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触って! ヒーラーサノ先生!!  作者: 茶柱春子
♢ 第三話 吸血鬼と腰の不調 ♢
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18/31

3-2

「えっとですね、まず、ノドゥス様の症状は、急性(きゅうせい)腰痛症(ようつうしょう)……通称・ぎっくり腰というものになります」

「師匠、それってどんなものなの?」

(たい)(かん)を曲げたり伸ばしたり捻ったりっていう動作を急激に行う事で、関節や筋肉なんかが損傷して激しい痛みを引き起こすものなんだ。悪化すると、ノドゥス様みたいに歩行困難になったり、寝返りを打つだけでも激痛が走ったりする」

 その説明に、カトゥはなんだか既視感を覚えた。どこかで、そんな症状を聞いた事があったからだ。

「元の世界だと、魔女の一撃って言ったりするんですよ」

 何だったかと逡巡(しゅんじゅん)して、佐野の言葉に浮かんできた単語に、思わずあっ、と声が漏れる。

「もしかして……〝魔人の魔弾(デーモン・ショット)〟の事?」

 呟く様な声だったが、彼には聞こえていたらしい。なんだそれはと言いたげな佐野に、今聞いたぎっくり腰の症状の事だと説明すれば、なるほどと納得したようだった。

(魔法は無いけど、魔女の概念はある世界だって言ってたわね……。どこも思いつく事は一緒なのね)

「こっちの世界にも、そんな別名があるんですね。世界が違うのに、こういう所が似てて、なんだか面白いですね」

 そう笑う佐野に、カトゥは胸の鼓動が速まるのを感じた。

(う、うぅ~……この定期的にサノ関連で起きる胸の高鳴りは何なの……?)

 気付かれないように数度深呼吸をして、なんとかそれを抑えたカトゥだが、正体不明のそれに振り回されてばかりな事に悩まされていた。

(とにかく、今はノドゥスの事よ。関係ない事は考えないようにしないと)

「……とりあえず、今のノドゥスさんは、かなりの重症って事で良いんだよね」

 気を取り直したカトゥは、アエラの言葉にノドゥスを見下ろした。見つめられている当人はばつが悪そうに、誰とも目を合わせないようにしている。

「主だった原因は何ですか?」

「運動不足や長時間同じ姿勢で作業をしたりして、身体(しんたい)の機能低下が起こるためだと言われています。それ以外にも、季節や環境、ストレス、寒暖差で血の流れが不安定になる事も要因になり、機能不全状態に(おちい)りやすいので注意が必要です。一般的には、勢いよく椅子から立ち上がったり、子供を抱き上げた瞬間になるのが多いですね」

「!」

 佐野の答えに、なぜかノドゥスは大きく目を見開いた。

「ノドゥス?」

「い、いえ……なんでもありません」

(どうしたのかしら……)

 カトゥが声をかけると、ハッとして黙り込んでしまう。

「症状は御覧(ごらん)の通りの激しい痛みです。発症初期であればまだ軽く痛む程度ですが……ここまで悪化しているのは、そうそう見ないですよ。朝も立ち上がれなかったんですよね?」

「ぐう……その通りだ」

 悔しそうに唇を嚙みしめているノドゥスを見て、佐野は困ったように笑った。

「ノドゥス様は、普段から椅子に座りっぱなしでお仕事をなさっているそうなので、そのせいかと。さっき説明した事も気にせず作業しているでしょうし、結果、疲労が蓄積して発症したんだと思います」

「ううん、ぎっくり腰って結構複雑なのね」

 感心したように、アエラはノドゥスをまじまじと観察する。

「で、このぎっくり腰。ぶっちゃけると治りません」

 数秒の沈黙が、部屋を支配した。

「……ちょっとそれはどう言う意味なの!?」

「師匠!?」

 彼の放った言葉をいち早く理解したカトゥが詰め寄ると、アエラもそれに倣う。

「お、お前ぇ……説明してくれるんだろうな!?」

「圧が凄い……。皆さん、落ち着いてください。ノドゥス様も、ちゃんと説明しますから」

 ノドゥスの方から聞こえる憎々し気な声に、佐野は眉を下げた。それを見て、少し冷静さを取り戻したカトゥが、話の先を促す。

「この症状、先ほど少し言ったように癖になるんです。ノドゥス様の話を聞く限りだと、こうなってかなりの時間がたっている上に、何度も繰り返しているはず。そうなると、体がこの状態を覚えてしまっているので、以降も再発してしまうんですよ」

