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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ エピローグ ♢
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30/31

異世界整体師と乙女の恋心

 土竜種のドラゴン達と和平が結ばれ、早くも一週間が経過していた。今や魔都では、ドラゴンを見る事も珍しくは無くなり、まだ多少ギクシャクとしているものの、互いに良好な関係を築けている様である。

(それもこれも、サノとアエラのおかげね)

 王女として父と共に魔都の復興と種族間交流に尽力していたカトゥは、二つの種族が語り合う城内の様子に微笑んだ。

「おう、姫さんじゃねぇか」

「カートゥーさーまぁ、こーんーにーちーはぁ」

 復興の進捗はどうかと会議室へ顔を出せば、そこには建物の修復などで指揮を執っているギベオンが、アウルムと共に手を振ってくれる。

「その後、どうかしら。順調そう?」

「ドラゴン達のおかげで、瓦礫の撤去とかは捗ってるぜ。まだ西区の方は完全とはいかねぇが、東と南の区域は仮設の住宅も何件か建ってるし、何とか一息付けそうだぜ」

 そう言って胸を張る彼らに、頼もしいばかりだと安心する。

(和平の話し合いも終わって、復興も順調に進んでるようだし……今日こそは、サノの所へ、行くわよ!!)

 頬を桜色に染めながらそう意気込む。実はここ最近、カトゥは佐野どころかアエラにすら会いに行く事が出来ていなかった。そもそもの話、佐野も多忙を極めていたからである。

 今回の和解の件でやっとノドゥスが許可を出した為、とうとう魔都に整骨院が開院したのだ。設備も人員も十分にそろった整骨院は連日満員だと城から通う兵士の話を聞き、仕事の邪魔をしないようにとカトゥは行くのを遠慮していたのだった。

(それにしても、こっちの仕事もほんっと忙しかったわ……アエラとも話せてないし、サノにも……)

 心の中で佐野の名前を呼ぶ度に、顔に熱が集まって来る。

 佐野の危機に駆けつけた時、彼の腕の傷を見て、目の前が真っ赤に染まった。頭は冷静だったが、気持ちがついて行かず、魔剣を抜いてしまったのは良くなかったと思っている。

 それ程までに、カトゥは佐野が傷ついた姿に動揺したのだ。

「で、最近サノとはどうなんでさぁ?」

 ギベオンがニヤニヤしながら聞いて来る。

「ど、どうって、近頃は色々と忙しかったし、会えてない事くらい知ってるでしょ」

「ほお~、そんじゃ、この後一緒に顔でも出しに行きやすかい?」

「~っ!! 結構よ! 私一人で行くから」

 わざとらしい提案に、カトゥは顔を真っ赤にして断りを入れ、足早に部屋を後にした。

(ぎ、ギベオンめぇ~……!! 絶対この間の事言ってるでしょ!! あのにやけ顔、魔剣で叩き斬ってやろうかしらね!!)

 なんて物騒な事を思いつつ、土竜種達の棲み家から帰還したあの日を思い出して足が止まる。まさかあんな言葉を口走るとは、彼女自身も思ってもみなかった。

 しかし、カトゥは確かにあの一瞬で、佐野への好意が、異性へ向ける者だとハッキリと自覚したのだ。

(……私は、サノの事が好き。お父様とも、アエラとも違う好き。彼の名前を思い浮かべるだけで、こんなにも顔が、心が熱くなる……これが、恋と言うものなのね、お母様)

 両頬を手で押さえ、今は亡き母に語り掛けながら微笑む。昔ではありえない表情の緩みに、思っている以上に佐野に惚れているのだと感じた。

(でも……この想いを伝える訳にはいかない。彼はいずれ、元の世界へ帰るんだもの)

 異世界の人族である佐野は、いつまでもこの世界にいる訳ではない。ノドゥスに召喚されたとは言え、彼の目的はこの世界に整体を広める事なのだ。

 それを達成してしまえば、佐野がこの世界に居続ける意味は無くなるだろう。

(……いつか来てしまう結末だとしても、やっぱり、寂しいわ)

