第3話 天才犬の正体
Kは賢く、運動神経のいい犬だ。
お迎えした当日、Kはホームセンターのお兄さんにお勧めされた室内用ペットサークルを、設置二秒で突破した。
柵の構造補強のために横に入った筋交いを梯子にし、スポーンと飛び出してきたのだ。
六千円が二秒で無駄になった。
高さを出そうと段ボール材で延長。
三分ほどで飛び出してきた。
創意工夫のすべてが無駄になった。
夜間に上から飛び出せないように、大きな段ボールを被せて蓋をした。
ハァハァ。
これで安心して眠れる。
玄関で、ゴソゴソ音と悲しみの遠吠えが止まらない。
「尿ぉぉぉおおう!!」
ずっと尿って叫んでいる。
子犬の鳴き声、これで合ってる?
「エロォォオオオイ!!」
否定はしないけど、子犬もワンて鳴くんだと思っていたよ。不勉強ですまない。
Kは北海道犬だ。
外見だけは柴犬そっくり。
ただし、成犬は柴犬の倍の体重である。
Kは、ウンコや食べ物を見ると興奮して踊り出すタイプの変態犬だ。
立ち上がって万歳から腰を振って土下座。
立ち上がって万歳から腰を振って土下座。
左からエルッ! と吠え
右からエルッ! と吠え
なんか謎の踊りをはじめる。
なんの儀式だ、それ。
犬舎に聞いたところ、犬には『猟欲』という欲求があり、食べ物や排泄物は犬の狩猟本能を刺激するらしい。
Kに手作りフードの説明をすると、話が終わるまでずっと耳を傾けている。
レストランでシェフの話を聞く上客みたい。
初めて食べるものは、口の中で半分にして吐き出し、必ず断面を確認してから食べる。
ドッグトレーナーのカオリさんが、
「この子天才犬です!!」と褒めてくれた。
初対面の人間には、飼い主と話している隙を狙って風下から近づく。
話しかければ、理解しようとして座って最後まで聞く。
こういうところに賢さが出る、と絶賛だ。
「そうでしょう! うちの子天才なんです!」
私の行きすぎた親バカではなく、これには裏付けがあった。
北海道犬のブリーダーは二種類ある。
ひとつは「愛玩犬」の犬舎。
ペットとして飼いやすい性質の犬を譲渡してくれる犬舎だ。
もうひとつは「実猟犬舎」。
エゾヒグマ狩猟に特化した犬を掛け合わせ、最適化させた、北海道犬の中でもヒグマ猟犬のハイエンド種族を育成する犬舎だ。
当時、この北海道犬のヒグマ実猟犬舎は一軒のみと聞いていた。
『天才犬しか生まれない犬舎』
そう呼ばれていた。
ブリーダー自身が凄腕のヒグマハンター。
ここの子犬は生後六ヶ月でヒグマを捕った実績があり、ハンターでも子犬の入手は数年待ちだったとあとで知った。
崖で熊と鉢合わせしたハンターを守り、熊に食いつきながら転落したMちゃん(仮称)も、ここの系統犬である。
その犬に惚れ込んで繁殖を開始した、分家みたいな犬舎がちょうど近所にあった。
○犬舎(仮称)だ。
Kは、この○さんの犬舎出身だった。
「賢い犬は人間を良い気分にさせつつ、自分が怒られないよう飼い主を笑わせて気をそらし、自分が序列上位になるように仕向けます」
カオリさんの言葉に不穏なものを感じた。
天才犬を飼い慣らすには、それ以上の知識と技術が必要だということだ。
北海道犬は賢く、飼い主を溺愛する犬である一方、もともとは攻撃力の高い猟犬なのだ。
ネット記事には、
『北海道犬は躾に失敗すると大変なことになる』というものもあった。
ごくり。
私は近年増えてきたヒグマ対策のため、
「頼れる番犬がほしいな」
くらいの安直さで飼いはじめ、
「ヒグマより北海道犬のほうがやばくね?」
ということにあとで気づいてしまった。
残念ながら私はおりこうではない。
Kは私の心配をよそに、私に食べさせようと骨ガムをほっぺにグイグイ押しつけてくる。
いや、痛いよ。忖度やめなさい。
見せびらかすだけで取ったら泣くくせに。
仕様書や犬論文読んだし、ドッグトレーナーが近所にいるからなんとかなるでしょ!
ならなかった……。
カオリさんはこの直後に道東に転勤した。
田んぼに鶴だか白鳥が飛んでくるらしい。
「この子は一度聞くと覚えるので、躾は大丈夫と思いますよ」
彼女の残した言葉を支えに訓練が始まった。
私はこの後、天才的な狂犬のやらかしに悶絶する日々を送ることになるのだ。
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