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破られた冬寂

 ウィンターミュートに叛意ありと断定されたのは、ステラが十八歳になり、エリオットとの結婚を目前に控えた時のことだった。


 ブラッドリーはステラと王太子との結婚準備を進める傍ら、秘密裏に神殿の建設を進めている証拠が見つかり、神からの王権の再授受を目論んでいるとわかったのだ。


 世界を創った神は人の成長を見届けた後に世界を去ったため、神意を図ることは不可能であり、試みることさえ不敬であるとして、神との交信の場である神殿の建設は禁じられていた。だが、ブラッドリーはその禁を破り、新たな王となろうとしていた。


 かつて王権は神から授けられたものだった。前王朝はそうして始まったが、最後の王が神から授かった王権が失われたため、王位を退くと宣言して長きに渡った治世は終わりを告げたのだ。空位となった王座を貴族たちが争った末、人間による王権を確立させアストラム王国を樹立したのがシンカム王家だった。


 反逆の罪によりブラッドリーとステラ、それからブラッドリーが秘密結婚した後妻と隠し子の捕縛の命が下った。王家はブラッドリーの隙を突いてウィンターミュートに急襲し、グラキエース城は王室騎士団に包囲された。堅牢な城とウィンターミュートの騎士団は敵の侵入を許さなかったが、内通者であるキアランが通用門を開け、城内に王室騎士団を引き入れた。


 キアランは自分の仕事を終えると、侵入した王室騎士団にブラッドリーの居場所を教えてその場を離れた。乗り込んできた王室騎士団とウィンターミュートの騎士たちが戦いを始め、城内は騒然となっていた。


 ステラの部屋へ戻ったが、そこにはステラの姿はなかった。先輩の護衛騎士たちが、部屋にいたはずのステラが忽然と姿を消したと慌てふためいていた。


 ステラが隠し通路から一人で逃げたことにぞっとしたと同時に、他の護衛騎士を連れて行かなかったことに安堵した。嬉しかった、ステラが誰の事も信じていなかったことが。自分以外の誰かと逃げたとしたら、きっと発狂していたことだろう。


「ところでお前、一体どこへ行っていたんだ?」

「交代時間までは休憩していろと指示を受けたではありませんか」


 キアランは裏切りを疑われてさも焦っているかのように振舞った。しかし、先輩騎士たちが不安げに剣の柄に触れたので、キアランはすぐさま剣を抜いて二人を斬り殺した。絶命を確認した後で、ステラの部屋を血まみれにしたことを申し訳なく思った。


 ウィンターミュート家の色である瑠璃色の外衣を脱ぎ捨て、ステラの部屋を出て城の外を目指した。


 城内のあちこちで戦闘が起こっており、キアランも何人ものウィンターミュートの騎士や使用人たちを殺した。足止めを食らうたびに叫びたい気分になった。こうしている間にも他の誰かがステラを見つけているかもしれないと思うと、戦闘で興奮した騎士がステラを傷つけるかもと考えると、正気ではいられなかった。


 ようやく城を抜け出したキアランは、ステラの部屋の隠し通路の出口を目指した。グラキエース城の古い図面にだけ書かれていた隠し通路の場所は全て記憶していた。そのうちブラッドリーが使用する可能性のある場所の情報だけを王室に流し、ステラの部屋にあるものは伝えていなかった。


 鬱蒼とした森の中にある隠し通路の出口をどうにか見つけ出し、使用した形跡を見つけた。すぐさま周囲にステラの姿を探した。大声で名前を呼ぶこともできず、歯痒く思いながらも小声で呼び掛け続けるしかなかった。


「キアラン……?」


 名前を呼ばれたキアランははっとして足を止めた。


 木々の影から現れたステラの服は薄汚れていて、靴も泥だらけだった。襲撃の恐怖のせいか、春先の未明の凍えるような寒さのせいか、肩を震わせていた。


 だが、キアランを見たステラは安堵の表情を浮かべていて、それはいつもの木陰で見せてくれる表情と同じだった。彼女は逃げたのではなく安全な場所で見つけてもらうのを待っていたのだと気づかされた。歓喜で全身の血が沸騰するのを感じた。


「ああ、ステラ様……!」


 ステラはキアランに駆け寄ろうとしたが、何かに気づいたように足を止めた。その瞳には不安や疑念の色が浮かんでいた。キアランも差し伸べかけた手を下ろした。


「……キアラン、あなたはどちらの味方ですか? ウィンターミュート? それとも王室ですか?」


 キアランは何も言えなかったが、ステラはキアランの立場を理解したようだった。


 違うと叫びたい気分だった。だが、何も違わなかった。紛れもなく裏切り者だった。城でたくさんの騎士や使用人たちが死んでいくのはキアランが城内に王室騎士団を招き入れたせいだった。


 ステラが再びゆっくりと近づいてきた。彼女は逃げなかった。キアランの方が今すぐこの場から逃げ出したい気分に駆られた。


「裏切り者が別の主君に信用されるのは難しいことです。用心深い主君は用済みになればすぐに殺してしまうかもしれません。並大抵の功績ではとても挽回できないでしょう。でも、忠誠の証明があれば主君に信用されるかもしれません」


 ステラが差し伸べた手はとても小さく見えた。触れたら壊れそうなほど細い指だった。だが、青い瞳は曙光より眩い意思の光を宿していた。


「私を差し出せば、褒賞程度は出るでしょう」


 唇が戦慄き、すぐに声が出せなかった。キアランは愕然とするばかりだった。この状況でなぜそんな言葉が出てくるのか。死ぬかもしれないのに、死ぬより恐ろしい目に遭うかもしれないのに。


「に、逃げないのですか……?」

「騎士団が領内に分散している状態で襲撃を受け、すでに城内に王室騎士団が入り込んでいます。遠からず城は落ちるでしょう。すでにあなたに追いつかれた私では、とても追手から逃れられません」


 ステラの顔に裏切り者のキアランに対する敵意や失望の色は浮かんでいなかった。ただ雪の日の静けさのような諦観があるばかりだった。


 このまま一緒に、と馬鹿げたことを考えた時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきて、キアランはびくりとした。逃げたステラを探しに来た他の騎士かもしれなかった。


 ステラを見逃す選択肢は選べなかった。反乱には何の関与もしていない彼女に無罪の判決を受けさせること。それだけが彼女が生き残る道であり、そのためにはやはり連行しなければならなかった。


 よろめくように跪き、震えながらステラの手を取った。冷たい手に宿る消えそうなほど微かな熱に、彼女が生きていることに、恐れおののいた。彼女が人間であることが信じられなかった。醜悪な自分と高潔な彼女が同じ人間であっていいはずがなかった。だから、彼女は人間よりも遥かな高みにいるのだと結論付ける他なかった。


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