4-3
あれから休む間もなく走り続けたアエラは、たった一日で目的地に到着する事が出来た。近くに見えてきた苔生す岩肌に、ゆっくりと速度を落とす。
「師匠、着いたよ」
「やっとか……お尻が痛い……」
「ちょっと、それってアタシの背中が硬いって事なの!? ほんっとうに師匠はレディに対して失礼なんだから!!」
長い時間座りっぱなしだった佐野が、彼女の背から降りて伸びをした。アエラも漸く御小言から逃れられると、内心ほっとする。
「ここはまだ入り口だからね。巣はもっと奥にあるから、ここからは歩いていくよ」
「はえ~、これまた中々ハードな道のりの予感」
聳えるようにある岩山に、彼は準備運動を始めた。
「よし、行こうか」
「うん!」
手短に終わらせた佐野と、山へ入ろうとする。だが、それを阻止するように、岩陰からたくさんの影が現れた。
アエラと同じシルエットをしたそれらは、素早い動きで彼女達を取り囲むと、威嚇の声を上げ始める。その視線は佐野に集中しており、今にも飛び掛かっていきそうだ。
「待ってみんな、この人は悪い人族じゃないわ!!」
さっと前に出て彼を庇えば、仲間達は混乱したように騒めきはじめる。
(まあ、こういう反応になるよね)
予想通りの反応に、半目になりながら溜息を吐いた。すると、岩山の奥から、他と比べて一回り程体の大きなドラゴンが歩いて来る。
それに気付いて、彼女はげっと嫌な顔をした。
「アエラ!! なぜ人族などと共にいる!?」
「うるさい!! ヴォクスあんた、自分の声のデカさ分かってんの?」
険しい表情で吠えるようにアエラを批難するヴォクスに対し、わざとらしく耳を塞いで、逆に睨みつける。
(ほんっとうるさいんだから。何さ、同い年の癖に偉そうにしちゃってさ。体が大きくて威圧的だから長になったんだろうけど、ほんと嫌な奴!! 大体、もう何百年も一緒にいるけど、こいつとだけは絶対に合わないのよねぇ)
彼は群れの中でも優秀であったが、魔族や人族を卑しい生物だと見下している雄でもあった。
そのため、他種族に偏見のないアエラとは相性が死ぬほど悪く、顔を合わせる度にいがみ合う仲である。
「質問に答えろアエラ!!」
「だからうるさいのよ!! そんなんだから、アイテールに怖がられるのよ!!」
「ぐっ、そ、それは今関係ないだろう……」
好いている雌の名前を引き合いに出され、ヴォクスは言葉を詰まらせた。負けじと反論はしてくるが、最初と比べても弱弱しい。
(そんなだから、隠れヘタレなんて言われるのよ)
鼻息荒く強い目つきで見るアエラに、彼は気まずげだ。
「というか、図体ばっかりデカくて邪魔なのよ。退いて」
「そうはいかん。この先は我らの巣、そこの人族はそうそうに……」
突然黙り込んだヴォクスに、まさかと振り返る。
「おお、良い筋肉してますね。触り心地抜群ですよ。でも張りが強いですね……ここなんてごりっごりですよ」
「あっあっあっ、待ってそこはだめぇえええ」
「にしても、ドラゴン族の方は、足の筋肉が本当に綺麗で惚れ惚れしますね!! お尻が馬鹿になりそうでしたけど、ここに来てよかったですよ!!」
嬉しそうに、一体のドラゴンを揉みしだいている佐野がいた。しかも、既に数体整体し終えているようで、周りにも数体が倒れて痙攣している。
(ちょっと静かだなって思ったらこれよ……通常運転と言えばそうだけど、ここはちょっと大人しくしてほしかったなぁ……)
「これは……どういう、状況なのだ……?」
頭を抱えたアエラに、呆然としたヴォクスが囁いた。
「師匠の癖よ」
「ししょう!? お前、人族などを師などと仰いでいるのか!?」
「うるさっ、だから何よ。それにこう見えて、この人は名の知れた治癒士なのよ」
驚きから声が一段と大きくなる彼に、アエラはまた耳を塞ぐ。渋々佐野の事について説明してやれば、ヴォクスは嘘だろうと、口を開けて固まった。
「こう見えては一言余計なんだけどなぁ」
どうやら、佐野に聞かれていたらしい。申し訳ないと思いつつも、ヴォクスの間抜け面が面白く、ついからかいの言葉をかけていた。
「ぷぷぷ、その気の抜けた顔の方が、アイテールも好きになってくれるんじゃない~?」
「ぐぬぬ、アエラお前な……!」
「何よ、やる気?」
一触即発の空気になるも、それを諫めるように小さな揺れが起きる。
「地震だ!!」
「み、みんな落ち着け! そそこまで強くないから大丈夫だ」
「うあああああ」
魔都で遭遇したものよりもずっと弱いものだったが、同族達は慌てふためいていた。
「静かに!! 皆さん、落ち着いて! 岩肌から離れて開けた方へ集まって!!」
「な、なにを言い出して……」
「ヴォクスさん、まずは皆さんの安全を確保するのが先です!!」
人族に指示を出されるのが気に食わないヴォクスだったが、反論しようとした瞬間に、ピシャリと切り捨てられる。佐野からの正論にぐうの音も出なかった様で、彼は渋々と仲間を誘導した。
そうしてしばらく固まっていたアエラ達が、そう時間もかからない内に治まった揺れに、胸を撫でおろす。
アエラが魔都で経験した地震よりかは、ずっと小さく短かった。しかし、事の重大さを良く分かっている土竜種達からすれば、何よりも恐ろしい事であるに違い無かった。
