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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第一話 魔王の娘と表情筋 ♢
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1-4

「あ、サノ様!!」

 あれから少し作戦を立てたカトゥ達は、城の中庭にある小さな東屋に佐野を誘導し、そこで話をさせることにした。

 カトゥの頼みだと言えば疑いもせず中庭へ向かった佐野に、侍女二人で絡みに行く寸法である。

「こんにちは、良い天気ですね」

(試されてるとは知らず、あんなに素敵な笑顔を向けるなんて……あ、罪悪感ががが……)

 名前を呼ばれて、明るく挨拶を返す佐野に、カトゥは辛いと思った。

 しかし、今更やめると言い出す事も出来ず、死角になる低木が植えられた庭の隅で、ムカムカする胃を抑えながら成り行きを見守る事に。

「ええ、風も心地よくて、とても良い一日になりそうですわね」

「貴方がここに来られて、まだ数日ですけれど……何か困ったことなどはありませんか?」

 侍女達の(ねぎらい)いに、佐野は頭を下げながら感謝を述べる。

「お陰様で、とっても快適です。()いて言うなら……」

「言うなら、なんですか?」

 口籠ったのを見て、すかさず食いつく一人の侍女。もう片方も、聞き逃さないようにと呼吸すら潜めて続きを待っている。

「そう、ここには良い筋肉をした人が少ない!! なのでもっと筋肉のある人を増やして欲しいです!!」

(んんんんんん??)

 思っていたのとは違うお願いに、一瞬理解が追い付かなかった。

「いや、決して兵士の皆さんが駄目って訳じゃないんです。ただの自己満足の為に、僕と同じくら、体格の良い人を探してるんです!! 最低でも、上腕二頭筋ががっちりしてて、三角筋がしっかりついてて、お腹もシックスパック……こう、六個のブロックみたいになってるのが良いですね。出来れば足も太い方が好みです!!」

(き、筋肉語りが止まらない……!!)

 ノンストップで話し続ける佐野に、カトゥだけで無く、話しかけに行った侍女達もドン引きしていた。

「と、ところで、サノ様はうちの姫様の事、どうお思いですか?」

 本来の目的を達成しようと、侍女の一人が、彼の言葉を遮って質問を投げかける。

「カトゥ様の事ですか?」

「ええ。ほらあの方、いっつも仏頂面(ぶっちょうづら)で、何を考えてるか分からないじゃないですか」

(おお、なんか悪口っぽいわ! って、いやこれは本来喜んじゃだめだから!!)

 なぜか感動してしまい、カトゥは頭を振った。

「まあ、確かにカトゥ様は、あまり表情を変える方ではないですね」

「そうでしょ~? 正直、みんな怖がってるのよ」

 ねえ、と顔を合わせる侍女達は、本当にそう思っているように見えて、ドキリとする。

 これが演技である事は分かってるが、それでももしかしたら、と嫌な想像が頭から消えてくれない。

「昔は良く笑う方だったんだけどね……王妃様の事があってからは、全くねぇ」

「あれは事故だったじゃない」

「でも、そもそもの原因はカトゥ様が成果を見せたいって言ったからでしょ?」

(確かに……確かにその事を話題にしても良いと言ったけど……刺さるわぁ……)

 佐野の本性を探る為とは言え、自分の心にもくる話題をさせたのを、カトゥは後悔した。

「あ、これはここだけの話ですよ? カトゥ様がまだ幼い頃、王妃様に魔力制御の成果を見せに行ったんですよ」

「でもね、興奮気味だったカトゥ様は、ちょっと調子に乗ってしまったみたいで……暴発して頭上のシャンデリアが落下! 真下にいたカトゥ様は足が(すく)んで動けず、それを……」

(……あの時、私がもっと気を付けていれば、お母様は……)

 低木に背を預けて膝を抱える。あの日の事を、カトゥは決して忘れた事は無い。周囲の人々はあれは事故だと言ってくれるが、それでも、自分のせいで母は死んだのだと何度思った事か。

(……今は、サノの事に集中しなくては)

