甘くキケンな新婚生活6
青い空が広がり、眩しいほどの日が降り注ぐ午後。ガルナシア城正面入口の傍にある馬車止まりには、騎士団が集っていた。
白い制服を身に纏い帯剣をした彼らが囲んでいるのは、出かける準備をしている陛下だ。黒い騎士服を身に纏い、二人乗り用の鞍を黒い馬に取り付けている。その傍にはアクアブルーのドレスを着たコレットがおり、陛下の準備する姿を見つめていた。
ここのところずっと食事時と就寝時にしか陛下に会ってないため、騎士の姿をして作業をする様子はとても新鮮に映る。陛下は騎士の姿になると生き生きしているように見え、やっぱりこの服が一番似合うと思っていた。
今日は午後の仕事がお休みの日で、約束をしたお出かけの日だ。
馬の準備を終えた陛下に、騎士から黒い鞘に納まった剣が差し出された。現騎士団長である彼は、眉間にしわを寄せてもの言いたげに陛下を見つめている。
「なんだ?」
「陛下。我らが供をしなくても本当に大丈夫なのですか」
「無論だ。私を誰だと思っている」
差し出された剣を腰に付けながら、陛下は騎士たちをギロリとひと睨みした。猛り狂う獣も腹を見せて降伏するという、狼のように鋭い眼光だ。普段コレットが見て“鋭くて怖い”と感じている目とは、比べ物にならないほどに威光がある。けれどもさすが共に内戦を闘ってきた騎士たちだ。ひるむことなく陛下に進言を続ける。
「ですが、陛下。王妃さまもご一緒となれば、普段よりもさらに警戒を強めなくてはなりません」
「供が多いに越したことはありません」
是非ご命令を!と頭を低くして願い出る騎士たちに対し、陛下は「必要ない」と一蹴する。そして瞳をふわりと柔らかくしてコレットに向き直った。
「待たせたな」と言って、華奢な体を軽々と抱き上げ、丁寧に鞍の上に乗せる。
こわごわと黒い馬に乗るコレット王妃は可憐で大変かわいらしく、騎士たちの庇護欲を刺激してやまない。陛下は強くて自分の身を守る術を知っているが、コレット王妃はそうはいかない。獣などに襲われた場合、いくら強い陛下が守ってもひとりでは大変だ。我らが守ります!と、ざわめく騎士たちを黙らせたのは、メガネを光らせるアーシュレイだった。
「皆さん、大丈夫ですよ。心配ありません」
隣にリンダを伴って、アーシュレイは騎士たちの輪の中へ入っていく。
「陛下と王妃さまは、我ら二人が身を呈してお守りしますから。そうでしょう、リンダ」
「はいっ。騎士の皆さま。アーシュレイさまとこの私に、ドーンとお任せくださいませっ!」
キラリとメガネを光らせるアーシュレイに水を向けられたリンダは、頬を染めつつも居並ぶ屈強の騎士たちに胸を張って見せた。
「それに、新婚ふたりの邪魔をしては、野暮というものです。最少人数でしっかり護衛します。君たちは、我らに、何か不満はありますか」
最後の一文は、アーシュレイ独特の静かな気迫が込められているもので、騎士たちはぞくりと身を震わせて渋々ながらも引き下がった。彼の醸し出す“逆らっちゃいけないオーラ”は、陛下の眼光よりも効果抜群である。
ふたりのお出かけにリンダも供を務めるのは、コレットが陛下にお願いをしたためだ。リンダの恋の応援をしているコレットは、供につけることでふたりの仲を近づける作戦を思いついたのだった。アーシュレイの馬にリンダが乗るのを見て、ひとりほくそ笑みする。道中もきっとたくさん話ができるはずだ。
コレットの乗る黒い馬に陛下がひらりとまたがれば、さっそく馬が進み始めた。
「じゃあ皆さん、行ってきます!」
コレットが振り返って騎士たちに声をかけると、体を支える陛下の腕がぐぐっと強まった。
「落ちるぞ。君は、あまり動いては駄目だ」
ドレスのコレットは横座りのため、陛下の逞しい胸が頬の横にある。見上げれば陛下の真剣な顔が間近で、風を受けてさらさらと揺れる銀髪が青空を背景にしており、いつもより綺麗に見えた。
