縺れ合う思い、絡み合う眼差し
その日の午後、都市計画会議が行われた。予想を超える人口増により、ストーンフェルトの都市計画は見直しを余儀なくされていた。領民の流入は単純にストーンフェルトの発展によるものだけでなく、旧ウィンターミュート領の分割統治による混乱も原因の一つだった。
ブラッドリーは王家に歯向かった逆臣ではあるが、領民からすれば良き領主であったので、王命による分割統治に加え急に現れた新領主たちの差配に不満を持つのは仕方ないことだった。
会議が終わった後、ステラは会議に参加していた元家庭教師のテレンス・フォードに声を掛けられた。
「お嬢様、よければこちらをどうぞ」
ステラは受け取った封筒を開け、中に入っていたカードを読んだ。そして眉をひそめた。
「仮面舞踏会ですか?」
ステラはカードから顔を上げ、じとっとした目でテレンスを見た。
建築家であり都市計画家でもあるテレンスは、絶えず浮名を流す男だった。裕福な知識階級の生まれで、大恋愛の末に婚約破棄して結婚したが、いまだに愛人を作って遊び歩いていた。ステラの家庭教師だった時も、寝坊してシャツに口紅を付けて来たことがあった。
「お嬢様が想像しているような破廉恥な会ではありませんよ。私が教えている生徒のツテでもらったものです。顔を隠すという趣向はありますが完全招待制で弁えている方々しか来ません。まあ、そういう目的の人もいるかもしれませんが……」
テレンスは誤魔化すように悪戯っぽく甘ったるい笑みを作った。
「いつお会いしてもお疲れのご様子ですし、どんなに理想的な結婚をしてもたまには羽目を外す時間が必要です」
「……アドバイスをどうもありがとうございます、フォード先生」
ステラは一切行く気はなかったが、角が立たないよう招待状を突き返すことはしなかった。テレンスの気遣いが明後日なのは今日に始まったことではなかった。
テレンスが帰った後、夕食の時間になったが、ステラは食堂には行かず執務室で食事をしながら仕事をした。
工事業者の選定や見積依頼の手紙を書いていると、夜も遅くなってきたので、一緒に仕事をしていた部下は帰した。
扉が閉まった音がやけに響いて、ステラは部屋には自分しかいないことに気が付いた。すぐに屋敷の誰かが来るだろうと思われたが、それでも一人の時間に心が安らいだ。
必要な手紙を書き終えて今日の仕事は終わった。ステラが片づけを始めたところでドアがノックされた。どうぞ、と言えばキアランが執務室に入ってきた。来るかもしれないと思っていたが、実際に顔を合わせると非常に気まずかった。
「お茶をお持ちしたんですが、一足遅かったようですね」
「……ええ、片づけだけ終わらせて寝ます」
キアランが持ってきたカップを片手に所在なさげにしていたので、ステラは視線で執務机に置くよう促した。キアランは、まだ熱いですと言いながらカップを置いた。
もしキアランが来なければ、ステラは執務室のソファーで寝るつもりだった。去年の冬ごろは仕事に追われ、寝室ではなく執務室で夜を明かした日もあった。あの頃より人として成長したと思っているが、余計なことを考えたくない時に夜遅くまで仕事をして自分を追い込んでしまう癖は治っていない。
昔のことを思い出すと暗雲が垂れ込めるように気分が落ちてきたので、ステラはお茶を飲んで気を紛らわせようとした。だが、キアランが持ち上げたカップを掴んできた。
「用無しの騎士からもらった飲み物を平気で口にされるんですか?」
ステラはキアランの手をどかし、彼の目を見ながらお茶を飲んだ。もう熱くなかった。
「暗愚な主君を殺すのに毒なんて使わないでしょう。そんな殺し方をしては立派な剣が泣きますよ」
言って、ステラはカップを机に置いて片づけを再開した。不要になった書類を積み重ね、その上にテレンスから貰った招待状を乗せた。キアランがそれに目ざとく気づいたが、何も問うてこなかった。
「仮面舞踏会の招待状です。フォード先生からいただいたんです」
ステラがキアランの疑問に答えると、キアランは眉をひそめた。貴族の社交界にあまり縁がなくても、仮面舞踏会がいかがわしい集まりであることくらいは知っているらしかった。
嫌そうな顔をしているキアランを見ていると、ふと仮面舞踏会に行った方が失望してもらえるのではないかという考えが浮かんだ。参加者全員が素性を隠すのだし、小説の原作者と会う場所としても都合が良いように思えた。
「……行くか悩んでいたのですが、やっぱり招待を受けることにします」
「よりにもよって仮面舞踏会に行くなんてどういうおつもりですか?」
「愛人でも探します。政略結婚する貴族にはありふれたことです」
「ですが……」
「あなたは私の夫でもないんですから、口出ししないでください」
ステラは一度仕舞った筆記具をまた取り出し、キアランに見えないようにテレンスに宛てた手紙を書き始めた。舞踏会の招待状を小説の原作者に渡してもらうために劇場の支配人に送ってほしいと書き、封筒を封蝋で閉じた。
顔を上げると、キアランが冷ややかな目でこちらを見ていた。
「そろそろ変な努力はおやめになってはいかがですか。どんなことをなさっても私はお嬢様を嫌いになりませんよ」
ステラが言葉に詰まると、キアランは目を細めた。光が入らない瞳はいやに黒々と見えた。
「お嬢様が辛そうにしている姿さえ、私は好きですよ。私などのために心を動かしてくださるなら理由は何であろうと」
「……見上げた忠誠心ですね、キアラン。それとも忠誠心なんてとっくになくて、あなたをおかしくした私に復讐しているんですか?」
「何の非もないお嬢様に復讐など有り得ません。あなたはいつでも素晴らしい主君です。私はおかしくなったのではなくて、元からまともではないのです。だってそうでしょう? まともな人間なら裏切り者の分際であなたを娶ったりできません」
キアランはにこっと笑い、昏い瞳を覆い隠した。
「さあ、お休みになる時間ですよ、お嬢様」
ステラは残りのお茶をすすりながら、どこかの誰かがキアランの新しい主君になってくれればいいのにと思った。




