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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第三話 吸血鬼と腰の不調 ♢
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21/31

3-5

「もとのじょうたいって?」

「足の長さがキチンと揃っていて、背筋が伸びている状態、って言うのが分かり易いかな。正しい体の姿勢を保てていると、体の傾きや猫背が無くなって、疲れにくくなるんです」

「それが、もとのじょうたい」

 彼の話は難しい言葉が多い。それでも、フロースは何となく、整体の事がわかった気がした。ほんの少しではあったが。

「まあ、ノドゥス様の場合。数百年ほど歪んだままだったから、初めのうちは正常な状態に物凄い違和感が出ると思いますが。……いやでも、吸血鬼の場合はどうなるんだ? 翼が映えたりするなら、空を飛びやすくなるとか……?」

 佐野は小声のつもりだったのだろうが、フロースにははっきりと聞き取れていた。その呟きの内容を、フロースは不思議に思う。

「せんせい。あたくしたち、つばさははえませんし、そらもとびませんの」

 思わずそう答えた彼女に、佐野が驚愕した。

「そうなんですか!? え、蝙蝠に変身とかは……?」

「しませんの」

「なん、だと……!?」

 その狼狽えっぷりに、なぜだか逆に申し訳なる。

(いせかいとのにんしきのちがい、というものなのだわ)

「え、えっと……と、ところで師匠! さっき違和感が出るって言ったけど、体が正常に戻るんじゃないの?」

 項垂れたまま動かない佐野に、空気を変えようとアエラがそう質問した。フロースも、正常な事は良い事なのではと考えていたが、そんな彼女の心情を見透(みす)かしたように、なんとか立ち直ったらしい佐野が続ける。

「えっと、本来はそうなんだけど……。長年歪んだ状態が維持されていると、それが正しいと、体が勘違いするんだ。だから元に戻そうとすると、逆に違和感として認識しちゃうんだ」

「体が勘違いするの!?」

「じゃ、じゃあ、わたしたちのからだもそうなんですの!?」

 衝撃の事実にフロースはアエラと顔を見合わせ、それぞれに体のいろんな部位を触る。

「この待ち時間に、患部をを温めておくと更に効果的です。せっかくなので、ラジオ波で温めておきましょう」

 そう言って、ノドゥスの腰に佐野が両手を(かざ)す。すると、彼のつけている腕輪が赤く輝き始めた。

 すぐ隣に並んでいるフロースにも、その腕輪から発せられる熱が届く。そこそこの温度がありそうだったが、とても心地よく感じ、自然と瞼が下がってきてしまう。

(……はっ、いけない、ついうとうとしてしまいましたの)

 ふるふると頭を振り、眠気を吹き飛ばす。

「熱くないですか?」

「……悪くない」

 聞こえて来たノドゥスの声も、どこか(とろ)けているようだった。

「どのくらいこのままにしておくのです?」

 カトゥが興味深そうに手元を覗き込む。

「大体、一〇ホーラエから一五ホーラエくらいですね」

「なるほど、そこまで長くはないんですね」

(カトゥひめさまも、セイタイをまなんでいらっしゃるの?)

 熱心な様子に一瞬そう思うも、すぐに何か違うと勘づく。

(……もしかして、ひめさまは……)

 彼女から佐野へと向けられる熱い眼差(まなざ)しの意味を、フロースは正しく理解した。同時に、カトゥが最大の恋敵だという事も。

(……あたくし、まけませんの! それに、おばあさまもおっしゃっていましたもの。恋は押し込んだ者勝ちだって!)

 フロースは、ひっそりとカトゥに決意宣言をした。それを知る者は誰もいない。

「このあとは、どういたしますの?」

「時間が経ったら、もう一度足を揃えて歪みを確認をします。で、まだ足が短かったりしたら、ブロックの位置を調整して、また時間を置く。骨盤矯正はこの繰り返しになります」

 腕輪から熱が引いていき、佐野は腰から手を離した。フロースは彼に再度指示された通りに、足を揃えて見る。

 すると、不思議な事に両足の長さがほぼ同じになっていた。

「!! せんせい、すごいのだわ、ぴったりですの!」

「まあ、僕もそこそこ長く整体師をしているからね。これくらい朝飯前ですよ」

 自慢げに厚い胸を張る佐野に、フロースは尊敬の眼を向ける。

(さすがヒーラー! すごいぎじゅつなのだわ!!)

