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夢と現実の接触

 休憩用に落ちついた雰囲気に設えられた控室で、仮面を外したステラはテーブルを挟んでジョシュアと向かい合っていた。緊張した面持ちで水を飲んでいたジョシュアは、ステラの視線に気づくと恐縮し、取り繕った笑みを浮かべた。


「簡単に自己紹介をさせていただきますね。僕はソフォン侯爵家次男のジョシュア・ソフォンです。文筆家として貴族の伝記や史書などを執筆しています。小説を書いたのは“氷の姫と黒の騎士”だけでして、舞台の脚本もあれ一つだけです。本題に入る前に、勝手にお二人のことをあることないこと書き立てて申し訳ありませんでした。僕としてもここまで大ごとになるとは思っておらず……」

「いいえ、私は気にしていません。世論を私たちの味方につけるために書かれたものですから」


 返事を聞いたジョシュアは笑顔を硬直させた。ステラはワインを一口飲んでから続けた。


「書籍を王国中で販売できるほどの繋がりを持つとなれば、貴族か知識階級だと考えるのが自然です。物好きが面白半分で書いた可能性もありますが、今日まで正体を知られないのは不自然です。作者が身を隠す理由は、あの内容からして王室に睨まれるからでしょう。しかし、その危険を承知で小説は出版された。キアランの褒美の件は式典に出席した多くの人々が実際に見聞きしたにも関わらず、事実をありのままに書かれなかった。なぜなら真実を伝えるためではなく、別の目的があって書かれたものだから。つまらない真実よりも面白い虚構によって人の心を動かす為に」

「すべてステラ様のおっしゃる通りです。気づいておいでだったとは……」

「しかし、この程度の推測なら多くの人がしたはずです。それにも関わらずジョシュア様は今日まで誰にも見つからなかった。私もてっきり芸術に熱心な貴族が作者を保護しているのではと考えていましたので、ソフォン侯爵家の方だとは思いもしませんでした」


 ソフォンの名前には、ステラも覚えがあった。比較的歴史ある侯爵家だが、権力争いからは距離を置いて代々所領経営に精を出している一族だったはずだ。


「王室は芸術に関しては規制派で、そのせいで芸術家のパトロンになっている家門は反体制寄りが多い。だから誰も彼もソフォン家の仕業だとは考えなかった、おかげで僕の正体を隠し続けることができました」

「ばれれば王室との敵対は必至でしょうに、こんな危険なことをなさるなんて勇気がおありですね」


 ジョシュアは誉め言葉として受け取ったのか、頬を赤くした。


「とんでもないです。僕は正体を隠して書いたんですから。本当に勇気がおありなのはステラ様です」

「私ですか?」


 ステラは全く思い当たる節がなかったが、ジョシュアはこくりと頷いた。


「ステラ様はお忘れかと思いますが、かつて王妃が催された宴の席で、転んだ姉を助け起こしてくださったことがあるんです」

「姉とは、もしかしてアリシア・ソフォンのことですか?」


 ジョシュアがぱっと笑顔を浮かべた。

 

 アリシアのことは名前だけ知っていたが、交流したことは一度もなかった。しかし、転んだ女性を助け起こしたことは覚えていた。


 毎年春に王妃が開く庭園での宴で、エリオットの取り巻きの一人のガヴァンとぶつかって女性が転んだので、ステラは手を差し伸べたのだ。だが、手を差し伸べてからそれがわざとだったと気付いた。エリオットやガヴァンの冷たい目ばかりを気にしていたので、転ばされた女性の顔はほとんど見ていなかった。


「当時、ガヴァンが姉のアリシアに思いを寄せていたのですが、姉に袖にされたことに腹を立てて腹いせにあんなことをしたのです」

「そうだったんですね。てっきり私が余計なことをしたのではと思っていました」

「そんなことありません。度々ああいったことに悩まされていたようですが、助けられたのは初めてだったと姉が申しておりました。ですから姉は救われましたし、そのことを伝え聞いた父も忘れずにいました」

「侯爵は、アリシア様を助けられた恩でこのような危険なことをなさったのですか?」

「他にも理由はございます。式典に出席していた父がお二人に力添えが必要だと判断したのです。殿下はステラ様が処刑されることはないだろうと高を括って陛下に何も言わなかったにもかかわらず、サー・キアランの褒美に関して話し合いで殿下のご発言があまりにもひどかったそうで……。一方でサー・キアランは我が身を省みずに騎士として勇気を示されました。父は彼を見捨てることはできないと思ったそうです」


 褒美になるステラについて一体何が話し合われたのか、ジョシュアは具体的に説明しなかった。その件については誰もステラの前で詳細を口にしない。耳を塞ぎたくなる内容だったのは想像に難くなかった。キアランにも何度も尋ねたことがあるが、彼は絶対に口を割らなかった。


「そうだったんですね。侯爵とジョシュア様のご助力に感謝申し上げます」

「とんでもないです。当時は姉を助けていただきありがとうございました、ソフォン家一同を代表してお礼を申し上げます」


 お互いに礼を言い合うと、二人の空気はだいぶ緩やかになってきた。しかし、ステラの知りたいことはまだ半分しか聞けていなかった。


「今になって私に接触を試みた理由もお聞かせ願えますか?」


 舞台の招待を受けたのは最近だが、小説が出版されたのは一年以上前のことで、時間的な隔たりが大きいと感じていた。


 果たして、ジョシュアは心底辛そうな顔で言った。


「それが、その……ステラ様に、エリオット王子の妃選びにご協力いただきたいのです」

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