「カトゥ様が笑わなくなったのは、その事故が原因なんですか?」

 聞こえて来た佐野の言葉に、身を固くする。

「それもあるとは思いますよ? あれ以来、笑った所を見た事なんてないですし」

「ご両親の良い所取りした容姿も、あの鉄面皮(てつめんぴ)では台無しですわね」

(彼女達の演技上手過ぎない?? 心抉られる……)

 演技だと分かっていても、言葉の一つ一つが、カトゥに重たく圧し掛かる。

「それで、って、サノ様?」

 何か動きが合ったようで、侍女の一人が佐野の名を呼んだ。

「ああ、貴女も大分お疲れですね。ここ、凄く硬くなってますよ」

「え、あ、いえ、あの」

「せっかくだから、整体させていただきますね!」

 その声に、そっと低木から身を出して見る。彼は侍女の肩を左手で押さえ、右手で背中の辺りに何かをした。

「みゃああああああああああああ!?」

(びびびび、びっくりした……びっっっくりした!?)

 中庭に侍女の叫びが木霊(こだま)し、カトゥは驚きのあまり、後ろにひっくり返ってしまう。「あばばばばばばいいいった、痛い痛い痛い痛い!! ちょ、やめ、離せええええええ!?」

「ほら、ここゴリゴリ言ってますよ。聞こえますか? この感じだと、最近肩こりが酷かったんじゃ無いですかねぇ」

(ヒエッ……サノ、顔は笑ってるのに、目が笑ってないわ)

 半端じゃない痛さのようで、侍女は佐野の手を引き剥がそうと藻掻(もが)いていた。しかし、彼は意にも介していないようで、容赦無く体を揉み続けている。

 残された侍女は目の前の事が余程恐ろしく見えるらしく、震えて固まっていた。

「あ、ここも()ってますね」

「ぎゃあああああああいだいいだいいだいいだいもうやめでえええぇえええ」

 とうとう泣き出してしまった侍女に、佐野が仕方無いと言いたげに手を離す。座り込んだ彼女を放って、彼は次の標的に視線を移した。

「さて、貴女は……うわ腰、かった!?」

「ほぎゃあああああいだだだだだだだだいやああああああだれかあああああ」

 助けを求めて絶叫するも、何故か誰も来ない。実は、最初の叫びで様子を見に来た兵士は数人いたのだが、佐野と侍女達の姿を見るなり、回れ右をして逃げて行ったのだ。

(今はみんな、入り口のあたりで固まってるけど……大分腰が引けてるみたい。これは助けに来ないわね……わたしもいきたくない……)

 カトゥの隠れている場所からは、中庭の入り口が良く見える。なので、扉の前で誰が助けに行くか()めているのも丸見えなのだ。

(確かに、何かあったら責任取るって言ったけど、言ったけれども!! 正直、あの状態のサノには関わりたくない……絶対、痛い事されるじゃない!! ああああでもでも、私が言い出したんだから何かしないと……いや無理行きたくない無理)

「こんなに体が疲れてるから、言いたくもない悪口が口をついて出てくるんですよ」

「……え」

 佐野の言葉に、カトゥは驚いて声が出てしまう。とても小さな声であったし、何より侍女達の呻きや叫び声でかき消されてはいたが、それでも咄嗟に口を手で押さえた。

「な、なんの」

「疲れが溜まるとイライラしやすくなったり、乱暴になったりするんです。もちろん、そんな方ばかりでは無いですが。でも、実際に暴力的になる方もいるんですよ」

「そ、それがなにか」

「今のお二人も、同じだと思うんですよ」

 そう言いながら、佐野は今揉んでいる侍女の頭を持つと、ゆっくりと持ち上げた。

「ちょ、のびるのびる、首が伸びちゃう!!」

「大丈夫だいじょうぶ。その為に持ち上げてるんで」

「いやあああ!! やめてえええ!!」

(あれ、サノに遊ばれてない?)

