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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第三話 吸血鬼と腰の不調 ♢
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20/31

3-4

 祖父であるノドゥスと過ごす日々が、フロースにとって、一番好きな時間であった。

 彼は物知りで、彼女達がなんでと疑問に思う事柄全ての答えを知っている。今まで、ノドゥスが子供達の質問に詰まったことは一度もない。

(ですのに、……おじいさまは、こたえてくれませんでしたの)

 フロースは、抱っこを拒否された事と同じくらい、自分の質問に答えを出してくれなかった事に、酷く衝撃を受けた。

 彼女を含めた子供三人は、祖父が彼女達を避けているのに気が付いている。

決して嫌われているわけではない。そう信じてはいるけれど、ある時から妹のマルガリータすら抱き上げないノドゥスに、段々と不安が(つの)っていった。

(……やっぱり、きらわれてしまいましたの……?)

 悲しさから、また涙が溜まっていく。そんなフロースの目元を拭ったのは、彼女を抱えている佐野だった。

「そんなに泣いていては、せっかくのかわいい顔が台無しですよ?」

「……ありがとう、ですの」

 突然かけられた誉め言葉に、フロースの頬に少し熱が集まる。思わず両手で押さえれば、なにが可笑(おか)しいのか、彼はふふっと笑った。

「れ、レディのことをわらうのはしつれいですの!」

「これは失礼しました。フロースさんがかわいらしくて、つい」

 さらっと恥ずかしい事を言ってしまう目の前の男に、フロースは赤い頬をぷくぅっと膨らませる。

(うう、にひゃくさいもとしのさがあるというのに……こんなにわかいひとぞくに、きゅんきゅんするなんて……!!)

 子供と言えど魔族、そんな彼女にここまで紳士的な対応をする人族は、今までで一人もいなかった。そのせいか、一つ一つの所作にドキドキしてしまう。

(こ、これはぞくにいう、はつこい、はつこいというものですの!? ……って、いまはそんなこと、どうでもいいんですの!!)

 なんてちょっとずれていた思考を放棄し、佐野を見上げる。

「……そんなことより、おじいさまがおつかれなのは、ほんとうですの?」

 フロースがノドゥスを一瞥した(のち)、彼に問いかける。何か言いかけた祖父をクラルスとミコーが抑えつけていたのが見えたが、気にしないことにした。

「ええ、それはもう酷いですよ」

「そんなにですの!?」

 自分よりも大きな右手で頭を抱える佐野の様子に、祖父の体が大変な事になっているのではと慌てる。

「なのに、自分は大丈夫だと言って、ノドゥス様は治療を受けてくれないんです。僕はもう心配で、涙がでちゃうんです。しくしく」

「おいこら、うちの孫にそんな野太(のぶと)い噓泣きをするな。やめろ、サノ!」

 嫌そうなノドゥスの静止に耳も貸さず、右腕を目元に当てて、佐野が泣き出した。

(このひと、あんがいおちゃめなところがありますのね)

