第4話 ヒグマ猟犬訓練⑴
犬の躾で一番重要なのは、「社会化期」だ。
犬は基本の躾の受付期間の締め切りが、生後三か月くらいまでと決まっているらしい。
プロのトレーナー方は別として、一般的にはこの期間までに基本のしつけや、家庭内の序列、人間社会に適応するためのルールを教えなければならない。
一番大事なのが、多くの人に触らせて人に馴れさせること。
これをしないと人見知りで攻撃的な犬になりやすいという。
三つ子の魂百まで、の犬版である。
犬の本には、大体そんな感じのことが載っていた。
大丈夫だ。
近所に○犬舎があるんだし、判らないことは教えて貰えばいける!
お迎え初日からKに鼻噛まれるんですけど!
噛みついたままぶら下がるんですけど!
マウンティングが止まりません!
育児って大変だな!!
アマガミ犬用の苦々スプレーは、全く効かなかった。Kはたぶん、味覚音痴だ。
マウンティングは群の序列上位者しか許されない行為なので、子犬に許してはいけない。
もともと能力の高い群の子をお迎えしているので、気位が高くトップに立ちたがるK。
だが、うちに来た以上は私のルールを覚えて貰わないといけないよ。ごめんね。
人間界では好ましくない行為をしたら、すぐにケージに戻される――――――
と学習させると、噛みつきもマウントもすぐにおさまった。
もともと賢い子なので、変態的な猟欲以外は全く手が掛からなかった。
北海道犬保存会の方に頂いた秘伝の育児書で、なんとか乗り越えたぞ。
公道や歩道で普通の散歩ができるようになると、『アイコンタクト』と『呼び戻し』の躾に進んだ。
北海道の現役ヒグマハンターに聞いた、ヒグマ猟犬の訓練を開始する準備段階だ。
ヒグマ猟犬の役割はざっくりとふたつ。
ハンターの近くを離れず、ヒグマの臭いを察知する警報役。
ヒグマを撃つ時にハンターが狙撃しやすいようにする、足止め役。
犬の性格にもよるけれど、大体は雌犬の方が警戒心が強くて性質も落ち着いていて、ハンターの人気があるそうだ。
対して、雄犬は攻撃力が高い。
性格も性別でだいぶ違う。
雄がいつまでも下ネタが好きな、幼稚園児みたいなのに対して、知人のところの女の子は女子中高生みたいな落ち着きと距離感。
完全に好みの問題だけど、強い雄の尿は散歩させるだけでヒグマの忌避効果もあるようなので、私は雄のKをお譲りいただいた。
ハンターはまず子犬の呼び戻しと、つねに五メートル以内で行動させる訓練を行うそうだ。
ハンターにしてみれば、ヒグマと共に戦う相棒を育てるのだ。猟犬がハンターの指示を守れなければ、互いの命が危険に晒される。
子犬に五メートルのロープを始終つけて外出し、距離感を体に覚えさせる方法を教わった。
Kはなんでもその場で覚える。
だが、賢いぶん、おやつをやらないと指示を聞かなくなったり、
『取ってこい!』の訓練中、投げた物以外を持ち帰ったらどういう反応をするかを試し、飼い主を翻弄する。
彼にとっては、『取ってこい』での回収物は、おやつの引換券感覚でしかない。
うまくできた時には大袈裟に褒め称え、いいおやつをあげる。お財布に優しくない犬。
そんなこんなで躾がひととおりすんだ。
私はいよいよ本物のクマと対決すべく、
『北海道犬展覧・獣猟競技大会』に出場をきめたのであった。
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