 見たくない物に蓋をするように、カトゥは顔を伏せた。それでも、すぐに顔を上げた。

(それでも、私は私に出来る限りの方法で、彼の事を支えるわ。例え、この気持ちが報われない物だとしても)

 気持ちを切り替える為に頬を軽く叩くと、カトゥは転移魔法を展開した。前回の事から、この方法が佐野の元に行くのに一番早いと気付いたからである。

(とにかく、サノと会ってもいつも通りに挨拶をして……)

 そうして瞬きの間に到着したのは、ベージュ色の外観が美しい真新しい建物の前。この建物こそ、佐野に褒賞として与えられ、彼が嬉々として力を発揮している聖域・整骨院だ。

 長蛇の列を作る人々に断りを入れ、その入口を潜ったカトゥだったが……目の前に広がる光景に思わず固まった。

「あ、カトゥ様。こんにちは」

 カランと鳴ったドアベルに気付いて振り返った佐野の左腕に、ひしと抱き着くフロースがいたからである。

 彼の前にある整体ベッドにはうつ伏せで寝るノドゥスがおり、丁度彼の整体をしている最中なのだろう。

「ねえ、せんせい。せんせいは、いつまでこのせかいにおられるよていですの?」

 フロースが何気なく発したの言葉に、カトゥの心臓がどくりと脈打った。その質問は、彼女が一番気になっていた物だからだ。

「んー……まだしばらくはお世話になる予定だよ?」

「えいじゅうしようとは、おもいませんの?」

「難しい言葉を知ってるんだねぇ。うーん、まあ、ちょっと考えてはいるけどね。元の世界でも医院は弟子に譲ってたし、あんまり向こうの世界に未練も無いしなぁ。少なくとも、この世界に整体の素晴らしさをもっと広めるまでは、何が何でも居座るつもりだけどね」

 佐野の答えに、カトゥの心は歓喜で震えた。元の世界に未練が無いのなら、彼があちらに帰らなければいけない理由は無い。

 ならば、今後いくらでも彼を口説き落とすチャンスはある筈だ。

「フロース……いい加減、サノの腕から降りなさい」

「おじいさまのおねがいでも、それはきけませんの」

「えっと、フロース。僕としても、危ないから降りてほしいんだけどね?」

「サノせんせいまでそんなことをいうの!? アタクシはこんなにも、せんせいのことがだいすきですのに!」

 しくしくと嘘泣きをしながらも離れる様子の無いフロースに、カトゥのこめかみがひくりと痙攣(けいれん)した。

(サノとの距離が近いわ近すぎるなにそれうらやましい私もそこまで近づきたいと言うかフロース貴女なんでそんな簡単に好きとか言えるのよ悩んでる私が馬鹿みたいじゃない)

 羨ましさと妬ましさで、思わずフロースの事を睨んでしまう。これには向こうも気付いたようで、彼女はにやぁと嫌な笑みを浮かべると、そのまま佐野の首に抱き着いた。

(んんん!?)

 カトゥは思わず、唇を噛みしめる。

「うわっ、危ないよフロース」

「アタクシ、ほんきでサノせんせいがすきですの。こんなこともできるくらい」

 やんわり注意する佐野の言葉も無視して、フロースは可愛らしいリップ音をさせて、彼の頬にキスをした。

「おおおおおまえぇぇぇ、よくもうちの孫のくち、び、るを……」

「いやいやいやいやいや、これ僕のせいではな、いの、で、は……」

 ノドゥスが文句を言おうとしていたようだが、カトゥと目が合った事でそれも尻すぼみになっていく。それに気付いた佐野もこちらを振り向くが、途端に口を噤んだ。

 二人とも、どことなく体が震えているように見えたが、生憎と今のカトゥにはそれを気にしている余裕はない。

「か、かかかか、カトゥ様、そ、そんな怖い顔して、どうしたんですか?」

 引き()った笑顔で問いかける佐野に答えず、カトゥはすたすたと彼に近づいていく。そのあまりにも異様な様子に、ノドゥスは佐野を盾にするように後ろに隠れた。

「ちょっとノドゥス様!?」

「こうなったのはサノ、全てお前のせいだからな!! 責任取れ!!」

「僕ですか!? 心当たり何もないんですけど!?」

「それはそれでどうかと思うがな!!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う男達だったが、カトゥがフロースの首根っこを掴んで、佐野から引き剥がし、ノドゥスに押し付けた事で、それも止まる。