いくらフロースが小さくとも、二百年生きている吸血鬼。それが嘘泣きである事くらい分かる。

 でも……あえて、乗ってみることにした。

「そんな……おじいさま、ひどいですの。せんせいは、こんなにも、こころをくだいてくださっているというのに……」

「フロース!?」

 まさか、孫が佐野の味方になるとは微塵も思っていなかった様子のノドゥスが、驚いた声で叫ぶ。

「せんせい、ないてるのー?」

「かわいそー」

 いつの間にかアエラの背から降りていたマグヌスとドルミートも、追撃するようにそう言った。

「ぐっぐぬぬ……卑怯だぞ、サノ!!」

 孫に囲まれてよしよしと(なぐさ)められている佐野を見て、ノドゥスは悔しそうに歯噛(はが)みする。

「マグヌスさんも、ドルミートさんも、ありがとうございます。実はですね、三人に少しお話があるのです」

 目を拭うふりをして顔を上げた佐野が、マグヌス達に目線を合わせる為にしゃがんだ。

「正確には、お願いなのですが」

「……おねがい?」

 首を傾げる彼女に、佐野は頷く。

「はい。皆さんに、ノドゥス様を元気にする治療を手伝ってもらいたいんです」

 佐野の言葉に、フロースと従兄弟達は目を丸くする。

「げんきにする、おてつだい」

「そうです。ノドゥス様を治療するには、もうこれしか方法がありません。ぜひ、お願いします」

 オウム返しに呟くフロースに、彼は頭を下げた。

 子供にも丁寧に対応する佐野の姿に、フロースは感動する。なにより、ノドゥスの治療を手伝えるという提案は、祖父が大好きな彼女に断る理由のない話だった。

「もちろん、きょうりょくいたしますの!」

「わあ、ありがとうございます!」

 即答すれば、彼は破顔する。どこか愛嬌(あいきょう)のあるその笑顔に、フロースは嬉しくなった。

「もちろん、マグヌスとドルミートも、おてつだいするのだわ」

「やる!」

「ぼくも!」

 弟分の従兄弟達からも、すぐに()が返ってくる。

「二人も、ありがとうございます」

「あたくしたちがおてつだいをするのですから、ドラゴンぞくのおでしさまとおなじように、たいとうにせっすることをきょかするのだわ!!」

 フロースは右手の人差し指をぴんと立てて、佐野の顔面すれすれに押し付けた。

「これあれだ、じょしゅってやつだろ!? だったら、さんはなしだからな!! おれのことは、マグってよべよ!!」

「ぼくも、ドルってよんでね」

 彼女の言葉に便乗して、双子も手をあげる。

「え、ええ……えっと、そう言われましても……フロースちゃん、マグ君、ドル君、で良いですかね?」

 佐野は少し悩んだ後、戸惑い気味にフロース達の名前を呼んだ。敬語が外れている訳でもないが、こればかりは身分の違いもある為、仕方がないと諦める。

むしろ、普段なら絶対に呼ばれない敬称が新鮮で、そんな事気にもしていなかった。

「もちろんですの!!」

「いいぜ!」

「いいよぉ」

 弟分達と共に肯定を返せば、彼は良かったと少々複雑そうに笑う。

「さて、手伝ってもらう前に……」

「師匠、ノドゥスさんはベッドで低周波を当ててもらってるよ!」

聞こえて来たアエラの声にそちらを見れば、いつの間にか、ノドゥスはベッドにうつ伏せで寝ていた。

よく見れば口を塞がれ、手は邪魔にならないよう、万歳する形にタオルで固定されている。背中には、先ほどの丸い何かをつけられていた。

 傍らにいるクラルス達は、それを微笑ましそうに見ているだけである。

 祖父が目線で助けを求めている様に見えたが、フロースは気のせいだと思う事にした。

「ノドゥス様が低周波を当てている間に、みんなにはお手伝いをしてもらおうかな」

「! なんでもおっしゃってちょうだいなの!!」

 佐野が悩みながら、フロース達を順に見る。

 最終的に、マグヌスとドルミート兄弟は佐野の指示で道具を準備する役を、フロースは共に簡単な整体を行うことに。

「順番にやっていきますので、マグ君とドル君は少し待っていてくださいね」

「わかった!」

「はーい」

 佐野が声をかけると、双子は元気に返事をした。

「先生の言う事には、ちゃんと従うのですよ」

 クラルスがそう注意すれば、これにも明るい答えが返ってくる。

「本当にわかっているのかしら……」

 やんちゃ盛りの息子達が心配のようで、ミコーが溜息を吐いたのが聞こえた。

「せんせい、あたくしはどうすればよろしいの? あと、そろそろおろしてほしいのだわ」

「おっと、忘れてました」

 なんとか地に足をつけることが出来たフロースは、佐野に手を引かれてノドゥスの足元に立つ。

「これから僕が行う整体は、骨盤(こつばん)矯正(きょうせい)と呼ばれるものです」

「こつばんきょうせい?」

「あー……話せば長くなるので簡単に説明すると、ノドゥス様の腰の痛みを取る為の治療なんです」

 聞きなれない言葉ではあったが、佐野の説明にフロースは異世界の治療術なのだと納得する事にした。

「あたくしは、なにをすればいいんですの?」

「僕が指示を出すので、一緒に治療をしましょう。この台に乗ってもらって……よし。まず、ノドゥス様の足首を持って」

 用意してもらった台に乗り、佐野の指示に従って、ノドゥスの足首を掴む。

「少し足を引っ張りながら、踵を合わせる様に両足を揃えます。……何か違うのが分かりますか?」

 彼の言葉に、フロースは揃えられた祖父の足をまじまじと眺めた。

(……あれ、みじかい?)

