王妃に相応しき者4
『サヴァル陛下、コレット王妃。今度はぜひハンネルに来てくれ。また会おう!』
エドアールが爽やかな笑顔を残して帰国していった翌日、コレットは陛下と一緒に先の王妃の家に向かった。
陛下は平服でコレットは探し当てた綿のワンピースを着、まだ日が昇る前に通用門から出発した。
外出は極秘で、国王夫妻は部屋で一日中睦まじくするため、リンダであっても一切の干渉を禁じている。行き先はアーシュレイにしか伝えておらず、供を付けずにふたりだけにした。静かに暮らす先の王妃への気遣いで、国王夫妻らしからぬ格好は敵の目を欺くため。
あの夜、マリアの実家はもぬけの殻で捕まえることができず、敵の正体が未だはっきりしない。ミネルヴァに尋問したら、こんな答えが返ってきた。
『王妃さまが血眼で探すものと言ったら、宝剣か鍵でしょう。宝剣は大きくて見つかりやすいが、鍵は小さい。となれば、そう思うのは必然でしょうな?』
もっともらしくて、陛下たちもそれ以上尋問できずに終えたのだった。
陛下は剣を隠しているが、護身用の小さなもの。あくまで、平民カップルの遠乗りデートを装っていた。先の王妃の家は東の領地にあり、順調に行けば昼前には着く。
コレットは領地に行くのが初めてなので、それなりに道中を楽しんでいた。都街を抜けて山道を東に向かえば、家が散見し始める。
「もうすぐ着くぞ。ほら、あの家だ」
休憩なく馬に乗り続けてコレットのお尻が痛くなった頃、陛下が前方を示した。
茶色い外壁に赤い屋根の二階建て。小さな庭だけれど綺麗に花が植えられている。馬車置き場もなく、貴族の家にしては質素に見えた。
馬を塀の柵に繋いで玄関を訪ねると、侍女らしき年配の女性が出てきて、ふたりを応接間に通した。
「ただ今奥さまをお連れ致します」
そう言われて待つこと数分、元王妃がふたりの前に姿を現して、コレットは思わず「あ!」と声をあげてしまった。ブラウンの髪にオリーブ色のドレスを着、とても美しいご婦人だが、車輪のついた椅子に座っていたのだ。さきほどの年配の侍女が椅子の背を押して、コレットたちの前で止めた。
「見苦しくて、ごめんなさい。事故で脚を悪くして、立てませんの。非礼ですが、このままでいいかしら。久しぶりですね、サヴァル陛下。狼の目はまったく変わりがありませんね」
「リシェルさま、お久しぶりです。こちらは妃です」
「お初にお目にかかります。コレットと申します」
コレットが作法通りの挨拶をすると、リシェルは優しく微笑んだ。
「ご結婚おめでとうございます。おふたりが、わたくしに会いに来た目的は分かっています。もうそろそろ来るのではないかと、予感しておりましたから」
リシェルは、遠くを見るような瞳をしている。哀しげで、まるで過去を思い出しているようで。予感していたということは、やはりなにかを隠しているだろうか。
「ならば、単刀直入に尋ねます。ユーリス王が亡くなったわけを、お教えください」
リシェルは、息を飲んで見つめるコレットと探るような瞳をした陛下を交互に見、ゆっくり口を開いた。
「正直に話しますわ。ユーリスさまには、わたくしが毒を盛りました」
信じられない言葉で絶句するコレットに対して、陛下は態度を変えずに淡々としている。
「それが本当ならば、何故、王を殺めたのですか。あなたに得なことは、なにも無かったと思えますが」
「はた目には仲の良い夫妻に見えていたのでしょう。ですが、ユーリスさまは、わたくしを愛してくださいませんでした。毎晩ベッドを共にしていましたが、ただの一度も、です。……毎晩ほかの殿方にわたくしを任せて……時には複数の殿方が……わたくしが屈辱と羞恥に打ち震えて泣くのを見て、悦楽にふける。そんな性癖のお方でした」
リシェルは離縁を求めたがユーリスは頑として認めず、侮蔑と屈辱にまみれた日々を送っていた。誰にも相談できず、耐えられなくなり最上階から身を投げようとしていたとき、当時の大臣に止められて毒殺を持ちかけられたと、薄く微笑む。
「その大臣は、わたくしを抱く殿方の知り合いでしたわ。わたくしの体のことを嬉々として話すのを何度も聞かされたと。そして、一緒に抱かないか?と誘われもしたと。彼は政権を得ることを、わたくしは屈辱の日々から解放を。利用されていることは分かっていました。でも、誘惑に負けましたの」
「それでは、当時“原因不明”と死因判定をした医師も仲間ですか」
「ええ、あの医師が毒を処方いたしましたから。彼の身の行方は、わたくしの関することではありませんわ」
