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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第四話 大地の古龍と体の痛み ♢
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4-4

ドラゴン達に続いて歩き続け、アエラ達は巣の中を進んでいく。

「アエラ、あれが君達の巣なの?」

 重々しい空気の中、佐野がひっそりとアエラに耳打ちをしてきた。彼の視線の先には、岩壁に掘られた横穴と、そこから心配そうに顔を覗かせる数匹の雌達の姿がある。

「そ、アタシ達はああやって、岩肌に穴を掘って、その中に山に生えてる木の枝とか、生き物の骨とかを使ってベッドを作ってるの」

「何だか、鳥の巣に似てる所もあるね……ドラゴンの巣って言うから、なんかこう、もっと金銀財宝の上に寝そべってるのかと」

「いやいや、いくら何でもそれは無いよ。第一体が痛くなるし」

 なぜわざわざそんな所で寝るのか、彼の世界のドラゴンは可笑しな奴らだと、アエラは呆れた。

「フンッ、此奴、本当に何も知らないのだな」

 真後ろから、ヴォクスが馬鹿にした様に鼻で笑ったのが聞こえる。イラっとした彼女は、敢えて何も言い返さずに、尻尾で彼の鼻先を思いっきり叩いた。

「ぐふっ!?」

「あらぁ、ごめんねぇヴォクスぅ。ちょーっと尻尾が滑っちゃってぇ!」

 小馬鹿にした様に謝罪をすると、不機嫌そうに喉を鳴らしながらこちらを睨んでくる。それに対して、今度はアエラが鼻で笑い飛ばした。

 おちょくられているのに気付いたヴォクスが、文句を言おうと口を開きかける。

「あ、師匠、山頂が見えて来たよ!!」

喧しくされる前にと、アエラがわざとらしく言う。ちらりと後ろを見れば、ヴォクスが若干悔しそうに口を噤んだ。

やっとたどり着いた山頂は、周辺を針葉樹に囲まれた、広場のようになっている。

——ゴロロロロロロォォ……ゴロロロロロロォォ……

「……ねえ、アエラ。この音って何か意味があったりする? ここに来るまでも、ずっと聞こえてたけど」

 目の前にある巨大な岩山を眺めていた彼だったが、気になっていたようで、山間(さんかん)に反響している音について聞いてきた。

怯えているわけではないようだが、一定のリズムを保っている響きに、不思議そうに耳を澄ませている。

「これは古大地龍様の呼吸音だ。……今は古大地龍様が体調を崩されているために、このような音をしているが、本来であれば、洞窟内に響くように清らかな音色をしているのだ」

「……ちょっと、なんであんたが答えるわけ」

 アエラが教えるよりも先に、ヴォクスが簡潔に説明する。彼に横取りされたみたいで心底不快だとねめつけるも、相手はしてやったり顔でこちらを見下ろしていた。

「ふん、お前がさっさと答えないのが悪い」

「はあ!? 師匠は、アタシに、聞いてたでしょ!! あんたこそ、名前の聞き分けも出来ないの? 耳でも腐ってるわけ!?」

「な、なんだと……!?」

 尊敬する師匠に頼られたのを邪魔されたアエラは、入り口にいた時よりも口が悪くなる。一に対して十返って来る彼女に、ヴォクスもタジタジになようだ。

「ま、まあまあ、喧嘩はそのくらいにして。ところで教えてほしいんだけど、古大地龍様はどこにおられるの?」

 二人の間に挟まれていた佐野が、話題を逸らすように尋ねてくる。最初は何を言っているのかと思ったが、彼が異世界人だったことを思い出した。

「もうすぐ出てこられると思うよ」

 そう返答したのとほぼ同時に、面前の岩山が地響きを立てて動き出す。上体を起こしたそれは、山などでは当然ない。

重厚な甲殻に身を包んだ灰色の体に、強靭な足と尻尾を持った巨大なドラゴン——彼女こそ、アエラ達が古龍と呼び、そして母として慕う存在だ。

「グルルルル……」

 古大地龍はゆっくりとした動きで、その大きな顔をこちらに近づける。瞳孔を極限まで細めて、まるで見定める様な表情に、アエラは思わず喉を鳴らした。

「お、おおおおおおお、この方が古龍! 古大地龍様!! いや、でっっっっか!!」

 そんな中でも、一切空気を読まないのが佐野である。彼は予想以上に大きな存在を目にして、子供の様に興奮している様だ。

「……こいつ、古大地龍様の前であると言うのに、正気か?」

(くっ、ヴォクスに賛同するのは、物凄く、癪だけど……否定できない!!)

 いくら異世界人であったとしても、尊敬できる師匠であっても、ここまで場違いだと頭を抱えるしかない。

 仕方ないので、アエラは一歩前に出ると、先程ヴォクスにした様に、尻尾で佐野の横腹を叩く。もちろん、手加減はして。

「ぐぶっ」

 不意打ちを受けて、彼はその場に(うずくま)った。すっ飛んで行かないのは、異世界召喚特典の賜物だろう。

「お、お前、師匠と言う割には、容赦無いんだな」

 アエラの行動に、ヴォクスも引いている様だ。

「師匠は頑丈だから大丈夫よ」

「ひ、酷いよアエラ……」

「体目的の師匠なんかしらなーい」

「その言い方は誤解を招くってば!?」

 抗議の声を上げる佐野に、彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「そんな事より、体の調子はどうですか?」

