4-5
——ドォオンッ
空からアエラ達の後ろに何かが落ちてくる。黒い稲妻を伴いながら巻き上がる土埃に、咄嗟に佐野を庇う。
(……な、なんだか嫌な予感……)
明らかに異様な状態に、アエラはさっきまでの混乱から一気に冷静になった。もくもくと立ち込める煙の奥から、ガチャッガチャッと音を立てて何かが歩いて来る。
現れたのは、黒い全身鎧を纏う一人の騎士。その右手には、禍々しい黒の光を発している魔剣が握られており、その能力からか、騎士の足元にある雑草が次々と枯れていた。
「……サノを傷つけたのは、誰です」
(やっぱそうだよねカトゥだよねぇ~!?)
顔を覆う兜の中から聞こえて来た声は、魔都で留守番しているらしいカトゥの物で違い無かった。
彼女の様子を見るに、どうも佐野が怪我をしたのを察知して、魔法で無理やりに道を作って来たらしい。
(いや、カトゥ凄すぎぃ!! ここ魔都からめっちゃくちゃ遠いよ!? ほんっと師匠の事になると見境が無いんだから!!)
「カトゥ様!? どうしてここに……と言うか、どうやってここへ?」
「それは今、重要な事ではありません。再度問う。この人に傷をつけたのは誰だ」
佐野からの言葉にも、カトゥが淡泊に返す。今の彼女にとって、一体誰が彼を害したのかが重要なようだ。
二人を庇う様にしてヴォクスとの間に立ったカトゥからは、圧し潰されるのではと思う程の殺気が漏れ出ている。そのあまりの重さに、アエラは思わず喉を鳴らした。隣の佐野も、あてられてかとても静かだった。
「何者だ」
「カントゥス・フォルトゥーナ・フルクトゥアト。魔都の魔族にして、魔王カリブンクルス・フォルトゥーナ・フルクトゥアトの一人娘だ」
低く唸るヴォクスの問いに、彼女は簡潔に答えた。告げられた名に、場が騒然となる。
「貴様が魔族の王女……ふん、魔族は礼儀も知らぬのだな」
「サノは我等魔都の宝も同然の存在。その彼を負傷させた不届き者相手に、礼儀をとやかく言われる筋合いは無いわ」
「なんだと……?」
ヴォクスは姿勢を低くして、今にも飛び掛かりそうになっていた。カトゥも魔剣を構え、いつ攻撃を加えてもおかしくない。
(ど、どうしよう、このままじゃ二人が……でもアタシが間に入っても意味は無さそうだし、仮にカトゥが聞いてくれても、ヴォクスが止まら無さそうだし……)
一種即発の空気の中、どうすれば良いのかアエラは困惑する。
その時、佐野がすっと立ち上がり、カトゥの方へと歩いていく。彼女の後ろで立ち止ったかと思うと、彼は片手で器用に兜を掴み、躊躇無く頭から引き抜きいた。
更にそれを、ポイッと放り投げてくるものだから、アエラは慌てて兜をキャッチする。
「サ、ニョ!?」
驚いて振り向いたカトゥの顔を、佐野は空いた手で掴んだのだ。当の彼女は固まっており、他のドラゴン達もギョッとしている。
今の今まで睨み合っていたヴォクスすらも、こいつ正気かという目を佐野に向けていて、これにはアエラも同意せざるを得なかった。
「カトゥ様、一端落ち着きましょう。ね?」
佐野が落ち着いた声色で、語り掛ける。その言葉にハッとしながらも、カトゥは眉を顰めていた。
「で、でもでしゅね……ちょ言うか、にゃぜあにゃたは、しょんなりぇいしぇいにゃのでしゅか?」
「うん、顔を掴んでる僕が言うのもなんですけど、なんて??」
苦笑しながら、佐野が手を離す。
「なぜ貴方は、そんなに冷静なのですか?」
「あー……何と言うか、周囲の人が大騒ぎしてると、逆に冷静になりません? 痛いのは痛いですけど、見た目のわりに大した事無いですよ」
などと言って、彼はひらひらと手を振って見せた。
しかし、引き裂かれた皮膚から覗く骨に、傷の深さが見て取れる。
「サノ、あまり動かさないで。兎に角、応急処置をしますから、手を出して」
「え、大丈夫ですよ」
「い・い・か・ら!!」
「あ、はい」
カトゥの強い圧しに負け、佐野は素直に腕を差し出した。彼女は魔剣を一度鞘に納めると、患部に治癒魔法をかける。
「師匠、ごめんなさい。アタシが馬鹿なことしたから」
魔法を使えないアエラは、何も出来ない事に歯噛みした。
「アエラ、僕は大丈夫だから。ああ、僕の道具袋から包帯を取ってくれるかな? 首から吊り下げておくからさ」
グローブをはめたまま握りしめていた手に、佐野が左手で優しく振れる。責める事もしない彼の優しさが、今のアエラには辛かった。
アエラは地面に放り出されていた道具袋の中から目的の物を取り出すと、彼の指示に従って包帯を巻いていく。
簡易的な腕吊りな為、しっかりとした物でも無いが、無いよりかはマシであろう。
「ん、うん。これで大丈夫。でも、これじゃ僕が整体をするのは無理だね」
(そ、そうだった……どうしよう、アタシじゃどうにも出来ないのに……)
頼みの綱である佐野が行動不能になり、アエラは絶望する。そもそも、古龍が整体を拒絶しているのだから、初めから状況は最悪ではあったが。
