番外・狼陛下の求愛~sideサヴァル~4
そして、その夜──。
サヴァルは新品の夜着を着、王妃の部屋を訪れるべく廊下を歩いていた。
新品とはいえ色とデザインは同じで、見た目はちっとも変わらないが、初夜の仕切り直し、心機一転のつもりだ。
廊下の一番奥にある扉を静かに開ければ、部屋の中には灯りが点っている。先夜は無人で暗くて空気も冷たく感じられたが、今夜はぬくもりを感じる。灯りが点っているせいもあるが、そんなのは十割のうち一割にも満たない些細な違いだ。限りなく十割に近い要因が、サヴァルの目を釘付けにする。
薄紅色の夜着を身に着けたコレットは、今夜はひじ掛けの椅子ではなくドレッサーの前にいる。寸前まで髪を整えていたようで、ブラシを置いて、少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「陛下、お仕事お疲れさまです」
お沙汰の期間に何度も耳にした台詞だが、今夜は特別な言葉に聞こえる。
「……そばに来い」
白磁のようになめらかで美しい肌は、少し紅潮している。柔らかな頬に触れると、小さな手がそっと重ねられた。
「陛下の手は、すごく温かいですね」
「君に触れるために、温めてきたんだ」
「まあ、わたしのために?」
コレットは嬉しそうにくすくすと笑い、自分の頬にあったサヴァルの手を胸元に引き寄せ、大切そうに抱えた。柔らかな胸の感触がサヴァルの手に伝わり、理性は風前の灯火となる。
コレットは、誘惑している自覚があるのかないのか、サヴァルの手を離そうとしない。
「君は今、なにを考えている?」
「はい。わたし、ついさっきまで、ここにいることが信じられなかったんです。今日起きたことが全部幻みたいで……。結婚式を挙げて皆に祝ってもらったのに、おかしいでしょう?」
「幻とは心外だぞ。私は消えたりしない」
「はい。だから陛下の手に触れて、とてもあたたかくて、おそばに戻ってきたことが実感できて……それが今、すごく嬉しいんです」
そう言って、ますますサヴァルの手を胸に押し当てる。唇は微笑みを作り、瞳は伏せぎみにし、確かに幸せそうな表情だ。誘惑するつもりはさらさらなく、純粋な気持ちからの行為だろう。
そうだ。コレットは天然だった。そのおかげでサヴァルは、何度も悩ましい夜を過ごしたのだった。悩ましければ自室にある立派なベッドで眠ればいいんだが、そうすることができず、毎夜悶々と過ごしていた。まったくもって、よく堪えたと思う。
自分の腕の中で眠るコレットを見ていたい。そばにいたいという気持ちが遥かに上回り、じっと我慢する方を選んだのはサヴァル自身なのだが。
だが、それも今夜で変わる。
「そうか。君は本当にかわいいな。そういうところも、私は好きだ」
コレットの手のひらから手を引き抜き、腰を引き寄せて上を向かせた。
「あ……」
「今夜は、君を、眠らせないからな?」
サファイアのように美しい瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇、キメ細やかで艶やかな肌。全部がサヴァルのものになる。
身のうちにある熱を伝えるように、思いを込めたキスをする。
もう遠慮はしない。誓いのキスとは比べ物にならないほど深く濃くすれば、コレットは甘く熱い吐息をする。
「ん……ふっ……陛下……ま……待って」
唇を離したわずかな合間にコレットがストップをかけるが、サヴァルは止められない。切なげな声は、却って熱を増してしまう。
「私は、もう十分待っていたぞ」
「え?」
頬を赤く染め、潤んだ瞳がサヴァルを不思議そうに見つめる。
コレットは知らないだろう。サヴァルは、偽の初夜からずっと堪えていたことを。よって、待てなどきくはずがない。
キスをしながらベッドまで移動し、そっと押し倒して胸元に唇を落とす。
「や、陛下……灯りが、ついてて……」
「ふむ、なにも聞こえないな」
つい、意地悪になる。ランプは灯り油を調整してあり、時が経てば自然に消えるようにしてある。実は放っておいても、平気なものだ。
「心配するな、私のことしか考えられなくしてやる」
「え、え? 陛下──……」
サヴァルの指や唇が柔肌を滑るにつれ、コレットの戸惑いの声があまやかに変化していく。
コレットにとっては、はじめての営み。それゆえに優しくするよう努めるが、初々しくも艶っぽい反応に、つい我を忘れそうになる。年上の男として、余裕を見せたいサヴァルなのだが──。
肌を合わせ終わり、サヴァルは、コレットの乱れた髪を指先で丁寧に梳く。するとそれが心地いいのか、とろとろし始めた。
「疲れたか?」
「はい……」
「ならば、ゆっくり休め」
「ん、おやすみ……なさい」
まぶたに唇を落として抱き寄せれば、胸に顔をうずめ、すぐに静かな寝息を立て始めた。コレットを眠らせないつもりだったが、結局はサヴァルの方が眠れずにいる。
「まあ、これも、いいものだ」
ベッドサイドの灯りはいつの間にか消えており、壁のランプがひとつ点いているだけ。
それがフッと消える頃、サヴァルも深い眠りに落ちていた。
【狼陛下の求愛・完】