 アエラがそう聞けば、古大地龍は少し間を開けて低く唸った。ゴロゴロという呼吸音は未だ鳴り続いており、息も若干荒い。

「……そうですよね、こんなに苦しそうな音をさせて、調子が良い訳無いですよね」

 彼女の言葉に、返事は無かった。

「でもアタシ、ちゃんと治療法を見つけて来たんです! この治癒術を使えば、きっと古大地龍様も……」

「グギャアアアアアアアッ!!」

 ビリビリと空気が震え、足元の砂利や周囲の木々が揺れる。怒りを伴った竜の咆哮に、アエラは言葉を続ける事が出来なかった。

「お前は何も分かっていない。此奴等がかつて何をしたのか、我々がどんな目に遭ってきたのか……知らぬわけでは無いだろう」

 メデューサに睨まれて石化した様に動けずにいる彼女に、ヴォクスが重々しく口を開く。

「人族は我等に害した与えない。周りを見ろ、ここにいる仲間の内、一体どれ程の者達が奴らのせいで身内を亡くした? どれ程の日々を怯えて過ごしてきた?」

 彼はゆっくりと動き出すと、アエラの前に回り込んで、厳しい眼差しを向けて来た。

「我等が何をした? ただ生きていただけだ。なのに、奴等は突如やって来て、住処を荒し、仲間を殺し、その体を(おぞ)ましく作り変えた。それを身に着けまた我等を襲い……そうして何度も同胞の命が失われたのだ」

 そう言って、ヴォクスは悲し気に目を伏せる。周囲の仲間達の中にも、彼の話を聞いて亡くした身内を思い出し、泣き出す者がいた。

「あの悪夢の様な日々から幾星霜……漸く手に入れた安寧を、安心して眠れる夜を、なぜお前は壊そうとするのだ」

「っ、そ、そんなつもりじゃない!」

「では一体どういうつもりなのだ!!」

 反論しようとしたアエラだったが、それをヴォクスは大声で遮る。普段なら五月蠅いと耳を塞ぐ彼女も、今回ばかりはそれも出来なかった。

「古大地龍様の体調不良を改善させる為、お前に任を任せたが……やはり、間違いだった。他種族と仲良く出来るなど、夢物語を語るしかないお前にはな」

「そんな事無い! 実際、アタシは魔族の暮らす街で過ごした! 最初は遠巻きにされたけど、誰もアタシを素材にしようなんて思う人は居なかった!! それに、アタシは魔王の娘とトモダチにもなったのよ!!」

 必死に訴えるアエラだが、魔王の娘の話が出た途端、皆が疑念の目をめけてくる。

「トモダチ、だと?」

「そうよ!! 王女……カトゥはとっても素敵な女性だったわ。それに魔王も、ちょっとお茶目で、でも人々に慕われている素晴らしい統治者だった!! ここにいる師匠だって、人族だけど、アタシを他の人と同じ様に接してくれる。何も知らないのに、勝手に彼らの事を決めつけないで!!」

 出会いは決して良いものでは無かった。だが、それを抜きにしても、魔都で暮らした日々は、アエラにとってかけがえのない物に違い無いのだ。

「昔はアタシ達には生きにくい世界だったかもしれない……でも、今なら、魔族とも、人族とも仲良くなれる筈よ!!」

「ふん、そんなもの、どうとでも繕える」

 しかし、そんなアエラの訴えを、ヴォクスが一笑する。

「大体、そんな役に立たちそうに無い治癒術に固執するなど、愚かな事だ」

「違う! セイタイはたくさんの人を治せる、素晴らしい治癒術なの。役に立たないって言葉は撤回しろ!!」

「アエラ、いい加減目を覚ませ。他の種族との仲良しごっこは終わりだ」

 大げさな程に溜息を吐いて見せるヴォクスに、アエラは歯をむき出しにしていきり立つ。

「仲良しごっこなんかじゃない。カトゥも、魔王様も、ギベオンもアウルムも……師匠だって、大切なトモダチで、尊敬する人達なんだから!!」

「いい加減にしろ!! 古大地龍様が御怒りになっているにも関わらず、まだ口答えするつもりなのか!!」

 確かに、アエラの提案は古龍に拒絶された。苛立ちと憤怒の咆哮を受けて、体が竦み、言葉を続ける事が出来なかった。

それでも、彼女は整体が役立たずの術だなんて、絶対に認めたくなかった。

「っ、うるさい、うるさい、うるさい!!」

 興奮から周りが見えなくなったアエラは、本能のままに飛び掛かった。

 ヴォクスは彼女を受け止めて地面に叩きつけると、首筋に噛みつこうとする。

彼はかつて、自身よりも体の大きなグリズリーを、たった一噛みで仕留めた程の実力者だ。

その歯が迫るのに反射的に目を(つむ)るアエラだったが、首に牙の感触が来ることは無く、ゴリッと何かが擦れる音がした。

「うぐっ」

 聞こえた声に目を開けば、佐野がヴォクスに食いつかれ、利き腕を赤く染めている光景があった。

(……え……あ、師匠、アタシを……庇って……)

「き、貴様、俺の噛みつきを受けておいて、なぜこの程度で済んでいる!?」

真っ白になった思考が、驚愕するヴォクスの声に現状を正しく認識した。

「ぎゃああああああああ!! し、ししょぉおおおお!?」

「ゴフッ」

その瞬間、アエラは絶叫した。無我夢中でヴォクスに強烈なキックをお見舞いし、彼から師を救い出す。

あまりにも鮮やかな流れに、誰も動く間がなかった。古大地龍ですら、ぽかんとしている。

「いったあああああああああああい!? え怪我した? 怪我した!? ねえ見てアエラ、僕怪我した!! この世界に来て初めての怪我だよ!! 今まで散々人間じゃないみたいに言われて来たけど、これでそれも否定できるね!! 僕、人間!!」

「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!?」

 場違いな理由で騒ぐ佐野に、アエラがつっこもうとした……その時だった。

次回更新は、10/20(金)予定です。

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