「きゃ、ちょっとカトゥさま!!」

 乱暴に扱われて不満げなフロースを無視して、カトゥは佐野の手を握った。

「サノ、私は貴方が好きです」

 シンッと院内が静まり返り、外から聞こえてくる喧騒(けんそう)が耳に痛い。

 現状を作り出した原因であるカトゥは、こんな予定では無かったのにと内心頭を抱えた。

「ふふ、ありがとうございます。僕も、カトゥ様の事は好きですよ」

「……ふぁい!?」

 どうしようかと表情の変わらない顔で考えていたカトゥは、佐野から告げられた言葉に間抜けな声が出る。

「そ、それは、本当の事……?」

(うううううそうそうそ!? ほ、ほんとに言ってる? ほんとのほんとに!?)

 愛しい人からの言葉に、くらくらする頭を必死に回転させながら、カトゥがそう返す。そんな彼女に、彼はいつもの優しい微笑みを向けて——こう言った。

「カトゥ様の体は、今まで出会った女性達の中でも、最も理想的で素晴らしいんです! 戦士として鍛えられて、程よく引き締まった体もさる事ながら、一番はやっぱりその筋肉です!! いつ整体させてもらっても、惚れ惚れしてます!!」

 嬉々としてカトゥの〝体の〟素晴らしさを語る姿に、流石の彼女も佐野の好きがベクトルの違うものだと気付く。

(こ、この、人、は……)

 肩を震わせながら、一人舞い上がっていたのを恥じたカトゥは彼から顔を逸らした。が、丁度視線の先にいた別のベッドにいた男性患者と目が合う。

 しまったと言わんばかりに青い顔をする男性は、魔城の一兵士だった筈だ。

(そう言えば、今日は非番の人が多いと聞いていたわね)

 カトゥは数秒彼見つめ合った後、ゆっくりと院内を見回す。そこで初めて、今日この整骨院にいる患者全てが、魔城の関係者である事を知った。

 佐野の後ろにいるノドゥスはフロースを抱きしめながら口を塞ぎ、奥にあるカーテンで仕切られた個室からはブンちゃんとアエラが顔を出している。

 カトゥと目が合った事に気付いたブンちゃんは、何も見てないと言わんばかりに顔を引っ込めていたが。

「あ、あ、あのね、カトゥ、その……」

 アエラはと言えば、どうすればいいのかとおろおろとしている。しばらく沈黙していたカトゥだったが、やっと状況が理解出来た瞬間、かあっと顔が熱くなった。

「あれ、カトゥ様、顔が赤ぐゔぅッ!?」

「ばかぁ!!」

 赤面を指摘されかけたカトゥは、可愛らしい罵りを口走りながら、思わず佐野の鳩尾に力いっぱいの拳を打ち込んでしまう。

 魔族一と称される一撃をまともに受けた彼は体をくの時に曲げながら、個室のカーテンやらを巻き添えに、壁をぶち破って野外に吹っ飛んでいってしまった。

「サノせんせえええええええええ!?」

 悲痛な声を上げながら、フロースが佐野を追いかける。呆気にとられる周囲を尻目に、カトゥは一瞬自分の行動に呆然としたものの、すぐに控えめに頬を膨らませて一言。

「帰る!!」

「あ、これカトゥ!」

 父親が静止する声も無視して、一瞬で魔城に帰還した。

「なぁにが顔が赤い、よ!! 誰のせいだと思ってるのよ!!」

 未だに熱の引かない顔のまま、どすどすと足音を立てながら転移先の廊下を歩く。

「なぁにが、僕も好きよ!! 人の純情を弄びやがってぇ……!!」

 あまりの苛立ちと羞恥に、口調が乱れている事にも気が付かず。

「サノのっ……ばああああああああぁかああああああああああああぁ!!」

 カトゥは真昼間の城内で、城全体を揺らしたのではと思える位、力の一杯佐野への不満を叫んだのだった。


 〈完〉

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