陛下の問いに答えたリシェルは、哀しそうに目を伏せる。
王を殺めたことで内戦に発展するとは思っておらず、胸が張り裂ける思いだっただろう。代わりとなって懸命に政治をしようにも、交換条件を持ちかけた大臣が牛耳っていて、国はボロボロになっていった。そんなとき、当時の騎士団長だった陛下に望みを託したのだ。“あなたが立ちなさい”と。国を立て直してほしいと。
コレットには夜の営みが分からないが、そうせざるを得なかったリシェルの気持ちは痛いほど伝わっていた。
「サヴァル陛下、どうぞわたくしを捕まえてくださいませ。そして、罰してくださいませ」
リシェルが頭を垂れると、静かに聞いていた年配の侍女が声を上げた。
「どうか、お願いします!! 奥さまをお連れするのはおやめください! 奥さまは、もう十分に罰を受けておられます!」
リシェルの脚を示した侍女は、どうしても罪を償わねばならないのなら、代わりに自分が罰を受けると、涙ながらに懇願する。
「事故のせいで、奥さまにはもう、お子さまも授からないのです! どうか、どうか。お慈悲を!」
全てがつらい話で、コレットは居たたまれなくなる。だが、ふと疑問に思ったことをリシェルに尋ねた。
「あのっ、今のご主人はそのことを知っているんですか?」
「知っていますわ。この脚が動かないことも、わたくしがされた仕打ちも、犯した罪も。全部を知っているうえで、わたくしを嫁に迎えてくださいました」
コレットは陛下をじっと見つめた。
リシェルを投獄して罰するのだろうか。もしも自分がリシェルの立場だったら、同じことをするかもしれない。それほどに、つらい日々だったと想像できるのだ。
コレットは、陛下の服をぎゅっと掴んだ。
「陛下……?」
「子爵もご存知ならば、彼も同罪とみなす。爵位を剥奪して国外退去をしていただく。二度とガルナシアの地を踏むことを許さない。だが、子爵としての残務処理もあるだろう。退去期日はこれより三ヶ月以内とする。追って沙汰状を渡す」
「情状酌量……本当に、本当にありがとうございます!!」
侍女が深々と頭を下げて涙を拭くのを見、コレットはホッと胸をなでおろした。きっと、罪に対してできうる限りの軽いお沙汰を、陛下は命じたのだろう。
これで禁じられた書物の呪いではなく、突然死は毒殺だったと分かった。用事が済み、陛下の後に続いて応接間から出ようとするコレットに、リシェルがそっと話しかけた。
「コレット王妃、尋ねてもよろしいでしょうか」
「はい、なんなりと」
「陛下のことを愛しておられますか?」
「え……はい。怖いときもありますが、すごく、素敵な人です。……わたしは、陛下に恋しています」
コレットが頬を染めつつも正直に思いを話すと、リシェルはにこっと笑った。
「王妃にふさわしい人は、なにがあっても王を信じて愛せる人だと思います。残念なことに、ユーリス王とわたくしにはできませんでしたが、陛下とコレットさまならきっと大丈夫ですわね。この国のことをしっかり頼みます」
「ありがとうございます。リシェルさまも優しい旦那さまがいらっしゃいます。どこへ行かれても、お元気でいてください」
「ええ、ありがとう」
長年胸につかえていたものを解放したリシェルの笑顔は、すこぶる晴れやかだ。
そんな彼女に、コレットは禁じられた書物についてこっそり訊いてみた。するとリシェルは「まあ、そのことですか」とクスッと笑う。
「あれは、魔術の書ですわ」
「ええ、魔術……って、本当にあったんですか? お話の中のものだと思っていました」
「それは無理もないですわ。ずいぶん昔に魔術は禁じられて、廃れていますもの。存在したこと自体、鍵を受け継いだ王家しか知りません。書は歴史の記録として残してあるのでしょう」
「そうなんですか」
さすが先の王妃だ、よく知っている。コレットが感嘆してうなずいていると、陛下に肩を抱かれた。
「今日は、君の謎がいっぺんに解けてよかったな。さあもう城に帰るぞ」
車輪付きの椅子に座って笑顔で手を振るリシェルと、地に頭をこすりつけんばかりに頭を下げる侍女に別れを告げ、ふたりは帰路に就く。その途中の山道で、陛下は急にコレットの体を強く抱き寄せた。
「馬を走らせるぞ。君はしっかり口を閉じていろ」
「へ?」
コレットが口を閉じる間もなく、馬は駆け出していた。途端に、背後からたくさんの馬が駆ける音が聞こえてくる。振り返る勇気はないが、馬の手綱を握る陛下の緊迫した様子から、追われていることは分かる。コレットは陛下の邪魔にならないよう、ぎゅうっと身を縮めた。




