第八話「想い出を」
【前回のあらすじ】
蓮は春香の家に泊まり込み、彼女に勉強を教えた。そして早苗さんのお陰で、春香への想いが更に強くなった。
目が覚めると、春香がいなかった。先に起きたか。窓から外を覗くと、まだ空は暗かった。体を起こし、被っている布団を退かして立ち上がる。部屋を出て、リビングに向かうと春香がソファに座って読書をしていた。
「おはよう、春香」
「お兄ちゃん、おはよう」
彼女は読書をやめて、ソファの空いているスペースをポンポンと叩いた。そっと俺は彼女の隣に座った。
「お前はテレビとか見ないでよく読書できるよな」
そう言うと彼女は
「字読むの大好きだもん」
と笑った。
「ニュースだって新聞を読めばいいだけだし、読書もみんな自分のためになるじゃん」
そう自信満々に語り出した。
「テレビは"百聞は一見に如かず"とか言ってるじゃん。確かに目で見た方が早いけど、新聞は字を読んで、どんな光景か自分で考えて想像する。私はそれがいいと思うの」
「確かに、お前みたいな頑張り屋はそう考えるだろうな」
「何でみんな頑張らないの?」
唐突に彼女がそう質問した。きっと彼女が抱いている最大の疑問だろう。彼女は頑張らない理由がわからないのだ。彼女にはきっと、楽をするという概念が存在しない。
「人ってのは楽をしたがる生き物なんだ。人間はいいことを優先する。頑張るのもいいことだが、楽をするっていうことが一番のいいことなんだ。まあ、自分の好きな物には一生懸命になるけど。別に頑張る人たちを侮辱してるわけじゃない。お前はただそのいいことが他の人たちと違うだけ。どちらかというと、お前みたいに頑張ることを優先することが大事だと思うよ」
俺もその楽をしたがる人間だがな、とそっと心で思った。
「私は他の人とは違うということ?」
「簡単に言えばそうだな」
「そっか....」
すると彼女は沈黙した。考えているのだろうか。彼女の期待通りの返答ができたかどうかはわからない。でも、少なくとも理解はできただろう。
「全部を頑張る私には、好きなものはないのかな....」
そう言うと少し寂しそうに俯いた。
「それは違う」
そう言って彼女の頭を撫でる。
「お前は、頑張るってことが好きなんだ。言っただろ。好きなことには一生懸命になるって。つまりそういうことだよ。だからお前には好きなものがないって訳じゃない」
そう言うと彼女は優しく笑った。瞳には嬉しさが浮かび上がっていた。
「なんか、お兄ちゃんが言うこと、全部正しいって思える」
「そういう訳じゃないと思う....」
「たとえ正しくなくても、私は正しいと思うよ。お兄ちゃんが言うこと」
その言葉を聞いて嬉しくなる。世間が認めてくれなくても、彼女が認めてくれるだけで頑張れる気がする。早苗さんがリビングに来た。二人とも早いねと笑ってキッチンに向かう。人数分のトーストを袋から取り出し、その上にいろいろ乗せている。朝食を作っているのか。春香は立ち上がり、早苗さんの方に寄って
「私も手伝うよ」
と言った。俺一人待つのも仕方がない。俺も立ち上がって早苗さんたちを手伝った。三人で協力した朝食は、少し特別に感じた。料理が上手な早苗さんのおかげで美味しく出来上がった。
「春香」
「なに?」
「連れて行きたいとこがあるんだけど、いいか?」
「うん」
朝食を食べているときにそう約束をした。その場所は、俺と彼女の思い出の場所。これで俺を思い出してくれると嬉しい。そして、あのときの告白も。
早苗さんにお礼を言い、荷物を持って春香と一緒に思い出の場所へ向かった。空は明るかったが、地表は薄暗かった。太陽がまだ顔を出していないのか。
「連れて行きたいとこってどこ?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
春香と横に並んで歩く。すっかり歩けるようになった。半年前は車椅子だったのに。彼女の歩く姿を見ていると、心が安心する。彼女がリハビリを頑張ったから今がある。心が高鳴る。早くあの場所に着きたい。こんなにも長く感じたのは、彼女に告白した日以来だ。彼女は黙々と俺に付いて来ている。チラッと彼女の方を見ると、辺りを見回していた。
「私、ここ知ってる」
そう言って俺の前を走り出した。
「お、おい、ちょっと待て」
俺の言うことを無視して先に走り続ける。彼女の後を追う。思い出の場所へ向かっていた。彼女は、あの場所を覚えているのか。ついにその場所に着くと、ちょうど太陽が地平線から顔を出していた。綺麗な朝日が町を照らし出す。
「綺麗....」
彼女はその景色に見惚れていた。目を見開いて、瞬きをせず、ただじっと綺麗な景色を見ていた。
