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縁は経てども断てども絶ち切れず

 エリオットの妃選びを手伝ってほしいという申し出に、ステラは驚きのあまりしばらく声が出なかった。


「……まさかまた私に殿下の機嫌を取れと?」


 ステラは信じられない思いで尋ねたが、ジョシュアは心底申し訳なさそうな顔で頷いた。彼は単なる連絡役だとわかっていたが、それでも苛立つのを止められなかった。


 エリオットが不機嫌になると誰も手が付けられない。婚約者だったステラは、勉強や鍛錬を投げ出したエリオットの機嫌を取ってほしいとたびたび宮殿に呼び出されたものだった。それが繰り返されたので、急に呼び出されるよりも定期的に機嫌を取り続けた方が楽だと判断し、興味もないのに自分からお茶やお出掛けに誘っていた。


「宮殿の皆様は私が婚約者でなくなったことを失念されているのですか?」

「いえ、そうではないのですが、他に殿下の御心を動かす術がないという結論に至っているのです。お二人の婚約が解消されてからしばらく経ち、世間も落ち着いてきましたので、そろそろ頃合いだと様々な家が婚約者を立てております。中でもニコラ・ミネルヴァが婚約者の最有力候補なのですが、肝心の殿下が乗り気でなくて……」

「だから私が殿下に新しい女性と婚約してくださいと説得して、二人の間を取り持てということですね。馬鹿げています」

「ええ、返す言葉もございません。ですが、殿下の説得のためにすでに手を尽くしており、誰もが困り果てている状況で……」


 ステラはもはやため息も出なかった。ブラッドリー亡き今、都合よく呼び出せると思われているのだろう。


 ステラを送り込みたがる諸侯の目的は、エリオットの説得だけでなく、ステラとエリオットを会わせることも一つだろうと思われた。エリオットのお手付きにでもなって、愛人や妾の地位に収まればいいと思っているに違いなかった。


「しかし、この件についてもソフォン侯爵が動かれている理由は何ですか?」

「実は、当家はミネルヴァ伯爵家に借りがあるのです。当家の財宝を賊に盗まれた時に伯爵が全て取り返してくれたのです。当のニコラ・ミネルヴァもミネルヴァ伯爵も手当たり次第に協力を仰いでいて、父にまで声がかかり、どうしても断り切れず……。もちろん、ご協力いただくにあたってステラ様の身の安全は保障いたします。それだけでなく、ソフォン侯爵家は末永くステラ様とサー・キアランを援助することを約束いたします」

「身の安全とは、たとえばですが、私がストーンフェルトを離れなければならない事態に陥った場合、領地に匿っていただくことも厭わないと?」


 ジョシュアが動揺したのは瞳の揺れで明白だった。侯爵がこの場にジョシュアを送り込んだ理由もそれだろうと思われた。駆け引きや隠し事が苦手で実直な息子を使者とすることで、信頼を得ようとしているのだ。


「もちろんです。お約束の証にこちらをお渡しいたします」


 ジョシュアはテーブルに立派な懐中時計を置いた。


「どうぞお納めください、ステラ様。何かあればこちらをお持ちになってソフォン侯爵領へお越しください。何かあれば当家が責任を持ってお守りすることを約束いたします」


 ありがとうございます、とステラは懐中時計を受け取った。蓋に彫られたソフォン侯爵家の紋章の彫刻は見事で、蓋を開けると裏側に懐中時計の持ち主の保護を約束する文言が刻まれていた。


 時計を渡したジョシュアは、先ほどまでとは別人のように真剣な面持ちで言った。


「僕はさしたる力も持たない侯爵家の次男ですが、お二人が結婚すべきではないと考えています。殿下はステラ様を愛してはおられない。貴族の結婚は政略結婚ですが、それでもご意思を完全に無視して二人を結びつけるべきではありません。たとえ何らかの形で一緒になられることがあっても、狭量な殿下ではステラ様の才能を潰すことしかできないでしょう」


 あまりに不敬な物言いに、ステラは部屋の外で誰かが話を聞いていないか心配になった。


「お願いの件は少し考える時間をください。保護や支援の申し出、真心のこもったお言葉には心より感謝申し上げます」

「ええ、ゆっくりお考え下さい。こちらとしても無理は承知の上です。しかし、ミネルヴァ伯爵に協力すると言った手前、こうしてステラ様にお願いしたという事実が必要だったのです。後日またお手紙をお送りください」


 話を終え、ステラが再び仮面を付けると、ジョシュアがまたしても不安げな様子で問うてきた。


「最後に一つだけ聞かせてください。お二人が愛し合っていると書き、世間でもそのように思われていますが、実際のお二人はどうなのでしょうか……?」


 真剣なジョシュアに嘘を吐く気にもなれず、本当のことを言うことにした。


「主君と臣下です。もっとも、長年ウィンターミュートに仕えた騎士にも劣らぬ忠誠心を持ち主であるキアランは、至らぬ主人である私には過ぎたるものですけれど」


 ステラは微笑みを浮かべて話を終わらせた。良心が咎めたが、近頃のキアランの行き過ぎた言動や離婚の件については伝えるまいと思った。原作者であるジョシュアはステラがこれまで会った夢見がちな読者よりもずっと期待に輝く目をしていて、現実を伝えるのは憚られた。


 果たして、ジョシュアはちょっとだけ寂しそうな顔で、そうでしたか、と言った。


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