「ここからもう一度、足を曲げた後に広げて、元に戻した後に最後のストレッチをします。……よし、フロースちゃん。ノドゥス様の腰をぐっと押してみてください」

「腰を……?」

「ああ、心配しないでください。今なら温めた効果で筋肉も緩んでるはずですから、普通に整体するよりも痛みは少ない筈です」

やはり説明の大部分は分からなかったが、先生が言うのだからと納得したフロースは、ちょっと迷ったものの腰を押してみる事に。台ごと場所を移して、恐る恐る体重を乗せていく。

「一気にいくんじゃなくて、そっと力をかけてくださいね」

「そっと、そっと……」

 アドバイスの通り、徐々に力を入れる。時折ノドゥスが呻いたが、痛みは少ないらしく、叫ぶまではいかなかった。

「おじいさま、どうですの?」

「うく、いや、大丈夫だ。少なくとも、サノの時より痛くない」

「良い事ではあるんだけど、そう言われるのはなんだか癪です」

 不満げに溜息を吐く佐野に、ノドゥスがくつくつと笑って見せた。

「ねえちゃん、おれたちにもやらせて!!」

「ぼくも、やるー」

「じゃあ、順番にやってもらいましょう。フロースちゃんには、また別の整体を教えますね」

 フロースに(まと)わりつく双子達を(なだ)め、佐野がそう提案する。彼らは大人しく従い、ノドゥスの腰から離れたフロースに変わり、順に整体を手伝い始める。

 フロースはきゃらきゃらと笑う従兄弟達を見ていて、とても嬉しく思った。彼らのあんな表情は、久しく目にしていなかったのだから。

(こんなきもち、ひさしぶりですの。これも、せんせいのおかげですの)

 弾むような心に少女は頬を赤くさせながら、目の前で整体を教える人族を見つめていた。

「……よし、二人とも、一度ノドゥス様から降りて下さい」

 気が付けば、二人揃って乗っかっていた双子を佐野が降ろす。物足りなさげなマグヌス達だったが、彼の言う事には従うようだ。

「ノドゥス様、一度立ってみてもらえますか?」

 佐野の言葉に、ノドゥスがベッドから起き上がる。拘束されていた手を自由にしてもらい、一度深呼吸すると、彼は意を決したように立ち上がった。

「……お、おお!! 痛みがない!!」

 彼は感動したように、自身の腰をペタペタと触っている。

「しばらくは、歩く時に変な感じがあるかもしれませんが、いずれ慣れてきます。骨盤矯正は平均で一〇日から二週間の周期で繰り返し施術すると、(もっと)も効果的ですが……数百年単位のブランクがあるノドゥス様では、数日置きにしたほうが良いと思います」

 呆れたように苦笑する佐野に、ノドゥスは苦虫を嚙み潰したような表情で、渋々分かったと返事をした。

「これに()りたら、出来るだけマメに足を運ぶなり、出張を呼ぶなりしてくださいよ」

「クラルス様の言う通りですよ。体は正直ですからね」

(からだが、しょうじきですの? でも、さっきはかんちがいをするって……)

 施術の話をしていた時とは矛盾する単語に、どういう事だろうかと思う。考えるフロースに気付いた佐野が眉を下げた。

「仕事のやり過ぎで疲れたり、怪我をしたりすると、体は痛みや(だる)さで教えてくれるんです。でも、人はちょっとでも大丈夫だって思っちゃうと、それを無視してしまう。自分は大丈夫、まだいけるって」

(なんだかそれって、おじいさまみたいですの)

 いつも、大丈夫だと誤魔化してばかりだった、祖父の背中を思い出す。

「けれど、そればっかり続けていたら、体が悪い事を良い事だって思いこんでしまうんです。さっき言ったみたいに、勘違いしちゃう」

「だから、もっとわるくなっていくんですの?」

「そう、その通りです」

 正解だと佐野の大きな手が、頭を撫でた。さっきの腕輪の影響か、まだ温かい。

「体は正直だけど、喋れない。僕達は、こうして話せるけど、思い込みで何でもないと黙っちゃう。それだと、また悪い事を見逃したままになってしまう」

 彼の指が、フロースの髪に沿って流れて落ちた。

「僕ら整体師はね、そんな体の声をみんなに届けるのも一つの仕事なんです」

佐野が目を細める。笑っているような、何かを我慢しているような、そんな顔をしていた。

「自分の体の事って、知ってるようで気付いてない事も多いんですよ。だから、本人の代わりにその声を聞いて、届ける。それが、僕の整体のもう一つの仕事だと、そう思ってます。言葉にしないと伝わらないこともあるし、意識しないと聞こえない事もある。その一端を、お手伝いをさせてもらうんです」

