1-5
そうしてやって来た五日目、今日が最後の一日だ。
結局、佐野の整体によって泣かされた侍女達は、彼が悪い人族でないと認めたらしい。必ず謝りに行くと宣言していた二人に、カトゥはホッとした。
(もちろん、城の全ての者達の考えが変わる訳ではないでしょうけど、少しでもきっかけになれば良いな)
そんな事を考えながら、整体部屋の扉を開ける。
「あ、おはようございます」
そこには、いつものように先に来ていた佐野がいた。
「おはよう。……どうかしたの?」
「え、何がです?」
「何か悩んでいるように見えたから……違ったかしら」
些細な表情の変化に気付いてそう聞けば、彼は参ったなと呟く。
「実は、ある施術を試したいと考えていたのですが……道具が足りなくて、どうしようかと考えていたんです」
「ある、施術……?」
頷いた彼は、その術の詳細を話し出す。
ラジオ波でと呼ばれるそれは、高周波を使ったエステ機器、というのだそうだ。
「高周波と呼ばれる、なんて言うのかな……振動の波、を使って、体内にある水分を振動させて熱を作り、皮下深部の細胞分解を助けてくれるんです」
「ええと……?」
「あーっと、ざっくり言うと、新陳代謝が良くなるんです。って新陳代謝も説明しないと駄目か。ざっくり言うと、体の中の古い物質を新しい物に変える事で、体の具合が良くなったりするんです」
(はえー……なるほど、分からない。分からないけど……体に良い事って言う事だけは理解したわ)
小難しい話に、カトゥは何とかついて行こうと必死だ。
「それで完全解決って訳にはいかないでしょうけど、筋肉を解すのに最適ですし、何よりとっても気持ちいいです」
(なにそれ、やってみたい)
自身の頬に手を当てて蕩けた顔をする佐野に、俄然その施術とやらに興味を引かれた。
「でもなぁ~、あれは専用の機械が無いと、どうする事も出来ないんですよぉ……」
大きく溜息を吐いて、がっくりと項垂れる彼に、カトゥも同じように肩を落とす。
「カトゥ様、サノ様、おはようございます……あら、お二人とも、どうされたんですか?」
ノックの音と共に顔を出したのは、昨日色々あった侍女の一人だった。
「おはようございます。いやぁ、やりたい施術があるんですけど、道具が無くてですね……」
「道具……あ、でしたら、城の東側にある宝物庫に行ってみてはどうでしょう?」
(あ、なるほど。その手があったわね)
侍女の話に、カトゥはそんなものもあったなと思い出す。城には東西に宝物庫があるが、うち今話題に出た東側には、所謂ガラクタ系が詰め込まれているのだ。
「宝物庫……! お城と言えば、さぞ素晴らしい品々が詰められているんでしょうね!!」
「……父上が人から貰ったり、譲られた珍しい魔法道具が入っているはずだから、何か有効活用できるものがあるかもしれないわね」
(まあ、その内の大半は、意味不明な骨董品だけどね。もはや宝物庫じゃなくて、倉庫だものね……まずは、執事長から鍵を貰わないと)
そんな事を思いながら、カトゥは佐野と侍女を連れて、東の宝物庫に向かう事にした。
「ここが、宝物庫です」
執事長から預かった鍵を使い、侍女が宝物庫を開ける。先に中に入ったカトゥが、天井の照明に向かって魔法をかけた。
「おお、凄い数ですね……」
「殆ど、何に使うのか分からない物ばかりですけどね」
所狭しと詰められている道具の数々に、佐野が感嘆の声を上げる。
「これは、ただの置物ね。こっちは……あ、これは数十年前に、人族の王国から貰ったものね。で、こっちは父上が、大昔に討伐した、暴れ精霊の爪ね」
(お父様ったら、これはちゃんと保管しないと危険なのに……後で注意しないと)
ガラクタの山をほじくり返しながら、カトゥは持って出る為にガラクタの一部を仕分けしていた。
「あ、カトゥ様、これはどうですか?」
そう言って侍女が差し出したのは、四角い箱に入っている一対のブレスレットだった。銀色に輝くそれからは、魔力は感じない。
「あら、これは……彼の作品ね。でも、魔力は感じない」
(でも、何でこれがここにあるの?)
脳裏に浮かぶブレスレットの作者に、なぜと首を傾げる。だが、佐野が無言でそれを見ているのに気付いた。
「……サノ?」
じっと見つめていた彼だったが、徐にブレスレットを手に取ると、自身の両腕にそれをはめたのだ。
「……って、あ!? すいません、勝手に!」
「いえ、それはまあ、良いんだけど……」
佐野が慌てて謝るが、カトゥは気にするなと声をかける。それよりも気になるのは、彼の手首にぴったりとはまったブレスレットだった。
「……そのブレスレット、サイズ調整の魔法がかけられていたみたいね」
「あ、そうなんですね。それにしてもこれ、元の世界で見た鉱石に」
言葉を途中で切った佐野の目が、ブレスレットに釘付けになる。ずっと見ていたカトゥも、それに起きた変化に驚いた。
「……光ってる」
まるで鏡のようだったそれは、どういうわけか赤く輝いている。少し熱を帯びているようで、彼の腕回りがほんのりと温かい。
「た、ただのブレスレットだったのに……」
驚く侍女の言葉に、カトゥは確かにと思う。
(さっきまで、何も感じなかった……いや、もしかして……)
ある考えに至り、彼女は佐野を見上げた。
「サノ、貴方今、何を考えてる?」
「え、あ、ええと、このブレスレット、テラヘルツって鉱石で出来てるのかなぁって。テラヘルツ波と呼ばれる特殊な電磁波を放つ石で、歪んだ細胞を正常にする働きを持つ波長と高い熱伝導力を持っているので、これと魔法を合わせれば、ラジオ波の機械代わりに出来ないかなって……」
戸惑いながら答える彼に、カトゥは納得する。
「なるほど……。このブレスレットがこうなっている要因はそれでしょう」
「それ、と言いますと?」
いまいち分かっていない侍女が、きょとんとした表情で聞いた。
「サノは、召喚により異世界からやってきた存在。その際に通るのは、魔力によってできた魔法陣という名の門よ。恐らくだけど、そこを通り抜ける時に、彼に多少の魔力が宿ったのではないかしら」
そう推測するカトゥの言葉に、二人は驚愕する。
「え、ええ!? そんな事があり得るんですか!?」
(サノがそう思うのも、無理はないわ……私だって、驚いてるんだから)
こうは言ったものの、正直信じられない気持ちで一杯だ。まさか、魔法の無い世界から来た人族に、魔力が宿るなど。
(というか、まさか今になって気付くなんて……私もまだまだね)
「ってことは、僕も何か魔法が使える……?」
そう言って自身の両掌を見つめる佐野の目は、キラキラと煌めいている。
「出来るでしょうね。でも貴方の場合、攻撃呪文よりももっと別の物に作用するんじゃないかしら」
「え、他にですか?」
思い至らないのか、佐野が首を傾げた。
「セイタイを行う為の道具を作動させる、貴方の魔法はこういう事じゃないかしら」
「あ、なるほど」
その結果が、彼の付けているブレスレットだろう。
「……って事は、これでラジオ波整体できのでは?」
沈黙が場に流れた。互いに顔を見合わせ、最後に佐野の手に視線を落とす。
「……サノ、今すぐ戻るわよ!!」
「了解です!!」
「あ、ちょ、待ってくださいよぉ~!!」
侍女を一人残したまま、二人は整体部屋へと急いだのだった。