「ここで、よく蓮くんに慰めてもらったな。嫌なことがあったらいつもここに来て、泣いて、嫌なことを忘れようとしてた。それでいつも蓮くんが来て、私を優しく慰めてくれた」
そう言うと彼女は俺の方を見て優しく笑う。
「お兄ちゃんとそっくりだね。お兄ちゃんも私を優しく慰めてくれる。蓮くんみたいに」
複雑な気持ちになる。記憶が戻っていることが素直に嬉しい。俺をまだ思い出してくれていないことが悲しい。二つの感情が心の中で入り乱れる。彼女の言葉に、何も言い返せない。
「お兄ちゃん、ありがと」
そう言って俺の頭を撫でた。そして照れ臭そうに笑う。こんなにも、俺に触れる距離にいるのに、未だに遠く感じる。俺は彼女に微笑み返して別れを告げた。ふ途中で振り返ると、彼女は俺に向かって大きく手を振ってきた。ふと空を見ると、朝日の綺麗な景色は消え、太陽が完全に顔を出していた。空と地面を明るく照らす。
休みが明けて、高校がいつも通り始まった。どうやらもうすぐ合宿があるようだ。そのことで話し合うために集会がよく行われた。部屋のメンバー決めやその他いろいろ。合宿にはあまり興味がない。東もそうなのか、彼女は退屈そうに欠伸をしていた。終礼が済むと、東が俺の方へ来た。
「合宿、楽しみ?」
「全然....」
「でしょうね。面倒くさそうな顔してたし」
「そういうお前も退屈そうに欠伸してたじゃねえかよ」
そう言い返すと顔を赤くした。もしかして欠伸をしているところを見られたくなかったのか。恥ずかしそうに俺から顔を逸らす。気まずい空気が出来て、居心地が悪くなる。
「まあ、お互いに頑張るか」
「そ、そうね....」
そう言って彼女は俺に別れを告げて教室を出て行った。そこで俺は致命的な問題に気付いた。東以外の友達がいない。これは困ったな。でも今から作る気にもなれないし馬鹿馬鹿しいし。そっとその問題を頭の中から消し去った。
合宿当日。同級生が学校の校門で集まっている。楽しそうに合宿のことを話す者もいれば、俺と東のような面倒だと言う者もいる。辺りを見渡していると、東を見つけた。彼女に近付いて挨拶をする。
「おはよう」
彼女も挨拶をし返す。
「俺さ、お前以外に友達作ってなかった」
と言って苦笑いをする。彼女は溜息を吐いて
「なんで作ってないのよ。バカじゃないの。まあ、私もなんだけど....」
と言って俺から顔を逸らす。
「まあバスはお隣だし、仲良くしようぜ」
「そんなこと言われなくても仲良くするわよ。しない理由もないし」
そんなことを言っていると、バスが数台到着した。ぞろぞろと他の生徒達が入っていく。
「入るか」
「うん」
俺たちも同じくバスの中に入り、決めた座席に座る。俺は窓際。彼女は通路側だ。しばらくすると、バスが出発した。結局、その後彼女とは一言も話さなかった。
目的地に到着。バスの暑苦しい空気から解放されたくて、すばやくバスから降りた。新鮮な空気が広がる。目に綺麗な浜辺の景色が映る。後ろからぞろぞろと生徒達が降りてきた。みんな興奮し、写真を撮ったりなどしていた。邪魔にならないようにそっと後ろの方へ下がると東がいた。
「みんな大はしゃぎね」
「そうだな....」
つまらなさそうにしているのは俺と東だけではなかったが、多くもない。先生が静かにしろと言って生徒達を宿泊先へ案内する。俺たちもそれに従ってついて行った。泊まる部屋は四人用。もちろん東とは離れる。お互いに他人と泊まるなんて、いろいろと大変そうだ。
行事を済ませ、夕食も食べ、風呂にも入って後は寝るだけだ。さっさと寝たかったが同じ部屋の生徒が寝ずにはしゃいで迷惑だった。そのせいでなかなか眠れなかった。その生徒が寝た後も眠れなかった。ちょっと外の空気を吸おうと思って部屋の外に出てロビーに向かった。ロビーのソファで見覚えのある後ろ姿が目に映った。
「お前も眠れないのか」
そう言って近付くと、彼女は振り向いた。案の定、東だった。
「加藤くんもそうなのね」
「部屋の奴らがうるさすぎて眠気が飛んだ」
近くにあった自販機でお茶を買って一口飲んだ。
「読書してた訳でもないし、何か考え事でもしてたのか?」
返答はすぐに来なかった。俯き、深く黙り込んでいた。
「大丈夫か?」
心配になって彼女に問い掛けると、首を横に振った。そして顔を上げると俺をじっと見つめて
「聞いて欲しいことがあるの」
と言った。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
響子が蓮に話したいこととは。
次回、響子について語ります。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




