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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第四話 大地の古龍と体の痛み ♢
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4-2

 魔都から遠く離れた獣道を、アエラは駆け抜けていく。

(ここしばらく何もなかったのに……はやく、早く帰らなきゃ)

 佐野達と院外へと出た彼女は、広がる街の惨状に絶句した。木造の建物はぺしゃんこに潰れ、至る所から聞こえる悲痛な声。

(山にいた時も、魔都にいた時も……大地が揺れる怖さは一緒だった。でも、あんなに混乱している街の人達を見て、なぜだかより一層恐ろしく感じた)

 そんな状況を見て、アエラは帰郷を急ぐ事にした。故郷が心配になったのもあるが、それ以上に大きな理由がある。

 彼女には、この地震の原因が分かっているのだ。

(大丈夫。きっと……きっと、セイタイなら……!!)

 焦燥から注意力が散漫していたせいか、アエラは落ち葉に足を取られて転倒してしまう。

「ったた……あ、あし!」

 飛び起きて両足を確認するが、特に目立った外傷はない。立ち上がって足首を回しても、痛みがないようで、心底ほっとした。

「良かったぁ……」

 胸に手を当てようとして、ギョッとする。彼女の手には、シルクダイアモンドのグローブがはめられたままなのだ。

「ぴょえ!? ししし、しまった……慌ててたから、付けたままなの忘れてた」

 今から引き返す訳にも行かず、どうしすれば良いのか思い悩む。

「……でも、師匠はアタシの為って言ってたし……ちょっと借りても、許してくれる……よね?」

 不安ではあったが、そう思い込むしかなかった。

(何も言わずに飛び出してちゃったし、道具も勝手に持ってきちゃった……カトゥの事も無視したし……みんな、怒ってるかな)

 嫌われたかもしれない、なんて考えが頭の中を埋め尽くす。来た道を振り返れば、小さくなった魔都が見えた。

(……あそこを出てまだ半日もしてないのに、すごく戻りたい。ううん、帰りたい)

 本来の住処から離れて、一月近くの月日が経った。長命なドラゴン族には、瞬きに等しい時間でしかない。それでも彼女にとって、魔都は第二の故郷たる場所になっていた。

(全力を出せば、一日くらいで辿り着けるはず……)

「……よし、行こう」

 なんとしてでも、この問題を解決して見せる。決意を新たに、アエラは再び走り出そうとした。


 ——ドゴンッ


「ぎゅわああああああああああ!?」

 突如、空から彼女の背後に何かが落ちる。絶叫したアエラは瞬時に距離をとると、落下地点に目をこらした。

 痛いほどの沈黙が流れ、立ち上る土埃の中で何かが動き出す。

「ふう……なんとか無事、着地出来たな」

「師匠!?」

 そこにいたのは、なんと佐野だった。彼は体に着いた土を(はら)うと、背負っている荷物袋を持ち直す。そして、口をあんぐりと開けて固まっているアエラに気付くと、にこやかに手を振った。

「お、いつの間にか姿の見えなくなってたアエラさんじゃあ、ありませんか」

「ぴえ」

「あ、うそうそ。別に怒ってないよ。うん、別に勝手に行かれた事とか、グローブをそのまま持っていかれた事とか、全然気にしてないし」

(めっちゃくちゃ気にしてるよね、それ)

 圧を感じる笑い顔をしている佐野に、アエラは素直に頭を下げる。

「まあ、グローブは元々アエラの為に作ってもらったものだしね。それに、この家出モドキも、なにか訳があったんだよね」

 彼の発言に、アエラの心臓が跳ねた。彼女がここまで駆けて来た理由を知らないはずなのに、佐野には全てを見通されている気になる。

「えっと、その……」

「んー……、アエラの向かう目的地は、まだここから遠いの?」

 言葉に困ってると、彼はそう聞いてきた。

「う、うん。まだまだずっと先、だけど」

「じゃあ、歩きながら話をしようよ。どっちに進むんだい?」

「え、ああ、こっち」

 佐野の提案にしながらも、行くべき方向を指す。彼は分かったと答えると、先に歩き始めてしまった。

 慌ててアエラも後に続く。むしろ、先導すべきかとも思うが、それよりもなぜ佐野がここにいるのかと、冷静になりつつある頭で考えていた。

「し、師匠」

「んー?」

「どうしてここに? なんで空から降って来たの? というか、体は大丈夫なの!?」

 色々と衝撃が重なり過ぎて、上空から落下してきたというのを今思い出す。さっと彼の前に回り込むと、頭や顔、肩、腕などに怪我がないかと確認した。

 しかし、触れてみても骨を折った形跡もなく、軽傷すら見当たらない。

「いやあ、異世界召喚特典ってすごいよね!! 高い所から落ちても、かすり傷一つないって。ヒーロー着地、一回でいいからやってみたかったんだぁ!!」

 一人キャッキャとはしゃいでいる佐野は、この状態をとても楽しんでいるらしい。

(なんだろう。ここ最近の師匠って、この世界に馴染んできてるせいか、より一層人族から離れてってる気がするんだけど……それと、とても喜んでいる所申し訳ないけど、流石にこれはない。あと、ひーろーちゃくちってなに?)