 やだやだと涙目で抵抗する侍女を、佐野は笑顔で整体する。

「イライラを解消するには、色んな方法があります。深呼吸して気持ちを落ち着ける事や、親しい人と会話したり、沢山笑ったり……ストレッチをして、リラックスするのも一つの手ですね」

 今度は、頭から首筋、肩に手を移動させた佐野。侍女は叫び疲れたのか、ぐったりとしている。

「縮こまって緊張状態の体を解す事で、気分が晴れます。例えば、首をゆっくりと回すと、首筋の血流が良くなって、頭がスッキリするかもしれません。肩を回すことで、腕が軽く感じるかもしれません」

「かもって、それ、本当に効果があるんですか?」

 侍女の呆れたような目に、彼は分かりませんと返した。

「そこは個人差ですから。でも僕達整体師はそんな体の疲れを少しでも癒したい、日々の中に束の間の休息を与えたいと思っているんです。もちろん、僕の持論ですけど」

 終わりましたと笑う佐野に、侍女が何とも言えない顔をする。

「体の具合はどうですか?」

「……本当に軽くなってる。心なしか、視界も明るく見えるし……」

(まじか……セイタイってめちゃくちゃ凄い)

 呆然とした侍女の言葉に、彼はにこにこと嬉しそうに笑った。今の彼からは、さっきまでの怖さは感じない。

 放置されていた侍女も、昨日よりも顔色が良くなったように見える。

「疲れた時は、いつでも声をかけてください。手が空いてる限り必ず施術しますから」

「は、はあ」

「だから、貴女の大切な人の悪口なんて、言わないでくださいね」

 佐野の台詞に、二人が口を閉ざした。

「まだ数日、されど数日。僕はカトゥ様と直接関わらせていただきました。朝の挨拶を交わして、何度か食事もご一緒し、この世界の事や僕の世界の事を語らいました。たったそれだけの事ですけど、僕は彼女が素晴らしい方だと思いました」

(私が、素晴らしい……)

 カトゥと佐野が過ごした時間は、決して長くない。短期間でありながら、彼は彼女の事をそう断言したのである。

「確かに、カトゥ様は無表情です。でも、そこに感情が無いなんて事、それこそありえません。お二人は、カトゥ様の事が本当に恐ろしいんですか?」

 彼からの問いかけに、侍女達は俯いた。カトゥに丁度背を向ける形になっているせいで、彼女達がどんな表情をしているのかは分からない。

「……ょ」

 しばし沈黙が流れたかと思えば、侍女の一人が何かを呟いた。

(え、今何か言って)

「ぞんなごど、ありゅわげないでじょ!!」

 勢い良く顔を上げたかと思えば、彼女は大号泣しながらそう言う。

「がどぅざまば、いづもわだじだぢにやざじぐじでぐれで、おおぎぐなられでがらも、わだじだぢをじだっでぐれで」

「なんて??」

(うん、サノに同意するわ。なんて??)

 泣きすぎて、何を言っているのか判別できず、佐野が困惑している。カトゥもここまで大泣きするとは思っておらず、出て行くべきか迷った。

「うぅ……カトゥ様は、いつも私達に優しくしてくれて、大きくなられてからも、私達を慕ってくれて……確かに昔のカトゥは可愛らしかったです。でも、今のカトゥも、御両親の良い所を受け継いで、美しく聡明で、何よりかっこいい我らが王女様なんですぅううう」

(それあれね、前半が泣いてる子のを通訳して、後半は貴女自身の気持ちを話してくれてるのね。……いや、ハチャメチャに恥ずかしいんですが!? そんな風に思ってくれてたの!?)

 憧れやら尊敬やらを込めた言葉を吐き続ける侍女達に、顔から火が出そうだった。

 そんな話を嫌な顔せず、むしろ微笑ましいものを見るように聞いている佐野を見て居ても立っても居られなかったカトゥは、思わず低木の陰から飛び出す。

「ふ、二人と、もっ!?」

「がどぅざまぁああああ」

「わだじだぢは、ずっどあなだざまをおじだいじでおりましゅうううううう」

(悪化してる!! 一人だったのが、二人になってる!! というかサノ、その顔止めて!?)

 姿を見るなり、飛び込んできた侍女達を受け止めながら、自分達を見る佐野の温かい眼差しに、居た堪れない気持ちでいっぱいだった。

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