 すると、どういう訳か右足が若干……いや、結構短い。

「せんせい、なんだかみぎあしが、みじかいきがいたしますの」

「おお、良く気付きましたね。実は足って、歩いたり立っていたりすると体の重みでこんな風に短くなったりするんです。踵は身体を支える大事な部分なので、ここを揃えるとどっちが短くて長いのかすぐ分かるんですよ」

 はじめて聞く話に、フロースは興味津々だった。

(せんせいは、まるでおじいさまみたいですの)

 自分の知らない事を知っている。祖父ほどの知識量があるわけではなさそうではあるが、それでも未知の治療術を会得(えとく)している彼は、ノドゥスに匹敵するであろう。

「次に、足を揃えたまま、体重をかけながらぐっと膝を曲げていって……そこから膝が直角になる場所まで戻して、本を開くみたいに足を左右に広げる」

「こう、ですの?」

 言われた通りにすると、短い右足の方が広がりにくい。

「さっき短いと言っていた右足の方が、動きが悪いのが分かったと思います。これで矯正、えっと、治すべき場所が分かったから、本格的に施術をしていくんだ」

「せじゅつ……治癒(ヒール)をかけるのですか?」

 術というのだから、魔法をかけるのかと問えば、ちょっと違うと苦笑された。

「アエラ、電気を止めて、パットを取り外してくれる?」

「わかった!」

 アエラが、テキパキと次の準備をしていく。

「できたよ、師匠!」

「ありがとう。ではここで、道具作りに移りましょうか」

 佐野の言葉に、待っていましたと双子が駆け寄って来る。

「マグ君、そこの箱に入っていた木枠を二つ、持ってきてくれますか。ドル君は、革と綿の方をお願いしようかな」

「まかせろ!」

「はーい」

 そう力強く返事をすると、装置が入れられていた箱の中から、マグヌスは直角三角形状に組まれた木枠を、ドルミートは綺麗に(なめ)された若葉色の革を取り出し、佐野に手渡した。

「ありがとうござます」

 彼はしっかりと二人の目を見て、礼を言った。真っ直ぐに向けられる感謝に、マグヌスとドルミートの顔がへにゃりと緩んでいる。

「ここをこうして……マグ君、ここを抑えててほしいんですが」

「おう!」

「ドル君、こんな形の物を箱から探してもらえますか」

「わかったー」

 佐野は、上手く二人に手伝いを割り振った。そのおかげか、双子は喧嘩をする事も無く、作業は滞りなく進む。

 そうして完成したのは、フロースの顔程のサイズをした、三角形のブロックだった。

「うん、上出来。お二人も、ありがとうございました」

「えっへん」

「えへへ」

 佐野が二人の頭を撫でると、彼らは少し照れ臭そうにする。

 このブロックを、どう使うのか見当もつかないが、専門家である彼が無意味な事をするとは思えない。

 次はどんな事をするのかドキドキしながら、フロースは治療が再開するのを待つ。

「ところで、やけにノドゥス様が静かですが」

「まだ、口を塞いだままですからね」

 思い出したように言った佐野の言葉に、クラルスがのんびりと答えた。

「ああ……なるほど。そろそろ外しておきましょう」

「あら、そう?」

 仕方ないと言いたげに口を覆っていた布を外した祖母に、フロースは改めて彼女を怒らせないようにしなければと思う。

 もとより、ノドゥスですら頭の上がらない存在であるクラルスは、影から一家の手綱(たづな)を握っていると言っても過言ではない。

「……クラルス! お前というやつは」

「あらあら、なにかしら?」

 文句を言おうとしたノドゥスは、妻から発せられる圧に一瞬で戦意喪失したようだ。

「……なんでもない……」

 しょんぼりと口を(つぐ)んだ夫に満足したようで、クラルスは一層笑みを深くした。

「ささ、先生。お願いいたします」

「アッ、ウッス」

(サノせんせいも、ちょっとおどろいていますの……さすがは、おばあさまなんですの)

 変な所に感心しているフロースだったが、実はちょっと引いている。

「ええと、では改めまして、整体をはじめていきますね」

「ふん……もう好きすればいい」

 素直じゃないノドゥスに気を悪くすることもなく、佐野はさっそく道具を手にする。

「まず、この道具の一つを左足の付け根より上、上前(じょうぜん)(ちょう)(こつ)(きょく)っていうところに差し込みます。これは、さっき足を揃えて確認した長い左足を調整するために行います」

「じゃあ、それで終わりなの?」

 後ろから覗き込んできたアエラの問いかけに、彼は首を横に振る。

「残念ながら、それだけでは完全とは言えません。もう一つ、残っているブロックを、今度は短い方の足の骨盤、股関節部分にある大転子(だいてんし)という場所に置きます。後は少しの間、このままにしておけば、これでオッケー」

「え、それだけなんですの?」

 フロースは驚いて佐野を見上げた。

「そう。でも、ここからが大事な所です。骨盤矯正っていうのは、こうして時間を置くことで、体をゆっくり元の状態に戻していく整体なんです」

次回更新は、9/8(金)予定です。

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