美しい物語の二人のように
翌日の昼過ぎ、領主屋敷に客人たちを乗せた馬車が到着した。集まったのは領地内の区長達であり、屋敷で定期意見交換会が催された。
区長たちを迎えるにあたっては、キアランもステラをお嬢様扱いせず、若干のよそよそしさはあるものの、夫人として扱った。
会議の議題は多岐に渡ったが終始穏やかな雰囲気で進行した。会議の後にはお茶をして庭園の散策をした。
キアランが領主としてこの地に赴任して初めての会議では、年かさの区長たちは陰険な態度を取っていた。しかし、キアランが爵位を手にしても謙虚な青年だと分かると、すぐに手のひらを返してかわいがるようになったのだった。その態度は領主代理として働くステラに対しても伝染し、今や二人まとめて孫同然の扱いをされていた。
「お二人はまさに巷で流行りの物語に登場する騎士と姫君そのものですな」
意見交換会の後の酒宴の席で、出来上がった区長の一人が言った。他の面々も口々に同意の意を表した。
宴席に同席していたステラは謙遜するように微笑を浮かべた。充実した意見交換会の後の楽しい宴会の雰囲気を台無しにしたくはなかった。
彼らが話しているのは、巷で流行しているロマンス小説“氷の姫と黒の騎士”のことだ。
邪悪な家門の罪なき姫と、黒い騎士が出会い、やがて二人は愛し合うようになる。邪悪な家門が滅ぼされた後、姫も処刑を待つ身となったが、騎士は王に姫を妻としたいと懇願し、王はその願いを聞き届け、二人は末永く幸せに暮らした、という筋書きの小説だ。
その小説の筋書きは実際に起こったこととはまるで違うものの、ステラとキアランをモデルにしていることは誰もが知るところであり、巷の人々は二人が仲睦まじく暮らしていると夢見ている。実際の二人がそうでないことを知っているのは屋敷の人々くらいであるが、彼らはその事実を決して口外しない。サー・キアランの言いつけに従わない命知らずは屋敷にはいないのだ。
話題の小説であり、近頃は舞台の演目にまでなっているが、原作者の正体は未だ明らかでなかった。あれこれと噂はあるものの、ステラやキアランにも一体誰があの小説を書いたのか皆目見当がつかなかった。小説が話題になり始めた頃からキアランが作者を探しているものの、未だ成果はない。
「ロバート様の狩りはご趣味だと伺っていましたが、そのような小説をお読みになるのは意外でした」
キアランは愛想笑いをしそこねたが、ロバートは愉快そうに笑った。
「まさか、私は小説など読みませんよ! うちの子供たちが好きでしてね、今日もお二人と会ってみたいからついていきたいとごねられました」
あちこちから笑い声が上がり、キアランはとうとう困り顔になった。
「うちの子供たちには絵になる二人だったと話してやることになるでしょう、今日は良い土産話ができてよかったです」
「……それは何よりでございました」
やがて区長らの話は自分たちの子供のことに変わっていった。
ステラはちらとキアランの横顔を盗み見たが、キアランの緊張も解けたようだった。彼はこの話題が出るといつもの余裕を失ってしまうのだ。
盗み見たのは一瞬だったが、キアランは敏感にそれを察知し、ステラの耳元に顔を寄せてきた。
「どうかされましたか?」
周囲の者の機微に聡いところが騎士としての彼の優秀さを物語っていた。ステラはそれが誇らしくもあり、今は憎たらしくも感じた。
「何でもありません、気にしないでください」
ステラもキアランに耳打ちをした。これで話を終わりにしたかったが、キアランは納得してくれなかった。
「言いたいことがあるなら我慢なさらず仰ってください」
「ですから何でもありません、少し見ただけです」
キアランがまた耳打ちをしようとしたとき、区長たちの笑い声で二人ははっと我に返った。気づけばこそこそと話をする二人に視線が集まっていた。
「お二人は実に仲がよろしいですな」
「こんな年寄りどもの長話にいつまでも付き合わせるのも申し訳ないことだ」
「そろそろお二人の時間の邪魔にならないよう撤収いたしましょう」
区長たちはからかい交じりに言って、めいめい席を立った。ステラとキアランも慌てて席を立って宴会場を後にする区長たちを見送った。
宿泊する部屋に案内される区長たちを見送って二人きりになると、キアランは不安げな顔で同じことを問うてきた。
「お嬢様、本当に何もなかったのでしょうか?」
「……ありません。すべての行動に意味を求められるのは、困ります。何もなくともあなたの横顔を見ることはおかしいことですか?」
キアランは言葉に詰まり、気恥ずかしそうに頬を指で掻いた。
「いえ、おかしくありません。私もとやかく言える立場ではありませんでした。困らせて申し訳ありません」
ステラは恥ずかしそうにしているキアランの様子をじっと観察して、満足した。口元が緩んだのを見られないように踵を返してキアランに背を向けた。
「いいえ、そんなに困っていません。私たちもそろそろ休みましょう」