馬は城門を通り抜け、コレットは久々の城外にわくわくと胸を躍らせた。
お出かけ場所のリクエストは、自然を感じる気持ちがいいところ。陛下はどんな場所に連れて行ってくれるのか、楽しみで自然に笑顔がこぼれる。
城壁周りの道を通り、馬は山林に入っていく。鳥たちのさえずりが耳に心地よく、風に混じる緑の匂いに心が癒される。胸いっぱいに空気を吸いこめば、体の中で滞っていた気の流れが動き出したかのようにすっきりする。
上を見上げれば、緑の葉の向こうに青い空と日の光が透けて見え、風に揺れる枝がキラキラ光る木漏れ日を作っていた。
地面には小さな草花が咲き、二匹の小動物が草を食んでいる。互いに身を寄せあって食べる様子は仲むつまじくて、見る者の心を和ませるものだ。
こんな場所にいると、陛下も心が安らぐんだろうか。そう尋ねると、「そうだな」と、短い言葉しか返ってこない。けれど、その表情は城の中にいる時よりも穏やかに見え、少なからず陛下もお出かけを楽しんでいる様子だ。
陛下は毎日の政務に心を削っているから、いつも無口で怖いのだと思う。夜以外でも、心身ともに和んでもらえたなら最高だ。コレットは目いっぱい楽しんでもらおうと考え、たくさん話をして笑顔を向けた。そうしていると開けた場所に出て、その景色を見たコレットは感嘆の声を出す。
「すごい……綺麗ー」
そこにあったのは、一面青紫色の花で埋まった野原と小さな池。花の上は白い蝶たちがひらひらと舞い、池には桃色の水鳥がいて水の中にくちばしを突っ込んでいる。
「君が気に入ったなら、成功だな。だが、ここの良さはそれだけじゃないぞ」
陛下は馬に乗ったまま野原の奥へと進み、木立の中に入った。まもなくして、木立の切れた向こうに、ガルナシア城の藍色の屋根の先が見えてきた。コレットたちは、崖の上から美しいガルナシア城を見下ろしていた。
「わあ、ここは、お城の裏山だったんですね!」
お城の向こうには都街が広がっていて、遠くアルザスの山々まで見える。山の頂にあるニックの牧場までが見えそうな気がした。
遠くからしか見たことがないお城の全体が間近にあって、しかもまるごと見下ろせるなんて、コレットはなんだか不思議な気分になっていた。まるで城を支配下に置いているような、そんな大きな気持ちになる。
「私は時々ここに来て、城と街を見下ろすんだ。そして、気持ちを原点に戻す」
「ここが……陛下の原点なんですか?」
陛下は政務で迷いが生じたときや煮詰まったときなど、城を抜け出してここから街を見下ろすのだと言う。すると、内戦の時に決起したときの気持ちを思い出すと話した。
「私は、この場所から街を眺め、騎士団を動かすことを決めたんだ。美しかった街が壊れ、悲惨な状態だった。あのボロボロだった街の中で、君は、両親の亡骸を前に震えて泣いていたんだな」
すまない、とつぶやく陛下の声がコレットの頭の上でするのと同時に、ぎゅっと抱きしめられた。
「もう少し早く決起していれば、街の人が犠牲になることも少なかったのでは、と今でも後悔するときがある」
あのとき命をなくしたのは、コレットの近所に住む人たちも多かった。目を閉じれば、皆の笑顔だけが思い出される。明るく挨拶をしてくれた、皆の顔を。
「確かに、亡くなった人は多いです。でも、それでも陛下は立ち上がって、ここまで国を立て直してくださいました。街は内戦があったとは思えないくらいに綺麗で立派で。全部陛下のおかげだと、街のみんなも、わたしもすごく感謝しています」
「そうか……だが、私は皆が思うほどに立派じゃないぞ。弱いところもある」
だから、ここに来て原点に帰るんだ。
そう言う陛下の頬が髪にうずめられているのを感じながら、コレットはふと疑問に思った。均衡していた勢力の中に騎士団が加わったのは、内戦が始まってだいぶ経ってからだ。