「……失礼します、偉大なる古龍にして地の古大地龍様」
ふいに、何かを思いついたらしいカトゥが、古大地龍を見上げながらそう言った。
「まず、先程までの無礼、心より謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした。しかし、大事な客人であり、偉大な治癒士である彼に手傷を追わせられた事は、我等魔族にとっても大きな損失になります。故に、この怒りについては、御理解いただきたく」
つらつらと彼女の口から紡がれる言葉の羅列に、アエラは心の中で流石魔都の王女だと感心する。
そんなカトゥに対し思う所があったのか、古大地龍は小さく唸った。
「ありがとうございます。さて、そこで一つ、提案をさせていただきたい」
「魔族風情が古大地龍様に提案だと? 笑わせる」
さっきまでの怒りが嘘みたいに、冷静な態度のカトゥに、ヴォクスが鼻で笑う。しかし、そんな安い挑発に乗る彼女ではない。
「貴殿には言っていないわ。黙っていただける?」
「なんだと……?」
寧ろ逆に煽り返す程で、途端に両者の間で火花が散る。ヴォクスは攻撃態勢をとり、カトゥは今にも魔剣を抜きそうだ。
「グルルルルルルルルゥ……グルァアウゥ」
そんな二人を古大地龍が制し、カトゥに話の続きを促す。彼女は一つ咳払いをすると、こんな提案をした。
「人族に触れられる事に抵抗がある様子ですので、彼の弟子であるアエラに整体をさせるのはどうでしょう。まだまだ未熟ではあると思いますが、彼女は誰よりも長くサノと働き、その多くの技術を目にしている筈です」
「ちょ、ちょちょちょっと待って! カトゥ、いきなりどうしたの?」
予想だにしていなかった指名に、思わず話を遮ってしまう。
「ねえ、アエラ。ここに来る前にやってたマッサージ、覚えてるかしら?」
戸惑うアエラを余所に、カトゥが問いかけて来た。最初は何のことか分からなかったが、すぐに何の事か思い至る。
「それって、足ツボの事?」
「そう。どうせサノの事だから、袋の中にはセイタイ用の道具を一式詰め込んでいると思うの。そのグローブもある事だし、一度挑戦してみても良いんじゃないかしら?」
彼女の指摘に、アエラは道具袋をひっくり返してみる事に。すると、足ツボ専用だと教えられたオイルが、しかも十数本も出て来た。
「えぇ……思ってたより用意周到だったんだね師匠」
「そうそう、僕もそれが良いと思ってたんだよ~。いやぁ、カトゥ様ったら分かってらっしゃる!! と言うかアエラから見た僕ってそんなに考え無しに見えてるの……?」
オイルのボトルを手に取ると、今度は佐野がグイグイと足ツボを推してくる。怪我のわりに元気な様子に、アエラは密かに安堵した。
(でも、アタシに出来るかな……)
これまで、佐野の手伝いはした事あれど、本格的に患者を受け持った事は無い。爪が痛いと言われ、以来ずっと避けていたのもあるからだ。また、初めての患者として整体するのが古大地龍だと言う事にも、緊張と不安が募っていく。
「アエラ」
中々一歩踏み出せないでいる彼女に、カトゥが優しく声をかけて来た。
「大丈夫。貴女なら出来るわ。だって、あんなに沢山練習したじゃない」
「でも、足ツボはまだ今日教えて貰ったばっかだし……」
言いたくも無い弱音が口から洩れる。このままでは駄目だと頭では分かっているが、それでも怖いのだ。
「……ねえ、アエラ。貴女はどうしてセイタイを学ぼうと思ったの?」
その言葉に、ハッとする。初めは、古大地龍を治す為だった。だが佐野と出会い、カトゥや沢山の魔族達と親しくなって、もっと別の気持ちに変化していた。
「アタシは……師匠みたいに、沢山の人に元気を上げたい。辛い思いをしている人を、セイタイの力を借りて、癒してあげたい! そう思ったから、もっともっとセイタイを学びたいと思ったの!!」
アエラの決意の籠った強い言葉に、カトゥは満足そうに微笑んだ。
「如何でしょうか。彼女もこうしてやる気を見せていますし、一度だけチャンスを上げてもよろしいのでは」
真顔に戻ってしまったカトゥが、真っ直ぐと古龍を見上げる。古大地龍は視線だけでアエラ達を代わるがわる見やると、ゆっくりと体を体を横たえた。
「古大地龍様!?」
まさかの行動に驚愕するヴォクスを、古龍はまたも目線だけで黙らせる。何も言えなくなってしまった彼は、憎々し気にこちらを睨んでいたがアエラは気にも留めなかった。
「古大地龍様……ありがとうございます! アタシ、一生懸命頑張るから!!」
そう宣言すれば、古大地龍は今日一番穏やかな声色で喉を鳴らす。
「やり方は教えるから、その通りにやってみようか。まずは、足裏を見せてもらおうか」
「うん。古大地龍様、足の裏を見せてください」
佐野の指示通りに告げれば、古龍は彼女の願い通り、足裏が見える様に調整してくれた。
「では、施術に入ります」
「うん! 古大地龍様、しつれいします!」
次回更新は、10/27(金)予定です。