「私は一生、魔人の呪いに(むしば)まれるのか……?」

 不安に塗れ震えた声で、ノドゥスが呟いた。

「いえ、改善することはできるので、そう気に()まなくても大丈夫ですよ」

 それを吹き飛ばすように、佐野が大らかな笑みを浮かべる。

「あ、もしかして。師匠が言ってた今日の整体ってそれの事だったの?」

 整体の事に目を輝かせた弟子に頷いて返すと、佐野はどこからともなく、骨を取り出して見せた。

「な、なんなんだそれは!?」

「あ、これは背骨から骨盤をつなげた模型です。これもギベオンさんに協力していただいて石英で作ってもらいました!」

(それもはや模型じゃなくて鈍器だから!! ギベオンもなんてもん作ってるのよ、もっと他になにか素材あったんじゃないの!? というか、どこからそれ出したの!?)

 素材を聞いてカトゥは頭を抱えたし、何ならそれを隠し持っていた事に、流石に引いた。

「背骨は、(しい)(こつ)と呼ばれるブロック状の骨が、いくつも積み重なって出来ています。それが首から、腰部(ようぶ)にある骨盤に繋がっているんです」

 背骨の模型を指さしながら語る佐野だが、聞きなれない言葉の数々に、カトゥはついて行くのに必死だった。

「今回のぎっくり腰を改善する整体は、この骨盤の歪みを正す物になります」

「こつばんのゆがみ?」

「なぜ、歪みを正す事が痛みの治療に繋がるのだ」

 単語の一つひとつに理解が追い付かないアエラ。ノドゥスは意味が分からないと、眉を顰めている。

「そうですね……魔法を発動する為には、魔力と呪文が必要ですよね?」

「え、ええ、基本的には。魔力を原動力に、呪文をトリガーとして発動、となるわね」

 突然の問いかけに、カトゥは戸惑いながらも肯定した。

「カトゥ様の仰るように、魔法の発動には呪文がいります。しかし、その呪文も、魔力と言う基盤が無ければ、文字が羅列されただけのものです。これを背骨が呪文、骨盤が魔力の溜まった器に例えますと」

「コツバンと言う名の基盤を正す事で、セボネが正常に機能し、痛みが改善する……って事かしら?」

 まだ分かりずらい所はあったが、カトゥはなんとか理解する。説明が伝わった事にホッとしたのか、佐野は少し安心したような表情で頷いた。

「骨盤は下半身を支えている重要な部分になります。この場所を整える事によって、上の部位も徐々に直していくんです」

「そんなことが出来るの!?」

 驚くアエラに、もちろんだと彼は答えた。

「まあ、正直な事を言うと、今まで整体してきた人間とは、年齢も年季は全く違うからね。どこまで効果があって、どれくらいの強さが適切かも未知数だから、手探りでの作業になるけどね」

 そう苦笑する佐野に、カトゥは無言で頷く。長命な事で知られている吸血鬼の体質は、人間のそれとは違うのだから、彼の言い分は最もだ。

「今回の施術を行うのに、道具は必須ではないんだけど……。アエラにも分かり(やす)く説明するならあった方が良いと思って、ギベオンさんに製作をお願いしていたんだ」

 必要素材は既に揃っているらしく、佐野は先程の箱から、様々な長さに切られた木材や綿、革類を取り出す。

 曰く、ノドゥスの整体をアエラに指示しながら、組み立てる予定だったらしい。

(いや、その素材こそ模型に使ってよ。なにサノに凶器渡してるのよ。まあ彼が乱暴を働くとは思えない……いや待てよ、そもそも通り魔的整体はある意味暴力なのでは……??)