「どうして陛下は、騎士団を率いて立ったのですか?」
すると陛下は「ちょっと待ってろ」と言って馬から下り、コレットもそっと地面に下ろした。草がコレットの脚をくすぐり、土の柔らかさが伝わってくる。そんな久しぶりの感覚を小さく喜んでいる彼女に、陛下は語り始めた。
「国王が不在だった当時、王妃が政権を持っていた。だがそれは表向きで、事実上政務を執り行っていたのはミネルヴァたち大臣だ。私たち騎士団は王妃とともに城を守り、政務を見守っていた。当初の頃は、大臣共の『内戦を収める』の言葉を信じていたな。……だが、君も知っての通り、内戦は収まるどころか激化していった」
当時は、大臣らが作った政策を王妃がサインをするだけで国が動いていた。王妃は政治のことを何も知らず、大臣らに求められるままサインをしていたという。
「そのせいか、人々の暮らしは苦しくなっていった。街の酒場に行けば、政治の悪さを嘆く声が多く聞こえた。騎士に食って掛かってくる者もいた」
コレットの父も、政治の悪さを嘆いていたのを思い出していた。夜遅くまで、母と話をしていたことを覚えている。大半がお金に関することだった。あの頃は税も重かったのだ。
「そんな話を耳にしても、一介の騎士にはなにもできない。大臣が王妃にサインをさせるのを歯がゆく見ているだけだった。そして気づけば、私腹を肥やしてぶくぶく太る大臣と、激化した内戦でボロボロになった国があった。このままでは国が駄目になる。そう思っていたとき、王妃が言ったんだ」
陛下は一旦間を置いて、言葉ひとつずつ区切って、噛みしめるようにゆっくり言った。
「“このままでは駄目です。わたくしよりも、国と民を守ってください。あなたが立ちなさい”と」
それは命令とも希望とも取れる言葉だったが、騎士団を王妃の近衛勤務から解放する意志も込められていた。“自由に動きなさい”と。
騎士団長であった陛下が内戦を収めて政権を持てば、私腹を肥やす大臣たちを戒めて国を立て直すことができる。
だがそのころの陛下は政務のことに詳しくなく貴族でもない、ただの騎士団長の身。そんなだいそれたことができるのかと、たいそう悩んでいた。
そう迷い悩む陛下だったが、頼りになる参謀は団長が立つことを支持した。『このままでは、いけません。やりましょう!』と言い、また陛下も決意を固め、騎士の中から志のある者を集め始めた。
『内戦を収め、国を立て直す志があるなら、次の満月の夜に裏山に集え』
「今夜が満月という日。私は夕暮れ時にここに来て、ボロボロの街を見下ろしていた。賭けでもあった。一人も集まらなかったら、決起はできないからな。祈るような気持ちで騎士たちを待った」
結果、騎士団員全員がこの場に、陛下の元に集まってきた。陛下は腹を据えて騎士団を動かすことを改めて決意し、満月の下で皆とともに剣を翳し、国を立て直す誓いをしたのだった。
この時暗躍した頼りになる参謀とは、もちろんアーシュレイのことだ。
「ここは、私にとって、始まりの場所だ」
「陛下の、大切な場所なんですね」
そんなところにコレットは連れてきてもらい、当時の心の内を話してもらえた。瞬く間に内戦を収めてしまった狼と呼ばれる陛下も、悩み迷いながら立ち上がったのだ。それは決して簡単なことではなかったと思う。コレットは改めて陛下を尊敬し、彼が国王陛下である限り国は平和なままだと確信したのだった。
馬を引く陛下とともに青紫色の野原に戻ると、アーシュレイとリンダが話をしているのが目に入ってうれしくなる。しめしめ試みは成功だと密かに拳を握る。ふたりをそっとしておくことにして、青紫の花を摘み始めた。
城に帰ったら部屋に飾るつもりだ。少し多めに摘んで、陛下の執務室にも飾ってもらおう。そんなことを考えながら摘み続け、手の中に収まりきらなくなって立ち上がった、そのとき──剣を抜きながら猛然と走ってくる陛下が、目に入った。