 喜んでいる当人の手前、わざわざ口にはしなかったが、アエラは人外染みた師匠にドン引きしていた。

「魔都はあれから大変だったんだよ……。アエラがいないって、カトゥ様が大騒ぎしちゃって。僕もびっくりしたけど、街のあらゆる物全部ひっくり返す勢いで探す姿を見てたら、なんか正気に戻ったよね」

(ああああ、ごめんねカトゥ!!)

 あんな地震があった後で、いきなり居なくなればそうもなるだろうと、真顔でパニックになっているカトゥが容易に想像できて頭を抱える。

「彼女を何とか落ち着けた頃に、ブンちゃん様から揃って呼び出しがかかってね。アエラを追いかけてほしいって言われたんだ」

「え、魔王様がそう言ったの?」

「そう。今回の地震について、君なら何か知ってるんじゃないかって」

 まさかの人物に、アエラは驚愕した。彼女とブンちゃんの間には、整骨院の患者として、またカトゥの父親として数回会話を重ねた程度の関りしかない。

 カトゥに誘われて魔城に遊びに行った時も、廊下ですれ違った際に、軽く挨拶を交わすくらいだ。

 特別何か話をした事も、覚えている限りでは無い。

(……まあ、魔族を統べる王様なんだし、ドラゴン族の事を知ってても可笑しくないか。長生きもしてるだろうし)

「でも、なんで師匠なの? そこはカトゥとか、もっと他にも人はいたでしょ?」

「もちろん、他にも候補はいたんだよ。でも、僕がどうしても行きたいって、お願いしたんだ。アエラは大事な弟子で、カトゥ様の友達でしょ? 君に何かあったなら、真っ先に駆けつけて助けなきゃって思ってさ」

 唯一の疑問を尋ねれば、佐野は照れ臭そうに頬をかいた。アエラは心から、彼が師匠で良かったと強く思う。

「あ、アタシも……!!」

「あと、アエラについて行けば他のドラゴン族を触れるかもしれないって、ブンちゃん様に助言されたからね!!」

「それ今言う事!?」

 感動的な空気が台無しであった。

「ご、ごめん。つい、まだ見ぬドラゴン族にテンションが上がっちゃって」

「ほんっと、師匠ってそういうとこよね! これっぽっちも乙女心を理解してないんだから!! 師匠の馬鹿、あほ、筋肉魔人のセイタイシ!!」

「最後のそれ、悪口なの?」

 そっぽを向いたアエラに、佐野が申し訳なかったと手を合わせる。本気で怒っているわけではなかったアエラも、しょうがないなとそれを許す事にした。

「ええっと、とりあえずそんな感じで、後はブンちゃん様に転移魔法で送ってもらったんだ。まさか、あんな空の上に放り出されるとは思ってなかったけど」

「転移させる座標がずれたのかな」

 佐野が転移する直前まで走り続けていたのだから、ありえない事ではない。そう考えていたアエラだが、実際はもっと単純な事だったらしく。

「いや、魔法を発動させる瞬間に、ブンちゃん様がくしゃみをして失敗したみたい」

「嘘でしょ」

「最後の最後で、【あ、しまった】って言ってたの聞こえたから、間違いないと思うなぁ」

 遠い目をする佐野の背を、慰めるようにぽんと叩いた。

「そんなこんなで、僕はここに来たって訳だけど。それで、君はどうしてこんな獣道を走ってたの?」

 脳裏に、他言無用だと念を押してきた仲間達の姿が浮かぶ。

 しかし、一年にも満たない期間だとしても、魔都でたくさんの他種族と暮らし彼女は、頭の固い長者達の言う通りにする気はさらさらなく。

「アタシはね、元々、ある使命を持って住処を出て来たの」

 頭の中で仲間が怒鳴り声を上げていたが、気のせいだとそれを無視して話し始めた。

「アタシ達ドラゴン族にはね、それぞれに古龍(エンシェントドラゴン)って呼ばれてる存在がいるの。火竜種の古火山龍(イブリス)様、風竜種の古暴風龍(シルフィーネ)様、水龍種の古海嘯龍(リヴァイアス)様、そして土竜種の古大地龍(ガイア)様」

「おお、なんかすごくボスっぽい名前だ」

 こちらの話をきらきらした目で聞いている佐野に、ちょっとした悪戯心が沸き上がる。

「古龍様達はブレスを吹けるのよ」

「おお!! それって、火を吹いたりだよね。アエラも出来るの?」

「アタシ達は無理よ。ブレスは古龍だけが出来るの」

 そう言えば、彼は残念そうに肩を落とした。

「強大な力を持っている古龍様達にかかれば、大陸一つなんて一瞬で消し去れるのよ。……人族なんて、頭からバクッといっちゃえるんだから」

 そう言えば、佐野はひえっと小さな悲鳴を零す。それにくすくすと笑えば、彼は脅かさないでと拗ねたように文句を言った。

「師匠が子供っぽくて、ちょっと悪戯しちゃった」

「もう……。それで、その古龍がどうしたんだい?」

「そうそう。今回の地震はね、うちの古大地龍様が関係してるのよ」

「へえ……な、なんだってぇー!?」

 お手本のような反応に、アエラは苦笑する。

「大地を司る母なるドラゴン、それが古大地龍様よ。彼女の歩みは山を崩し、吐き出される息吹(ブレス)は荒れ地に緑を(もたら)し、その涙は森を育む。地震はね、彼女が陸を移動する時の足踏みなのよ」

