い浮かべてください」

 鏡を見ながら、という佐野の指示に従う。

 思い出されるのは、母親と城を抜け出して行った花畑での事。二人で日が暮れるまで作った花冠を、城のたくさんの人にプレゼントした。

 父も、ノドゥスも、侍女も、兵士も、みんな喜んでいた。一緒に作った母ともハイタッチし、サプライズ大成功だと笑い合った。

 もちろん、その後にしっかりとお説教を受けたが。

(お母様……)

 瞬きをしたその時、鏡に母が映る。

「え……」

 実際はそう見えただけで、そこにはカトゥが映っているだけ。けれども、ほんの(わずか)かな時間、母が鏡の中から、カトゥに笑いかけたように見えたのだ。

「あ、今笑ってましたよ」

「……え、あ」

 佐野から指摘され、そこで初めて自分が笑みを浮かべていたのだと知る。

「やっぱり、貴女には笑顔が良く似合います」

 鏡越しに見た彼は、とても愛おしそうにそう呟く。その表情は、今まで見たどの笑顔よりも美しくみえて、つい見とれてしまった。

 目が合いそうになると胸がドキドキして、今まで感じた事のない気持ちにドギマギする。

「髪はお母様、角と目はお父様。侍女の方も言ってましたが、確かに御両親の良いとこ取りですね」

「良いところ取り……」

「お母様は、ずっとあなたの傍にいるんです。こうして鏡を見ればわかります。だってほら、今も貴女の事を見守っていますよ」

 映りこむのはカトゥの筈なのに、母が向こう側で笑っている気がした。嘘偽りなく紡がれる彼の言葉は、ストンと彼女の心に落ちてくる。

「……そう、ね。ずっと、傍にいてくれたのね」

 大事そうに鏡を抱きしめるカトゥの口元は、緩く弧を描いていた。


——バンッ


「がどぅざまぁああああ」

(うぇ!? あれ、みんな!?)

 乱暴に開かれた扉から、数人の侍女達が雪崩れ込む。彼女達は、カトゥの顔を見るなり、次々に抱き着いてきた。

「あ、貴女達……」

「わ、我々は、王妃様の代わりになれないけれど、ず、ずっと、ずっど一緒にいますぅ。嫌って言われでも離れないでずぅうううう」

 その言葉を皮切りに、皆で一斉に泣きはじめる。どうしようかと顔を上げれば、開けっ放しの扉の先で、他の執事や兵士達が声も無く号泣していた。

(……これ、今までの会話みんな聞かれてるよね? 凄く恥ずかしいね!?)

 そうは思うものの、なぜだか嫌だとは思わない。むしろ、心がポカポカとして、嬉しいと感じていた。

「……無理しなくていいんです。いつか貴女が、心から笑う姿が見れたらいいな」

 その美しい瞳からは、絶えず零れる雫を拭い、彼もまた小さく笑った。

(……ああ、私は……)

 自身の涙を拭きとる手に、カトゥは恥ずかしそうにはにかんだ。

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