 語られる言葉の一つ一つに、フロースは目から鱗が落ちるようだった。

 思えばこれまでの二百年間、彼女がノドゥスとまともに話し合った事はない。

祖父から避けられていた事のショックと、それに対する怒りで、対話をするという選択肢が頭になかったのである。

佐野の話を聞いて初めて、自分は祖父と満足に語らう事もせず、互いに一方的な考えで過ごしていたのだと気付いたのだ。

「……あの、おじいさま」

「どうした、フロース」

 言葉が続かず、俯いてしまう。それでも。

(ちゃんと、つたえなきゃ)

「きらいだなんていって、ごめんなさい、ですの」

 絞り出すように呟いて、鼻の奥がツンとする感覚に、歯を噛みしめる。震える手を握りしめて、泣きそうなのを堪えて。

「で、でもね、おじいさま。あたくしたち、なにもわからないまま、おじいさまにさけられていましたの。どうすればいいのか、わからなかったの……」

心の内に秘めていた事を話せば、ノドゥスは自由になった手で頭をかいた。

「……そうだな。私も、きちんと話をすれば良かったな。すまなかった」

「……うん」

 祖父の低い声が、優しくフロースの耳を(くすぐ)る。

「二百年前のあの日。お前を抱き上げた瞬間に、激痛に(さいな)まれてな。少しでも重さがある物を持つと、それだけで痛むんだ。だから、お前さん等を抱き上げる事も出来なかったんだ」

「……あたくし、そんなにおもいんですの?」

「だっ、いや、そうじゃなくてだな!?」

 焦った様子にちょっとすっきりとしながら、フロースは冗談だと言った。

「でも、そうならそうといってくだされば」

「あー……まあ、あれだ」

 言いにくそうに、彼は言葉を濁す。その続きを催促(さいそく)することなく待てば、意を決したように彼は呟いた。

「……孫にはな、かっこいい爺様だと思っていてほしいんだよ」

 そうして、ノドゥスは黙り込んでしまった。彼の言葉を嚙み砕いて、その意味を理解したフロースは、心が満たされていく気がした。

「……おじいさまは、いつもかっこいい、さいこうのおじいさまですの!」

「おれ、おじいさまのことすきだぜ!」

「ぼくね、おじいさまのことも、おはなしも、だいすき」

「あうあうあー!!」

 今まで事の成り行きを見守っていたマグヌスとドルミートが、自分もと集まって来る。

「お前達……」

「ふふ、良い子達に育って嬉しい限りですね、貴方」

 クラルスの言葉に、ノドゥスはなにも言わなかった。なんだか震えているようにも感じたが、フロースには、手で顔を覆った彼の表情は見えない。

「サノせんせい、おじいさまは……マルをだっこしても、だいじょうぶですの?」

「この感じなら、あまり重くないものでしたら、持っても大丈夫ですよ」

「!! おじいさま!!」

 それを聞いたフロースは、クラルスからマルガリータを預かると、彼女をノドゥスに差し出した。一瞬躊躇したが、彼は一番幼い孫娘をそっと抱きかかえる。

「……あぶー!」

「くく、そうだ、お前のお爺様だぞ」

 しばし誰だっけと言いたげだったマルガリータは、自身を抱いているのがノドゥスだと気付くと、ばあっと笑って両手を伸ばした。

 その反応に、ノドゥスは至極嬉しそうにしている。

「……!! サノせんせい!! 本当にありがとうございましたなの!!」

 フロースは祖父に笑顔が戻ってきたことが喜ばしく、つい佐野に飛びついた。

「~っ!!」

「か、カトゥ、どうしたの!?」

 アエラとカトゥが何かしているのが聞こえるが、喜びに有頂天になっているフロースには関係ない事だった。

「いやいや、御礼をいうのは僕の方ですよ。本当にありがとうございました」

「ふふっ、わたしはおじいさまのまごですから、とうぜんのことですの!」

 胸を張って答えたフロースに、佐野が優しく微笑み返す。

「せんせいには、なにかおれいをしなくてはいけませんの」

「いやいや、僕は仕事をしただけですから、御礼だなんて」

「そうはいきませんの! あ、いいことおもいつきましたの! せんせい、ちょっとかがんでくださいの」

 そう言えば、彼はどうしたのかと言いたげな顔をしながらも、床に膝を付いた。

「おれはこれで」

——ちゅっ

「え」

 しゃがんだ佐野の頬にキスをしたフロースは、してやったりと笑て見せる。

 視線の先にはメラメラと嫉妬の炎を燃やすカトゥと、そんな彼女を抑え込むアエラとフロースの父ノックス。

 一方、祖父も爆発寸前のようで、クラルスや叔母のミコーがどうどうと抑え込んでいる。

(ふふ。カトゥひめさま、こういうものは、はやいものがちですのよ)

 固まったままの佐野を見つめながら、一人勝ちしたようにフロースは微笑んだ。

次回更新は、9/15(金)予定です。

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