「ああ、だから古龍が原因って」

「もちろん、尻尾を使って起こしたりも出来るけど、無意味にそんな事をしない方なの。だけど……」

 足が止まる。佐野もつられて立ち止まり、黙り込んだアエラを見ていた。

「もう何百年も前……古大地龍(ガイア)様が、突然大暴れしだしたの。大きな尻尾や足を振り回して……初めてそれに遭った時は、本当に怖かった」

 頭上から迫りくる落石に、逃げ惑う大人達。幼少期の恐怖が蘇り、体が震えた。あまりに分かり易かったのか、少し先にいた佐野も心配そうにしている。

「みんなで、どうにか出来ないか、何年も話し合ったわ。それでもいい案は思い浮かばなくて……。最終的に、外の世界に手段を探しに行くことになったの。でも、仲間達はみんな、他の魔族を毛嫌いしてるし、結局、誰が行くかで中々話が纏まらなくてさ。いい加減うんざりして、アタシが行くって立候補したの」

「おおう、ここに過去の因縁が関わってきちゃうのか」

 顔の引き攣っている佐野に、アエラは笑う。

良くも悪くも、争いの少ない世界から来た彼は、完全なる部外者だ。変な同情や憤りを向けられるより、異世界怖いと引かれる方が、アエラは何倍も良いと思っている。

「住処を出るときは、もう凄いのなんの。この事は他言無用だだの、他種族は絶対に信用するなとか、特に人族には近づくなとか」

「……それ、僕に喋っちゃって良かったの?」

 不安げな彼の様子に、問題ないと返した。

「正直な所、アタシは仲間程、他の種族を嫌ってないわ。過去の事もそこまで気にしてないし、(むし)ろみんなには、いつかは話をしようって決めてたもん」

(でも、魔王様に限っては、初めから気付いてたのかもしれないけどね)

 佐野を送って来るあたり、ブンちゃんは彼女のやりたい事が分かっているのだろう。

「それで……良いのかい?」

「良いのよ。だって、他の種族に関わったおかげで、アタシは師匠とセイタイに出会えたんだから!!」

 初めて出会った、酒場での出来事を思い出す。あの日、あそこに佐野がいなければ。そもそも、仲間たちの言い付けを守って魔都へ行かなければ……。

 アエラは整体を知る事も、ましてや足の痛みを治す事も出来ずに、途方に暮れていたであろう。

「師匠のセイタイで足を治してもらって、その時思ったの。これならきっと、古大地龍様を何とか出来るって!」

「過大評価が過ぎる」

 大袈裟だと佐野が言うが、そんな事はないとアエラは確信していた。

「こうしちゃいられないわ。師匠、ちょっと失礼!!」

「え、っておわ!?」

 答える隙すら与えず、アエラは彼の足の間に体を滑り込ませて、背中に乗せた。

「このグローブは渡しておくから、師匠のその袋にでも入れておいてね」

「わ、分かった」

 はめていたグローブを佐野に渡し、彼が荷物袋にしまったのを確認する。

「のんびり歩いてたら、目的地に着くまで五日はかかっちゃう。ハルピュイアも真っ青になる位に飛ばすから、振り落とされないように、しっかりつかまっててね!」

 姿勢を低くして、今にも飛び出そうとしたアエラに、佐野が慌てて待ったをかけて来た。

「いやいや待って落ち着いて。本当に整体で何とか出来るのかい。古大地龍様が暴れ出した理由が、体の不調とは限らないだろう?」

「あ、それなら問題ないわ。住処を出てくる前の晩に、こっそり古大地龍様の寝床に忍び込んで、ちゃんと確認してきたんだから」

「最終確認は大丈夫だけど、震源地に忍び込んだら危ないでしょ!? 大体ねぇ……」

 アエラのとんでも無い暴露に、佐野は酷く驚いた様である。そのままガミガミと御小言を言い始めてしまったので、わざとらしく大声を出して誤魔化した。

「あーあー、きーこーえーなーいー!! ちゃんと寝てる時を狙ったから、大丈夫だもん!! そんな事より、しっかりつかまっててよ師匠!」

「え、いやちょま」

「待たない!!」

 そう言うと、少し身を低くして一気に土を蹴り、トップスピードで駆け出した。

「だいじょうぶー?」

「~~~!?」

 首元に腕を回し、風の抵抗を少なくするためか、体を小さくしてしがみ付いているのが分かる。いくら佐野と言えど、土竜種の本気の走りには、手も足も出ないらしい。

 そんな姿に満足しつつ、彼女は巣への道を、佐野に気を配りながらも駆け抜けて行った。

次回更新は、10/6(金)予定です。

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