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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第四話 大地の古龍と体の痛み ♢
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4-7

(……やっと帰れるわね。ほんと、濃い日だったわ)

 どれ程揺られて来たのか、カトゥは何処までも広がる景色に見とれながら、溜息を吐いた。

「カトゥ様? 溜息を吐かれて、どうされました?」

 それを目敏く聞きつけた佐野が、こちらの顔色を窺ってくる。心配そうにしてくれる佐野にきゅんとするが、残念な事にこの溜息はそもそも彼のせいで出て来たものだ。

「そうね、主に召喚特典があるとは言え、無茶をして大怪我をした誰かさんのせいでね」

「スイマセンデシタ」

 カトゥがそう指摘すれば、佐野は気まずそうに顔を逸らす。言葉もぎこちなく、多少は悪い事をした自覚があるのだろう。

「……まあ、良いわ。兎に角、魔都に帰ったらちゃんとした治療を受けるのよ」

「はい、それはもう肝に銘じてます」

「その言葉、使い方あってるの? 何だか違う気がするんだけど?」

 訳の分からぬ事を言って、一様は反省している様に見える彼に、カトゥは仕方ないなと力なく笑った。

「あ! 魔都が見えて来たよ~!」

 古龍の鼻先に近い場所で遠くを見ていたアエラが、そう叫んだ。彼女は古大地龍の鱗に足の爪をひっかけて、体を固定しているのだ。

(めちゃくちゃ器用よね。私でさえ、この突起に抱き着いてないと振り落とされそうになるのに……ちょっと羨ましいわ)

 そんな事を考えている内に、古大地龍とその他大勢の土竜種ドラゴン達と共に、魔都の城門まで辿り着く。

「……ん? あれは、父上?」

 よく見れば、魔都の中心部にある大きな広場の真ん中で、ブンちゃんやノドゥスが待っているではないか。しかも、その周りには沢山の魔族達が終結している。

 すると、ブンちゃんの前に、一体の黒いドラゴンが歩み寄った。恐らくヴォクスだろうと思ったが、生憎古龍の頭上からは下の会話が聞こえない。

「おぉーい、ただいまぁー!!」

 突然、アエラが地上の人々へ向かって手を振り始める。

「ちょっとアエラ、危ないから!!」

 あまりにもぴょんぴょん飛び跳ねるものだから、佐野が落ち着かせようと声をかけた。しかし、実に数日ぶりの魔都にテンションが上がっているのか、全く耳に入っていない様だ。

「古大地龍様ぁ、下に降ろしてくださぁい」

『はいはい。少しお待ちなさいな』

(いや、ずっと思ってたけどアエラすっごいフレンドリーに接してるわね。相手古龍よ? いくら自分の住処のって言っても、もっと敬うとかするんじゃないの?? 恐ろしすぎて逆に尊敬しちゃう)

 そんな彼女の心境に誰も気付く事は当然無く、カトゥ達はアエラがお願いした様に、蔓の様な物で地上に降ろされた。

「ただいまブンちゃん様! あ、これお土産!」

(ヒョエェ、あれ希少な魔晶石じゃないのぉ……!!)

「お、おぉ……ありがとう、ってそんな事より、サノのその怪我はどうしたのじゃ!?」

 カトゥは内心、父親に渡された物の価値に身震いしていたが、ブンちゃんはそれよりも包帯で固定した彼の腕に驚愕していた。

「ああ~、えっと、ちょっと喧嘩の仲裁に入ったらやっちゃった、てきな」

「ふざけとる場合じゃなあぁぁい!! 誰か、治癒士をここに!!」

 魔王の叫びに、何人かが飛び出していくのが見えた。そう時間はかからずに、治癒士が来るだろうと、少し肩の力が抜ける。

『どうか、彼を叱らないでください。サノ先生は我等の為に心を砕いてくださったのです』

「……ふむ。その様子じゃと、セイタイは成功したようじゃの」

 安堵したような魔王が囁いた。それが聞こえていたのか、古龍がふっと笑う。

『ええ。貴方様の仰る通りでしたわ』

「はてぇ、わしは城の庭にある木に向かって、独り言を言っただけじゃからのぉ。なんの事か分からんわい」

 (とぼ)けたように肩を竦めていたが、全ては彼の掌の上だったようだ。

 何も聞かされていなかったカトゥは、心底呆れたように父を見る。その視線に気付いたブンちゃんが、困ったように手を合わせた。謝罪のつもりなのだろう。

『魔王カリブンクルス様、此度は妾の可愛い娘を、偉大なる治癒士に弟子入りさせていただいた事、心より感謝申し上げます。お陰様で、長らく悩んでいた体の不調がどうにかなりそうです』

「そうかそうか。良かったのう、アエラ」

 目一杯背伸びをして、魔王はアエラの頭に手を伸ばした。すぐに察したアエラが屈めば、彼は小さな手で彼女を撫でる。

「……うん!!」

 褒められた事に喜び、もっと撫でてと言うように頭を押し付ける姿は、普段よりも幼い印象を受けた。

『そこで、妾からの提案が。和平を結びませんか』

「なんと!?」

 古龍の提案に、魔族達の間に困惑が広がっていく。これまた、何も聞いていなかったカトゥもそれは同じだった。

『妾達は、長い長い時の中で、生きることに怯えていたのです。いつ大切な物を失うのか、信じていた者に裏切られるのか。怯えて拒絶し、巣の中から威嚇して……そんな我等に変革を齎したのが、ここにいるアエラです』

