野良犬の矜持
激しく抵抗したブラッドリーは城で殺害され、捕縛は叶わなかった。別の屋敷に身を隠していたブラッドリーの後妻と隠し子は、ブラッドリーの訃報を受けて自決した。
ブラッドリーの反逆罪によりウィンターミュート家は爵位を剥奪された。少しでも反逆に加担した親類や家臣も罪に問われて処罰され、多くの人々が地位を追われ財産を没収された。
一方、捕らえられたステラは罪状さえ遅々として決まらなかった。ステラ本人の尋問や、ウィンターミュートの家臣たちの証言で、彼女がブラッドリーの企みに加担していないことが明らかになったからだった。ブラッドリーは、ステラを王室へ嫁がせた後、王家諸共に始末するつもりだったのだ。
ステラの罪状も決まらないので裁判も始まらなかったが、いつまでも冷めないウィンターミュートに対する王の怒りを鎮めるためにステラを裁判にもかけず処刑すべきではと考える諸侯もおり、無罪放免となるかは定かではなかった。
ステラ本人や関係者への取り調べがいつまでも続く中、ステラとエリオットの婚約が破談になることが正式に決まり、剥奪されたウィンターミュートの領地や財産も王室が接収した。
ウィンターミュートの反乱に関与した人々の中でも際立って重罪とされた罪人たちが処刑された後、反乱鎮圧で功績を上げた貴族や騎士を讃えるための盛大な式典が開かれた。キアランはそこで十年に渡るウィンターミュートへの潜入とステラの捕縛の功績を認められ、勲爵士に叙されてブラッドリーが保有していた領地の一つストーンフェルトを与えられた。
王は数名の功臣に対し、上機嫌に欲しいものを問うた。ある者は宝石を、ある者は土地を、ある者はさらなる地位を求め、気前の良い王は二つ返事で応じた。そして、同じように問われたキアランは、こう答えた。
「ステラ・ウィンターミュートを妻に迎えたく存じます」
式典が行われているホールは水を打ったように静まり返り、貴族や騎士たちの視線が全身に突き刺さった。栄誉を手にしたばかりの騎士が一瞬にして全てを失いかねない願いを口にしたことに、誰もが言葉を失っているのだ。
だが、キアランは望みを撤回しなかった。ここで怖気づいたら最後、二度とステラを助ける機会は巡ってこない。助けるつもりで捕らえたステラが窮地に陥り、このまま手も足も出せず彼女が処刑されてしまうのではと毎日生きた心地がしなかったのだ。ようやく手にした挽回の機会は死んでも離す気はなかった。
世論は徐々にステラの処刑に傾きつつあった。婚約者だったエリオットでさえそれを知りながら王の機嫌を損ねることを恐れ、助命嘆願せずステラを見捨てた。多くの証言がステラを無実だと示そうとも、有罪とした方が都合が良いと考える有力者が多ければ真実など容易く捻じ曲がってしまう。だから、誰も無視できないステラを生かす理由を作りださなくてはならなかった。
「褒美に妻を所望するとは面白い男だな、サー・キアラン。しかし、私の記憶が正しければステラを連行してきたのはお前だったはずだ。よもや密かに通じ合い、結婚するために二人でこの私を謀ったのか?」
王はどこか面白がるように、しかし冷ややかな声色で言った。目をかけてやろうとしたばかりの臣下がすでに裏切り者なのではと疑っているのだ。
対するキアランは涼しい顔を保っていたが、凄まじい孤独感を味わっていた。周囲からは相変わらず視線ばかりが向けられているというのに、誰の助け舟も出されなかったからだ。名もなき島で絶望の全てを味わい尽くしたと思っていたのに、それはまた別の形で襲い掛かってきていた。
キアランは歯を食いしばって、こみ上げてくるものを必死で堪えた。
すでにこの身は恥も外聞もない裏切り者で、騎士の面汚しだ。ここで我が身可愛さにステラを見捨てるなら、人間どころか血に飢えた魔獣にも劣る存在に成り下がってしまう。無に等しい矜持がそれを拒絶している。与えられた虚飾の栄誉などではなく、勝ち取った本当の栄誉を持つ騎士として、もう一度ステラに会いたい。生きることを二度とステラに諦めさせたくはない。
俺はすでに膝を屈した。ステラ・ウィンターミュート、あなた以外の誰にも跪くことはない。
「滅相もございません、陛下。この場で陛下にお願い申し上げていることが答えでございます。もしも想い合っていたならば、彼女を陛下の元へお連れせず、二人で姿をくらましていたでしょう。しかしながら、私が一方的に思いを寄せているにすぎず、それゆえ陛下のお力添えがなければ叶わぬ願いなのです」
話し終えても、キアランは腹にぐっと力を込めたままだった。そうしなければ倒れてしまいそうなほどのプレッシャーを感じていた。視線を下げてしまいそうになると、ステラの姿を思い浮かべた。凛とした空気を纏い、いつも背筋を伸ばしていた彼女の姿を。
いやに静かなホールに、王の笑い声が響いた。果たして、王はにこやかなままで言った。
「ああ、実に愉快だ。お前ほど気骨のある騎士は国中を探しても二人と居ないだろう。私としては今すぐにでもお前にステラを与えたいところだが、一言二言申したい者どもがいるようだ。前例のない褒美の要求であることだし、皆の意見を聞くとしようか」
状況は好転の兆しを見せ始めたが、キアランは喜びそうになる自分を必死で抑え込んだ。まだ安心できる段階ではなかった。諸侯がどのような意見を出してくるのかまったく予想ができないのだから。
「寛大な御心に感謝申し上げます、陛下。貴き皆様におかれましても、どうか卑しき私にご助言をお与えください」
口先ではそう言いながらも、キアランは内心では全く違うことを考えていた。結婚を邪魔しようとする者やステラを蔑ろにする者は必ずや息の根を止めると心に誓っていた。