「え……?」
「その場に伏せろ!!」
叫びながらコレットの前に飛び込んできた陛下が、剣をヒュンと一振りした。同時にキン!とはじけ飛ぶような音がし、風圧で野原にある青紫の花びらが散ってひらひらと舞った。黒衣につく青紫の花びらの可憐さとは裏腹に、陛下の背中からは炎のような殺気が立ち上っている。
一瞬の出来事で何が起こったのか分からず、呆然とするコレットの目に、陛下の足元に転がる一本の矢が映った。それは真っ二つに折れていて……。
「あ……陛下、いったいなにが?」
「襲われている! 君は危ないから、私から離れるな。アーシュレイ、向こうの木の陰だ!」
言いながらも、ヒュンッと、剣が風を切る音がして、矢がぽとりと足元に落ちる。
「承知しました! リンダは馬の陰にいなさい!」
アーシュレイは剣を振りあげ、木立の中まで矢のように駆けていき、リンダは馬の陰に隠れるようにしゃがみこんだ。
コレットの前にいる陛下が動くたびに金属音が響き、そのたびに足元に矢が増えていく。
敵は弓矢だけなのだろうか。剣で襲ってくることはないんだろうか。
コレットは動くこともできず、ガタガタと震える体をなだめるように、ただ花をぎゅっと抱きしめていた。
「よし、動くぞ」
「へ?」
サッと振り返った陛下に体をさらうように抱えられて運ばれたコレットは、黒い馬の影に入れられた。
「ここに隠れていろ」
そう言い置いて行ってしまう陛下を止めることができず、コレットは皆が無事なことを祈るしかできない。そんな彼女の傍に、危険を顧みずに走ってきたリンダは震えるコレットの手をぎゅっと握った。
「コレットさま。大丈夫でございます。きっと陛下たちが敵を倒してきてくれます」
そういうリンダの手も声も震えていて、コレットもぎゅっと彼女の手を握り返した。
どれほどの時が経っただろうか、辺りに響いていた金属音と怒声が聞こえなくなった。
「お、終わったの?」
「そのようですね」
間もなくして戻ってきた陛下が、コレットの手を引いて立ち上がらせて、青ざめた頬をそっと撫でた。
「すまない。まさか、ここで襲われるとは思っていなかった。油断していたな」
「陛下、今のは、なんの敵なのですか……?」
「分からない。だが、王妃である君を狙っていたことは確かだろうな」
「取り逃がしましたが、我らが王妃と出かけることを知っていたのは、限られています。犯人を見つけるのは容易いでしょうが、黒幕を辿るのが厄介ですね」
そう言って剣を鞘に収めるアーシュレイの頬には、真っ赤な血がついている。その血を、青ざめて強張った表情のリンダが、ハンカチでそっと拭った。
「おそらく、敵は、力を戻しつつある一派でしょうか。これからも陛下並びに王妃を襲うかもしれません。気を付けた方がいいですね」
アーシュレイがそう言うと、陛下も眉間にしわを寄せてうなずいた。
コレットは内戦の時以来の恐怖を肌で感じ、震える体を押さえられないでいる。自分が襲われることもだが、まだまだ陛下に刃を向ける敵がいるのだと思い知ったのだ。
摘み取った花は抱きしめたあまりにくしゃくしゃになっており、コレットはそっと野に帰した。
その瞬間、涙が頬を伝ってぽとりと野に落ちた。襲われた恐怖と、楽しさが台無しになった悲しみがごちゃ混ぜになり、あふれ出る涙が止まらない。
そんな彼女の体を陛下は引き寄せ、頬の涙を指先で拭った。
「大丈夫だ。私が、必ず君を守る。だから安心しろ」
陛下の眼差しから伝わる熱が、コレットの心にしみこんでいく。彼の傍にいれば大丈夫なのだ。そんな安心感がわいてくる。
「はい……はい、陛下」
コレットは涙が止まるまで陛下の胸に顔をうずめて気を落ち着かせ、一行は警戒を強めながら城へと戻った。