 カトゥが真理に気が付きそうになった、その時だった。突然部屋の扉がバンッと乱暴に開かれる。

「うえっ、何事!?」

 驚く佐野と同じく、全員が入り口に目をやれば、そこには(ぎん)灰色(かいしょく)の髪と金色の瞳を持った三人の少年少女と、一番上と思わしき女の子に背負われた赤子(あかご)がいた。

「ぬきうちチェックですの!!」

「おとなしく、おなわをちょうだいしろー!!」

「しろー!!」

「あぶぶ、ぶー」

 どことなく見覚えが、と考えすぐに思い至る。

(ちょっと、ノドゥスのお孫四人組じゃないの。っていうか、いやどこでそんな言葉を覚えてきたの!?)

「げ、お前たち!?」

 驚くカトゥの傍らで、四人を見たノドゥスが顔を青くした。声も少し裏返り、強張(こわば)っているように聞こえる。

 そして、それに反応した彼女達が彼を視界に収めるや(いな)や。

「あ、いましたのー!!」

「おじぃさまだぁ」

「おじいさまー!!」

「あぶーうぶー」

 と、全力で突進してきたのである。うち双子らしき男女に至っては、ノドゥスに飛び掛かっていった。

「ざqwxせcdrvftbghyぬjみkお!?」

 子供二人分の重さが激痛に変わり、言葉にならない悲鳴を上げたあと、ノドゥスはそのまま気絶した。

「ノドゥス!?」

「え、ちょっと師匠どうしよう!?」

「と、とりあえず君達、一回おりようね!?」

 と大慌てで子供をどけようとするカトゥ達だったが、彼らはいやいやとノドゥスの服を掴んで離さない。

 一番年上だろう少女も気を失った祖父を気にした様子もなく。

「おねえさま、ドラゴンぞくですの!?」

「わ、わわ、ちょっと待って、いきなり乗らないで!」

 と、アエラの背中によじ登る始末であった。ついでに、姉の発言に気が付いた下の子供達も、ドラゴンという単語に目を輝かせて群がていった。

「かっこいい!!」

「すげー!!」

「え、いや、だから待って、そんなみんな乗れないから!!」

 子供達の()しの強さに、アエラもタジタジである。

「あぶー」

 唯一大人しいのは、いつの間にかノドゥスの横たわるベッドに座らされていた赤ん坊ぐらいだろう。

 わーわーきゃーきゃーと騒然としている中、開けっ放しの入口に、息を切らした誰かが入って来た。

 これまた、ノドゥス達と同じ髪と瞳の色をした若い男女は、子供達を見つけた瞬間に顔を真っ青にしながら絶叫する。

(でしょうね! 普通、ドラゴンの背中に自分の子供が乗ってたらそうなるわ!! というか、今度はノドゥスのとこの息子と娘か!! お客様がいっぱいね!?)

 なんて荒ぶる内心は少しも表に出さずとも、右往左往するカトゥの表情は若干焦りをみせていた。

「こら、やめて、やめなさい……!!」

「お、お前たち、いい子だから降りなさい……」

 慌てて子供に駆け寄る二人だったが、残念ながらその声は届いていない。寧ろ、子供達は自分の親が現れた事で、逆にはしゃいでいた。

(収拾がつかないわ!! だ、誰か!! こちらに、この混乱を収めてくださる御方は居られませんかー? 居られませんわよねー!?)

 藁にも縋る勢いで、そんな事を願う。

「あらあら、まあまあ。お部屋で暴れてはいけませんよ」

 柔らかな女性の声が室内に浸透し、今までの五月蠅(うるさ)さが嘘のように静まり返った。

(こ、この声は……!!)

 聞き覚えのあるそれに、カトゥが振り返る。扉を丁寧に閉めているのは、ノドゥスと同じくらいの壮年女性だ。

 彼女はカトゥと目が合うと、ふんわりと微笑む。

「お久しぶりね、カトゥ様」

(クラルスおばあちゃまーーーーーー!!)

 赤子を抱き上げた女性——クラルスの登場に、カトゥは心の中で喝采を送った。

次回更新は、8/25(金)予定です。

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