「……なぜ、人族に手を借りたりしたのだ。長からも、他言するなと言われていただろう」
恐怖と不安でざわつく仲間達を尻目に、ヴォクスが忌々し気にそう口にする。
「これなら解決できると思った、だからそうしただけ」
「我等がかつて受けた仕打ちについて、お前も知っているだろ!?」
「何百年前の話をしてるの? 過去の事を若い世代に伝えるのは、悪い事じゃない。でもね、それを言い訳にして、進んでいく時代を拒絶して、同じ場所に留まり続けるなんて間違ってる!!」
もちろん、一族を守るために排他的になるヴォクスの言い分もわかる。しかし、それではいけない、新たな時代に進むべきだと、アエラは声高らかに。種を想う気持ちは同じなのに、正反対の考えがぶつかり合った。
「グギャアアアアア!!」
突如、咆哮が木霊する。魔族や人族からすれば、ただ吠えている、もしくは威嚇している様に聞こえるのかもしれない。しかし、土竜種のアエラ達には、この声の主が何と言いたいのか、はっきりと理解していた。
「古大地龍様! 御騒がして申し訳ありません。アエラが愚かにも、人族を連れて帰って来たのです! 我々はそれを追い返そうとしていて」
「愚かで悪かったわね! それに、この人の名前はサノ、アタシの師匠よ! いつまでも人族呼びしないで!!」
空を見上げて、姿の見えない古龍に向かいヴォクスが説明する。しかし、佐野への悪意ある言い方に、アエラも思わず噛みついた。
「ただいま、古大地龍様」
返事は無い。しかし、それでも、古龍がアエラを迎え入れてくれている事は分かっていた。
しかし、彼女が連れて来た人間については、少なくとも良い思いをしていない様である。
「グルルルルルルルルル……」
唸る古大地龍の声につられ、その場にいた者達の視線が佐野へ移る。彼女も揃って振り返れば、彼は二体のドラゴンの上に覆い被さっていた。先の地震の際に、彼らを守るために咄嗟に行動したようだ。
周りを見渡して気を配る佐野に対し、庇われた二体は、なぜ人族がと酷く狼狽しているように見える。
「彼、異世界から召喚された存在なんです」
「異世界だと……? 一体、なんのためにだ?」
呼び出されたと聞いて、ヴォクスが目を細めた。おそらく、佐野を見極めるための質問だろうと察するが、残念ながらそんな高尚な理由はではない。
「えっと……たしか、仕事に疲れてる魔王様を癒すために、右腕的な人が召喚魔法を使って。でも、その人は自分の腰の痛みに耐えきれなくて、【この、痛みを、どうにか出来る奴、出てこいやああああ!!】って力を込めたらしくて。その結果、召喚されたのが彼なんだって」
「んんんんんん?? 思っていたのと少し、いや大分違うんだが??」
(うわ、召喚された経緯を初めて聞いた時のアタシと同じ顔してる)
理解が追い付かないのか、右に左に首を傾げているヴォクス。自分が初めて、同じ事を聞いた時と全く反応が同じなのが癪に障る。
「……おい!」
「僕ですか?」
「ふん、お前以外に誰がいる。何故、この山に来た」
今度は直接、佐野に聞く事にしたようだ。だが、それも大した判断材料にならないと、アエラは良く分かっている。
「ドラゴンの体を触りたくて来ました!!」
「やはりそうか……そうか??」
堂々と宣言した彼に、一瞬納得しかけたヴォクスだったが、すぐに何かおかしいと気付いたようだ。一方のアエラはというと。
(やっぱりそれが本命か!!)
道中の言葉は何処へやら、自分の欲望を真っ先に口にした師匠に、厳しい目を向ける。彼もそれに気付いたらしく、珍しく焦りながら弁明を始めた。
「ももも、もちろん、大事な弟子の為にっていうのが一番だけどね!! 君が、一番!!」
(それはそれで、語弊があると思うんだけど)
彼女の足元に座り込んで、必死に煽てる佐野を呆れながら見る。
「まだ何かある?」
「あ、僕素材とかどうでも良いんで、貴方達全員の体を隅々まで触らせてください!!」
手をわきわきと動かして、にじり寄っていく彼に、アエラ以外が後退った。
「……こいつ正気か?」
ヴォクスがアエラに向かってそう聞く。
「この人、これが素よ」
諦めたように首を振れは、集まっているドラゴン達は残念そうに佐野を見た。
「え、なぜみんな残念そうにするんです」
酷いとむくれる彼だが、初対面の相手からの反応としては、当然だろうと思う。そんな佐野の様子に、長が疲れたようにぼやいた。
「グルル、ゴロロ、ゴロロロ」
「こ、この人間を通して良いのですか!!」
ヴォクスが危険だと意見をしようとした。
「グギャアアアア!!」
しかし、それを遮り、何度も言わせるなと言うような古大地龍の咆哮に、彼も眉を顰めて黙り込むしかない。
ほんの少し佐野を一瞥したが、特に何かを言うでもなく、仲間達を先に歩かせた。
「俺はまだ、認めていないからな」
ヴォクスは彼女達の後ろを歩くつもりらしい。長として監視するつもりなのだろう。
(……ほんと面倒くさい)
不愉快だという態度を隠しもせず、アエラは事の成り行きを見守っていた佐野を立ち上がらせると、そのまま腕を引いて進んでいった。
次回更新は、10/13(金)予定です。