 この場に集まった全ての人々の目が、彼女に向けられる。カトゥは、表情を硬くしたアエラに寄り添い、佐野も背を支えるように手を回した。

『進み続ける時代を拒絶して、同じ時代に留まり続けるのは間違っている……かつて、この子の言葉を聞いた時に思ったのです。生きている限り、我々は時の流れに逆らう事は出来ないのだと。ならば今こそ、新たな時代を自分達で切り開いていく時なのでは、と』

(……過去を清算する事は、決して容易い事ではないわ。でもこの方は、私達に歩み寄ろうとしてくれているのね……)

 微笑みを浮かべた古龍の姿に、今は亡き母の面影を重ねた。

「……人と魔族を、そう簡単に信頼できるとは、俺は思わん」

 ブンちゃんの前で佇むヴォクスが、憎々し気に口を開く。けれども、その口調はとても穏やかで、一切の敵意も害意もない。

「俺にとって、貴様らは仲間に悪影響を及ぼす忌々しい存在も同然だ」

「ちょっとヴォクス!!」

 苦言を呈そうとしたアエラを、佐野が無言で止めた。

「……だが、そこの師弟を見て思ったのだ。新たな時代を駆けていくのも、悪くはなさそうだ、とな」

 ニヒルに笑うヴォクスは、対面する魔王に向かって深々とお辞儀をした。彼に続いて、その後方で事の成り行きを見守っていた他のドラゴン達も次々と頭を下げていく。

 話声の一つもしない時間が流れる中、遠巻きに見ていた群衆の輪から、サキュバスの少女が飛び出した。

(あの子は……あの時、アエラが母親を助けた子供?)

 親の引き留める声も無視して、少女はヴォクスの前まで歩いて行くと、手にしていた花冠を彼の頭に載せる。

 驚いたヴォクスが顔を上げれば、彼女は少し緊張した面持ちでこう言った。

「かんげいします。まとへ、ようこそ」

「……ああ。歓迎、感謝する」

 心からの感謝を口にするその表情は、古龍の笑顔によく似ている。少女の行動に勇気をもらったのか、魔族達は続々とドラゴン達の元へと歩み寄り、歓迎の言葉をかけていった。

「ふむ。いつの時代も、何かを成すのは若い世代だのぉ」

『そうですね。和平は承諾していただけるかしら?』

「くふふ、もちろんじゃとも」

 ブンちゃんが握手の為に手を出せば、古龍は先ほどアエラ達を降ろした蔓を使い、これに答える。

 二つの種族が集う広場の中心で、和平が結ばれた瞬間だった。

「いやあ、終わり良ければ全て良し、ですね。って事で……許してもらえません?」

「なりません」

「ですよね……」

 治癒士に魔法をかけられている佐野が、気まずさそうに言う。それをカトゥがばっさり斬れば、彼はがっくりと落ち込んだ。

「暫くの間、セイタイは禁止ですからね。しっかりその傷を治しなさい」

「そ、そんなぁ~……!!」

 嫌だいやだと足に縋りつく成人男性に、カトゥは顔を覆う。

(ぐう……そ、そんな事しても、全然可愛くない、可愛く、かわ、か……もおぉ、可愛いんだからちくしょう!!)

 心の中で悶えていれば、周囲から向けられる生暖かい目線に気付いた。

 カトゥは顔から火が出る思いをする羽目になり、八つ当たりをする勢いで、佐野をお姫様抱っこで持ち上げる。

「まっっっっってください我儘言い過ぎましたこれからはちゃんと言う事聞くので降ろしてください流石に恥ずかしいです!!」

「却下します」

「嘘でしょ!?」

 何とか腕から逃れようとする佐野に、カトゥはいい加減観念しろと言う。

「残念ですけど、降ろしませんからね。このまま魔都の街を一周して、魔城の医務室に叩きこみますから」

「勘弁してくださいよ! そこまでしなくても良いじゃないですか!! なんでそんなことするんですか!!」

「貴方が大切だからに決まってるでしょう!!」

 カトゥの叫びに、その場が一瞬しんと静まり返る。

(……ちょっと待って今私なんて言った??)

 自身の口から飛び出した言葉を、何度も心の中で繰り返す。

(サノは異世界から召喚された人族で、腕利きの治癒士で、大事な客人で……大事? 大切と何が違うの? これは何、私は彼を……)

 ぐるぐると、目が回る様な錯覚に陥る。

「えっと、カトゥ様?」

 控えめに呼ばれた名に、カトゥは佐野を見た。そして、彼と目が合った時、唐突に理解してしまった。

(私は、サノの事が、異性として大切……?)

 その瞬間、今自分がサノを抱きかかえている事を思い出し。

「あああああああああああ!?」

「え、は、な、なんでぇえええええええ!?」

 佐野を思いっきり投げてしまった。彼は見事な放物線を描いて、魔都の北側に飛んで行ってしまう。

「し、ししょぉおおおお!?」

「だ、誰か早う回収に行くのじゃ!!」

 一気に騒がしくなる広場に、カトゥは赤い顔で、佐野が吹っ飛んで行った方角を、呆然と眺めて立ち尽くすしかなかったのだった。

次回、最終回となります。

更新は、11/10(金)予定です。

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